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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夜明けまで

「よっしゃっ飲むぞ!」
 行きつけの居酒屋のカウンター席に着くなり、直生は言った。
 取り敢えずの注文はビール。
「そんなに気合いを入れなくても……」
 と笑う守矢に、にまりと笑って直生は冷や奴と焼き鳥、軟骨の唐揚げを注文する。
「今日は店長の奢りだって言うからつい」
「え。奢り?聞いてないよ?」
「そりゃそうだ、今決めたんだから」
「何ですか、それは……」
 苦笑しつつ自分も何品か注文して、守矢は今出されたばかりのジョッキに手を伸ばす。
「まぁ、良いでしょう。日頃お世話になっている大切な店員さんですからね、たまには労っておかないと」
 ほんの冗談のつもりで言ったのだが、本気で奢ってくれると言うならラッキーだ。
 直生もジョッキを取って、それを守矢に向ける。
「それじゃ、遠慮なく」
 乾杯、と一瞬だけジョッキを触れさせ、一気に喉に流し込む。
 苦さと爽やかさ、あとに残る口内が痺れるような感じに2人同時に溜息を付いて、男2人だけのささやかと言えばささやかな、酒宴の始まり。

「ねぇちゃん!熱燗追加〜」
 軽くからになった4本目の徳利を店員に見せて、直生は僅かに残った枝豆に手を伸ばす。
 店員がマメに片付けてもすぐに積みかさなっていく食器と徳利。
 気が付けば、このカウンターに居座ってもう2時間が過ぎていた。
 2人が来た当初は空いていた店内は、時間の経過と共に賑やかさを増しあちらこちらから怒声に近いような話し声と耳をつんざくような笑い声が起こっている。
 こんな風に、仕事帰りに楽しく過ごせる場所があると言うのは良い事だ……などと思いながら、守矢は賑やかすぎて気を抜くと聞き取りにくくなる直生の声に耳を傾ける。
「だからダメだって言うのにあのオバサンも頑固だよな」
 今日初めてやって来て、見舞い用の花を買うのに1時間も粘った中年を、直生は少々憤慨した様子で話している。
「で、結局買っていったの?」
「ああ、百合ばっかり20本!ありえねぇ。信じらんねぇ」
 初めは、毒々しいまでに赤い薔薇を欲しいと言ったのだそうだ。
 病気見舞い用の花だと聞いて、それではあまりだと直生が言葉を添えると、それならば白っぽい花にしようとカサブランカを指し、更にそれだと匂いが激しいのでせめて春らしくチューリップのアレンジにしてはどうかと提案した直生に、絶対に百合にすると言って譲らなくなった。
「俺の対応の仕方が悪くて意固地になっちまったのかなぁ……、でもどう考えたって病気見舞いに真っ赤な薔薇だのカサブランカだのって有り得ねぇし……」
「まあ、時にはそう言った、少し変わったお客様もいると言う事ですよ。ああ、店内に貼り紙をしてみるのも良いかも知れませんね。病気見舞いのお勧めの花とか、お祝い事にお勧めの花とか……。日頃、花に親しむ機会がないお客様だと、どんな花を贈れば良いか分からないと言うこともありますからね……」
 花を贈る際の礼儀なども簡単に説明書きをすると良いかも知れない……などと思いながら、守矢は5本目の熱燗を追加。
 空いた直生のお猪口に熱い日本酒を注ぎながら、極限まで飲み明かしたら、どちらの方が強いのだろうと考えてみる。
「しっかし、百合20本なんて貰っちまった方は迷惑も良いところだろうな。個室ならまだしも、大部屋だったらたまんねぇ」
「そう言えば最近はお見舞いの花を禁止する病院もあるそうですね。ほら、花粉が……」
 と、守矢が言いかけたところで1人の女が2人に声を掛けてきた。
 服装からは大学生なのか、社会人なのか判別出来ないが、そこそこに整った顔立ちの少々派手な女だ。
 2人のすぐ後ろの席で、友人らしい女2人と飲んでいる。
「お2人ですか?良かったら、一緒に飲みません?」
 お2人ですかも何も、2人の座ったカウンターの両隣はスーツのオッサン。聞くまでもなく一目瞭然なのだが、それはまあ、声を掛ける時のおきまりの文句なのだろう。
 声を掛けられて悪い気は勿論しないのだが。
 一瞬守矢と顔を合わせてから、直生は声を掛けてきた女と、その後ろで控えている2人に視線をやった。
 決して、悪くはない。
 しかし、女3:男2となると、どうしてもあまりが出てしまう。
 そして、今日は飲むと決めたのだ。男2人で、むさ苦しいと言えばむさ苦しいが、女が入ると出来ない話もある。
「悪いな。今日はやめとくよ」
「今日はやめとくって事は、今度はオッケーって事?」
 食い下がる女に、直生は「何処かでまた会ったらな」と笑って見せた。
 残念そうに女が席に戻ったのを確かめて、隣で守矢がパチパチと手を打った。
「何」
「上手いなと思って」
「何が」
「女性のあしらいが」
「あのな……」
 ガックリと肩を落としつつ、直生は守矢のお猪口に酒を注ぐ。
 多分、守矢だったらあの女の誘いを断り切れなかっただろうと思いながら。

「だからそれは、ありがたいですが、あまりよろこばしいことでは、ないんですよー」
 普通に喋ると呂律が回らないと自覚があるのだろう。言葉を句切りながらゆっくりと話す守矢のお猪口に更に酒を注ぎながら直生は笑う。
「まあまあ、もてるってのは良いことだ」
 女にもてなくなったら男はお終いだ……とまでは言わないが、やはり男としてもてないよりはもてる方が嬉しい。
 しかし、守矢のようにもてたくない相手にまでもててしまうのは考え物だ。
 フラワーショップ神坐生の店長・神坐生守矢はその温厚そうな外見と抜群の営業スマイルのお陰で、もててもあまり嬉しくない中年の奥様方に大人気。
 ご近所の奥様方を招いてのお茶会だの、アートスクールで使う材料だの、ちょっと部屋に飾るんだのと言っては3日と空けずに店を訪れてはああでもないこうでもないと花の説明を求めるのだが、守矢が親切丁寧に、営業スマイルを忘れず解説しても、3日後にはそんな事すっかり忘れて同じ質問を繰り返すのだ。
 目的が花でないことは明かで、さりとてお客様を粗末には出来ず、一旦捕まってしまったが運の尽き、1時間は付き合わされる。
「やっぱり、じぶんのおもうひとに、おもわれたいですからね……」
 深い溜息を付く守矢。
 その肩をポンポンと叩いて、直生は酒を飲むようにと促す。
 促されるままに酒を飲み干す守矢は、つい最近失恋したばかり。
 想いは伝えなかったらしいが、それでも好きだと感じた相手をアッサリ失うのは淋しい事で、それを思い返すと少々胸が痛むそうだ。
「まあまあ……、女は星の数ほどいるって言うから……」
 女が星の数ほどいると言う事は、当然男も星の数ほどいると言う事で、出逢ったからと言って必ず結ばれる訳でもないのだが、傷心の店長を放って置くわけにもいかず、直生は下手な慰めを言ってみる。
「そうですねぇ……、そのほしのかずほどのなかから、おたがいに、あいしあいされるひとと、めぐりあいたいですねぇ……」
 悲しい恋も、何時か本当の愛に出逢う日の為の階段なのだと、出来ればそう思うように努力しようと言ってから守矢は、直生のお猪口に酒を注ぐ。
「それで、どうなんですか。そちらは」
 尋ねると、直生は少し視線を逸らして「別に」と答える。
 そう言う関係ではないのだと、何度も言っているがその割に、会話の中の登場回数がやたら多い女性がいる。
「まあ、こう、何つうか……、打てば響くような感じかな……」
 まるで楽器の様に表現された女性は少々気の毒だが、直生が確かにその女性に恋愛とまではいかなくとも好意を持っているのが分かる。
「ああ言えばこう返すし、口が減らない」
 喧嘩友達だと言うその女性に、何時か会ってみたいものだと守矢は思う。
 直生には、そんな風に喧嘩をしたり言い合ったり出来る女性の方が向いているのではないかと言ってみると、「冗談じゃない。五月蝿くてかなわない」と、直生はうんざりした顔をした。
 しかしその後、すぐに煙草に火を付けたりしているあたり、多分、その女性とのやりとりが楽しくて溜まらないのだろう。
「飲もう飲もう」
 苦笑しつつ、守矢はまだ半分も飲んでいない直生のお猪口に酒を注ぎ足した。

 気が付けば客層は4回ばかし入れ替わり、守矢と直生は多分、この居酒屋に居座った最長記録を更新している。
 夜が更ける毎に賑やかになっていたと思った店内は少しずつ静かになり、カウンターに並んでいた料理の大皿も、すっかりカラッポになってしまっている。
 多分、2人のレシートは巻物の如く長くなっているだろう。
 料理もたらふく食べたが、それ以上にアルコールは大量に摂取した。
 ビールに始まり酎ハイ、日本酒。
 吐く息がアルコール臭いと自覚出来る。
「お。カラッポになったぞ……」
 最後の1滴まで落としてから、直生がお猪口を振った。
 手を挙げて店員を呼びかけて、直生はそれを辞める。
 隣の席では守矢が半ば眠たそうな顔で虚ろに酒を舐めている。
「よしっ、次行こう、次」
 言って、立ち上がる。その足元が揺れる。
「え、まだのむの……」
「飲む!」
 アルオールがかなり回っているらしい。
「飲む!飲むと言ったら飲むぞ!夜明けまでだ!」
 店内に響き渡るような声をあげて、直生は守矢の肩に腕を回す。
 足元のおぼつかないままにレジに向かう。
 奢ると言う約束は守るつもりだ。
 次の店は直生が出すと言うから、期待しておこう。
「夜明けまで飲むぞ〜」
 御機嫌で先を歩く直生の後を追いながら、守矢の考えている事はただ一つ。
 明日の朝一番の花の配達を、誰に任そうかと言うことだった。




end