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<東京怪談ノベル(シングル)>


ある日の冒険、ネタ探し

「……」
 加賀見武(かがみ・たける)は机の前で、ひたすらに沈黙していた。
 机の上には筆記用具がひと揃え。原稿用紙は真っ白で、頭の中も真っ白だった。
「はあ……」
 いい加減に諦めて、武はうんっと体を伸ばした。
 武の職業は小説家。今日も仕事に励む予定……だったのだが。まったくネタが出せずに、延々と机の前で考え込んでいたのだ。
 自分でも多少なりと自覚はあるが、武は想像力たくましい方ではない。想像力がないと言うわけではないが……小説書きとして見れば、想像力枯渇気味の傾向にあると言えよう。
 そんな武がなぜ小説家デビューなんて――しかも大賞授賞という快挙を経て――できたのか。ことの発端はある日偶然見つけたホラーノベル大賞の原稿募集記事。しかしその時、武の頭を閉めていたのは小説家デビューではなく副賞となっていたデジカメである。
 たいして小説家デビューに興味を示していなかった自分だ。まさか本当に大賞をとれるなどとは思っていなかった。
 だが。
 取れてしまったのである。なぜか。
 実体験の重みと言うヤツだろうか?
 武の腕は、邪気に触れると霊刀と化し、邪霊を斬り、邪気を払うことができる――ご先祖様もその筋の人だったらしい。その特技を利用してとか巻き込まれてとか。いろいろあった霊的実体験を元に、投稿用の小説を書いたのだ。
「やっぱ、己で実体験しないと書けんなァ」
 そんな結論に至った武。ぱっと机から離れて、テキパキと出掛ける準備を始める。
 現在時刻は真夜中丑三つ時。ネタ探しにはぴったりの時間帯だ。
「悪霊祓いをしつつネタも頂戴できるなんざ一石二鳥じゃねーか。これも世のため俺のためっ♪」
 南無〜と、妙に明るく念仏を唱えつつ。向かった先は、近場では名の知れた心霊スポット。
 古ぼけた寺跡で、昔は戦場だったらしい。そのおかげでこの寺跡は、自縛霊の巣窟となっているのだ。
「次はいっちょ、時代劇ホラーでいってみっかァ……」
 寺の敷地の外から、わらわらといる鎧武者たちに目をやって、武はニッと明るく笑った。
 この勝負の展開次第で小説のストーリーも変わってくる。なんとも無謀なネタ探し手段だ。
 だが当の本人、武は目の前の鎧武者たちの幽霊を恐れることなく、躊躇ナシに寺の中へと足を踏み入れた。
「おお。来た来たっ」
 途端、武に気付いた鎧武者たちが一斉に襲い掛かってくる。といっても武はまだまだ余裕!
 ピンチという言葉とは程遠い軽いノリで、次々と鎧武者たちを祓っていく。
 と、その時だ。
 それまで相手にしていた鎧武者とはまるでレベルの違う殺気を感じて、武はきゅっと表情を引き締めた。
 表情からは軽い笑みが消え、瞳は静かに気配の主を探る。
「……あんたがここの親玉か」
 一際立派な鎧に身を包んだ鎧武者は、無言のまま、武に向かって刀を振り下ろしてきた。
 キンッ!!
 剣戟の音が、夜の静寂(しじま)を切り裂いた。
 押し合う刀が、耳障りな音を立てる。
 ――力では敵わない。
 そう判断した武は、あっさりと刀を引いた。
 唐突に力のバランスが乱れて、鎧武者が体の態勢を崩した。瞬間、武は鎧武者の懐に飛び込んで行った。
 勝負は一瞬。
 ゆるりと。
 鎧武者の姿が薄くなり、消えていく。
 刀の力によって霊が浄化されたのだ。
 消えゆく鎧武者たちを見送って、気付けば刀はもう腕の中へと戻っていた。霊たちの気配が消えたためだろう。
 急に静かになってしまった敷地内をしばし見つめ、そして。
 武はくるりと踵を返して歩き出す。
「さって、これでネタもできたし。明日には原稿進むかなあ」
 呑気に言って、真夜中の静けさに似合わぬ明るい足取りで、武は家路につくのであった。