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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


大人になれない僕 なりたくないキミ

 子供らしい心を残した僕が好きだって、あいつは言った。だからうまくやれるんだろうと思った。
(結婚した)
 けれどあいつが最後に投げ捨てた言葉は。
「あなたがもう少し大人な人だったらよかったのに……」
 まるで正反対の、言葉だった。



 深夜の公園で、1人ベースをかき鳴らす。エレキだけどアンプをつけてるわけじゃないから、大した音は出ていない。
 曲だって適当だ。
「――ちくしょー!!」
 歌詞のように、時折叫ぶ。
 行き場のない気持ちをぶつけているだけだから、何でもありだ。
「……ちくしょう……」
 しかしそれもやがて疲れて、僕は手をとめた。
(なんでだよ……)
 酷く哀しい。虚しい。
 その気持ちの原因は、さっきまでこの手に握られていた離婚届けにあるのではない。
(認めて、もらえなかった)
 その事実にある。
 僕はベースが好きだし、それを仕事にしてる。でもそれと同じレベルで、プラモデルや漫画だって好きだ。夢中になってしまう。
(それだけじゃない)
 僕は”遊び”に関して、何一つ手を抜かない。全力で頑張る。だって折角遊んでるのに、適当に過ごすのは勿体無いから。
(でも――)
 あいつはそんな僕を子供っぽいと言った。
 そんな所が好きと言っていた言葉を、ひっくり返した。
「……ばかやろう……」
 力なく呟く。
(遠回しに)
 そんな子供っぽい部分を直せと迫られた。
 でも僕が、それに従えるわけがない。
(それが”僕らしさ”だから)
 直せるわけがない。
 直してしまったら、僕は僕でなくなってしまうから。
 ふと滲んできた涙を、乱暴に拭う。
(――そんなに罪なことなのかな?)
 ずっと子供の心を忘れたくないという思いは。
 それを持ち続けることは。
(一緒に生きることを拒絶されるほど)
 ダメなことなんだろうか……?
「――ねぇ、もう弾かないの?」
「え?」
 ふと気がつくと、傍に1人の少年がしゃがんでいた。
「……キミ、いつから聴いてたの?」
 驚きと恥ずかしさが混じって問い掛けると、少年は可愛く首を傾げて答える。
「んーと、”ちくしょう”の辺りからかな?」
「…………」
 何度言ったかわからないけど、少し前からいたことは確かなようだった。全然気配がなかったから、まったく気づかなかったけど。
「――あ。ごめん、うるさかった?」
 公園とはいえこんな時間なのだ。咄嗟に、苦情を言いにきたのかもしれないと思い訊ねた。
 しかし少年は首を振る。
「オモシロい音だなーと思って近づいてみたら、なんか愚痴だったから……もっと聴きたいと思ったんだよ」
「へ?」
 今度は僕が首を傾げると、少年は笑って。
「愚痴ってね、誰かに聴いてもらうだけでスッキリするでしょ?」
「!」
 ビックリした。そんな理由でここにいたとは、思わなかったから。
(嬉しかった)
 それは無償の優しさだ。
 心が大人になるにつれ、考えることはできても実行が難しくなる。
(僕はそれも嫌だった)
「……ありがとう。僕ね、山口・さなっていうんだ」
「ボクは瀬川・蓮だよ。よろしくね、さなクン」
 手を差し伸べて、握手。そしてそのまま立ち上がるのを手伝った。
「ありがと。――ね、それってベースだよね?」
 興味津々に、ベースを覗き込む蓮くん。
 その嬉しそうな楽しそうな顔が、いつもの自分と重なって……
「うん、そうだよ。ちょっとやってみる?」
「わ、いいの?! やってみたいっ」
 素直な反応に僕は笑いながら、蓮くんにベースを渡した。
「うわー、ボクベースに触ったのは初めてだなぁ。こんな感じなんだ」
「アンプに繋いでないからあまり音出ないけど」
「十分だよ♪ 出れば出たで困っちゃうし」
(違いない)
 2人して笑った。
 それから少しの間、蓮くんにベースの基礎を教えた。目を輝かせながら、集中する蓮くんはさすがに覚えが早い。
 一通り教え終わる頃には、僕らはすっかり仲良しになっていた。

     ★

 ジャングルジムのてっぺんに、並んで座っていた。
「――ふぅん。それでストレス発散してたんだ」
 蓮くんのその言い方がおかしくて、笑う。
「だって”子供”を捨てることだけは、絶対できないんだもん」
「そうだよね。ボクはさなクン、そのままでいいと思うなぁ。むしろ羨ましい」
「羨ましい?」
 オウム返しにすると、蓮くんは苦笑して。
「ボクね、大人になりたくないんだ。ずっと子供のままでいたい。ピーターパンに、なりたいんだよ」
「蓮くん……」
「でもボクは、いずれは嫌でも大人になってしまう。身体の成長は、とめられないから。だからせめてさなクンみたいに、心だけはずっと子供のままでいれたらなって、思うよ」
「僕、ピーターパン?」
「少なくともボクには、夢をくれた」
「……あはは。あはははは」
 それからしばらく、僕は笑い続けた。蓮くんも一緒になって笑ってくれる。
 蓮くんと出会ってから、僕は笑ってばかりだ。
(――だってね?)
 初めてだったんだ。
 ”僕”として、認められたのは。
 ベーシストとしては認められてたけど、それは単に腕がよかったからだ。僕の人間性まで認められたわけじゃなかった。
 大抵の人は32という歳の僕を好奇の、もしくは呆れた目で見ていた。そんな部分を好きと言ってくれたあいつも、結局最後にはその一部になった。
(けれど今)
 何よりも嬉しい言葉をもらった。
(僕はピーターパンなんだ)
 子供のままでいてもいい。
 それにより”何か”を与えられる相手が、1人でもいるんだから。
(僕はこのままで、いいんだ)
 笑いすぎたのか、涙が込み上げる。でもこれはさっきまでの涙とは違う。――嬉し涙だ。
 そんな僕に何を言うこともなく、蓮くんは小さな声で何かの歌を口ずさむ。それは澄んだ星空に優しく響いた。
「I am not learning the past.
I don't think of the present.
Because we are full in thinking of the play tomorrow……」
「――それ、何の歌?」
 すると蓮くんはクスクスと笑って。
「そのまんま、ピーターパンって歌だよ」
 そう答えてから。
「You can hear my song?
If reaching …… I go to meeting to you.」
 そこは歌ではなかった。
「うん。セリフなんだ」
 また笑う。
「いい曲だね」
「いい曲だよ」
 まるで昔からの友達みたいに、わかりあえた瞬間。
「――ね、蓮くん。今度僕のライヴに来ない? 愚痴じゃなくてちゃんとした音、聴いてほしいんだ」
(僕が僕で生き続けることを)
 初めて許してくれたキミに。
 すると蓮くんはまた瞳を輝かせて。
「もっちろん、行く行く!! またベース教えて欲しいし……」
「それだってもちろんだよ」
「わー楽しみだな♪ 今度いつあるの?」
「えっと、次は――」



 僕らはいつまでも、話すことをやめなかった。
 そして僕の中のわだかまりは。
(星空とともに)
 キレイに消え去っていった――。





(終)