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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


東京怪談 remix FAITH-FATALITY ■ 01.『探偵』の来訪


■オープニング■


 暖色のライトに照らされた店内。
 黒服の男がふたり、カウンターに着いていた。
 彼らの前にはグラスが置かれている。
「………………どうして『ここ』なんだ、ディテクター」
「…嫌ならお前まで来る事は無かったんだが?」
「俺が手前のお目付け役だって事忘れてんじゃねえだろうな…」
「…それもお互い様の話だろう? 狂犬染みた男と付き合わにゃならんのは俺も大変でね」
「…ンだとぉ!?」
「…騒ぐと追い出されるぞ? 俺はそれでも構わんが。…仕事で無い時くらいはお前の姿が無い方が落ち着ける」
「くっ…何考えてるかわからねえような…いつ裏切るとも知れねえ野郎を放置出来ると思ってンのかよ…」
 その何処か筋者風な男の方は、ち、と舌打つと、じろり、とカウンターの中にいる小柄な男を睨め付けるよう見上げる。睨まれた小柄な男――赤みを帯びた金、と言う異形の双眸を持つバーテンダーは、素知らぬ顔でグラスを磨いていた。
 一方、ディテクターと呼ばれた男はその発言を聞き、ふ、と呆れたように笑う。
「…それもお互い様なんだがな。お前も下手に放置しておいたら危険な男だろうよ、鬼鮫」
 そして、無造作に煙草を一本銜えた。
 と。
 当然のようにカウンターの中、グラスを置いたバーテンダーが店の名の入ったマッチを取り出した。
 それを見て、ディテクターと呼ばれた男は少々意外そうな顔をする。
「…今日は『手品』は見せてくれないのか?」
「…すみません。今後はやらない事に決めたんですよ」
「…そうか」
「期待して下さっていたのなら、申し訳ありません」
 バーテンダーの手許で、擦られたマッチの先端に小さな火が灯る。
 ディテクターと呼ばれた男は当然のようにそこに煙草の先端を近付けた。点火する。
 黒いグラスの奥に透ける瞳が満足そうに細められると、煙が吐かれた。
「…いや、構わんさ。これで充分だ」
「…有難う御座います」
 バーテンダーは、すぐさまマッチの火を消すと、静かに目礼。
 ディテクターの隣に座る鬼鮫と呼ばれた男は、それを視界に入れるなりこれ見よがしに、ふん、と鼻を鳴らすと顔を背けていた。
 それを宥めるように、バーテンダーはオーダーされていた次のグラスを鬼鮫と呼ばれた男に差し出している。

 …とある日の『暁闇』の風景。
 そこに、からんとドアベルを鳴らし、入ってきたのは――。



■それでも、変わらず遠い人:ササキビ・クミノ■


 私がここにいるのは何故か。

 私が人の多く居る場所に出てくる事は滅多に無かった。
 生まれ持った障壁の致死効果を恐れていたからだ。
 だが。
 累積での効果が殆ど無いとわかった時。
 私は積極的に動く事にした。

 仕事も。
 私事も。

 前程…厳格に動き方を選ばなくとも良くなった。
 そして、前よりは人との交流も多くなった…それでも、いつも通りの日々。
 ………………草間が、いない。

 筈だった。

 なのに。
 再び、それもこんなところで目にする事があろうとは。

 誰にも何も言わずに出て行った男。
 今はまた、名を変えてしまった男。

 以前、草間興信所で同席した事もある青い髪のお兄さん。急に飛び込んで来た彼もまた私と同じ男を明らかに意識していた。それ程の存在感を放つふたりの黒服。…ディテクター、鬼鮫。
 否、存在感…と言うだけの理由では無いか。
 ディテクターの過去の名を知る同士、それだけである訳…かもな。

 私は先刻からこの場を借りている。
 待機場所として選んだ場所がここだった。…位置関係が頃合だった故だ。店員が知人だったことも幸いした。

 そんな中に、初めは鬼鮫だけが居た。
 更に少しして、来訪したのがディテクター。

 ボックス席の奥で座っている私の存在に気付いて居るのか居ないのか、彼らはカウンターで酒を飲んでいる。
 ディテクターの喫う煙草から、紫煙が燻っている。
 彼らがその場に落ち着いた――その後に飛び込んで来たのが、確か、芹沢青と言うこのお兄さん。

「…やっぱり、草間さんじゃないですか。何してるんですか」

 低い声で告げ、入ってくるなりお兄さんはカウンターへと移動する。ディテクターのすぐ側、鬼鮫と逆の隣、空いている席に掛かる形でカウンターテーブルに手を突いていた。…座らない。何か、ディテクターに詰め寄ろうとしている形。…但し、それにしては何処か静かで。傍から見れば知り合いと話している、ただそれだけのように見えたろう。
 ただ、私には…その所作が静かなだけ、強い怒りがあるようにも思えた。
 鬼鮫がその顔を見上げている。

「…どう言う経緯でこんなところでヤクザと仲良く飲んでるのか知りませんけど、何か大切な事忘れてるんじゃないですか」

 ヤクザ…ああ、見た目はそうかもしれない。
 けれど彼らはその見た目とは裏腹に、暴力の世界からは疾うに退いている人たちと言える。
 脅しすかしのある世界とは無縁になってしまった人たちである、と。

 ディテクターも鬼鮫も何も答えようとしない。
 ………………今更ヤクザと言われても反応する訳も無い、か。

「…」
「零さんの事、放っておくつもりなんですか」
「…お前たちが居るだろう」
「…そう言う問題じゃないでしょう。草間さんと俺たちでは意味が違います」

 確かにな。
『仲間』と『家族』は、違うだろう。
 そして零さんにとっては、そのふたつを敢えて天秤に掛けるなら…『家族』の方がより重要だ。
 …無論、本来は天秤に掛けるべきものでも無いが。
 それに芹沢さんの言う通り、『家族』の中でも草間の存在は零さんにとって別格な筈だ。

「…」
「どうして何も告げずに居なくなったんですか」
「必要が無いからだ」
「それを決めるのは草間さんじゃない。…そりゃ、よっぽどの理由があって、周りが巻き込まれるのを避ける為だったのかもしれないけど、だからってそれで納得できる訳じゃない」
「納得、か。それが出来れば良い訳か?」
「…答えてくれますね」
「答えるなら、お前の言う通りになるな。それ以上の答えは無い。…わざわざ巻き込まれに来るんじゃない」
「それは無理な相談ですよ。…幾ら危険だからって」
「意味が違う」
「え」
「巻き込みたくない理由は、これは全部俺の我侭だからだ。お前たちとは何も関係の無い、な。…確かに多少の危険もある。だが、それだけなら大した事は無い。…そもそもただ危険と言うだけの話なら、初めからお前たちに任せた方が丸く治まるだろう?」
「…草間さん?」
「お前だってそれなりにやる筈だ。そこの真咲もな。…零だって、その能力をフルに顕したなら俺くらい軽く殺せるぞ? むしろ俺が一番弱い。…危険だと言う事を第一に考えるなら俺は今ここには居ない。以前通りにお前たちの力を有難く頼っているさ」
「…」

 ………………ディテクター。
 そこまで、草間武彦を捨てたように装うか?

「…何言ってるんですか、草間さん」

 私は瞼を閉じる。
 ディテクターの思惑が、痛い。

「………………変ですよ、草間さん」
「そうか? …だったら俺はお前の言う草間さん、じゃないんだろうよ」

 口許だけで微かに笑う。
 ディテクターのそれが、何処か自嘲めいて見えたのは気のせいだっただろうか。

「ふざけないで下さい。じゃあ違う事をもうひとつ聞きます。…普段は触りもしなかった銃まで持ち出して、何をするつもりなんですか」

 …それは。

 問うても答えは返るまい。
 私はそれを知っている。

「零に聞いたか?」
「違います」
「なら、何故だ?」
「俺は『地の記憶』が起こせます。それだけの事」
「…それは、過去に起きた事象を視る事が出来る、と言う事か?」
「…そうです」
「零以外に誰も知りはしないと思っていたがな。そう言う理由ならわからないでもない。…忘れていたな、あの場所の意味を」

 あの場所の意味。
 何を言っているのだろうか。

「意味…?」
「お前みたいな奴が居る事が…特に意識しないで済むくらい、普通過ぎた、って事さ」
「何の話だかさっぱりわからねぇが…纏めちまえばディテクター、こいつも超常能力者、って事な訳か?」
「…だったらどうする?」
「…どうして欲しい? 殺してやろうか?」
「鬼鮫」

 咎めるような口調で、ディテクター。
 芹沢さんは理解出来ないとでも言いたげな顔をし、弾かれたように鬼鮫を見ている。
 確かに、いきなり『殺してやろうか』、は無いだろう。
 だが、この男は超常能力者や人外の者をひどく嫌う。
 相対するならこのくらいの軽口は序の口だ。…それが本気の殺意になるかどうかは状況次第。
 鬼鮫を諌めた後、ディテクターは芹沢さんに目を向けていた。

「帰れ」
「帰りません」
「…真咲」
「…芹沢さんは別に騒いでらっしゃる訳じゃありませんから。追い出す必要を認めませんが」
「…客に迷惑を掛けているのは構わない訳か?」

 感情のこもらぬ声で、カウンターの中に告げるディテクター。芹沢さんの事も見ないまま。
 するとカウンターの中のバーテンダー…真咲さんは、見計らったようなタイミングで芹沢さんの前に珈琲のカップを置いている。

「…こちらもお客様ですので」
「…いつオーダーが入った?」
「聞き逃がしただけじゃありませんか?」
「…」

 ディテクターは眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに黙り込む。

「だったら俺が出て行くか」

 言って、ディテクターはグラスの中身を干した。
 見せ付けるように、唇の中に放り込む。
 帰るつもり、と言いたい訳か。

「…待てよ草間さん」

 芹沢さんは声を荒げない。
 その内心では荒れ狂っているのかもしれない。瞳を見れば察しは付く。
 私には、その心はわからないでもない。

 だから私は青い髪の彼に、歩み寄る。
 ………………それはディテクターの、すぐ側でもある。

「芹沢さん」

 気付いたように無造作に視線が投げられる。
 黒いレンズ越しのものと、青褐色の――どちらも、ひどく冷たい瞳に。
 私は呼び掛け、ただゆっくりと頭を振って見せる。
 芹沢さんは私の姿を見、何処か意外そうに目を一度、瞬かせていた。
 それで、言葉を止めはした。
 …察してくれたのだろうか?

 私はディテクターを見る。

「こんなところで会うとは思わなかった」
「…そうだな」

 答える声はひどく静かで。
 どう相対したら良いのかわからなくなる。
 だから、ただ、そのままで居てしまう。
 別に苛烈なものでは無い、けれど有無を言わせぬ全身での拒絶が見える。

 それでも、私は追い掛けてしまうのだろう。
 その背中を。
 きっと。

「恐らくは、また何処かで、会う事もあるのだろうな…」
「…そうならない事を祈ろう」
「…それ程に私たちを厭うか?」

 私たちを否定するのか? 草間。
 何をしようとしているのかは知らないが――それだけは許せない。

「…お前たちは俺に関る必要が無いと言うだけだ」
「必要はその時々になってからわかる事だ。現に私は今偶然ではなく必然でここに居る。ずっと貴方たちを見てはいた。声を掛けたのは偶然か? 私は今見兼ねて口を挟んだだけだ。何も無ければ話し掛けるつもりも無かったが…こうなったのは必然と言えよう」

 私の仕事は貴方のすぐ近くに出来てしまう…事もある。充分に。
 そうでなければ今、お互い…ここでこうして会う事すら、有り得ないだろう?

 私は時計の秒針を確認した。
 猶予は今少し。これもまた必然。

「…私はもう、じきに行かねばならない。ただ、居合わせたこの僅かな時間だけは――充分に必然だ」

 顔を合わせたのは確かに偶然かもしれない。
 けれどそうなるべく動かされた必然は――別のところで作られる。
 可能性は皆無では無い。
 最後に、私はカウンターの中に声を掛けた。
 …待機の場を提供してくれた事に、礼を言わねばならない。

「紫藤さん、真咲さん、邪魔をした。御好意で場を貸して頂けた事、感謝する」
「いえ。次は御仕事でない時にでもごゆっくりどうぞ。歓迎しますよ?」
「そうも行かない。…以前言わなかったか? 私の身には致死の障壁があると。時間の累積効果もまだ完全に消えた訳ではない。可能性は残っている」
「…それだけが理由ですか?」

 穏やかながらも何処か鋭い真咲さんの科白。
 それだけが理由、としたいが、この相手では説得力は無かろう。
 下手な嘘はこちらの姿があまりに見苦しくなる。

「…その方が都合が良いだろう?」

 だから私はそう答えた。
 そしてディテクター…否、草間の顔を見る。
 すぐに、私は店のドアに向かった。
 ………………待機の時間は、終わりだ。

 表に出た――その場所で。
 私は瞼を閉じて、暫く…中に居るひとりの存在へと思いを馳せる。
 取り戻せるなら取り戻したい。
 芹沢さんのように体当たりでその行為を責められる事が、ぶつかれる事が羨ましい。
 けれど。

 何を言おうと。
 草間は。

 ………………きっともう、二度と戻らない。

 言い聞かせ、瞼を開くとそこにあるのは夜の街。
 私の世界と彼らの世界が…ほんの時折でも交錯する混沌の魔都。
 …私はこの世界を歩いている。

 そして静かに足を踏み出す。当の店から離れる為に。
 血と硝煙の臭いに満ちた、ひどく無機的な私の世界へと帰還する為に。

 やがて、通りすがりに遠目に見えた、見慣れた赤いスーツの女性。
 …彼女ですらも私の世界とすれ違う。
 気付かれるならそれも良い。
 気付かれなければそれでも良い。

 振り返る事は、しなかった。


【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■2259/芹沢・青(せりざわ・あお)
 男/16歳/高校生/半鬼?/便利屋のバイト

 ■1166/ササキビ・クミノ
 女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※以下、関連NPC

 ■ディテクター:草間・武彦(くさま・たけひこ)
 男/30歳/IO2エージェント:草間興信所所長

 ■鬼鮫(おにざめ)
 男/40歳/IO2エージェント ジーンキャリア

 ■真咲・御言(しんざき・みこと)
 男/32歳/バー『暁闇』のバーテンダー兼、用心棒(兼、草間興信所調査員)

 ■紫藤・暁(しとう・あきら)
 男/53歳/バー『暁闇』のマスター

 ■草間・零(くさま・れい)
 女/?歳/草間興信所所長代理、探偵見習い

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          ライター通信
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 いつもお世話になっております深海残月です。
 何やら手が出し難かったかもしれない(汗)異界にまで御参加下さり有難う御座いました。
 ただ、申し訳無い点がひとつ。

 …『当方の異界はWR「ALF」様の「VSN:虚無狩りの刃」、「草間興信所:甦る紅」等の話とはリンクしておりません』。

 よってディテクターの銃の形が違うのは…当方だとそう言う設定だと言う事で納得してやって頂けると。
 ディテクターのNPC設定を見て頂ければわかるかと思われますが、公式の設定には「古いリボルバー型のもの」、とだけあったと思います。なので当方ではリボルバーの元祖とも言えるようなSAA…つまりやたら古そうな形に合わせてみただけの話でありまして…。M19シリーズ辺りの方がまだキャラクターに実際使わせるにも便利かとは思ったんですが、重なってしまうと思ったんで…こちらの設定では予めわざとズラしておきました。

 なので、もし次回以降も当方異界への参加を考えて下さる場合は、今回プレイング内で重視されていた話は忘れて頂けると幸いです(礼)。当方異界では「草間→ディテクター」と直接変わっている方向になっておりますので。今回、そちら様が彼ら黒服ふたりを元々御存知だ、と言う設定は踏まえさせて頂きましたが。
 その旨、どうぞ御了承の程宜しくお願い致します(礼)

 と言う訳で。
 今回は…諸々の都合により、二名様の御参加になりました。
 視点はPC様完全一人称で。
 とは言えそちら様の一人称が私で描き切れたのか物凄く謎なのですが(汗×∞)
 二名様参加になったのは、頂いたプレイングから考えた結果です。…正直、そちら様のプレイングだけでは殆ど動かしようがなかったもので(汗)その分同時参加の方に頼らせて頂きました…。
 同時参加になりました他の方のノベルを見ますと、PC様がどう見られていたのかがわかります。

 当方異界こと『東京怪談 remix』では、色々な路線を御用意させて頂く予定ですので、宜しかったらまたどうぞ。
 基本的には、何処から手を出しても構わない話にするつもりですから。
 ちなみに異界窓口に関しては、後三回は連続で「FAITH-FATALITY」からOPを出す予定です(実際の受注は間に他の依頼系を挟みますが)

 では、またお気が向かれましたらその時は…。

 深海残月 拝