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オリヅルランはオセロがお好き
あるところに、とても仲のいい――
……ようには見えないときもありますが、
本当は仲のいい姉妹がいました。
ある日、妹がすこしのあいだ旅行をするので、そのあいだ、
育てている植木を、かわりに姉があずかることになりました。
そして、その植木は、姉の部屋にやってきたのです。
それはちいさなオリヅルラン。
ただひとつだけ、普通とは違っていたのは……
そのオリヅルランは、
人のすがたをして、
人の言葉を話し、
人のように動き回るということでした。
もぐもぐと口を動かしている蘭を、百合枝は頬杖をついて眺めている。
「ほら、ゴハン粒ついてるよ?」
「えー、どこどこ〜?」
「ここ」
手を伸ばして、それを取ってやると、指先がびっくりするほどやわらかな頬にふれた。
「ありがとうなのー」
「おいしい?」
「うん」
にっこりと微笑む蘭。
かれが食べているのは冷凍食品のエビピラフだ。たしかに、最近は冷凍食品もあなどれない品質になっているが、こんなにおいしそうに食べられるのもすこし複雑だ。
失礼な妹ときたら「食事は出前かできあいのものにして。絶対」と念を押して出かけていったのである。
(なによ、人の料理を危険物みたいに言って)
しかし、そんなささくれた気持も、かれを眺めているとふわりと溶けていくのだ。
さらさらの、緑の髪。
妹が卒業旅行で留守にするあいだ、百合枝が預かることになったちいさな居候――オリヅルランの化身は、なにがそんなに嬉しいのかわからないくらいにこにことしながら、冷凍食品のエビピラフを頬張っていた。
百合枝が皿を洗っている背後で、蘭は持参したビーズクッションの上にすわり、くまの形のリュックをがさごそかきまわしている。
中にはいろいろなものがつまっているようだ。
「なにかいいもの、持ってきた?」
手を拭いて、リビングへ戻った百合枝の目の前に、蘭はそれを差し出してみせた。
「これやるなのー」
「オセロ……?」
携帯用のゲーム――といっても、何の動力も必要としない、ぱかっと開けばボードになって、そこに黒と白のマグネットがはりついているアレだった。
「こんなのできるの?」
「できるのー。持ち主さんに教えてもらったの」
「そう。……ふふ、いいわよ。ネットゲームなんかよりよっぽどいいわ」
百合枝はゲーム盤を広げた。
「先に置いていいよ」
「だめー、じゃんけんで決めるのー」
「そう?」(百合枝は舌打ちした。大人げないことに、彼女は、オセロは後攻側がほんのすこし有利であることを聞いたことがあった)
「「じゃんけん、ぽん!」」
「……私からね。じゃあ、ここ」
「僕はここに置くのー」
ぱちん、と音を立てて、マグネットのコマが盤に貼付く。
「それなら……はい」
「んーと、んーと」
ビーズクッションをぎゅっと抱きしめて、蘭は必死に次の一手を考えてるようだ。
ふっ、と、百合枝は頬をゆるめた。一丁前に手を読んでいるような素振りを見せてはいるが、はたして、どこまで考えているのやら。
「あの子ともよくやるの? これ」
「持ち主さん? うん。遊んでくれるのー。……ここに置くのー」
「勝ったことある?」
「あるの。持ち主さん、むーってなってた」
「あらあら。じゃあそれは本当に負けたのね。あの子ったら」
ぱちん。
「笑われたら、クッション投げ付けてたの」
「やだ。オセロにそんなむきにならなくても――」
ぱちん。
ふいに、百合枝は言葉を切った。
「……」
「?」
「……待って、『笑われた』? 笑ったのは、誰?」
「えーと……」
「待った。言わないで」
蘭は無邪気な瞳をぱちぱちとしばたく。
「そうか……そうなのね……。いいわ。そろそろ抜き打ちよ」
「はやくー、はやくー」
「あ、ああ。えっと……ここね」
ぱちん。
「ここなのー」
ぱちん。
「そうきたか。じゃあ、これよ。ほら」
コマが3つほど裏返されていった。ぱちん。かた、かた、かた。
「あ〜、あ〜、あ〜」
「……あの子は最近、どうなの」
「どう?」
「つまりその……夜は家にいる?」
「ずーっと、ぱそこんやってるのー」
ぱちん。
「そ……。ごはんはちゃんとつくってる?」
「つくってくれるのー。まーぼーどーふ、おいしかったのー」
「そんな生意気な料理を?」
ぱちん。
「ふふん、いいわ。私だって――。……部屋に誰か来たりしない? 特に黒い感じの声のデカイやつとか」
「……?」
ぱちん。
「だから、ほら、あの子がオセロに負けたのを笑った男よ」
「んーと……ときどきなの」
「何回くらい来た?」
「んーと……」
問いつめる百合枝の気迫におされたように蘭はおし黙った。
――が、百合枝の手もとが留守になってるのを見つけると、
「次を置かないとだめなのー」
と、言った。
「あ、ああ――」
ぱちん。
置いてしまってから、蘭の目がきらきらと輝くのを見て、百合枝は失敗に気づいた。
「あ」
角を空けて置いてしまった。
もし蘭があそこに石を置いてしまったら、たて・よこ・ななめに一気に逆転されてしまうではないか!
「あ、えっと……」
子ども相手のオセロにむきになって、と、わが妹を笑ったのはどこの誰だったか。
「そうだ。プリン食べるか?」
「えっ」
蘭がコマをつまみあげたそのとき、とっさに百合枝が放った一言に、かれの瞳がまた違った輝きにとってかわられる。
「食べるのー!」
「ようし、食べよう」
言いながら、オセロ盤を脇によける。
「ぷっちんプリンがあるんだ」
皿を使うとまた洗い物が増えるわけだが、この際、サービスである。
「ほうら」
「わーい、なの!」
皿の上でふるふると揺れる魅力的な食べものに蘭が釘付けになっている隙に、百合枝はゲームをそっとしまいこむ。なによ、オセロなんて。子どもはTVゲームでもやってりゃいいのよ。
「おいしかった?」
「おいしかったのー!」
満面の笑みで、蘭はこたえた。
そして。
「つづきやるのー」
「え」
「つづきー」
「あー……なんか、ほかのことして、遊ばないか?」
「オセロのつづきやるのー」
「……」
ぱちん。
かた、かた、かた、かた、かた――
盤はほとんど白くなった。
嘆息をもらしながら、しかし、蘭の笑顔を見ていると、まあいいか、という気になってくる。黒い石があらかた裏返されてしまうと同時に、百合枝の中のつまらない意地や、小狡い部分も片付けられてしまったようだった。
まるで、妹の素行をいちいち詮索したり、細かくとがめたりばかりするのも、ほどほどにしないといけないよ――と、誰かに諭されたような……そんな気がする、と、白い石が並ぶ盤を見ながら、百合枝は思うのだった。
けれども――
後日。蘭がこの日の出来事を律儀に絵日記に描き残していて、それを見た妹にかわれたことがきっかけになり、姉妹は壮絶な口喧嘩をすることになったのだが……それはまた、別の話である。
(了)
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