コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


彼世鏡 〜散り果てる魂、届かぬ思い。そして、久遠〜[西多摩郡彩色町奇譚  黒の章]


[ACT.0-1 認めない]  

涙雨降る東京の空は灰色で。
 春浅い空気は未だ静かに張り詰めて、冷たい雫の音が辺りに響いていた。
 まだ、午後3時を回ったばかりだというのに灰暗い空気の中、一人傘差さずに立ち尽くす女。
 微動だにせず、虚空を見つめている。
 降りしきる雨がその漆黒の髪を濡らし、白磁のような肌を雫が滑り落ちて行こうとも、見つめ
た視線を動かそうともせずにただ、そこに"ある"女。
「何故だ‥‥‥」
 寒さのあまり紫色に染まった唇から漏れた声は、低くうめくような囁き。
「美保、何故私を残して逝った! 何故私を連れて行ってはくれなかったのだ‥‥‥」

‥‥‥‥‥‥。

 橋の上に佇む男。
 今しがた、人を食らった彼の口は血に染まり、返り血が全身を濡らしていた。
 水面に映るその姿を呆然と見つめている。
 人の形をしているが、不自然に盛り上がった筋肉と、異常に釣り上がり爛々と輝く目は常人の
それとは一線を画している。
「どうして、こんな事になっちゃったんだろう」
 その体に宿る強大な力を示すかのように、発せられて体を包んでいるオーラ。
 禍々しく、狂気を帯びたそれは、人肉喰らいの妖魔のそれだ
「ただ、強くなりたかった。それだけなのに、それだけ‥‥‥なのに」
 頬を伝わって落ちた涙が、水面に小さな波紋を立てるが、すぐに流れの中に消えて行く。
 そんな彼に、足跡が一つ近づいてきた。
「陸華、もう逃げられないぞ」
 その台詞を吐いて、彼の目前でぴたりと足を止める。
「‥‥‥加賀さん」
 呼ばれた男の名前は加賀・美保(かが・よしやす)。
「殺人容疑で‥‥‥逮捕する。警告だ、抵抗はするな。さもなくばこの手で‥‥‥‥‥‥斬る!
真是害怕破軍星 閃煌拿槍 急急如律令!!」
 警視庁彩色署の署員は、ある種特殊部隊と言える。
 人間と妖の調和を図ると言う町是があるにしろ、人間に悪人がいるのと同じように妖にも悪い
者はいる。
 それに対応する為、全員がなんらかの術者である。そして、その中でも加賀と呼ばれた男が在
籍する刑事部捜査一課と言うのは、殺人などの凶悪犯罪を分野とする一騎当千の者たちだ。
「来るなっ、殺したくないんだ。もう‥‥‥嫌だ。誰もこの業の犠牲にしたくない!」
「‥‥‥だったら、捕まるんだ。その力には封印が施される。その後、自分の犯した罪の償いを
すればいいじゃないか」
 その台詞を聞いて、陸華の表情が凍りついたかのように強張る。
「罪を償う? どうせ死刑に決まってるだろ!? 嫌だ‥‥‥死にたくは無い!」
「陸華!!」
 振り払った腕から伸びたオーラは、無数の灰色の骨片と化して加賀に襲い掛かり、傷口から鮮
血が迸った。
 人間が滴らせる血は、陸華の理性を吹き飛ばすのに十分なものだったのか。
 唸り声を挙げて、陸華は襲い掛かってくる!
「陸華! お前は俺の弟みたいな物だ‥‥‥ここに至ってはこの手で‥‥‥!!」
「があああああああああっ!!!」
 爪が肉を裂き、牙が肉を抉り取る。
 血が足元を赤く染め、皮膚は無数に切り裂かれていた。
 だが、加賀が手にした破軍の星の刃は、ついに陸華の胸を捕らえていた。
「ああ、あ‥‥‥あれ!?」
 強烈な破壊の力は陸華の命を切り裂くと共に、妖の力も吹き飛ばしたのか。
 彼を覆っていた禍々しいオーラは消え失せ、その顔も穏やかな表情となっていた。
「お、俺‥‥‥死ぬのかな」
「‥‥‥」
「加賀さ‥‥‥ん‥‥‥?」
 すでに顔面は蒼白となり、死の色を示し始めている。
 出血性ショック。
 体内を循環する血液が急激に失われ、体内の臓器の細胞が死滅することによって発生する症状
で放置すればかなりの確率で死に至る。
「なんてこった‥‥‥加賀さん‥‥‥俺の‥‥‥為に‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
 すでに意識が混濁している加賀のまぶたに走る走馬灯。
 そこに映る一人の女性の姿。

 すまない、かぐ‥‥‥夜、‥‥‥先に‥‥‥‥‥‥逝く。

 ‥‥‥‥‥‥。
 
 警察と家族の合同葬の最中、営まれている斎場を見る女。
 その目はとても空虚に乾き、辺りを彷徨っていた。
「あなたは逝った。それも、倒すべき敵を倒して」
 双眸から溢れる涙を拭おうともせずに、ただその方角を見ているだけだった。
 私は何を憎めばいいのだ!? 
 私は何を恨めばいいのだ!?
 私は何に‥‥‥何に縋ればいいのだ!?
「認めない! そうだ、認めてなんかやる物か‥‥‥貴方の死を私は認めない!!」
 なんと、その女は空に舞い上がり、斎場に向けて一直線に飛んで行くではないか!
「闇よ! 全てを包み、覆い、閉ざせ!」
 真っ暗な闇のドームが、斎場を包み込んで悲しみの葬列を一瞬にして、騒然とした雰囲気とな
る、が‥‥‥不意を突かれた人間は一騎当千の者達をしても、一瞬の空白を生み出していた。
 よもや、葬儀が襲われるなどということは考えに入っていなかったのだろう。
 それも狙いが亡骸などとは誰が思おうか?
 破壊された檜の白板も、闇に包まれては何も見えはしない。
「何だ‥‥‥何が起こった!? ‥‥‥我レ請ヒ願ウ! 輝キ満チテ闇祓ワレン事ヲ‥‥‥来来
在光蒐燐閃光!!」
 加賀の直属の上司である安達・啓五警部は、彼の法具である警察手帳を高く掲げて闇を切り払
う。
 ‥‥‥しかし、祓われた闇は彼のわずかな周囲のみで、辺りは依然として闇に包まれたままだ。
「加賀!? お前‥‥‥!!」
 香夜の行動が、全てを包み隠す闇を起こした為、あたかも加賀自身が棺を破って出て行ったか
のように見えたのだ。
「一体、どうしたと言うんだ、加賀‥‥‥!」

 ‥‥‥未だ、涙雨は降り続く。

[ACT.0-2 調査依頼]
 雨がやんで、夜。
 そろそろ12時も回ろうかといった時間ではあるが、草間興信所にはまだあかりが灯っていた。
 と、言うのも夜更かしなお客‥‥‥と言うか物好きというか、とにかくそいつらが帰らない為
であるのだが草間も好い加減慣れたのかもう何も言わなくなっていた。
 特に今日の所は懸案の仕事もなく、草間もそろそろ眠ろうかと思って奥に引っ込もうと立ち上
がって二歩、三歩歩みだしたその時。
 背後に異様な雰囲気を感じて、ふと歩みを止めた。
 先程まで騒がしく話していた者たちの話し声が一切聞こえなくなっていたのだ。
 不審に思い振り返ると、後ろのソファーの真ん中にフードを深く被った黒衣の女性が座ってい
るではないか。一見すると、どうやら占い師に見える。
「‥‥‥‥‥‥お願いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「今日はもう閉店なんだがね」
 その言葉を受けて、すうっと顔をあげる女。
 はらりとフードから見え隠れする黒髪の向こうに見えた瞳は、憂いを湛えて沈んで見える。
「大変申し訳ございません。私、表に出られる時間が限られておりますゆえ、無礼と知りつつも
このような時間に上がらせていただきました」
 何故か収まらない心音に疑問を持ちつつ、落ち着かない感じにイラつきを覚えて煙草を取り出
した。
「‥‥‥吸っても、いいかな?」
「どうぞ」
 すっかり寝こけているものたちの手をどけて手摺に腰をかけると、ふうっと大きく紫煙を燻ら
せる。
「最近、嫌がる人が多くてね。助かったよ」
「貴方の運命は貴方のものですから。それで、依頼は‥‥‥」
「まずは話を聞いてから、でいいかな」
 話を聞いてもらえる、と判ってか幾分表情が柔らかくなる女。その笑顔は、何か心の安らぐよ
うなやわらかな物で、草間のいらいらもいつのまにか静まっていた。
「ある人物を探して欲しいのです。香夜(かぐや)と言う女性なのですが」
 そう言って一枚の写真をテーブルの上に置く女。
 年の頃は二十歳前後の女で、黒い髪に白い肌、そして目の前の女と決定的に違うのはその目が
厳しい色を帯びて、表情も硬い物であることだ。
 まだ幼さの残る風貌とも取れるので、それによってやや年を増して見えているかもしれない。
「かぐや? 苗字か? 名前か? ‥‥‥で、家出人、か何かか?」
「香夜という名前しか、あの娘には無いのです。人ではありませんので苗字は存在しません」
 そう言ってから、一度言葉を切って考え込む女。そして。
「‥‥‥‥‥‥隠して依頼を受けてもらうわけには参りませんので申し上げます。この娘は、死
者を蘇らせると言う禁忌を犯そうとしています。その行為を止めさせていただきたいのです」
 またか、と、草間の口から溜息が漏れる。どうしてこういう仕事ばかりなんだか。
彩色町の黒地区に彼世沼、と言う場所があります。死者の魂を呼び戻すためにどうしても必要な
物なのですが、すでに彼女はそれを入手しています。後は、明後日の新月の晩までに滅びた肉体
を補う者を準備に走るはずです」
「‥‥‥補う者?」
 死人の骸を補うも何も、そんなことは常識的に言って不可能である筈だ。
「死した人と同じ月・同じ日・同じ時間に生まれた人間が要れば、滅びた肉体の容姿をそのまま
生きている人間に移し変え、さらに冥界より呼び戻した魂をそこに入れて、代わりにその肉体に
入っている魂を冥界に送ると言う術があるのです」
「穏やかな話じゃないな、それは。死んだ者の代わりに生きた者を殺すって事だろう? ちなみ
にそれは誰かわかっているのか?」
「はい、それは同じ警察の安達・啓五と言う人物です」
 話を聞いて大きく一つ溜息をつく草間。
 吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、頭を掻いて首を小さく振った。
「受けなかったその安達って人が死ぬ、って訳か。本当に穏やかじゃないな‥‥‥いいだろう、
報酬次第では誰かがやるかもしれない」
「誰かが、ですか。まあいいでしょう」
 そう言って、鞄の中から札の束を一つ取り出した。
「手付として、百万あります。成功したら、もう百万追加しましょう」
 この手の依頼人は金をあまり持ってこないことが多い物で、草間は思わず目を丸くする。
「‥‥‥意外でしたか?」
 その表情を見咎められたのが居心地が悪かったのか、苦笑する草間。
「そうでもないんだが、な」
「では、受けてもらえると言う事でかまいませんね? では、そろそろ私お暇しなけ‥‥‥れ‥
‥‥」
 ふと、草間も強い眠気を感じて、目の前がゆらゆらとゆれて来たではないか。
「あ、あれ‥‥‥なんだ‥‥‥」
 そうして、視界が真っ白になって、真っ暗になった。

 ‥‥‥‥‥‥。
 
 どのぐらいたっただろうか。
 目を覚ました草間はきょろきょろと周りを見渡してみる。
「なんだ‥‥‥夢か?」
 まわりではすやすやと寝息を立てている者達が数名。
 だが。
「では、ない‥‥‥か」
 手に握られた百万円の束は紛れも無い本物で。
「さて、とりあえずこいつら起こして‥‥‥話してみるか」
 

[ACT.1-1 草間興信所]  

 明けて、翌日。
 結局、興信所のソファーの上に泊まってしまった守崎・啓斗が、零の呼ぶ声で目を覚ます。
「おはようございます、そろそろ皆さんいらっしゃる時間ですよ。コーヒーでもいかがですか?」
「‥‥‥あ、ああ」
 寝づらいソファーに寝たにも関わらず、妙に軽い体を軽く動かしてみる。
 体を起こして、淹れてくれたコーヒーを口に含んで二、三度と首を振った。
 ドアが開く気配。
 零がそれを迎えると、その人物は篠宮・夜宵であった。
 昨晩のうちに電話をかけて、この件を伝えたのであるが、約束の時間より20分程度早いご到
着であった。
「やっぱり、泊まってらしたのね」
「‥‥‥」
 仲が良いのか悪いのか。
 零にはちっとも判らなかったが、とりあえず来るはずの人数は判っていたので、再びネルに湯
を注いで、コーヒーを淹れる。
「どうぞ」
「ありがとう」
 零に礼を言って、厚手で少し大きめのコーヒーカップを手にとった。ずっしりとした重量感は、
そのカップの保温性の高さを示している。
「ふぅ、なんか‥‥‥落ち着く味ですわね」
「ありがとうございます」
 クッキーを運んできた零が、夜宵の漏らしたその一言に心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 それに夜宵もほほえみで返すと、一言断ってからクッキーに手を伸ばす。
 一口噛み締めた時に流れる、ふんわりと漂う春の香り。
「蓬?」
「ご名答です。彩色町の方からの差し入れなんですが」
 だが、それだけでは説明のつかない何かの香りもただよっているような気もする。
 なんであるか気になるところではあるが、その時ドアが開いて、一人の女性が中に入ってきた。
「あ、綾和泉さん。おはようございます!」
「おはようございます」
 さわやかな微笑を浮かべ、綾和泉・汐耶はソファーに腰を落とす。
 約束の時間、きっちり時間五分前。
 計ったかのように正確であった。
 そんな彼女の前にも、コーヒーが置かれる。
「ありがとう」
 コーヒーの飲み方一つ取っても、人によってやはり違いが出るのだろう。
 優美な仕草の夜宵とどちらかといえばカッコいいと言った方がしっくりくる汐耶。
 そんな事を零は考えてみていたりするのだが、もう一人ここにいる啓斗はただ、ぼーっとコー
ヒーを飲むばかり。
 そして、時間になって草間が寝ぼけ眼のまま、奥のほうから出てきた。
「ん‥‥‥? 一人足りないようだが?」
 あくびをかみ殺しつつ、目の前の三人の顔を見る。
 その時、ドアが開いて。
「おはようございます、皆様」
 ゆっくりとしたおじぎを軽くして、海原・みそのがゆっくりと皆の方に歩いてきた。
「さて、全員そろったな」
 みそのの分、そして草間の分もコーヒーが置かれ、ゆっくりとした調子でみそのはそれを口に
運ぶ。
「あちっ」
 と、勢い良くカップを口元に運んだ草間が、淹れたてのコーヒーの熱さに思わず咳き込んた。
 場になんともいえない空気が漂う‥‥‥。
「あー、さてだ」
 気を取り直して、草間はカップをテーブルの上において皆の顔を見渡すと、ポケットから無造
作に百万円の束をテーブルの上に置いた。
 ‥‥‥しかし。
 この面子、どうも金への執着という物はなかなか薄いようで、草間の予想したリアクションは
まったく見られない。
「これは手付金、そして、成功報酬で後百万円。うちは一割もらうから、後は仲良く別けてくれ」
 考えているのかいないのかの啓斗、そもそもお金などに執着する必要の無い夜宵、ポーカーフ
ェイスでなかなか表情が読み取れない汐耶、そしてきてからずっとその微笑を崩さないみその。
「一人頭、活動費として22万5千円まで使える、という事ですね。何かそろえる装備があれば
それを使えということですか」
 汐耶が軽く暗算してそう言う物の、特に買い求める物があるでもない。
「綾和泉さんの御説明でお金の事は理解いたしました。それで、本題なのですが‥‥‥」
 問われて、かくかくしかじかと昨晩の件について改めて話す草間。
 一応全員この件に関しては知っているのだが、改めてという事で説明をして終える。
「来たって事はこの事件、受けるって事だな。なら、もうお前らに細かい指示はいらないだろう。
明日は新月の晩だ。必ず動くだろう。後はよろしく頼んだ」
 ややぬるくなってきたコーヒーを一息で飲むと、とんっと大きな音を立てる勢いでテーブルの
上にカップを置く。
 それが、開始の合図となったのか、全員同時に席を立った。
「皆様と共に幸運がありますように‥‥‥」
 呟く様に零が、去り往く者達の背中に声をかける。
 開かれたドアから差し込む日光に照らされて、四人の影が重なって‥‥‥消えた。

[ACT.1-2 彩色警察署]
 彩色町は東京の奥座敷、五日市線の終点武蔵五日市駅から乗り換えて、揺られること15分。
 西多摩郡最大の心霊スポット、と言うか日の出町、瑞穂町、奥多摩町、檜原村に続く西多摩郡
第5の町村、それがこの彩色町である。
 駅南口を中心とした中地区は、彩色町の行政の中心であり、殆どの庁舎がここに集まっている
といっても過言ではない。
 と、いう事で、その地区の彩色警察署に向けて、夜宵と汐耶とみそのの女性チームは向かって
いた。
 駅につくなり、啓斗は別行動でどこかへいってしまったのである。
「で、彼氏はどこにいったのです?」
 何気にそう言う汐耶に対し、夜宵は内心目を白黒させながらも表面上は平静を装って微笑む。
「私はあの方の保護者ではありませんから、何処へ行ったかなんて存じ上げません。それから、
彼氏とかと言う関係ではございませんので、お間違えなさいませんよう」
 言われて、苦笑して頷いた汐耶は、携帯を取り出して何処へか電話かけていた。
 漏れ聞こえる話からすると、通話先は彩色署であろう。
「彩色警察署、あれですね」
 みそのの指差した先に見えた彩色署は、まあ別に普通の外観の建物で。
 変わっている場所と聞いていたが、この町の建物自体特に大した建物の違いなどは見られない。
 もっとも、明らかに異形とわかる者もごく平然と普通の人間に混ざって歩いている所はやはり
変と言えば変なのであろう。
 警察署と言っても、署員が制服を着ている以外は受付は普通の役所である。
 入り口で止められることも無く、各課受付前まで通ってきていた。
「先程お電話を差し上げた綾和泉と申しますが、安達さんはいらっしゃいますか?」
「はい、綾和泉さまですね。少々お待ちください」
 そう言って、受付の婦警は内線を回して‥‥‥数分後。
 三人は応接室に通されて、安達の来るのを待っていた。
 そして、現われた男が自らが安達・啓五である事を告げる。
「お嬢さん方、こんにちは。さて‥‥‥加賀の失踪について何か知っているらしいが?」
 単刀直入な物言い。そこには、その事件への強い意識が見て取れた。
「結論から申しますと、加賀さんは失踪などしておりません。御遺体はある者によって奪い去ら
れたのです」
「な、なんだと!? 奪い去られた、だって?? 一体誰がそんな事を!!」
 夜宵のその言葉に、動揺を隠せず思わず声を張り上げる安達。どうやら直情的な人物らしい。
「強い思いを抱き‥‥‥彼の死を認めずに流れをたどって‥‥‥再び此世に呼び寄せようとする
者、香夜によって奪い去られたのです」
 みそのがいきり立つ安達にそう、声をかける。
「その方法は、貴方を寄代にして彼の魂を此世に置く反魂法。それを成そうとしているのです」
 この人物に小細工など無用、そう汐耶は判断したのだろう。一気に話を核心に持っていった。
 だが、その話の対象が自分であった事にショックを受けるでもなく、安達は怒りの表情を崩さ
ない。
「ふざけやがって。何が反魂だっ!!」
「‥‥‥‥‥‥どう思われているのいるのですか?」
 みそののことば。
 その女について、と言うことではない。
 安達はそう感じ取ってか、無言でみそのをじっと見詰める。
「自らの命を代償にすることで加賀さんが此世へ復活できる。貴方は心が揺れているのではあり
ませんか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥馬鹿馬鹿しい」
 沈黙の長さが心の揺れを示し。
 沈痛な表情は、やりきれない今回の件に心を痛める二人の心も揺らしていた。
 そんな中、一人。
 いつもと変わらぬ様子でいるみそのは、ゆっくりと立ち上がって安達の隣に歩み寄った。
「全ては流れ往くままに‥‥‥」
 一言、安達にだけ聞こえるようにそれだけ言って踵を返すと、再び元のいすにストンと腰を落
とす。
 あとの二人には、何の意図を持ってそれをしたのかいまいち判らないのではあるが、何かを囁
いた事だけは見て取れた。
「安達さん。失礼を承知でお願いがあります」
「何だ」
 そう言った汐耶の顔をじっと見つめる安達。
「私たちに貴方の身の警護をさせていただけないでしょうか」

[ACT.1-3 彩色町黒地区]
 さて。
 彩色町についた啓斗はとりあえず、駅員を捕まえてみた。
「お聞きしたいのだが"彼世沼"はどのように行けばいい??」
 地名が出た瞬間、駅員の顔が一気に硬直して、何か信じられないものを見たといわんばかりの
表情で啓斗の顔を見る。
「あ、あんた。あんな所へ!? 悪いことは言わない。命をかけるに値することが無いのであれ
ば、黒地区なんかに出入りするもんじゃない」
 命をかけるに値する?
 仕事という物は、そう言うものだろう。今更、躊躇することは何も無い。
 じっと、駅員の顔を見る。
 その表情を見て、意思の固さを理解したのか、駅員は大きく溜息をついて首を二、三度振った。
「北口を出て、朱鷺羽町を抜け、真緋町を通って‥‥‥ここまでは安全だ。そこから濡烏町を通っ
て涅町に入るんだ。どちらもかなりの危険地帯だが、他の町は住民の手引き無しに入るのは自殺
行為だからな。何があっても裏通りにはいるなよ? 墨染町に入ったら‥‥‥幸運を祈るとしか
言いようが無いな」
 一気に言い切って、意思が揺らがないかと啓斗の顔を見るが、微塵も表情に揺らぎは見られな
い。
「ありがとう」
 そう、礼を言うと言われた方角へと足を向ける。
 そんな啓斗を駅員はしばらく見送っていたが、苦笑いして駅舎の中に入っていく。
 しかしながら、苦笑いされても啓斗も困るのである。
 命を賭けない仕事などというのは、職業柄殆どしたことが無い。大なり小なり、生命の危険は
背負って仕事を成しているのだ。
 赤地区と呼ばれるところには歩道に地図などあったりするので、以外にスムーズに言われた朱
鷺羽、真緋は抜けられて‥‥‥特に境界の表示は無いのだが、あからさまに建物が荒廃、そして
気配が不穏に‥‥‥と、何やら同じような文言が並ぶ立て看板が設置されているのが目立ってき
た。
「危険、引き返せ! か」
 すでに無人の館となった壁には落書きが無造作に施されたそれも、時の流れのままに風化して、
陰気な雰囲気に拍車を掛けている。
 だが、通りには緊張感は漂っている物の、それほど辺りから殺気が漂ってくるほどという程で
もない。
 しばらく歩いたろうか。散々駅員に脅された割には何も無いまま濡烏町のはじと判る場所に辿
り着いた。
 何故境界って判ったか、それは。
 一変した景色。
 そこにあるのは、無彩色に彩られた‥‥‥‥‥‥黒の世界。

[ACT2-1 尾行]
 警護、の話はきっぱりと断られた。
 取り付くしまも無い、と言うのはこの事であろう。
「貴重な情報有難う、一般人諸君。後の事は警察に任せて置いてくれたまえ」
「その警察が成す術も無く、女一人にやられてしまったわけですけれどね」
 辛辣に言い放つ汐耶を安達はじろりと睨み付けるが、一瞬後には双眸を崩して苦笑する。
「その通りだ。我々は手も足も出なかったどころか、不可解な事象を全て加賀の意思で行われて
いるとして捜査していた。だが、我々は警察だ。民間人に護衛して貰った上で、君たちに何らか
の被害が出たとすれば、署長の首が飛ぶ。残念ながら、理由がどのような物であろうとそれを正
面から受けるわけにはいかないんだ」
「御説ごもっとも、ですわね」
 相変わらず厳しい視線を送る汐耶に目でサインを送る。
 何気に先に悟ったのか、みそのはすぐに席を立って先に応接室を出て行き、夜宵に促されて汐
耶も一緒にその場を後にした。
「やれやれ。こんな事でもなければ、きれいなお嬢さん方に囲まれてハッピーなんだろうけどな」
 何て事を一人で安達が考えている時、そのきれいなお嬢さん方は警察の前で、立ち止まり先程
までいた応接室のほうを見ていた。
「自分がどれだけ危険に晒されているか結局何も判ってないのですね、あの人」
 汐耶は処置なし、といった表情で首を振る。
「でも、安達さんおっしゃってらしたではないですか。正面から受けるわけには行かないって」
 いたずらっぽく夜宵は笑い、携帯電話を取り出した。
「‥‥‥彩色警察署の前まで一台お願い致します。はい、篠宮と申します」
 程無く、夜宵の呼んだ彩東タクシーがやってきた。
 それに乗り込むと夜宵が財布に手を伸ばすが、この中で唯一前金を貰って来ていた汐耶がそれ
を制して財布のなかから万札を取り出して運転手に渡す。
「お客さん、どうしたんですか?」
「ちょっと無理なお仕事をお願いしたくて。ある人を尾行したいんです。料金は別にお払いしま
すので‥‥‥」
 それを聞いて、貰った一万円をダッシュボードの中にしまう運転手。
「あんた等もあれかい? どこぞの術者でなんか調べてるんだな。おっと、そう言う話には深入
りし無い方が身の為だ」
 運転手はおどけて肩をすくめる。
 待つ間、土地柄そう言う術者の来訪が珍しくない事を運転手は‥‥‥名札を見ると児玉勘吉‥
‥‥が、そんなことを話してくれる。
 ふと見ると、みそのが何時の間にか寝息を立てていた。
 どうも静かだと思ったら眠かったのだろうか。起きている時は何歳かわからないような大人び
た微笑を浮かべていたりするが、こうして眠ってしまえばその寝顔は13の娘のそれである。
「‥‥‥きました」
 と、寝ていたはずのみそのがそう、ぽつんと言う。
 どうやら寝言のようだったが‥‥‥その時、一台の覆面パトカーと思しき車が署から出てきた
ではないか。そしてそれを運転しているのは、誰あろう安達であった。
「運転手さん、あの車です。あれを尾行して!」
「よし来た!」
 かくして三人は勝手に警護に当たる事になった、と言うかした。
 複雑な心境はここに来ても収まらず、安達の微妙な表情を見てさらにそれは深くなったような
気さえしていた‥‥‥相変わらずみそのはマイペースで、何を考えているか判らないのだが。
 ともあれタクシーは進んでいく。
 先を行く安達の車を追って。

[ACT.2-2 涅町]
 黒地区の深奥にして中心である涅町は、一面無彩色が広がる世界であった。
 何かの爆撃でも受けたのであろうか。
 灰燼と化した街。立ち尽くす建物の残骸たちが何かモニュメントと思わせるような異様を漂わ
せている。
「一体‥‥‥ここで何が起こったんだ?」
 晒された骸が朽ち果てて、白い骨を晒す。
 ともかく、生の臭いが何一つしない。空を飛ぶ鳥ですら、地を這う虫ですら何もかもがいな
い、そんな気配の何も無い、街。
 その時!
 突然、気配は啓斗の背後すぐに現れた!
 前方に飛んで着地と共に方向を変え、立ち上がりつつ抜刀する。
「世に咲く夢は、泡沫に流れる花の如く散り果てぬ‥‥‥」
 詠うようにそう呟くと、少年は深々と礼をして啓斗の前で諸手を広げた。
「ようこそ、涅町へ。ボクは案内役の影檀(えいたん)と申します」
「案内役?」
 刀を収めつつ問い掛ける啓斗。
「兼、護衛と申しますか。涅町は物騒な所でして、あまり人の子が入るに適した場所とは言えま
せん。運命を観に来たのでしょう? 私は、その占いの祠の店員で、サービスで送迎を行ってお
ります」
 深く被ったローブの向こうにちらちらと見える顔は満面の笑みを湛えているようだが、何せロ
ーブ越しの顔、が怪しく無いと言えと言う方が不可能だ。
「一つ、聞いていいか?」
「はい?」
 先を行こうとした男が足を止めて啓斗の顔をじっと見つめる。
「ここはどうしてこんな焼け野原になってしまっているんだ?」
「あ、ああ。皆さん同じことをご質問になられますね。この場所は、太平洋戦争時に受けた東京
大空襲の後の風景がそのまま浮かび出てきたものです。東京の都市の負の記憶が彩色の片隅に押
しとどめられたといいますか。この場所は空間の歪みに巻き込まれて続けているのです」
「空間の歪み‥‥‥それが彼世沼のある理由か?」
 彼世沼、と言う単語が出た瞬間、男の柔らかい笑顔が急激に厳しい物と変わったのを啓斗は見
逃さなかった。
「何か、あるのか?」
「‥‥‥その彼世沼の辺に占いの祠はあります。始めに言っておきますが、池には決して近づか
ないでください。足元が危険ですから」
 そう言って、元の柔和な笑顔に戻る男。
 瞬間、後。
 二人は同時に足を進めるのを止めた。
「殺気に囲まれているようだが?」
「言ったでしょう。ここは物騒な所だと」
 そして、現れる敵。それは‥‥‥。

[ACT.3-1 彼世沼]
 安達の運転する車は赤地区を抜けて‥‥‥黒地区に入っていっていた。
 普通であればこういう治安の悪いところにタクシーは入って行くのをためらう物だが、どんど
んとつまれる万札の威力か、タクシーはどんどん奥へと進んでいく。
「お嬢さん、あんた金の使い方って言うのを知っているねえ」
 汐耶に向けて、運転手がからから笑ってそう、話し掛けてきた。
 どうせ、活動費として渡されたお金である。長期にわたる事件にはなりそうも無い訳で、10
万渡して、帰りにもう10万渡すと約束したのだ。
 実際のところ、黒地区も他の地区なら尻込みもしろうが、今いる濡烏町は黒地区としては全然
治安のよい地域だ。後ろ暗い思いをしている者や犯罪者、逃亡者などが潜伏、または拠点として
いる場所で、この場所独自の掟があるようで、そうそう事件が起こるわけではない。
 貧民窟となっている秩序の無い他の町は正直洒落になっていない治安状況なので、こうして順
調に走るのはなかなか難しいだろう。
 そして、景色は先程啓斗の見たとおりに急転し、一面無彩色の世界が広がって見える。
 その時、前を行く安達の車が停車して、中から安達が出てきた。
 何かリモコンのようなを車の方に差し向けると、次の瞬間車がその場所から消えていた。
「光学迷彩!?」
「と、言うより何かの術が発動したのでしょう。運転手さん、この辺でお待ちいただけますか?」
「取り合えず1時間だけ、で勘弁してくれ。あまりいたくないんだ」
 返事もそこそこに、安達を追いかけようとするのだが‥‥‥すっかりぐっすりと熟睡している
様子のみその。
「海原さん、つきましたわ。起きて下さいませんこと?」
「ふぁ‥‥‥あ、はい。参ります」
 車の中で立ち上がろうとして、派手に天井に頭をぶつけるが‥‥‥何事も無かったかようにそ
のまま歩を進めるみその。
「やれやれ。不思議な娘」
「ええ、ですわね」
 苦笑交じりで二人は、安達と‥‥‥みそのの後を追う。


「お客さん、下がっていてください!」
「そうもいかないだろう。囲まれたようだ」
 湧き出るように出てきたあやかしは狼の形をって、二人を取り囲む。
 その数、おおよそ20。
「‥‥‥雑魚も数が増えるとやっかいなものです。油断なさいませんよう!」
「一匹も逃がすつもり無く、絶つ‥‥‥火遁・焔布覆流っ!!」
 平面に広がった焔がそれを包み込むと、一気に燃え上がってその存在を焼失させる。
 そして、その背後ではローブの少年が狼目掛けて、指から黒い弾を放っていた。
「闇に飲まれよ‥‥‥愚かなる卑しき霊」
 その弾は狼の胸に命中する、とそこにぽっかりと黒い孔が空いて、その孔に狼の身体が吸い込
まれて行って‥‥‥消えた!
 見る見るうちに二人は狼たちを倒して行き、数分の後には元の地平となっていた。
 それにしても。
 垣間見える容貌と使う術‥‥‥多少派手であるとしても、何やら夜宵の使う術の形式に似てい
る。
 黒地区・涅町という名前とその相似は何かかかわりがあるのだろうか。
 この後、数度敵性妖怪と遭遇した物の、難なく退けた二人はようやく彼世沼の前に立っていた。
「さて、到着致しました。どうぞ祠にお入りください」
「‥‥‥いや。実はこの彼世沼を見たくてやってきたんだ」
 流れる微妙な空気。
「さて、何処までお知りになって参られたのかは存じませんが、人の子が関わって得をする沼で
はございません。御覧になられるのが目的ならば幾らでもどうぞなのですが、そう言う訳でもな
いのでしょう?」
 啓斗の目的はこの沼がなんであるか知ること。
 潜って調べてみたりしてみようと来て見たわけだが、目の前に詳しく事情を知っていると思わ
れる人物がいる以上、実際にやってみるより聞いてみたほうが賢明と思えた。
「ある人物がこの沼の何かを使って反魂を無し、生きている人間の身体を使ってその者を此の世
に押し留めようとしている。その為にこの沼の果たす役割がなんなのか、確かめに来た」
 単刀直入に目的を述べる啓斗。
 その言葉に呆れたように首を振る男。
「貴方が御方の依頼したという探偵の手の者ですか? 今更ながらどのようにお考えになられて
いるかさっぱりつかめぬ‥‥‥まあ、いいでしょう。ならばあなた方がどのような行動を取り、
どうなろうともそれが御方の御意志と言う事でしょうから、存分にお調べなさい」
 何か、ふて腐れているようにも見える態度で、少年は来た時と同じように音も無くその場から
姿を消す。
「結局何も聞けなかったな。自力で調べるか‥‥‥」


 さて、安達も話を聞いて彼世沼がどのような場所であるか興味を持ったのであろう。
 そして、一人車を走らせてやってきた、と言う訳なのだが。
 先程の案内役の少年も今回は何故か現れず、そして啓斗がならしたせいか敵も現れず、あっさ
りと彼世沼に辿り着くことが出来た。
 そして、そこで安達が見たのは‥‥‥一人の青年が沼に飛び込もうとしている所であった。
 どう見ても遊泳に適した沼とはいえないこの場所。
 考えられるのは‥‥‥!!
「や、やめろっ! 早まるなっ!!」
 何気に気配が近づいてきているのを感じてはいたが、それが突然殺気も無しに自分に飛び掛っ
て来るとは思わずに、一瞬後手を踏む啓斗。
「なんだ、一体? 早まるなって‥‥‥」
 普通であればこのシチュエーション、自殺者と間違われていることに気づきそうなものではあ
るが、そこは啓斗である。何がどうしたのかさっぱりわかっていない。
 そして、もみ合っているうちに二人は徐々に沼の中に足を踏み入れていた‥‥‥。

「いけないっ!!」
 今まで無言ですたすたと歩いていたみそのが、そう叫んで突然猛スピードで走り出した!
「ど、どうしたの!?」
「判らないですけれど、何かがあったのは間違いないでしょう!!」
 慌てて汐耶と夜宵も後を追う。
 すると、見えてきたのは彼世沼でもみ合っている安達と啓斗。
「な、何をなさってますの、あの方々??」
「さ、さあ‥‥‥?」
 そして、みそのは立ち止まると、飛び跳ねる息を押さえ込むように深呼吸する。
「早くそこから上がってください!! その沼は‥‥‥入ったら二度と浮かび上がってくる事が
出来ません!!」
 その声が届いたか届かないかのその時、二人はバランスを崩したのか水面目掛けて倒れこんで
いった!!
 その叫んだみそのの声はもちろん夜宵にも届くところで、全速力で沼に向かって走り出す!
「守崎さんっっ!!」
 二人の身体は引き擦り込まれるようにして一瞬にしてに水の中に消えたのだが‥‥‥‥‥‥‥
‥‥水面からは鎖が伸びて、分銅のついた先は辺の木の幹にまきついている。
 だが、ぴんとそれは張り詰めているのだが‥‥‥夜宵か引っ張り挙げようとするがぴくりとも
挙げる事はできなかった。
 血が滲むほど強くその鎖を引こうとする夜宵の手に、そっと手を当てるみその。
「下がっていてください。わたくしが‥‥‥何とかできると思います」
 いつも平静で、論理的に物事を思考する夜宵の瞳にうっすらと浮かぶ涙。こんな沼でなど啓斗
が溺れる事は本来ありえないのだが、そのありえないことが現実に起きているのだ。
 闇の能力では正直どうしようもないところで。
 後から走ってきた汐耶が夜宵の肩をそっと抱く。
「きっとね、大丈夫。あの子がなんとかしてくれますから」
 みそのの身体を光の幕が覆い、その力の奔流は長い、長い黒髪をふわふわと空へと巻き上げて
いた。
 そして、その手から流れ出た光が、鎖を伝わって沼の中に入り込んでいく。
「強い‥‥‥流れ‥‥‥力が及ぶのは一瞬です。刻を捕らえてくださいっ!」
 その声は沼の水を通して届いたのか‥‥‥
 ‥‥‥。
 ‥‥‥。
 ‥‥‥。
 水面が盛り上がって、人影が見え‥‥‥そして、啓斗と安達が何とか岸辺に辿り着いていた。
「‥‥‥彼氏の生還ですが?」
 二人の無事を確かめて、いたずらっぽく笑う汐耶。
 それを思いっきり聞こえない振りをして、ふうっと一息ついているみそのに一礼する。
「ありがとうございます」
「え? どうして夜宵さんがお礼を言うのですか?」
 こちらも相当ニブいのであろう。
 きょとん、とした顔で夜宵の方を一瞬向くが、すぐににこりと笑って、地面にへたばっている
二人の男に手を差し出した。
「危ないところでしたね。この沼の流れは沈む力が強烈に働いています‥‥‥恐らくは名前の通
り、彼の世まで繋がっているのではないかと思わせるような」
 何を思ったか知らないが、夜宵は取りあえず、立ち上がった啓斗を一瞥するとぷいっとそっぽ
を向いて、それから祠を見てペンダントをぎゅっと握り締めた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥いらっしゃるのかしら?」
 波動は感じるような気がする。
 しかし。
「篠宮?」
 呼ぶ啓斗の声も聞こえてか聞こえてないのか、ふらふらと祠の扉に手を掛ける夜宵。
 そして、そこには。

[ACT.3-2 占いの祠]
 数分後、御一行様(?)は祠の中に入っていた。
 蝋燭の仄かな灯りだけが、闇の中を柔らかく照らしていた。
 そして意外と広い室内の奥、小さなテーブルの向こうにして、椅子に腰掛けている女が一人。
 そのテーブルの手前には、来客の数がわかっていたかのように、5つの椅子が並んでいる。
「御待ち申し上げておりました。どうぞこちらにお座りください」
 女は立ち上がって一礼をして、皆を椅子に招く。
 言われるままにその椅子に腰を掛ける一行。
 漆黒のローブ、そして黒いヴェールの向こうは蝋燭の灯りも届かずにどのような人物か窺い知
る事はできない。
「皆様、香夜を探していただいてらっしゃる方々と、依代に選ばれた安達さんですね。私、今回
の依頼を出させていただきました、占い師の星漆姫と申します」
 その名前が出た瞬間、夜宵の顔が緊張で硬直する。
 一瞬星漆姫は夜宵の方に顔を向けるが、安達のほうに向き直って深々と頭を下げた。
「此度はうちの香夜が不始末を致しまして、貴方の命を脅かすことになってしまいました。お詫
びの言葉もございません」
 そう言う星漆姫を安達はしばらく見つめていたが、苦笑して溜息を吐く。
「まあ、いいさ。気持ちはわかる。手段があり、自らに成し遂げる力があるならば自分にとって
大切な人間を生き返らせようとするだろう。俺でも、そうなったらするかもしれないしな」
 顔をあげて、安達の顔をじっと見つめる星漆姫。
「‥‥‥正直に申し上げましょう。今晩起こるあなたの死の運命は、波間に浮かぶ船のように死
に向かう、生に向かう、両方を行き来しています。確実に生き延びる方法が一つありますが‥‥
‥」
「方法、ですか?」
 無言の安達に変わって汐耶が星漆姫にそう問い掛ける。
「はい。それは、新月の晩が終わるまでこの祠から外に出ないことです」
 随分と簡単に示された、それ。
 しばらく安達は考え込んでいたのだが、ようやく重い口を開く。
「一つ聞きたい。加賀の霊と言うのはきちんと成仏できているのか? 自分の遺体をあのような
形で奪われて、人は成仏できる物なのか?」
 ここにいる、という即答を期待したのだろうか。
 呼吸を一つ置いて、星漆姫は答える。
「答えは否、です。あの娘の強い念は、死を受け入れた加賀さんの魂を絡めとリ、冥界へ行くこ
とを阻んでいます」
「‥‥‥そうか。じゃあ、俺がここにいたとして、貴方が何とかしてくれるのか?」
「香夜の身を確保できなければ‥‥‥お約束はしかねます」
 そう答えた星漆姫に安達は、別に何も期待していなかったかのように鼻で一つ笑う。
「確保、か。なら、俺がここにいられる理由は無いな。香夜とやらは俺がこの手で挙げてやるさ」
 立ち上がろうと腰を浮かす安達を、何故かみそのが制して、再び椅子に座らせた。
「安達さん、お気持ちは判りますがこの人から聞きだせる情報は全て聞いていくのが良策かと存
じます。さて‥‥‥星漆姫様、とおっしゃられましたか。貴方様は尋常な方ではあられません
ね?」
「‥‥‥」
「恐らくは‥‥‥」
「そこまで。貴方は何を知りたいのですか? その問いは今の事件に関わりのあることなのです
か?」
 みそのの言葉を遮ったのは星漆姫ではなく、何故か夜宵で。
 真剣に怒っている風な彼女を見て、ふとヴェールの向こうからくすり、と微かな笑い声が聞こ
えてきたような気がした。
「いいのですよ、別に隠すことでもございませんし。ですが、貴方が今思っているような呼ばれ
方をされたことはございません。我々はあくまで、変転する世界を支える者、と言って置きましょ
う」
「‥‥‥ですか。判りました、では質問を変えます。貴方とそしてあなたの眷族は何故直接に香
夜様を捕らえにいかれないのですか?」
「それは、我々が"黒"の色彩を力の源としているからです。同じ色彩同士では力が相殺されるの
で、あの娘を捕らえられるのは私ぐらい‥‥‥ですが、同色が戦った場合の波紋は第二の涅を生
み出しかねない、と言うのが理由です」
 と、説明を言い終わった星漆姫。すると今度汐耶が口を開く。
「私も一ついいかしら。"死者の魂を呼び戻すためにどうしても必要な物なのですが、すでに彼
女はそれを入手しています"とおっしゃられていたとのことですが、それは彼世沼とどういう関
わり?」
 汐耶の発言が終わると同時ぐらいに星漆姫は啓斗、そして安達を相次いで指差した。
「先程、沼に落ちてしまったようですが。お二人ともお召し物は乾いていますね」
 そうなのである。
 沼から上がって濡れ鼠のようになっていた二人だが、なんと祠に入る頃には既に先程まで水が
滴っていたのが嘘とでもいわんばかりに二人とも全く湿り気を覚えなくなっていたのだ。
「この沼の水が彼女の行おうとしている反魂の儀式にどうしても必要な物です。通常の手段では、
汲みあげて持ち運びを出来ないのですが、魔術的に作った瓶であればそれを成しうることが出来
ます。強烈な冥界への降下の作用は、この沼以外の場所で、蒸散しない条件をつくってすれば、
ある種の対流を生み出す事が出来‥‥‥それに魂を乗せて、反魂を成そうといった具合です」
「その場所と言うのはある程度特定できる物か?」
 啓斗の問いに、しばらく考え込んでいた星漆姫であったが、テーブルの引き出しから彩色町の
地図を取り出して、じいっと見つめ出した。
「そう‥‥‥ですね。恐らくは茶地区の‥‥‥伽羅にある螺旋岳が一番可能性が高いと思われま
す。二重螺旋の伽羅木の元‥‥‥その日最も確実に反魂が成せる場所で」
 そして、安達は立ち上がる。
「その反魂という術は俺がいないと成り立たないんだろう。そして、それが行われる場所の近く
に加賀の遺体があるんじゃないか? ならば、決着つけるならそこだろう‥‥‥そうだな、占い
屋」
「‥‥‥死へ向かう御積もりですか? 香夜は強いですよ」
 言われて、自らの術が祓えなかった闇を思い出す安達。
 無言のまま、祠の外へと足を向ける。
「させない。それが俺の仕事だから」
 去ろうとする安達の背に、そう言葉を投げる啓斗。
「目の前にいる人死ぬかもって言うのに、手を差し伸べないのも‥‥‥ですね」
 口元に微笑を浮かべて、安達を追う汐耶。
「見定めましょう、時の流れを」
 そう言ってみそのも後に続く。
 そして、後に残された夜宵は、じっと星漆姫の方を見つめて。
「貴方だけは、その場にいたとしても死ぬという運命はありません。貴方の力が香夜に通用しな
いように、香夜の力も貴方には通用しませんから。ただし、覚えておきなさい。啓斗さん‥‥‥
とか言われましたか。安達さんと同じ強度で死相が出ています。そして、その場の鍵をにぎるの
はあの封印を操る娘‥‥‥ああ、もう時間のようですね‥‥‥‥‥‥‥‥‥香夜をよろしくお願
いします」
 それだけ言うと、星漆姫の姿形がぼんやりと薄れていって‥‥‥消えた。

[ACT.4-1 香夜、現る]
 さて。
 何時の間にか4人は安達の運転する覆面パトカーに乗って、茶地区伽羅にある螺旋岳に向かっ
ていた。
 伽羅木というのはイチイ族イチイ科に属するイチイの変種で、通常葉が円環状に生えているの
が普通だが、この螺旋山に生えている伽羅木の葉はきれいに螺旋を描いて枝についているのだと
いう。
 舗装された道は当の昔に終わり、茶地区に入ってからは砂利道続きで車は小刻みに上下に振動
していた。
 とても寝られた状態ではないと思うのだが、みそのはまた何時の間にか静かに寝息を立ててい
た。
 車のエンジン音と振動音でその寝息もあまり聞こえず、他の人間も喋るでもないので、道中ず
っと車内は沈黙に包まれていた。
 そして車は螺旋岳についたのだが、どうやら車では入っていけそうもない細い山道が一つある
だけだった。
 安達はその道の入り口近くのちょっとした空き地に車を停めると、エンジンを切ってキーを抜
く。
「車で待っていろって言ったところで、無理なんだろうな」
「そうですね、無理です」
 即答する汐耶。
 そして、なぜかみそのは既に車の外に出て待っている。
「何か、夢でも見ているみたいだな。こんな現実なんか‥‥‥痛てえっ!!」
 突然強く、肩を叩いた啓斗。
「行こう。決めているんだろう?」
「ああ、そうだな」
 見た目の標高は100mもないような低山というか丘と言うか。
 だが、ところどころから岩が突き出して、荒々しい印象を受ける山であった。その一面を低木
の伽羅木が覆っているのが見て取れる。
「取りあえず登ってみましょう。二重螺旋という特殊な形状が魔術的なものであれば何かを感じ
るかもしれませんから」
 車から降りて、山を見つめる夜宵。
 夕暮れの空に色濃く生える常緑樹の緑。
 トレッキングにしてもかなり急勾配ではあるが、何もない時に来たならば良い時間をすごせた
だろうに、と思っていた。
 しかし、その時‥‥‥‥‥‥!
「来るぞっっ!!」
 啓斗が声をあげた瞬間、ビリビリとした威力が辺りの空気を振るわせ、伽羅木の葉をざわざわ
と騒がせる。
 遮断される日の光。
 唐突に訪れた闇。
「大丈夫です、ひるまないでください!」
 夜宵の声が響くと同時に、闇に覆われて見えなくなった目が、うっすらとだが辺りの視界を得
られるようになっていた。
 そして、空中に黒い着物を着た女性が空に‥‥‥立っているという形容が一番しっくり来るだ
ろう‥‥‥あたかもそこに地面があるかのように歩み寄ってきた。
「安達・啓五だな。貴様には何の恨みもないが我が最愛の者の魂を救う為、その肉体貰い受け
る!」
「馬鹿も休み休み言え」
 安達と香夜の間に、啓斗が割って入り、その脇を夜宵が固めた。
「‥‥‥」
 小太刀を構える啓斗では無く、何故か夜宵の方を見る香夜。
「姫様に頼まれたのでしょうが‥‥‥邪魔はさせない!!」
 広げた両の手から紡ぎ出された闇は、なんと彼女と同じ形を成して、完全な黒い人形(ひとが
た)が彼女の左右に出現していた。
「影分身かっ!?」
「‥‥‥忍者の其れとは、違う‥‥‥喰らうがいい、我が闇の月の力を!!」
 漆黒の弓張月が香夜と、左右の黒い人形の頭上に現れたかと思うと、それが長弓となって、三
人の手に収まった!
「させるかっ!!」
 安達が取り出した拳銃から発せられた銃弾が、香夜の左胸を捕らえ‥‥‥たかに思われたが、
なんと、するりとすり抜けていってしまう。
「なっ!」
 刹那の油断。
 着弾を見届けようという心境。
 間隙に、走る衝撃!!
「しまっ‥‥‥」
 嵐のように駆け抜けた闇が、安達の身体をその場から消し去っていた。

[ACT.4-2 分断]
 過ぎ去った方を追おうと啓斗がそちらへ足を向けた瞬間、その進路を香夜がふさぐ。
「貴様は囮だったと言う訳か。分身に気を取られるとは‥‥‥不覚」
「分身ではない。私は分体だ」
 分体と名乗った香夜が啓斗の前に、右手の人形は夜宵にそして左手の人形は汐耶に‥‥‥と、
その場所には何故かみそのの姿は無く。
「こりゃ、ヘビーな状況だわね」
 自らに向かってきた人形を見て、思わずうめく汐耶。
 その闇の力が、汐耶に襲い掛かる!!
「きゃっ!!」
 横からの衝撃に地面に投げ出される汐耶。
 だが、その場に飛び込んできた啓斗の姿は闇に取り込まれて消失してしまう。
「なっ‥‥‥!?」
「向こうがそうならば、こちらも影分身で対応だ」
 再びかけてきた啓斗が、倒れている汐耶の前に立ちふさがり‥‥‥同じ分身が夜宵の前にも現
れていた。
「守崎さん、そんなに気を使っては‥‥‥」
 夜宵の頭の中に蘇る星漆姫の言葉。
 啓斗の顔に現れているという‥‥‥死相。
 だが、そんな事を考えていた瞬間、汐耶の悲鳴で現実に戻される。
「しまった!」
 闇矢が啓斗の分身を捕らえ、再び消失させた瞬間汐耶に向かって人形が突っ込んできたのだ。
 それを避けようとした汐耶は、バランスを崩して下の沢にまっさかさまに落ちていってしまう!
「綾和泉さんっっ!!!」

 さて。
 ごつごつとした岩の崖を滑り落ちて、うっそうとした叢の中に叩きつけられる汐耶。
 衝撃が全身に響くが、何とか立ち上がれるようだ。
「娘よ‥‥‥貴様に恨みはないが。邪魔立てするとあれば、殺す」
 階段を下りるかのように歩いてきた影が、汐耶の前に来てそう宣言する。
「痛いのはごめんです」
「ならば大人しく帰るがいい。この場から去ると言うのであれば、わざわざ後は追わぬ」
 それを聞いて、汐耶は苦笑する。
「だけど、ね。少し話を聞いてくれません? 受け入れられないのかもしれないけれど、死んだ
人を生き返らせると言う事は、辺りに歪みを起こして、全てを台無しにしてしまう。結局その加
賀さんも元の加賀さんには戻れないと思いますが?」
「だから、何だ? 周りのことなどかまうか! 生き返っても見てもいないのに、何故戻れない
などと判るというのだ!!」
 激昂した人形の上に弓張月が現われる。
「話すことがそれだけならば、死ね!!」
「‥‥‥気持ちは判るんです!」
 まっすぐとそちらを見つめ、そう叫ぶ汐耶。
「私も‥‥‥私の術の暴走で、一番大切なヒトを亡くしました。出来る手段があるなら、生き返
らせたいと思う! けれど、ね。他の人を犠牲にしちゃだめです。その人にも大切な人はいて、
その人も思われているのだから」
「うるさい。うるさいうるさい! 黙れっっ!!」
 絶叫と共に放たれる矢。
 ‥‥‥この、瞬間。
 汐耶の目に魔力を集中させている「結び」が映った。
「ば‥‥‥か‥‥‥な‥‥‥」
 殺すつもりは無かったのだろう。
 矢は汐耶を避けて、背後の崖を突き壊す。
 だが、集中をとかれた影はその存在を保つことが出来なくなり‥‥‥煙のように消えて行った。
 大きく、汐耶は溜息をついて‥‥‥空を仰ぐ。
「なんか‥‥‥むなしいな‥‥‥」

 その、汐耶が先程まで居た場所では啓斗と夜宵が、分体と人形たちと熾烈な戦いを繰り広げて
いた。
 何せ、夜宵の能力は一切通じない上、分体は次から次と人形を作り出して行く。
「くそっ‥‥‥キリがない!!」
「守崎さん、あの分体を‥‥‥!!」
 啓斗とて判っているのだ。
 あれを叩かない限りジリ貧であると。
 その時、一体の人形が啓斗に飛び掛って‥‥‥小太刀でそれを受け止めるが、払いきれずに鍔
迫り合いとなった。
「あきらめろ‥‥‥死命は決した」
 せっている啓斗の周りを8体の人形が取り囲み‥‥‥一斉に矢を放つ。
「い、いやああああああああああああああああああああっっ!!」
 夜宵の前には立ちはだかる二体の人形。
 星漆姫の言葉が‥‥‥的中してしまうのか。

[ACT.4-3 合意?]
 二重螺旋の木の袂、横たわる男の身体。
 ‥‥‥そう、加賀・美保だ。
 ゆっくりと、空を歩いてきた香夜が、既に意識を失っている安達の身体をその隣に置く。
 そして。
「まだ‥‥‥着いてくる者がいたか」
「‥‥‥ですが。わたくしは別に邪魔をしに参った訳ではございません」
 そう言って、香夜を見据えるみその。
「ならば、何故ここに来た?」
「純粋な興味、でしょうか。さて、問いに答えたので、こちらからもお聞きします。あなたはど
うし
て加賀さまを生き返らせたいのですか?」
 本当に攻撃の気配を見せないみそのに、疑惑の視線を向けつつも香夜はぽつり、と言葉を漏ら
した。
「約束したんだ、彼の子供を作るって。私は、約束したんだ!」
 その言葉を聞いてもなお、動こうとはしない。
「それで、その術で完全に加賀さんは蘇れるのですか?」
「じゃなかったら、するものか! この男の肉体を加賀のものに書き換える。そして、生き返ら
せるんだっ!!」
「そうか、ならすればいいさ」
 そう言ったのは‥‥‥なんと、安達で。
 気を失っている、と思われた安達だが、何時の間にか目を覚ましていたようだ。ゆっくりと起
き上がって、香夜の方を見る。
「幸いな事に俺は天涯孤独だ。両親とは死別したし、兄弟もいない。親戚付き合いもないし、恋
人もいない寂しい男さ。それに加賀は‥‥‥俺の部下にして、親友だ。あいつが生き返るなら、
それも悪くない話だ」
「‥‥‥で、あれば。加賀と私の為に死んでくれるか?」
「いいぜ」
 二人の会話をじっと見つめるみその。
「加賀さんの魂は‥‥‥香夜さまが絡めとっておられるようですね。儀式が始まるまで‥‥‥真
意は確かめられぬ、か。ならば待ちましょう、流れる時の出す答えを」


「間に合って!!」
 その声をあげたのは、崖を登ってきた汐耶の物だった。
 彼女の力が、分体に満ちている力を一気に放散させる!!
 そして、同時に連鎖的に人形たちも消えて行き‥‥‥啓斗とせっていた人形も消えてなくなる。
「っつ!!」
 そのまま啓斗は地面に倒れこみ、飛んできた闇の矢の直撃を避けた。
「守崎さん!!」
 慌てて掛けて来た夜宵。だが、啓斗は力いっぱい心配している様子の夜宵をよそに、分体を消
滅させた汐耶に歩み寄る。
「助かった。恩に着る」
 これにはさすがの汐耶も絶句してしまい‥‥‥。
「貴方ね、ちょっと酷いんじゃないですか?」
 身体を引っつかんで、ぐるりと夜宵の方に向けさせる。
「なんか言ってあげてください」
 朴念仁で無神経な啓斗は目の前の夜宵が何で怒っているのかさっぱりな訳で。
「どうした、篠宮?」
「うるさいですわっ!! 早く行きましょう、綾和泉さんっ!!」
 大きく溜息をついて苦笑する汐耶。
 何はともあれ、三人は香夜の飛んで行った方‥‥‥儀式の行われる所を目指す。
 反魂は成されてしまうのか?
 そして。
 ‥‥‥夕暮れも終わり、空には明星が輝き始めていた。

[ACT.5 満ち往く鏡]
 空中にふわふわと浮かぶ水の塊。
 それは、彼世沼の水なのであろう。
 天上高くに舞い上がると、銀色の光を発して‥‥‥まるで漆黒の空に浮かぶ月の様にそこに輝
いていた。
「天井には銀の鏡がありて、沈み往く流れを創り出し‥‥‥」
 詠うように朗々と香夜は言葉を紡いで行く。
 すると、その水の真下に現われた影がどんどんと濃くなって行って、ついには真っ黒な穴が口
を開けた。そして‥‥‥その水は丸く丸く大きくなって‥‥‥地面に横たわる安達と加賀の姿を
映し出していた。
「流れはじめましたね」
 みそのはそう呟きつつ、目の前で繰り広げられている儀式をただ、みつめる。
 その、銀色の光を浴びて、安達はゆっくりと息を吐いた。
 
‥‥‥思えば。
 面白い人生だった。
 刑事にもなれたし、いろんな人間とも会えた。
 幸いな事に自分の担当する事件で、未解決な物はない。
 それに、こんな死に方なんて、そんなに多くする人間がいる訳もない。
 これで死んで‥‥‥死後の世界ってどんなんだろうな。

 そんな事を考えていた安達の耳に、男の泣き声が聞こえてきた。

 ああ、加賀。
 苦しいか? 大丈夫だ。
 今、俺の身体をくれてやるからな。
『‥‥‥がう‥‥‥‥‥‥んだ!』
 思えばなんもしてやれない上司だったが、最後にこれぐらいは‥‥‥。
『‥‥‥くれ! ‥‥‥げろ‥‥‥』

 段々と近くなる声。
 そして、遠くなって行く意識。
 段々と暗くなる‥‥‥暗くなる‥‥‥。

「そこまでだっっ!!」
 一番先に辿り着いた啓斗が、二重螺旋の木の袂に広がる光景を前にして、そう叫んだ。
「おのれ‥‥‥生きていたかっ!!」
 左手で反魂の儀式を続行しつつも、右手で闇を作り出して、再び人形を作り出す。
 だが。
「もう、その術は‥‥‥通用しません」
 辿り着いた汐耶が魔力の結び目を解いて、人形を消滅させる。
「おのれ‥‥‥貴様等‥‥‥そんなに死にたいのか!?」
「もう、やめなさい!!」
 凛とした声があたりに響き渡る‥‥‥一番最後に辿り着いた、夜宵の声だった。
「貴方には、届かないのですか? 加賀さんの言葉が。わからないのですか?」
「うるさい! 黙れえっ!!」
 そう言って力を爆発させようとする香夜。
 だが、夜宵は‥‥‥儀式の為に縛鎖を解いた、加賀の霊に力を与えて‥‥‥具現化する。
 横たわる肉体、対峙する香夜と一行。
 そして、その中心には‥‥‥加賀・美保。その人が現われたのだ。
 泣き腫らしたその目は、真っ赤に充血してぶるぶると震えていた。
「大丈夫だ‥‥‥加賀。もうすぐ生き返らせてやるからな」
 そう言う香夜の元につかつかと歩み寄ると、力一杯香夜の頬を張り飛ばす!!
「な、何を‥‥‥!?」
「何をじゃない!! この人たちが来てくれなかったら、安達さんを殺すところだったじゃない
か!大切な恩人を犠牲にして生き返っても‥‥‥俺は‥‥‥生きてはいられない!!」
 絶叫する加賀。
 そして、打たれた頬を抑えることなく、双眸から大粒の涙を流す香夜。
「お前が! お前が悪いんじゃないか‥‥‥どうして、先に逝ってしまったんだ!! 約束した
じゃないか。結婚しようって。共に生きようって。子供作って楽しい家庭作ろうって!!」
 泣きじゃくる香夜。
 立ち尽くす加賀。
 重苦しい空気の中で、口を開いたのは‥‥‥みそのだった。
「流れは、結局のところ向かなかったようですね」
「ふざけないでっ!!」
 この言葉に激昂した汐耶がみそのの頬を平手で打つ!
「人の心って言うのを何だと思っているのですか!? 良くもそんなことが‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥生き返らせたい、というのも人の心。香夜さまも安達さまも加賀さまが現世に戻
られる事をお望みだったのでしょう? そして、加賀さまはそれを拒否なされた‥‥‥全ては泡
沫の夢でしょう‥‥‥時に、香夜さま。貴方はどうして冥界にいかないのですか? 彼の世で結
ばれればいい話ではないですか?」
 全身の力が抜けたのか、座り込んでいた香夜はぽつり、と答える。
「寿命が尽きるまで‥‥‥冥界に入ることは許されぬ‥‥‥」
「では。私が貴方の寿命を終わらせてさしあげましょう。そして、彼の世で結ばれるがいいでしょ
う」
「そんな事が‥‥‥そんなことが出来る訳が‥‥‥!!?」
 そう言って立ち上がろうとした瞬間、眩暈を覚えたのかふらふらとよろける香夜。
 慌ててそれを支える加賀。
「貴方の魂の時間のみ進めました。よって、後数分で寿命が尽きます」
 にっこりとみそのは笑って、そう語りかけた。
「篠宮さま‥‥‥彼女の時が終わる瞬間、加賀さまに与えた力を解き放ってください」
「え‥‥‥ええ。判りましたわ」
 そして。
 その瞬間はやってきた。
 時が終わった香夜の体から、ゆっくり魂が抜けだしてくる。
「本当に‥‥‥死んだんだな‥‥‥」
 感慨深げに、そう呟く香夜。そして、一同の方に向き直って深々と頭を下げた。
「色々‥‥‥迷惑をかけて申し訳なかった。まさか‥‥‥死ねるなんて‥‥‥だから‥‥‥」
「‥‥‥香夜」
 抱き起こして、肩を抱く加賀。
「安達さんはまだ意識を失っているようですが‥‥‥加賀は逝くとお伝え願えませんか? 逝っ
て彼の世で幸せになると」
「‥‥‥ああ」
 啓斗は答えて、差し出された手を握ろうとするが‥‥‥既に夜宵は力を解いていたようで、す
るっと通り抜けてしまう。
「そろそろ‥‥‥時間のようです。さようなら、皆さん」
「色々すまなかった。そして‥‥‥心から、ありがとう」
 そう言って、二人は大地に開いた穴に身を躍らせる。
 同時に、銀色に輝いていた沼の水が、ゆっくりと小さくなって行った。
 何分か後に、それは消えて。
 大地の穴も無くなって、元のごつごつとした岩肌を見せていた。
「月に帰ったのかな‥‥‥かぐやひめは。今度はお婿さんをきっちりと連れて」
 何時の間にか目覚めたのか、安達はそう呟く。
 と‥‥‥失笑する汐耶。
「随分とメルヘンチックな刑事さんですね」
「う、煩い!!」
 耳まで真っ赤にして、安達は跳ね起きると、携帯でどこかに連絡する。
 恐らく署に加賀の遺体の発見の報告をしているのだろう。
 完全に四人の方は見ない方向のようだ。
 やれやれと失笑する啓斗。
 安堵感に微笑する夜宵。
 物語の完結を見て、満足気なみその。
 そして、空を見上げる汐耶。
 
 その時、流れ星が一つ空を流れた。
 まるで、二人がそれに乗って彼の世に逝ったような‥‥‥そんなことを考えていた。
 
                                       [fin]
 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1388/海原・みその/女性/13歳/深淵の巫女】
【1149/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生】   
【1005/篠宮・夜宵/女性/17歳/高校生】               

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 まずは遅刻の段、誠に申し訳ございませんでした。
 判りづらいオープニングでしたが、お話の展開は予想通りでしたか?
 積極的に反魂を妨害する、というプレイングではないかなあと読みましたので、このようなお
話にしてみましたがいかがだったでしょうか。
 今後お会いすることがございましたら、遅刻の無いよう鋭意執筆いたしますのでこれからもよ
ろしくお願いします。
 それでは、ありがとうございました。