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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


鬼兵


■序の、序■

 三下忠雄が戻らない。よくあることだ。
 しかし、編集長碇麗香に命じられて取材に向かってから、すでに3日が経とうとしていた。
「あんなバカなノロマでも、いないとそれなりに困るのよ。来週締切なんだから」
 麗香はぼやきつつ、応接室で書き物をしていたリチャード・レイの前に、どさんと資料を積み上げた。
「わたしの方も、そろそろ締切なのですが」
「予言するわ。資料を読んだ後、あなたの気持ちは変わっているでしょうね」
 麗香はにいっと笑みを広げ、レイは素直に資料に手を伸ばした。

 三下が取材――探検というべきか――に向かったのは、東京郊外の森の中。そこにひっそりと佇む明治時代の科学研究者芹沢門吉の研究所だった。研究所はこれまでにも心霊スポットとしてアトラスが取り上げたこともあるほどの不気味な洋館だったが、通りすがりの浮遊霊が時折現れるくらいで、それほど大騒ぎされるような怪奇事件も起きていなかった。そもそもそこが芹沢博士の研究所であるということを、地元民も知らなかったのだ。
 それがここ最近、誰もいないはずの研究所に時折明かりがつき、物音がしているという。探検に行った子供たちは泣きながら帰ってきた。三下が取材に行く前に研究所に様子を見に行った森林作業員がひとり、戻らないという噂も立っている。

 ここまで資料を読んでも、何故レイは自分に白羽の矢が立ったのか理解できなかった。
 だが次のページをめくったところで、きらりと彼の瞳が紫色に輝いた。

 研究室の扉に刻みつけられているのは、<コスの印>と呼ばれるものに酷似している。レイの専門分野だった。
「芹沢博士は、渡英経験があるわ。イギリスから帰ってきてから、いわゆるマッドサイエンティストになったらしいの。零ちゃんが芹沢博士の名前を知っていたわ」
「レイさんと言えば……レイ・クサマさん、ですか」
「ええ、初期型霊鬼兵。半永久的な生命、絶対的な忠誠心、食費などの維持費もかからない『兵士』を、人間の手で造るというコンセプトは――芹沢博士の研究から引き継がれたものだというのよ」
「人造人間の研究、ですか。そう言ったケースはあまりわたしの分野では例を見ませんが……戦争へと導こうとする介入があったのだとすれば……或いは……」
 レイは資料を置き、小さく頷いた。
「――わかりました。ミノシタさんを助けましょう。並行してセリザワ博士の研究所も調べます」
 予言は真実となった。
 麗香は大きく頷くと、応接室を出ていった。レイが溜息をつく後ろで、蔵木みさとがそそくさと出かける準備を始めていた。


■すすりなき■

「そぅら、やっぱりな!」
 洋館の壁に耳を押しつけた男が、にやにやしながら声を上げた。
 少しばかり尖った耳に、浅黒い肌。ぱりっとした黒スーツ。今回、リチャード・レイの話に初めて乗ることになった藍原和馬である。
「この情けないすすり泣き、絶対間違いなく確実に三下のやつのだ」
「失礼」
 あなたの言葉を信用していないわけではない、と意味の『失礼』だ。そう断ってから、和馬がしたように壁に耳をあてがったのは、九尾桐伯。たちまち彼の顔にも笑みが浮かぶ。
「――ええ、同感です」
「ふたりとも、耳いいんですねえ」
 ほああ、と感嘆の溜息を漏らしたのは――どこにでも居そうな、山吹のシャツの大学生だった。彼は、山岡風太といった。ここのところ、レイやレイの助手と縁があるらしい。今回の調査の話も、偶然アトラス編集部に行ったその日に受けることになったのだ。
 失踪した三下は、今もこの洋館に居るらしいことがわかった。その事実が判明したとき、調査隊を率いることになったリチャード・レイは、洋館の周囲をぐるりとひとまわりして、つぶさに洋館の壁や窓や扉を調べているところだった。彼が意外なほどにうっかり者だと知っている調査員が数名、レイについて歩いている。意外と親切なのかもしれない冷めた翻訳家、田中緋玻と――レイはあまり協力に感謝していないが、「やはり」ついて来た星間信人がお供である。この場合、お供がレイと言ってもまったく差し支えはないだろうか。レイはすでに懐中電灯を忘れるという失態をひとつ、壁を叩いたときに勢い余って壁に穴を開けるという失態をひとつ犯していた。
「三下より危なっかしいときもあるわ」
 レイの後ろで、緋玻が呟く。
「それがリチャード・レイさんを指す言葉なのか、まったく別の人を指す言葉なのか、非常に興味深いところではありますね」
「……何言ってるの?」
「さあ」
 信人は、謎をかけたようだった。緋玻は蒼い目を忌々しそうに細めたが、信人はいつも通り、喉の奥で笑いながら眼鏡を直したのだった。
「三下がここに居ると確認できたなら――ここで何をぼんやりしている必要があるんだ」
 どの調査員とも離れたところ、洋館の入口に最も近いところで煙草を吸っていたのは、和馬と同じく今回がレイと初顔合わせの青年だ。上総辰巳といった。喫煙者が煙草を吸うとき、それは煙草を吸わない者が暇を持て余して突っ立っているときと全く同じ意味を持つ。要するに彼は、少しばかりいらいらしているところだった。
「そうせかせかすンなよ。目的は同じなんだし、まったり行こうぜ」
 ぺし、と肩に置かれた和馬の手を、辰巳は石のような無表情で振り払った。和馬のほうはと言えば、まるでそれを期待していたかのような素振りを見せる。即ち、肩をすくめて苦笑い。
「……これ以上ここで無駄な時間を浪費するなら、僕は先に行く」
「危険です」
「何処が?」
 煙草を打ち棄てて中に入ろうとした辰巳を、やんわりと桐伯が制止した。彼は振り向く辰巳に、洋館の扉の上部に刻み込まれた印を示す。
 それは、事前にレイから見せられた写真の中にあった印と、よく似たものだった。写真に写っていたのは、この洋館の内部のドアのものであったはずだ。それが、洋館そのものへの入口にも見受けられた。
「この手の印があるところでは、あまり面白くもない事件が起きるものでしてね」
「もう起きてるだろう。だから僕たちはここに来たんじゃなかったのか」
 ぴしゃりと言い放つと、辰巳はしかし、懐から愛銃を取り出したのだった。
 桐伯の警告に、素直に従ったということだ。
 辰巳が古びた扉を開けて、中に入っていく。
「おいおい、待てよ」
 和馬がそれを追い、洋館の中へと消えた。桐伯は奇妙な印に一瞥をくれたあと、黙ってふたりの後を追った。

 芹沢門吉の研究所は、あちこちが崩落してはいるものの、洋館としての原型は留めていた。住む者を失った建物の劣化は激しいが、この研究所は例外であると言えるだろう。何しろ事前に緋玻と信人が調べたところによれば、芹沢博士はこの洋館を建てて間もなく消息を絶ったため、その後100年もの間、洋館は主も持たずにここに存在し続けているのである。
 緋玻が睨んだ通り、何度かここを訪れている編集部は、簡単な内部の見取り図を残していた。だが、一介の記者が例の印に興味を示すはずもなく、写真にあった扉がどの部屋のものであるかまでは記されていない。
「それほど広いところでもなさそうだし、あの塾の先生が言っていることも一理あるわ。中に入りましょう」
「中は狭くとも、広いところに繋がっているかもしれませんが」
「その接点に近づかなければいいことよ」
 にやついた信人にするどい一瞥をくれて、緋玻もまた洋館に入った。レイと信人が、黙ってその後に続いた。
「はあ、みんな行っちゃった……」
 何故、わざわざ夜の調査になったかと言えば、レイの助手である蔵木みさとが同行したがったからである。彼女は諸所の事情により、陽光を避けねばならなかった。
 最後に洋館の前に残されたのはみさとと風太だった。ふたりは緋玻、レイ、信人のほとんどすぐ後に続いた。
 100年間という時間の匂いを嗅ぐことになった。まだ、先に行った者たちの声や足音が聞こえる。それでも、そわそわと動くみさとの金眼は不安げだ。
「あれ……怖いの?」
 風太が尋ねると、みさとは少しだけ笑ってみせた。
「暗いところは平気です。オバケも大丈夫。毎晩見る夢のほうが、ずっと怖いもの」
「……そっか、ヘンな夢見るって、言ってたね」
「でも、ここ……この中も……夢に見たことがあって……」
「えっ?!」
 みさとの怖々とした声に、思わず風太は声を上げた。
「どうかしましたか?」
 途端に先を行っていたレイが振り返り、声をかけてきた。保護者として、みさとの周辺を気にはとめているようだ。
「「何でもないです」」
 みさとと風太の台詞とタイミングが見事に重なり、そこで笑みが漏れた。


■雑音■

 ぎしい、がた、ごと、ぎしい、ぱちん。


■忌まわしき成果■

 洋館は緋玻が持つ見取り図通りにさほど広くはなく、すぐに2階部分の捜索は終わった。1階探索組と別れたものの、この広さでは、1階の捜索も既に済んでいるかもしれない。
 しかし、部屋を総当たりしたにも関わらず、三下の姿はどこにもなかった。
 2階は住居として使用していたようで、階段を見つけるまでにちらりと見た1階よりも、多少の生活感を見て取れた。埃と蜘蛛の巣にまみれているが、明治時代の家具もところどころに残っている。
「泣き声が聞こえたってことは、気絶とかしてないってことですよね。よかった」
「死んでるかもしれないわよ。泣くことぐらい、幽霊だって出来るし」
 前向きな風太の考え方も、緋玻にあっさりと棄却される。風太は文句を喉に詰まらせた。どうにも、田中緋玻という女性の言葉には、有無を言わせぬ力がある。
 何だかんだ言うものの、レイは信人とともに書斎らしき部屋の調査に行っていた。
「あの、眼鏡の人……」
「ああ、星間? 胡散臭い男よね」
「どっかで見た気がするんだよな……」
「アトラスじゃないの?」
「いえ、そうじゃないんです。なんか、もっと身近なところで――」
「風太さん、緋玻さん! 見て下さい!」
 隣室から上がったみさとの声に、風太はほとんど脊髄反射にも近い反応を見せた。


「着眼点が同じと言うことは、我々は思考が似通っているのでしょうねえ」
「……はあ、まあ」
 黄変した紙切ればかりの書斎で、信人とレイは噛み合わない会話を続けながら調査を進めていた。ふたりの着眼点は、確かに同じだった。しかし逆に言うと、着眼するべき点がこの書斎一つしかなかったということなのだが。
 芹沢博士が遺した論文や手紙の類のものは、一切みつからなかった。書斎の中にあったのは、埃まみれの古い学術書ばかり。
「ふむ……<コスの印>を残している割には、凡庸な書物ばかりですね」
「しかしイカリさんの話には、確かな裏付けがあります。常軌を逸した魔術的な研究を行っていたのは間違いありません」
「ひとのことを言えますか、『レイさん』?」
「だまれ」
 苦虫を噛み潰した表情、紫の目で信人を睨みつけたレイが吐き棄てた「だまれ」は、古いルーマニアの言葉だった。信人は肩をすくめ、さきの発言をなかったことにした。
「そういった狂科学者につきものなのが、隠し金庫や隠し部屋ですが」
 信人は、ぐるりと書斎を見回す。
 かちん、かちん――どこかで何かが落ちて、転がる音がした。
「――こういった、本棚が回転するなど……ね」
 信人の目星は、図星であった。


 蔵木みさとが見つけたのは、異臭を放つ缶詰の山だった。調べているうちに、物置に当たる部屋に辿りついたらしい。暗闇の中で生きてきた彼女は、夜目が利く。そのおかげだろう。
「缶詰が日本で作られ始めたのは、確か明治の始めだったわ。現存してるなんて、凄いわね」
「でも、臭ッ! さすがに100年も保存きかないみたいですね」
 顔をしかめてぱたぱたと臭気を払いながら、風太は転がっている缶詰のそばに腰を下ろした。いくつかの缶詰が開けられている。懐中電灯の明かりを浴びると、どろどろに溶けた缶詰の内容物が、ぬらりと光った。
「こ、これ……開けられたの、最近……?!」
 ぎしい、がた、ごと、ぎしい、ぱちん――
 生まれた物音にみさとが振り向き、ちいさく悲鳴を上げた。
「家宅 侵入 罪 につき、三名 捕縛 します」
 かさかさに乾いた死人の声に、
「危ない! 蔵木さん!」
 風太がみさとの腕を引っ張り、
 緋玻が無言で動いた。風太とみさとを跳び越え、声の前に立ったのだ。


 鬼兵製造計画。
 それは、後々改良され『霊鬼兵』プロジェクトへと進化し、数々の過ちを犯すことになる。しかしながら、芹沢博士が提唱したこの鬼兵計画こそが、そもそもの過ちであったのだ。
 英吉利で出会った黒い男に託されたものをもとに、博士が日本政府の極秘依頼を受けて製作し続けていたもの。
 鬼兵。
 人間の死体を繋ぎ合わせた身体に、まやかしの永遠の生命を与え、命令通りに動くだけの知性を持たせた人形だった。
 狂気に満ちた研究の成果が、書斎の奥にあった隠し部屋に詰め込まれていた。隠し部屋もまた2階構造になっているらしい。2階部分に保管されていたのは、論文や日誌、魔術書だった。
 レイにはさすがに明治時代の日本語の知識はなく、芹沢博士の研究レポートや日誌には、すぐに匙を投げた。しっかり小脇に何冊か抱え、鞄にも詰め込んでいたが。
「ふむ、……素晴らしい。黒い男……なるほど」
「やはり、そうでしたか」
「人間側から戦争に使おうと思い立ったわけではないのですね。まあ、あの方なら気まぐれでやりかねませんか。しかし、永遠の生命とある程度の知性などという都合の良いものを、どうやって――」
 物騒な物音がし、レイと信人は振り向いた。


■鍵仕掛けの生命■

 がし、と緋玻が男の腕を掴む。
 緋玻は、男の服装に見覚えがあった。明治時代の警官の制服に、とてもよく似ている。男は手袋を嵌めていたが、その冷たさは服や手袋を通してぴりぴりと緋玻に伝わってきた。
「地獄の亡者だってもっと温かいわよ」
 緋玻は顔をしかめると、腕に力を込めた。男はまったく、馬鹿力だった。人間の筋力を無視している。このままでは、筋肉は千切れ、骨が砕けるだろう。
「抵抗 しないで 下さい」
「するわよ、馬鹿」
「た、田中さん、無理しないで!」
「してないわよ、もう」
 緋玻はびくともせず、男も退こうとはしないし、驚きも怒りもしないのだった。或いは、出来ないのか。風太は男の顔を照らして、あッと息を呑んだ。男の顔の皮膚は白く干からびて、人形のようであり――間違いなく、人皮であった。
 それは風太の腕にしがみついている少女のものと同じ。
 死人の皮膚。
 緋玻が競り勝ち、男を突き飛ばした。男は転倒し、木箱の山の中に突っ込んだ。
「どうしました?!」
「警官が襲ってきたわ」
 物置に、レイと信人が駆けつける。緋玻はしかめっ面で事実を告げると、レイの腕を掴んだ。
「邪魔よ、逃げて」
「そうした方が良さそうです」
 信人が笑みを浮かべながら、後方に目を向けた。書斎から――正確に言えば、書斎の奥の隠し部屋から、もうもうと煙が上がり始めていたのだ。
「蔵木さん、行こう!」
「は、はい――あッ、でも――」
 みさとの目は、ゆらりと起き上がる警官じみた男に向けられたままだった。
 風太は、みさとの視線を追って、自然とその男の目を見てしまった。
 硝子の目だった。瞬きをして、ちゃんと動いているが――目は、義眼と同じものだった。
「……俺たち、人を探しに来たんだ」
 ごくりと唾を呑みこみ、風太は話しかけた。自分でもナンセンスな行動だとは思っていた。しかしながら、この男から殺気や敵意といったものを感じ取ることは出来なかったために、説得出来るかもしれないという気持ちが生まれたのである。
「眼鏡かけて……」
「三下 忠雄。3日前 捕縛した 侵入者は そう 名乗りました」
 乾いた声で、男はそう言って頷いた。
 風太は確信した。この男は、無碍に人を殺すような存在ではない。缶詰は、三下に与えようとして開けたのだろう。どれも腐っていて、差し入れは出来なかったようだ。何故か、この男がものを食べるようには思えなかった。
「そう、その人。ここに忍び込んだのは、謝るよ。誰も住んでないし、誰のものでもないと思ってたんだ。悪気はないんだよ。ただ、写真を撮りたくて――」
「博士」
「……え?」
「芹沢 博士 から 本研究所を 警備せよ との 命令を 受けて おります。自分は それに 従います」
「は、博士は……」
 風太は、レイを見た。レイはかぶりを振っただけだ。
 芹沢門吉の行方は、誰も知らない。だが、芹沢博士はイギリスから戻ってきた時点で53歳だった。150年以上もの時を生きる人間は、そうはいないはずだ――。
「博士はもう、いないよ」
 男は、何の反応も示さない。
「それに――それに……」
「研究所もなくなるわ」
 火が、上がっていた。

 警官じみた男の顔に、表情が浮かんだようだった。
 驚きだろうか、悲しみだろうか。
 乾いた唇をぱくりと開いて、彼は呆然と炎を見つめていた。
 みさとの手が、男の腕を掴み、引っ張った。


■生命■


 1階から上がった火の手によって芹沢門吉の研究所が完全に燃え落ちるまで、30分もかからなかった。
 警官じみた長身な男は、黙って焼け跡を見つめている。その男を、信人は「ほほう」「ふうむ」「なるほど」などと呟きながら、舐めるようにして観察していた。レイも似たような視線を送っている。
「大丈夫? やっぱりショック?」
 緋玻が軽く肩を回しながら尋ねた。
「製造番号 『陸』は 正常稼動中 です」
「そう言うこと聞いてるんじゃないけど、正常に動いてるなら何よりね」
「そっか、陸號さんなんだ」
「じゃ、少なくとも他に5人……」
「製造番号 『壱』から 『伍』までは 機構不良につき 休眠中」
 男は言ってから、思い出したように付け加えた。
「の はずです」
「それにしても、あなた、100年間ずっとここで生活してたの?」
「5日前に 再稼動 しました。38967日前 機構不良につき 第二次活動を 停止して おります」
「……何で今頃再開?」
「不明 です」
 ぎし、と男は首を傾げた。
 あ、とみさとが屋敷跡の前を指した。火がちろちろと燻る焼け跡に向こう側に、1階を捜索していた調査員たちと――三下の姿があった。


 芹沢式人造人間陸號の背に、薄れたコスの印を見出したのは、星間信人。
 つぎはぎだらけの兵隊の中に、印で封じ込められたものがあるのだと、信人は瞬時にして推測した。そして、にいと笑みを浮かべた。
 彼は持てるだけの資料を、芹沢博士の研究室から持ち出していた。明治時代の言語を辿ることも、信人にとっては造作もないこと。
 レイは自分が持ち出した資料の多くを信人をはじめとした日本人に預けるはめになった。火の手を免れた資料の中に、鬼兵に関する情報があるかどうかは定かではない。
 信人は、目下の楽しみを得て満足だ。
 人形にも興味はあったが、いま陸號の姿はアトラス編集部、応接室の前にある。面倒なところに置かれてしまったものだ。信人にとっては。

 芹沢式陸號、今のところ、正常稼動中。




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー】
【0377/星間・信人/男/32/私立第三須賀杜爾区大学の図書館司書】
【1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)】
【2147/山岡・風太/男/21/私立第三須賀杜爾区大学の3回生】
【2240/田中・緋玻/女/900/翻訳家】
【2681/上総・辰巳/男/25/学習塾教師】

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               ライター通信
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 モロクっちです。『鬼兵』をお届けします。
 今回、ノベルは2分割しています。1階探索組と2階探索組です。2階探索組は純粋な探索系となりました。陸號の謎に満ちた動力源、あと三下(笑)については1階探索側をご覧下さい。
 新たなレギュラーNPCは芹沢式・陸號(せりざわしき・ろくごう)クンです(笑)。これからモロクっちが書くアトラス編集部に常駐することになります。プロトタイプである零ちゃんのさらにプロトタイプとなりますね。か、可愛がってあげてください……。
 陸號の構造や、再稼動の理由については、今後のクトゥルフ系依頼で判明させていく予定です。
 お楽しみいただけましたでしょうか?
 それでは、この辺で。