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<東京怪談ノベル(シングル)>


 KAKUGOの遺伝子


「お望みの吸血鬼の撃退依頼だ」

 草間は資料の束をぽんと彼女の前に放る。
 その内容に、翼はにこりと綺麗に微笑んで見せた。

 蒼王・翼(そうおう・つばさ)。
 否、真名はAMARAという。
 ヴァンパイアの神祖を父に、異界の戦女神を母として生まれた少女。
 闇と光、悪魔と神、対なる力を持ち合わせた一つの完成型。

「しかし、お前も吸血鬼の血を引いてるんだろう?それなのに、なぜ…」

 草間の問いかけに、翼は少し困ったような顔をする。
 そして、思い出した。

 『あの時』のことを…。



 AMARAは幼少期を父と共に過ごした。
 今と比べて何も知らなかったあの頃、AMARAは父を父としてとても愛していた。
 闇の者は戦女神を母とするAMARAにとって嫌悪すべき存在。
 しかし父はどこまでも父らしくあった。
 闇の者達は底知れぬ力を持つAMARAを畏れ敬っていた。
 闇はAMARAに優しかった。

 だがその関係に変化があった。
 それはAMARAが十歳になった頃。闇の反乱者がAMARAを襲ったのだ。

 父は助けに来られなかった。
 近くにいた同胞も助けに来られる状態ではない。
 自分を助けられるのは自分一人しかいなかった。
 反乱者達の猛襲の中、一人取り残されたAMARAは呆然と立ちつくす。
 頬を掠める暗闇の炎に、AMARAは大きく揺さぶられた。

 こわい? ううん、それよりももっとぞくぞくするの。

 息が乱れた。脚が震える。汗が滴る。
 けどそれは畏れではなく、どこか甘美な感覚。
 襲い来る反乱者達はじりじりと包囲を狭めてきた。
 けれど、AMARAは一歩もそこを動かなかった。
 そして…。

 AMARAは『覚醒』した──。

 笑い声が漏れた。瞳はらんらんと輝いた。
 圧倒的な力が体の奥底から吹き出してくるのが感じられた。
 その強大さに自分ですら収拾がつかない。
 だが怖いとは思わなかった。
 むしろ、その力に陶然と酔った。

 そして感じた。
 そう、感じた。


 ──闇の者を滅せよ!


 それはAMARA自身の声だったのか。
 それともAMARAの胎内(なか)からの声だったのか。
 逆らうことの出来ないその号令に、体は従った。

 その場にいた同胞も反乱者達も、一瞬で消し飛んだ。


 
「おい、どうした?」

 はっと回想の海から浮上すると、草間の訝しげな顔。
 そう、翼は草間から『吸血鬼狩り』の依頼を請けたのだ。

 あの日以来、闇の者たちは翼を侮蔑の眼差しで見るようになった。
 闇の血を引くとはいえ、元々目に触れるだけで眩しすぎる神の娘。
 その上闇の者に害をなすのであれば、敵も同然。
 その状況では同じ血を引いているということすらただ嫌悪の対象にしかならない。

 神とヴァンパイアの血を引くということ。
 神であるということ、ヴァンパイアであるということ。
 神ではないということ、ヴァンパイアではないということ。

 翼はもう一度、にこり綺麗に微笑む。

「そう極めたから」

 不思議そうな草間を残し、翼は踵をかえした。

 スチールの戸をがしゃんと閉めると、東京の薄灰じみた夜空が目の前に広がった。
 春先の夜気はまだ冷たくて、はあ、と息を吐くと白く凍る。
 手元の資料を見て行くべき場所を確認すると、翼は一度大きくのびをした。

 迷いは…ない。

 それは母から受け継いだ覚悟。
 それは囁きかける本能。
 闇を駆逐する遺伝子の成せる業。

 だけど『宿命』なんて言葉で逃げない、逃げたくない。
 同胞の血で汚れた手は確かすぎて翼の心を呵むけど。
 けれどそれはこの魂の疼きに勝つことの出来ない自分への罰。

 翼はすうっと大きく息を吸った。

「今日も一丁、やってやるかっ!」

 かんかんと軽快な音をたてて、翼は走り出した。
 その姿に悲壮感はない。
 そんなもの、表に出してやらない。

 そう、これは翼が自ら『極めた』ことなのだから。