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<東京怪談ノベル(シングル)>


戦場の女神 〜雪希の一日〜

「あそこは戦場よ。心してかかりなさい」
 そう忠告してくれたのは、大学の時の先輩だった。もちろん彼女は、保健医としても先輩。
「そんな大袈裟な……」
 その時は笑って返したあたしだったが、数週間後。
(その意味を)
 はっきりと理解した。



1.戦闘準備OK?!

 朝。
 鏡の前で服装や髪型などを入念にチェックする。
 身だしなみに人一倍気を遣うのは、少しでもおかしいと容赦なく”登校時に”野次が飛ぶからだ。
(あれはホント、恥ずかしいわ……)
 あたしが大声で「やめなさい!」なんて怒鳴るから、余計恥ずかしいことになるのだけど。
 そのチェックに時間がかかるため、朝食をとる時間がおされ気味になることが多い。
(それでも)
 たとえ多少遅れてでもしっかりと食べていくのは、自らが保健医だというプライドがあるからだった。
(健康第一)
 そのためにはまず、規則正しい生活。一日3回の食事を欠かしてはならない。
「うーん、今日もぎりぎりだ」
 朝食を食べ終わり時計に目をやったあたしは、ひとり感心(?)する。
 本当は食後すぐに激しい行動をするのはいいことではないのだが、そんなことを言っていられないのも毎朝のことだった。
「朝食抜くのと食後激しい運動するのとどっちが身体に悪いのさ?」
 弟にそんなことを言われたりもするが、姉の威厳上「前者」と答えざるを得ない。
(実際は――どうだろう?)
 やっぱり抜く方が悪い気がするが。脳みそ消費してしまうとも聞いた。
「――さて、今日も激チャリするかぁ」
 それも1つの準備であるように、口に出した。
 そこからは異様に――速い。



「雪希ちゃんおはよー!」
「雪希センセ、気をつけて〜」
「ちゃんと前見ろよー」
 生徒の波を越えて行くと、後ろからそんな声がかかる。
「鬼柳先生だろー?!」
 しかし振り返る余裕はないので、大声で訂正しながらあたしはその波を駆け抜けていくのだった。
(――もっとも)
 あたしがそれを叫ぶ頃には、あたしに声をかけた生徒なんてはるか後方にいて、どちらにしても届かないのだが。普段から大多数の生徒が「鬼柳先生」とは”呼ばない”ので、それはそれでよかった。



2.常に戦争真っ只中

 この男子校の生徒は、余程暇なのだろうか?
 本気でそう思ってしまうくらい、保健室の利用者が多い。
(利用者――といういい方には語弊があるな)
 ”暇つぶし”と、言った方がいいかもしれない。



「雪希ちゃ〜ん、指にトゲ刺さっちゃって」
「膝擦りむいたんだけど……」
「どうやったら痩せられますか? 雪希先生」
「乳が垂れちゃって」
「雪希、愛してる!!」
 そんな奴らが、たかだか10分の休み時間の間にもやってくる。もちろんあたしだって時間がないから。
「だーかーらー、鬼柳先生と呼べと言っているだろう? ちなみにそのトゲはバカにしか見えないトゲだからあたしには見えん。それくらいの擦り傷……膝なら舌が届くだろ。あんたはそれ以上どこ痩せるって言うのさ。むしろそっちのあんたが痩せなさい。あとドサクサに紛れて告白しないこと!」
 一息で一掃。
「はーい」
 それでとりあえず皆教室へ戻ってくれるのだが、中には妙に嬉しそうに――恍惚とした表情をする奴もいるから男子高校生というものはよくわからない。
 また本当に暇な奴は、休み時間ごとにやってきたりする。
「あんたは3回目、あんたは2回目、あんた……この休み時間の間ですら2回目じゃないか!」
 いちいち覚えているあたしもあたしだが、覚えられていることが嬉しいようで、そう告げると大人しく帰ってくれるのだった。
(もちろん)
 そんな冷やかしばかりではなく、中には本当の怪我人・病人もいるが――それを見極められるのが、あたしの専売特許といえるかもしれない。



3.救うべき味方は?

 昼休みともなれば、保健室はさらに活気付く。本当は保健室に活気などいらないのだが。
「鬼柳先生、ご一緒にお昼でもいかがですか?」
「結構です」
「せめてお茶だけでも……」
 しかも生徒ばかりではなく教師まで押しかけてくるのだ。保健室の中はカオスである。
「仕事の邪魔をすると、いくらあたしでも怒りますよ?」
 実はいつも怒っているようなものなのだが、その教師は別な言葉に反応した。
「仕事? 今は何もしていないんじゃ……」
「ほれ」
 あたしが彼の後ろを指差すと、彼は振り返って。
「なんだ、うちのクラスの生徒じゃないか。どうしたんだ?」
「あの……具合が悪いんですけど……」
「ホントかぁ? 雪希ちゃ〜んなんて、甘えたくて来たんじゃないのか?」
 確かにその生徒は、(甘えたいかどうかはともかく)今日既に2回保健室を訪れていた。
(――しかし)
 午前中とは明らかに、顔色が違う。唇の色も少しおかしいようだ。
「どれどれ」
 教師を押しのけると、あたしはその生徒の額に手をやった。
「ふむ……熱はないな。とりあえず横になって。しばらく休んでも治らなかったら病院に行った方がいいな。一応熱も計ってね」
「は、はい。ありがとうございます」
「く……」
「ほらほら先生、邪魔しない!」
 ついでにその教師を追い出す。追い出したところで他の生徒や教師がひっきりなしにやってくるから、保健室全体の人数はほとんど減らないのだが。
「鬼柳先生! 指を見てもらいたいであります!」
「なんだ? またトゲか? ――アホ、折れてるじゃないか! すぐ病院行け、病院。電話してやるから」
「俺も腕折れたかも……」
「見え透いた嘘をつくな」
「なぁ先生、恋人いるのか?」
「年下はごめんだ」
「ゆ、雪希ちゃん……ダメだ……俺つわりかも……」
「性転換おめでとう。だが痛いのは本当のようだな。ベッドがまだ余ってるから休んでおけ。――ただし激しくうるさいだろうがな」
「鬼柳先生、いいおはぎがありますよ」
「すみません教頭。今それどころじゃありませんので」



 放課後までこんな状態のまま、あたしの一日は過ぎてゆく……。



4.勝ち続ける決意

 帰途へつく頃には、あたしの体力も限界に近づいている。それでも健康のために、帰りは自転車を引いて帰ることにしていた。
(そもそも)
 朝自転車で通っているのは、距離的な問題ではなく時間的な問題なのだった。
 歩きながら、色んなコトを考える。
 時折生徒に挨拶されながら。
(本当に、戦場だったよ先輩)
 毎日が忙しい。声を張り上げて叫ぶ。
 ――それでも。
(後悔は、ないな)
 この仕事を選んだことも、この学校に赴任してきたことも。
 あたしにとってはプラスだった。
(あたしは負けない)
 負けられない。
 毎日生徒たちと戦い続ける。
 毎日生徒たちを救い続ける。
 そんな”女神”でありたいから――



「雪希先生〜さようならー」
「…………」
(鬼柳先生と呼ぶまで、保健室出入り禁止にしようか)
 そんなことを考えながらも、あたしは手を振り返した。





(終)