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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


効能は?

 春たけなわ。

 「春っつったらやっぱ温泉デショ。ねー、嵐くぅん」
 「…妙な呼び方をするな、アホウ。んな甘ったるい声で呼ばれたら…」
 「感じちゃう?」
 てへ☆と可愛いこぶって小首を傾げる蓮の顔面に、嵐が旅館の手拭いを叩き付けた。

 春と言えば温泉。…かどうかは分からないが、今、二人はとある温泉旅館に来ているのだ。
 行き着けの商店街の、春の大謝恩福引セール中にいつもの酒を買って、何気なくくじを引いた蓮だったが、カラコロと出てきた玉の色を見てビックリ。いつもなら白とか赤とかの無難な色しか見た事がなかったのに、その日出てきた玉の色は、夕暮れの太陽光を跳ね返して眩く光り輝く金色の玉だったのだ。
 「そう!これぞまさしく、キンタ……」
 「あー、はいはい。オヤジギャグはまた今度でヨロシク」
 一等賞の賞品は、老舗温泉旅館・美味い食事と美味い酒、ついでに気になるあのコとぬるっとしっぽり、湯上りでほんのり薔薇色に染まる可憐な頬にオーマイガッ!・旅行にご招待であった。
 「…それ、そのまんまのタイトルで張り出されてた訳じゃねぇんだろ……?」
 「いいや、このまんまだったね。分かり易くていいじゃないか。グッジョブ」
 「………」
 絶対違う、と確信している嵐ではあるが、あの商店街の事だ、もしかしたらもしかして、本当にそのまま張り出されていたかもしれないと思うと、一瞬だけ今ここにいる事を後悔し掛けた。
 「あ、だからって、ごっついオトコとしっぽりぬっぽりするつもりは毛頭ないから安心しろ。…それとも、ちょっとだけ実は期待してたとか?」
 「期待してたのは俺じゃなくて蓮の方だろうがよ。勿論、相手は俺じゃなくてドッカのダレかさんだろうけどな」
 にやり、と意地悪げな笑みを浮かべて嵐が言う。すると途端に、それまで絶好調だった蓮がいきなり膝を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう。指先で旅館の廊下にのの字を書き始めた。
 「そーさ、本当なら俺は今頃、ンな可愛げのない野郎とじゃなく、まさに可憐で激プリティーなあのコと一緒にココに来ている筈だったんだよな…ああ、あのコの浴衣姿、見たかったなぁ…きっとヨダレ…じゃない、鼻血が出る程セクスィーでビュリホーだったに違いない…ああぁ、勿体無いぃ〜」
 「可愛げのねぇ野郎で悪かったな。ついでに言うと、ヨダレも鼻血も似たようなもんだと思うぜ」
 「いいんだよ、俺的にはヨダレと鼻血じゃあ、下心の浅ましさの度合いが違うんだよ」
 いずれにしても全然自慢にならない事を、蓮は胸を張って言い切った。びしっと嵐の鼻っ面に指先を付き付ける。
 「いいか、そう言う事で俺は本来ならあの子と一緒にここに来ている筈だったのを、わざわざ!敢えて!おまえを誘って来たんだ。ありがたく思え!」
 「あー、はいはい。どーもありがとーございますー」
 棒読みで礼を告げる嵐に憤慨する蓮。それなのにどちらもやたらと楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
 わざわざ敢えて、と強調していたが、実は、好きなあの子を誘う事が出来なかっただけなのだ。そうでない相手にはどれだけでもエロ話が出来る癖に、イザ、気になる相手を目の前にすると、途端に小心者になる蓮なのである。風呂上がりのうなじが…とか、浴衣の裾から覗く素足が…等と、妄想だけは一億光年先まで先走りしてしまうが、現実は、手を出すどころか、断られたらどうしよう、なんて紀元前まで遡る勢いの手前で滞っているのだからどうしようもない。それで結局、常日頃、蓮が迷惑を掛けていると周りに思われている嵐をお礼にと誘ったと言う訳だ。
 「…その言い草だと、蓮本人は俺に迷惑を掛けているとは思っちゃいねぇって事か?」
 「うーん、迷惑っつうか…ほら、蓮さんってばサビシイオトナだからさ、嵐クンのような無愛想なオトコノコにも構って欲しい訳よ。それで、…ねぇ?」
 「ねぇ?じゃねぇっつうの。…さり気無くひでぇ事言ってるしよ…」
 「そりゃ、遠慮いらずの俺と嵐の仲だから♪ つか、愛想のいい嵐ってのは、それはそれで空恐ろしいからなぁ」
 余計なお世話だ、と歩調を早くする嵐に合わせて、蓮も大股で追いつき、肩を並べた。


 「ところで本当にタダ酒、タダ飯、タダ温泉なんだろうな」
 先程、案内の仲居が部屋を辞退した直後、嵐が胡坐を掻いて蓮を見上げる。窓際に立ち、外に居るのだろう、誰かに手を振っている蓮を見て、片眉を上げた。
 「おい、聞いてんのかよ」
 「聞いてるよ、ンもぅ、嵐さんったらせっかちネェ。大丈夫、クーポンの内容は一泊二食付で夕食時は飲み放題、勿論、温泉は入りたい放題。おねいちゃんを呼ぶのは別途料金を頂きますが」
 「コンパニオンなんざいらねぇよ。オンナが居たって酒の味が変わる訳じゃねぇ」
 嵐がそう言うと、態とらしいニヒルな笑みを浮かべて、蓮がチッチッと立てた人差し指を振った。
 「まだまだおまえはコドモだねぇ…雰囲気を楽しむって言う情緒が分かっちゃいないんだから」
 「分からなくてもいいぜ。雰囲気で腹が膨れる訳じゃねぇからな」
 嵐がそう言い放つと、蓮が肩を竦めてアメリカ人的に呆れてみせた。
 「ま、もしも飲み放題メニューが気に入らなければ、別料金で飲みたいモンを頼んでもいいさ。それは俺の奢りにしといてやる」
 口端で笑って蓮が片目を瞑る。目を軽く見開いて、嵐がそんな蓮の顔を見詰めた。
 「…何があったんだ、熱でもあんのか?」
 「ないよ。そりゃおまえ、年長者が年少者を援助すんのは当たり前だろ。俺もそうして若いうちは可愛がられてきたモンさ。貰ったもんはちゃんと還元しないとな?」
 そう言って嵐に背を向ける蓮は、どこか照れているようにも見える。柄にもない事を言って照れているんだろう、と解釈した嵐が、声も立てずに目を細めて笑みを浮かべた。
…が実は、嵐に背を向けた蓮の口許には、如何にもアヤしげな笑みがにんまりと浮かんでいたのだった……。


 かぽーん。やたらと音が反響するのは、ここの浴室が石造りの所為だろうか。そんな音を遠くで聞きながら、蓮と嵐は露天風呂の方でゆったりと身体を寛がせていた。そんなに大きな風呂ではないが、なかなか作りの凝った露天風呂である。空を見上げれば満天の星空、遠くの山には一足早い山桜のピンク色が薄闇に融けていた。夜はさすがにまだ少し肌寒いが、熱い湯に浸かっているから丁度いいぐらいの体感温度である。ばしゃばしゃと水音を立てて顔を洗い、嵐が濡れた前髪を後ろへと掻き上げた。
 「なかなかイイ温泉じゃないか、なぁ?」
 「ああ、貸切状態で混んでねぇのもイイ。のんびり出来るからな」
 嵐は背を湯船の縁に凭れ掛けさせ、肘を掛けて両足を伸ばす。傍らの蓮はと見れば、嵐とは反対に、うつ伏せになって顎を風呂の縁に引っ掛け、アザラシの昼寝状態でぷかりぷかりと温泉の湯に浮いていた。
 「…変わった寛ぎ方だな、蓮」
 「んー?いやぁ、カラダの力がすぽーんと抜けて、リラクゼーションになかなかいーんだよ?まぁ、俺ぐらいの美尻でないと、こうする勇気は出ないだろうけどな」
 「どんな美尻でもフツーは出来ねぇと思うがな、ンな恥ずかしいカッコ…」
 ぼそりとツッコむ嵐の顔面目掛けて、蓮の爪先が湯を弾き飛ばした。
 嵐がぶつくさ言いながら濡れた顔を手の平で拭っていると、誰かが露天風呂へとやってくる気配がした。新しい男性客か、と思って振り返った嵐の顔がぎょっとした表情になる。入ってきたのは男性ではなく女性、しかも浴衣を着てはいるが裾を巻くって帯へと挟み、色白の太腿辺りまで露になった大胆な格好の若い女性だ。なんで女が男湯に!?と嵐が焦っていると、蓮が片手を上げて彼女を呼ぶ。
 「おぅい、待ってたよ〜」
 「蓮さん。ゴメンナサイね、遅くなって」
 にこりと微笑んで膝を突いた彼女が、両腕で丁度抱え込めるぐらいの大きさの桶を温泉の湯に浮かべる。それをツイと押して、蓮と嵐の方へと流した。
 「ご注文の品よ。蓮さんは特別なんだから、他のお客さんには見つからないようにしてね?」
 ウィンク一つを残して、浴衣の彼女は露天風呂を後にする。呆然としていた嵐が蓮の方を見ると、桶の中から猪口を取り出し、手酌で熱燗を飲もうとしていた。
 「…おい、有り体に説明しやがれ」
 「うん?ああ、彼女は俺の信奉者♪」
 「……。真実を話しやがれ。簡潔に」
 低くドスの効いた嵐の声に蓮は、ヤレヤレとアメリカ人的呆れ仕種をする。
 「彼女は、ここの従業員だよ。さっきおまえがトイレに入ってる隙に知り合ってね、仲良くなったんだ。で、俺が一度でいいから、温泉に浸かりながら酒が飲みたいって言ったら、じゃあ内緒で用意してくれるって言うからさー」
 おまえも飲めよ、と蓮がもう一つの猪口を嵐へと差し出す。桶の中を覗き込むと、二人分の酒の用意だけではなく、簡単な酒の肴まで用意してあるではないか。
 「何で、そう言う気安さを本命にも発揮できねぇんだろうな、蓮は」
 「そりゃおまえ、蓮さんはシャイでナイーブでセンシティブだからさ」
 そう言ってワハハハハと笑い飛ばす。それのどこがナイーブだ、と釣られて笑いながら、嵐は蓮から酌を受けた。暖かい湯にきりっと熱燗、それらの熱を冷ますが如くの心地よい夜風。喉を焼け付くようなアルコールが流れて胃へと染みていき、嵐はほっと満足げな深い息をついた。
 「ほれ。返杯」
 「おおぅ、サービスいいねぇ、嵐クンってば」
 ふざける蓮に苦笑いを返しながら、嵐は蓮の猪口に熱燗を注いだ。それをくいっと一気に飲み干し、同じようにほぅっと息を吐く。
 「ああ、美味いねぇ…最高の贅沢だな、こりゃ」
 「ああ、そうかもな」
 素直に同意をする嵐に、蓮は一瞬だけ驚いたような顔をする。それに気付いていない様子の嵐は、猪口を片手に夜空を見上げた。ざぁっと風が吹き、その強い風は、どこからか桜の花びらを二人の元へと運んできた。蓮の猪口にそれが落ち、酒に浮かんでゆらゆらとその薄紅色を揺らす。指先で花びらを取り、蓮が徐に嵐の額の真ん中にそれをぺとっと貼った。
 「うりゃ。ビンディ」
 「訳わっかんねぇ事を…」
 呆れた声で馬鹿にしつつ、嵐は額に桜の花びらをくっ付けたままで、可笑しげな笑い声を立てた。


 湯上がりで火照る身体を冷まそうと、嵐はロビーのソファで足を投げ出して座っていた。浴衣の合わせを肌蹴て肌を露にし、はたはたと扇いで空気を取り入れていると、濡れた前髪から拭き零しの雫が胸元へと滴る。元は温泉の湯であったそれは、外気で冷えてすっかりただの水と化しており、嵐は思わずびくんと身体を竦ませてしまった。
 クスクスクス………。
 どこからか、微かな笑い声が聞こえた。嵐が辺りを見渡すと、それはぴたりと止む。だが、再び足を伸ばして寛いでいると、また笑い声が戻ってくるのだ。片目を眇め、嵐が不機嫌そうに表情を強張らせる。
 「よ。どうした、恐い顔しちゃってさ」
 呑気な声でぺたぺたスリッパの音をさせながら蓮が登場すると、何故か周囲のざわめきが大きくなったような気がした。
 「…いや、なんかさっきから、ヤな視線を感じるんだよな。どこかから隠れてこっちを見てるような感じだ」
 「ふぅん?気のせいなんじゃないの?」
 「…怪しい」
 「へ?」
 蓮はきょとんとした目をして嵐の方を見る。相変わらず浴衣の合わせをぱたぱたとさせながら、嵐が眇めた目で蓮を睨んだ。
 「怪しいぜ。いつもの蓮なら、『そりゃあれだ、おまえに一目惚れしたお嬢さんが草葉の陰からこっそり覗いて心ときめかしてるんだよ、この罪作り!』とか『なんかまた誰かに恨みでも買うような真似でもしたんじゃないの?どっかの娘さんを孕ませたか?』とか言って、意地でもネタに持っていこうとしている筈だ。それを、そんな風にさらりと流そうとするなんて、アヤしい…」
 「ななななな、ナニを根拠にそそそんな事を言っているんだね、向坂・嵐クン」
 ふ。と微笑んで前髪を掻き上げる蓮であったが、その吃りようと口調はどこからどうナナメに聞いても怪し過ぎた。
 嵐はすっと立ち上がると、蓮の浴衣の襟首をがしりと掴む。そのまま無言・無表情のまま、ずるずると引き摺って部屋へと拉致していった。

 「………で?俺の事を売った訳だ、蓮は」
 「いやだなぁ、売った、だなんて人聞きの悪い!」
 旅館の部屋で、にっこり笑った蓮が、はたはたと手の平を振ってみせる。胡座を掻いて膝の上で頬杖をつく嵐が、呆れたような溜め息を零した。
 「どうでもいいが嵐よ、浴衣で胡座を掻くとおまえ…目のやりどころに困るじゃないか」
 てへ、と照れた振りして蓮が妙なしなを作る。嵐が片眉を跳ね上げて、露になった膝をぱしっと手の平で叩いた。
 「なんだよ。別に俺達二人しかいねぇから構わねぇじゃん。それとも何か?この部屋にも、ウォッチャーの目が光っているとでも? で、この部屋の合鍵は幾らで売ったんだ?」
 「だっかっらっ、売ってないってば〜」
 濡れ衣よ!とシクシクと泣き真似などしてみせる蓮だったが、ある意味自業自得なので同情の余地はない。
 さっきから嵐が感じていた視線の主、それはこの旅館の従業員や泊まり客だったりといろいろではあったのだが、その共通点とは…
 「だってさ、『モデルみたいにちょーカッコイイ男の人が二人で泊まりに来てるんですって!』な〜んて言われたら悪い気しないっしょ?嵐だって、その期待に応えたいって思うだろ?」
 「何の期待か分かったもんじゃねぇな。つうか、期待に応えるその見返りが、金だと?随分と世俗的な使命感だったもんだな」
 「えー、そんな冷たい事言わないでヨ、嵐くぅん〜。俺とおまえの仲じゃないか〜」
 「だからそう言う言い方をすんなっつうの。つか、あれか。何でも好きな酒、追加注文していいって言ってたのもこれが根本にあったんだな?酒を飲みに行こうとか言って俺を連れ出して、勝手に合コンに持ち込むつもりだったんだろ」
 「いや、まさか。合コンなんて考えてなかったよ。ただ、俺は金を貰ったらトンズラして、お前だけを女の子の群れに放り出しておこうと……あわわわ」
 ついうっかりの失言に、蓮は慌てて自分の口を手で塞ぐ。嵐の厳しい視線にもめげず、蓮はまた、てへ☆と照れ笑いをして態とらしく後ろ髪を掻いた。
 先程蓮が言ったように、確かに、蓮と嵐の二人組は旅館内で評判になっていたらしい。コッソリ覗きに来ているお嬢さんの存在に気付いた蓮は、それを咎めるどころか、片割れの嵐を紹介するとか何とかと商談を持ち掛け、それで小銭を稼ごうとしていたのだった。嵐が感じていた視線の主はそんなお嬢さん方のもので、『今日の嵐クンのアンダーウェア情報!』とか『チャームポイントはココ!』何て言う小冊子まで売られていたと言う…。
 「…ったく、この短い時間でこんなもんまで用意しやがって。あんたのこう言う行動力には、毎回感心させられるよ、全く」
 「さーんきゅ♪」
 「褒めてねぇッ!」
 嵐が投げ付けたそば殻枕、避けようと思えば避けられるタイミングだったが、敢えて蓮は顔面で受け止める。その事を分かっていて、嵐は込み上げる笑いを堪えながら、次々に枕を投げ付けるのであった。

 旅館での夜は、やっぱ枕投げで締め、デショ。