コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


the carrot and the stick?


 東京不思議スポットの1つとして、オカルト雑誌月刊アトラスあたりで特集を組まれる日も近いに違いないと評判の巨大アパートあやかし荘。
 数多あるあやかし荘の部屋の1つ『蓮の間』では現在進行形にてとある恋人たちの―――ただし勝負の見えた―――争いが勃発していた。
 藤河小春(ふじかわ・こはる)20歳大学生と御柳紅麗(みやなぎ・くれい)16歳高校生。
 一見単なるカップルのように見えるが実は龍族の女のコと死神という人外魔境な組み合わせという、あやかし荘に出入りするに相応しい組み合わせで、ここの住人たちに言わせると所謂『バカップル』という2人である。
 いつもは傍から見てこっちが赤面したくなるような砂糖練成術師の名を欲しいままにしているのだが今回は少し様子が違っていた。


■■■■■


 桜前線北上真っ盛り。
 毎日TVでは各地の開花宣言やら満開の映像が流されているそんなある日、いつものように学校の屋上にある貯水タンクの上にあがりサボリを決め込んでいた紅麗だったが、オリジナリティのないワンパターンなサボリ方にも飽きてきて河岸を変えることに決めた。
 もちろん、それが今日1日の恐怖体験の幕開けとなることも知らずに―――

 紅麗が次の河岸に決めたのはあやかし荘『蓮の間』―――正確に言うならば河岸というよりも、河岸を帰る前に一方的に『道連れ』として決めたこの部屋の居候を連れ出しにその場所を訪れたのだ。
 築数百年、半端なく年季の入った襖を開けた紅麗は、
「よ、生きてるか? 生きてるなら遊びに行こうぜ」
と、傍若無人な誘い文句を口にした。
 だが、あいにくとその部屋に居候の姿はない。
―――なんだ、居ないのかよ……。
 紅麗を迎えてくれたのは以前来た時よりも増えている猫達だけだった。
 猫だけのはずだったのだが―――空振りに軽く舌打ちをして、踵を返した紅麗はそのまま硬直した。
 硬直せざるを得なかったのは、紅麗に気配を察知させずに背後を取った人物を目にしたからだ。
 瞬間悲鳴をあげなかったのは紅麗のプライドがなせる技かそれとも声帯までも瞬間的に固まってしまった為なのか―――


「…………こ……こ、ここ」


 これは別に決して鶏の鳴き真似をして雰囲気を和らげようとしたわけではない。
 紅麗は嫌な汗がだらだらと表面上見えない背中を伝い落ちるのを感じつつ、

「小春―――」


と、言った。

 仮にも死神護魂十三隊一番隊副隊長である紅麗の背後を取ったのは藤河小春―――年上とは思えないほど『可愛い』という形容が似合う彼の恋人だった。
 惚れた欲目もあるが、紅麗にとって小春はいつ見ても可愛い。
 可愛いには違いないのだが……
「く・れ・い君」
 人差し指で額を可愛く突付きそうな甘い声でにっこりとその顔に微笑みと、全く笑っていない青い瞳で紅麗の名前を呼んだ。
「平日のこぉんな時間に何で紅麗君がこんなところに居るのか……私、知りたいなぁ」
「こ、小春?」
「紅麗君。お・ね・が・い―――ね?」
 語尾にはハートが飛んでいそうな、甘い甘い声。
 しつこい様だが可愛い―――可愛いのだが、小春が背後に背負っている気配はすっかり人の皮が剥がれ落ちて本来の姿である銀龍の持つそれとなっている。
 猛吹雪のシベリアかそれとも溶岩噴出直前の活火山か。
 紅麗に判るのは、今現在自分が置かれている状況が、『前門の虎、後門の狼』、『天国と地獄』ならぬ『地獄と地獄』つまり、
―――どっちをとっても地獄ということだ。間違いない。
 まるで、毒吐きお笑い芸人の口調で誰かが紅麗の頭の中に囁く。

 小春がゆっくりと紅麗に近づくにつれ、一歩また一歩と紅麗の足は勝手に後ろに歩を進める。
 やけに口の中が乾く。
 じりじりと紅麗と小春の間合いが詰められる。
 重圧に押され、ついにドンっという音がした。それはすなわち、紅麗が壁際まで追い詰められたと言う事を示していた。
「ねぇ、紅麗君……」
 小春のほっそりとした指が紅麗の喉元から、すぅ……と触れて顎の先まで逆撫でて離れた。
 愛と憎しみ表裏一体―――それでいてどこか同質のもので……それと同様なのか、壮絶な殺気と色気もとてもよく似ている。
「勉強を教えてもらうのがいい? それともやっぱり剣かしら?」
 こんな顔をして小春が本気になった時、『強い』という次元を超越するのを当然紅麗は知っている。
 つまり、小春のこの台詞は、『頭脳の苦痛』をとるかそれとも『肉体の苦痛』をとるかという究極の選択を紅麗に迫っているということだった。
 確かに紅麗は死神だが―――でも、正直『地獄』は御免だ。


「こ、小春が教えてくれるなら……勉強しようかな」


 そういって死神には似合わない小さく首を傾げる仕草で紅麗は引きつった笑顔を小春に向けた。


■■■■■


 先日、ひょんな拍子に知った、それまで小春が知らなかった恋人素顔。
 恋人の御柳紅麗が授業どころか学校自体をサボリ、町で喧嘩三昧という事実―――もちろん、多少誇大された表現になってしまっているのはご愛嬌というものだが―――に小春は多大なショックを受けた。
 最愛の恋人は不良学生。
―――そんなシチュエーションはお昼のメロドラマの中だけで充分よ!
 小春は彼の更正を固く決意したのだが、
「私の愛の力で絶対紅麗君を更正させてみせるわ!」
と、口に出した決意はどう考えても一昔以上前のドラマのヒロインのそれであった。


 そんなわけで、こうして張り込み続けること苦節1カ月といいたいのは山々だったのだが、小春の思惑を裏切ってあっさりと1週間で紅麗捕獲成功となったわけである。
 当然といえば当然かも知れないが、紅麗が持っていた通学に使っているカバンの中に教科書、参考書、問題集は1冊たりと入っていない。
「……」
 そんな紅麗のカバンの中を覗き込んで、怒りのあまり小春が再び無言になる。
―――ヤ、ヤバイ……
 そう思った紅麗は、話題を変えようと、
「あー、えと、小春?……あ、アイツ学校か、一応真面目に行ってるんだな」
と言ったが、その台詞は火に油を注ぐようなものだった。
 バシッ―――!!
 今時珍しいしかしこの部屋にはしっくりくる卓袱台を、小春が両手で力いっぱい叩いた。
「紅麗君! 紅麗君もちゃんと学校に行かなきゃダメなんです!! サボリまくっているから出席日数だって危ないでしょ? それに、まさかテストはサボってないよね?」
 まるで蛇に睨まれた蛙のように、小春に睨まれた紅麗はぶんぶんと首を横に振った。
「確かに、出席日数はギリギリだけど……テ、テストは受けてるよ。成績も、まぁ、赤点は取ってないし」
「じゃあ、得意な科目は?」
「……ほ、保健体育、かな」
 紅麗の答えに、小春は再び卓袱台を叩いた。
 あまり丈夫とは言い難いあやかし荘の床が揺れたような気がしたのは自分の気のせいだと、紅麗は自分に暗示をかけるように小春に聞こえないほどの小さな声でぶつぶつと繰り返す。
 目の前で広げられている光景を一部始終見ていた猫は我関せずといった風に窓際でのんきに昼寝をしていたが、卓袱台を叩く音に飛び上がり、迷惑だという視線でちらちと紅麗を一瞥して器用に自分で襖を開けて部屋を出て行った。
 幸いなことに、本人の知らないところで危うくサボリの道連れにされかけた居候のおかげで、この部屋には高校生向けの参考書や問題集が山のようにあるため勉強道具には事欠かない。
 小春は無言で、適当に選んだ問題集を1冊取り出して紅麗の前に差し出した。
「この問題集を全部解かないと絶対今日は帰らせないんだから! 逃げようなんて思ったら……」
 そこで言葉を切った小春が、鬼気迫る勢いから一転、
「それに……ちゃんと学校行ってくれなかったら、私っ―――」
急に俯いて肩を振るわせ嗚咽を噛締める。
 ぽたっと、小春の掌に雫が1つ落ちる。
 もちろん怒った小春は苦手だが、それ以上に小春に泣かれるのが紅麗は一番苦手だった。
 正確に言うなら、苦手というよりも困ると言った方が正しいだろう。
 世界中の誰よりも小春の笑顔を守りたいと思っている自分が、小春を泣かせているのでは本末転倒も良いところだ。
「小春……ごめん、俺学校に行くよ。授業も真面目に受ける。だから、な? 泣くなよ小春」
 そう言って、紅麗は小春の肩を抱き寄せた。
 紅麗に抱きしめられたまま、紅麗の顔を見上げる小春の塗れた涙の後を紅麗はゆっくりと自分の指で拭う。
「紅麗君……」
 そう呟いた小春の桜色の唇に紅麗は引き寄せられるように自分の顔を近づける。
「小春―――」
 距離はあと3cm、キスの5秒前―――


 3……2……1……


 バキッッ!!
 築数世紀の襖が派手な音をたてて部屋の中に倒れた。
 当然自然に倒れたわけではなく、倒れた襖の上に折り重なるギャラリーの山。
 山の中には老若男女、猫やナマモノ、挙句の果てには神様等など―――


「お……お前たち、いつから見てた――――!!」


 真っ赤になった小春を自分の背中に隠した紅麗の叫び声があやかし荘中に響き渡った。
 


■■■■■


 後日談その1。
 この一件の後のテストで紅麗は過去最高、信じられないほどの高得点をマークした。
 当然、それは小春の特訓のお陰でもあるのだが、それよりも、彼女が地獄の特訓の後にこっそり紅麗に耳打ちした飴よりも甘いご褒美の存在があった。


 後日談その2。
 紅麗は知らなかった。ギャラリー一同が全員で守り通したものがあるということを。
 全員がすばやいアイコンタクトで隠したのは、キスの5秒前をしっかりと激写したカメラだった。