コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


誘い桜

------<オープニング>--------------------------------------

 ざわり、風が吹いて桜の道を白い花弁が舞い散る。
 暗い夜道を街灯がぼんやりと照らし、それに浮き上がる白桜は浮世離れして見える。予備校帰りの少女は、立ち止まって桜並木の先を見つめた。
 少女の目線の先には、見覚えのある人影が。

 ――お母さん……!

 ざあっと風が、少女の声と姿を攫った。
 あとにはただ、ちらちらと白い花弁が降りていった。



「妹が行方不明なんです!」
 青年は酷く興奮した様子で、テーブルを叩いた。その衝撃でマグカップが浮き上がり、中の液体がテーブルクロスを汚したのを見て、草間は眉を顰める。
 ――また零に怒られる。
 そう思うのならさっさと布巾か何かで拭えばいいのだが、生憎手近なところにそんな物はなかったし、この依頼者の手前立ち上がるわけにもいかない。草間は溜息を吐きたいのを堪えつつ、クロスに染みて行く黒い液体を眺め、依頼者が落ち着くのを待った。
「警察には届けましたか?」
「届けました!でも……その、一晩帰って来ないだけなら友人の家に外泊とかではないのか、と言われまして……」
 青年は先程の勢いを失い、項垂れてソファに身を沈めた。その肩は情けなく垂れ下がり、意気消沈している。同じく妹を持つ身として、草間は少し青年に同情の目を向けた。
「……それで、御友人の家には連絡を?」
 尋ねると青年はゆるゆると首を振った。それから少しだけ顔を上げて、テーブルクロスの端を見つめながら、か細い声で答えた。
「妹は無断で外泊なんかするようなやつじゃ……それに、あいつ予備校に行った帰りにいなくなったみたいなんです」
 煙草を取ろうとしていた草間に向き直って、青年は縋るような声で続けた。
「妹を……妹を探して下さい!あいつは残された唯一の肉親なんです!!」


------<本文>--------------------------------------

 草間は受話器を置くと、疲れたように息を吐いた。
「すぐ来るってよ」
 応接用テーブルを挟んで座っているシュラインと依頼主である青年を振り返って、軽く手を振った。そうして自分は専用デスクに戻り、椅子に踏ん反り返って今朝の朝刊を読み始める。あとは任せる、ということらしい。
 シュラインは新しいお茶を青年に勧めつつ、草間の動きを目で追った後、溜息を吐いて青年に向き直った。
「以前、似たようなことがあったりしなかった?」
 問う声はどこまでも穏やかで優しい。そうしなければ青年は今にも泣き出しかねない程、青褪めて情けない表情になっていた。その様子に呆れた草間が何か言おうと口を開いたが、気付いたシュラインに冷たい視線を投げられ、大人しく口を閉じた。
「会いたがってた人なんかは……?」
 青年は一層顔から血の気を遠ざけて、ゆるゆると首を振った。両親が事故で亡くなって以来、妹は家と学校と予備校の往復しかしていないと言う。何だか酷く無気力な様子で、話し掛ければ反応は返って来るものの、そうでない時は人形のように黙ってぼうっとしているのだとか。
「じゃあとにかく予備校から家までのルートを……」
「こんにちわ。草間様はいらっしゃいますか?」
 開きっ放しの事務所の扉を押して、黒地に赤の乱れ桜の柄の着物を着たみそのが、包みを抱えて立っている。彼女はシュラインの姿を感知するとにっこりと微笑んで入って来た。
「いつもお世話になってますので、お礼を兼ねて鯛をお持ちしたんです」
 包みの中身が鯛、と聞いて、シュラインは慌てて立ち上がった。鮮魚は足が早いのですぐにでも冷やさなければと思ったからだ。
 シュラインが冷蔵庫に鯛を保存しに行っている間に、みそのは青年の前に座って話を聞いていた。面白そうな話だと思ったみそのは、身を乗り出して青年に言った。
「わたくしもお手伝い致しますわ!」
 みそのの勢いに気圧されて、青年はソファーの上を後退った。とそこへ再び扉が開き、事務所の中に2人の人物が入って来る。
「頼まれて来たんやけど……あんたが依頼者さん?」
 色の薄い銀髪の男に大阪弁で尋ねられ、青年はさらに縮こまった。すると男の後ろからひょっこりと姿を現した少女が青年の前まで行き、その顔を覗き込んで自己紹介をした。
「あたし、井園鰆。草間さんに頼まれて来たの。んでこっちはウチの馬鹿兄貴。鰍って言うんだけど、別にすぐ忘れちゃっていいから」
 そこまで一息に喋ってから、鰆はにっこりと青年に笑みを向けた。青年もつられて笑い返すと、満足したように身を起こし、向かい側のソファーに座る。鰍は妹の言い草に、ブツブツと文句を言いながらも事務所の隅に放り出されていた折畳み椅子を広げ、それに後ろ向きに腰掛けた。肩から下げている大きな鞄は脇のテーブルに丁寧に置く。
 と、また興信所の扉が錆びた音を立てて開く。今日はやけに来訪者の多い日だ。
 次々と現れる人に、青年はおどおどしながら、膝の上に乗せた手を握ったり開いたりしていた。
「草間、来てやったぞ……と、何だまた随分呼んだんだな」
 目に掛かる茶色の前髪を掻き揚げて周囲を見渡し、朱羽は呆れたように言った。丁度また新しい来訪者に茶を出そうと、盆を持って出て来たシュラインが、その言葉に苦笑する。草間はというと、いつの間にか窓にくっつけて設置している長椅子に寝転んで、新聞を日除けにして仰向けになって眠っていた。
 かくして、青年の妹を探し出すために探索チームが組まれたのである。



 いろいろと話し合った結果、シュラインと鰍と青年が聞き込みチームに回ることとなった。
 最初に妹が通っていたという予備校を当たって、それからその予備校のクラスメイトの友人や講師に話を聞いたのだが、これといった収穫は得られなかった。
 その後帰宅ルートにある家を次々に当たってみたが、その時間はほとんど人通りがないらしく、有力な情報は得られずじまいだった。時間ばかりが過ぎていき、青年の顔に焦燥の色が濃く表れ始めた頃、シュラインの提案でこの辺りの歴史に詳しいという老人の家を訪ねてみることになった。

 老人は3人の訪問を歓迎した。この辺りの地域での伝承みたいなものはないだろうかと尋ねると、嬉しそうに答えてくれた。
「この通りを抜けたところにある、桜並木をご存知かね?あれは江戸の終わり頃からあの場所にあるらしいんだが……」
 桜並木には『誘い桜』という1本の太い桜の木があるという。
 白い桜の木の中で、1本だけ薄桃色の桜の木は、強く念じるものがある人を異界へと誘うのだそうだ。実際に江戸時代から伝わるこの家の手記には、十数年に一度神隠しにあったように突然人が消えるという事件が記されていた。そしてそれは恐らく、『誘い桜』のせいであろう、とも。
 消える人に共通点はなかったが、時間帯は決まっていた。
「宵闇迫りし頃……つまり夕方のほの暗い時間っちゅーことか」
 立ち上がった鰍と青年を見上げてシュラインは少し困った顔をした。
「十数年に一度きりで、帰って来た人もなし……連れ戻す方法を考える必要がありそうね」
 鰍は頷くと、落ち着かない青年を座らせて、自分は鞄の中からノートパソコンを取り出し、胡座の上でそれを開いた。シュラインと青年はその脇に回って、次々に変わる画面と引っ切り無しに動く鰍の手元を交互に見比べるのに忙しい。
 ある画面に来たところで、鰍は後ろの2人を振り返った。
「悪いけど、ちょっと目ぇつぶっといてくれへん?」
 見ると画面には『IDとパスワードを入力して下さい』との文字が出ている。パスワード式のページなのだろう。
 素直に背中を向けた2人を確認して、鰍はあっという間にロックを開けてサイトの中へ入った。そしてそのまま2人に報告することなくチャット画面を開き、ほとんど常時待機しているマスターに接触を図った。

 もうそろそろいいだろうかと思い、シュラインが振り返った時には鰍はノートパソコンを閉じようとしている時だった。何も映ってない画面越しに、シュラインの怒った表情を見た鰍は、あまり反省していない様子で肩を竦めた。
「で、どうだったの?」
 諦めて息を吐いたシュラインに、鰍は笑顔で答えた。
「桜の気の流れってのを変えたら何とかなるかも知れへん。取り敢えず向こうのグループと合流した方が良さそうやな」
 黄昏時はもう間近に迫っていた。



 鰆とみそのと朱羽がそこに辿り着いた時には、既にシュラインと鰍と青年が居た。桜並木を目の前に、呆然と立ち尽くしている。
 訝しんでそちらへ歩んで行くと、シュラインが朱羽の姿に気付いて手を振った。
「朱羽君、丁度良いところに!ちょっと見てもらいたいんだけど……本当に薄桃色した桜がどれだかわかる?」
 一見するとその桜並木の桜はすべて薄い桃色の花を咲かせていた。朱羽はわけがわからなかったが、シュラインの切羽詰った表情に、軽く首を傾げるのに留め、騒然と立ち並ぶ桜の木々に金色の瞳を向けた。
「あれだ」
 朱羽が示したのは他と比べてやや開花が遅い感じのする桜の木だった。桜は少ない花びらを緩やかに散らしている。朱羽の視線がその木へ至ると同時に、周囲の桜の色が薄桃から白へと変わった。
 続いて鰆がその木にそっと手を触れた。木の躍動と共に残された思念が流れ込んできた。
「お母さんって……黒いショートカットの女の人、亡くなった?」
 青年を振りかえって鰆が尋ねると、彼は力なく頷いた。妹の会いたがっていた人とは、きっとこの母親のことなんだろう。
 十数年に一度起こるという、『誘い桜』の神隠しに会うぐらい、強く。
 みそのは桜の側へ寄り、胸の前で両手を組んで強く念じた。すると辺りは唐突に暗くなり出し、その桜の周囲の空間が歪み始めた。6人は急いで桜の周囲に集まる。
 薄桃の桜はゆっくりと花弁を散らしながら、その色を白へと変えていった。



「梨花!」
 舞い散る桜の根本でそれをぼうっと見上げている少女を見つけて、青年が叫んだ。駆け出した青年のあとを追い、5人も少女に近付いていく。
 少女はちらりと青年を見ただけで、またすぐに桜の木に目を移してしまった。
 少し遅れた所から桜の木を眺めていた鰍が、その色を認識できる距離になって小さく息を呑んだ。
「赤染めの桜や……」
 桜はその花びらを散らす度に、少しずつ白から赤へと変色しているようだった。
「妹さんの生気を吸って、自らの気を高めているみたいですね」
 みそのが桜を見上げて言った。青年には聞こえないように、小さな声で。
 虚ろな目の少女は、兄の「帰ろう」という申し出に、頑なに首を振り続けた。彼女はただ桜を見上げ、母がもうすぐここに来るから、と言って聞かない。
 その内、桜に残った花が僅かになり始めた頃に、ざわりと風がどこからともなく吹いて一息に花びらを攫っていった。瞬く間に桜の木の映像は消え、変わりに遠くから一人の女性が歩いて来る。
「お母さん!」
 はっとして走り出した少女を受け止めて、女性は酷く柔らかく、切なく笑った。
「梨花……こんな所まで来てしまったのね」
 母は優しい仕草で娘の髪を撫でながら、やがてそっとその肩を押して言った。
「帰りなさい。今ならまだ……」
 その言葉に少女は嫌、嫌と首を振る。母親は顔に浮かべた寂しさをより一層濃くして、離れた所で見守っている息子と、見知らぬ5人を眺めた。
 母親と目が合って、シュラインは少女の方へと寄った。そしてそれから母に縋りつく少女をそっと引き離し、宥める。
 少女は抗わなかった。
「……帰りましょう。ここに残ってもまた離れ離れになるだけよ」
 それに今度は戻れなくなるわ、と付け足して、シュラインは少女の肩をそっと押した。少女の母親は薄く笑うと、見る間に儚く消えていく。
 少女はそれを視界の外に追いやって、自分のことを見ていた兄に笑顔を向けた。
「……帰ろう、お兄ちゃん」
 閉じた空間は波打って、泡のように消えた。



 報酬を受け取り興信所に戻ったシュラインは、そわそわとしていて落ち着かない様子の草間に出迎えられた。草間はシュラインが手にしている茶封筒を目敏く見つけると、今更ながらに「お帰り」と取って付けたような挨拶をする。
 シュラインは草間の態度に呆れつつ、自分の事務デスクに向かいながら言った。
「今回は捜索参加者に直接報酬が下りたのよ」
 茶封筒を机の引出しにしまい、草間を振り返ってにっこりと笑う。
「つまり、仲介料はなしってことね」
 一瞬にして青褪めていく草間を見て多少悪いような気もしつつも、偶にはいい薬よねと考え直し、シュラインはまた溜まっている事務を片付けるために机に向かうのだった。



                         ―了―



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2757/井園・鰆(いぞの・さわら)/女/17才/高校生・画材屋『夢飾』オーナー】
【2758/井園・鰍(いぞの・かじか)/男/17才/情報屋・画材屋『夢飾』店長】
【1388/海原・みその(うなばら・みその)/女/13才/深淵の巫女】
【0086/シュライン・エマ(シュライン・エマ)/女/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2058/矢塚・朱羽(やつか・しゅう)/男/17才/高校生・焔法師】
(※受付順に記載)


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、ライターの燈です。
「誘い桜」へのご参加、ありがとうございました。

>シュライン・エマ様
 2度目のご参加ありがとうございます!
 シュラインさんのキャラクターは何故かまだお若いのに、「草間興信所のお母さん」みたいな気がします。しっかりしていらっしゃって、細かいことにもよくお気づきになられているからでしょうか……?
 今回少々長くなってしまいましたが、どこか一部分でも楽しんでいただけるところがあれば幸いです。

 それではこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!