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<東京怪談ノベル(シングル)>


君に逢いに来た理由

 春の穏やかな風が吹き抜ける季節。梅の花が咲き、甘い香りを届ける先には、古びた旅館の前で佇む一人の少女がいた。
「ここだ」
 リュックを背負い直し、両手に握られた鞄を地面に下ろしながら、海原・みあおは周囲を見渡す。その姿は家出少女のように見えなくもないが、旅館の中から現れた一人の女性は優しく微笑み、そしてゆっくりと頭を下げた。
「いらっしゃいませ、海原様」
「こんにちは!先日は姉がお世話になりました」
 そう言うみあおに、女性は「いえ、こちらこそ」と言いつつ、地面に置かれた鞄を持ち上げて中へ入るよう先導する。


 宿の名前は蝋燭館。春休みに入る前に姉が話しをしてくれた宿だ。
 そこは蝋燭の明かりが綺麗で、美肌効果のある温泉があるという。ある編集部の人間は茹蛸になり、ある者はしっぽりしたとか。
 けれどみあおが惹かれたのは、温泉でも蝋燭でもなかった。
「わたくしよりみあおの方が合うでしょう」
 姉に言われた一言は、好奇心旺盛な自分の気持ちをワクワクさせたのだ。
 誰にも気づかれず、寂しい思いをしている座敷童子の存在。
 
『また来てね 皆───』

 そう見送りながら言った座敷童子に、どうしても会ってみたくなった。
 全員では来られなかったけれど……。

「あの!!」
 そこまで考えて、ふと旅館に入ったみあおが女将を呼び止めた。
「どうかなさいましたか?」
「あの……ここってまだ……座敷童子って出るの?」
 みあおの言葉は唐突だったのか、女将は一瞬吃驚した顔をしたが、すぐに微笑んでみあおへと視線を合わすように膝を折る。
「お姉様達のおかげで、座敷童子の方も居て下さっているようです。ただ私は幽霊などが見えませんので、「何処にいるのか」「いつ頃現れているのか」ということは判りませんが」
「そっか……いるんだね♪ あ、これはお姉様が、どうぞって♪ 『さくらだい』っていう鯛、おいしいらしいよ」
「えぇ、いらっしゃいますよ。まぁ、すみません。頂きますね」
 お土産を受け取りながら、女将は小さく微笑んでから宿泊する部屋へと案内した。


 みあおが泊まる部屋は、一番奥にある庭に面した部屋。床の間には高価そうな花瓶……はどうやら避けたらしい。予約を入れた父親が事前に「元気のある子だから」と言ったのか。掛け軸も……どうやら外されているようだ。
「別にいいけどさ……」
 荷物を隅に置きながら、みあおはぶすっとしてみせる。いくら今回の目的が座敷童子と遊ぶことだったからって、花瓶や掛け軸を壊すような遊びをするつもりはなかったのに。
 と……。

『くすくす──…』

 小さいけれど、誰かが笑う声が聞こえてくる。
「!!! 誰!?」
 きょろきょろと辺りを見回すみあおは、冷蔵庫や押入れの中、座布団の下までも探してみた。
 あれは子供の笑い声。
 そして生きている者の笑い声とは、どこか……なんと表現したらいいのか判らないけれど、どこか違ったのだ。
「何処に隠れてるの? 出てきてよ。君に逢いに来たんだよ」

『ボクに逢いに来たの? おねえちゃん……』

 ひょこっと入り口の戸から顔を出したのは──着物姿の男の子。年はみあおと同じくらいだろうか。伺うようにみあおを見る瞳は、なんで自分に逢いに来たんだろうと言いたそうである。
「んとね、前にお姉様と会ったことあると思うんだけど。私は妹でみあお。君と友達になりたくて、逢いに来たんだよ」
 その言葉に少年は無言のまま、すーっとみあおの前に移動した。足音を立てることなく進む姿は、やはり生きている者ではない証だった。

『ボク……みあおちゃんとお友達?』

 照れ臭そうに紡ぐ姿は、何年……いや何十年、何百年一人でいたのだろうとみあおに思わせた。友達という言葉が、どれだけ少年の心に響いたのだろうか。
 みあおはニコリと微笑んで、座敷童子の手を握り締める。
「今日から君とみあおは友達だよ。一緒に遊ぼう♪」

『…………うん♪』


 まずはどれからやろうか、とみあおと座敷童子は悩んだ。時代的なギャップがあるため、座敷童子の知ってる遊びをみあおは知らず、みあおが知っている遊びは座敷童子が知らない。知っていても、出来ないのだ。

『みあおちゃんがやっている 遊びでいいよ? ボク』

 鞄から取り出したゲームを並べて唸り声を上げているみあおに、座敷童子がクスクス笑いながら言った。
「ん〜〜なら君は何がやってみたい? あ、大丈夫だよ。君でも触れるようにしてあるから、ぜ〜んぶ出来るから♪」
 テレビゲームのソフトを座敷童子へと渡し、みあおもまた違うゲームを探し始める。

『…………』

 しかし座敷童子はそれを眺めるも、何も言わない。
「どうかした? やりたいのがない??」
 不安になり、みあおが尋ねてみると、座敷童子はフルフルと首を横に振ってソフトをみあおへと返してきた。

『ごめんね ボク 字が読めないの──…』

「あっ……ごめん」

『ううん みあおちゃんのせいじゃ ないよ でも……これ、やってみたいかな?』

 指を差すソフトに、みあおは「それじゃ、やろ♪」と早速ゲームを起動させる。


 が!!!


『みあおちゃん……怖いよぉぉぉ!!!』
「駄目だよ。その扉にはゾンビが……あ〜〜!!!」
『食べられてる!! ボク 食べられてる!?』
「え〜っと×ボタン連打して!! あ〜〜後ろからも来てるよ!!」

 なんで座敷童子がゾンビ退治のゲームをやっているのだろうか。否、何故それを選んだんだろうか。
 迫り来るゾンビを前に、座敷童子(の操るキャラクター)は成す術もなく噛み付かれ、そしてパタリとその場に倒れ伏した。
 みあおの必死な案内役も空しく、座敷童子は10戦10敗と好成績でゲームを終える。
「…………君、このゲーム合わないのかな」

『もう1回……やってもいい?』

「そして意外と負けず嫌いだし」
 再度ゲームを始める座敷童子に、みあおは呆れつつも不思議な光景に苦笑した。
 実は他にも座敷童子用としてゲームを用意していたのだ。すごろくや、福笑い、おはじきにお手玉。あまり上手には出来ないけれど、家でこっそり練習もしてみた。勿論父親が買ってくれたゲームも何個か持ってきてたけれど、メインにするつもりはなかったのだ。
 座敷童子である少年とずっと居られるわけじゃないから。
 たった2日しかないから。
 だから──

 ──君が楽しめる遊びをしようと思ってたんだけどな──

『みあおちゃん 助けて!!』

 けれどそんなこと気にしなくて良かったのかもしれない。
 座敷童子にとって、みあおはもう友達なのだろう。拙い指先でコントローラーを弄り、隣のみあおの服を引っ張る姿は、学校の友達と変わらない。
 純粋で何も知らず、ただ一人で居た少年の初めての友達。
 なんだか胸がドキドキして、ワクワクがいっぱいになると、
「よ〜し!! みあおに任せてね♪」
 加勢〜ともう一つのコントローラーを手にして、二人でゲームの世界へと熱中していった。


 そして夜ともなれば、やることは一つなわけで。
「そ〜れ!!」

ぼふっ!!

『うっ 痛い…… えぃ!!』

ばふっ!!

 部屋には二つの布団が並べられ、枕が部屋を飛び交った。
 今この部屋に誰か来れば、一人でみあおが暴れているように見えるだろうが、そこには確かにもう一人いるのだ。
「明日。天気が良かったら、竹馬教えてくれる?」
 枕を投げながらみあおが言うと、座敷童子は枕を抱えたままニコと微笑んで「うん♪」と頷いた。


 こうして二日間はあっという間に過ぎ去り、みあおが帰る時がやって来る。
 リュックを背負い、旅館のワゴンが入り口に到着すると、みあおは見送る女将達とは別に視線を向けた。
 そこは梅の木の下。旅館の入り口で、座敷童子は少しだけ寂しそうな表情でこちらを見ている。
 楽しかったからこそ、別れが寂しくて辛い。出来ることなら座敷童子も一緒に居れたらいいのに、と思う。

 ──でも……それは出来ないから──

 だから──…

「また来るから。指切りしよ♪」
 梅の木の下に走ると、みあおは一人の少年と指切りをした。
 今度来る時はもっといっぱいお喋りして、もっといっぱい遊ぼう、という約束。


『またね みあおちゃん──…』

 過ぎ行く車に向かって、着物姿の少年は涙を浮かべ、けれど笑顔いっぱいに手を振っていた。

【了】