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『第一話 スノーホワイト ― 人間に恋をした雪娘の物語 ― 』
しんしんと雪が降る世界の中で彼女は公園のブランコに座って一面の銀世界を見つめていました。
身も凍るような寒さの中でだけど彼女がとても小さく見えるようなのは決して寒さのせいではないのは彼女の心に咲く花を見る事ができるその人にはわかっていました。
その人の名は白。人の心に咲く花を見る事ができる樹木の医者。
「こんにちは」
突然、声をかけてきた白に彼女は怯えたような表情をしました。その怯えは突然に見知らぬ者に声をかけられた怯えではなく、何か人に言えぬ失敗などをしてしまった子どもがそれが知られてしまうのが怖くって隠れていたのだけど、しかし親に見つかってしまったかのようなそんな感じ。
そんな彼女に白は周りの世界を染める色と同じような銀色の髪の下にある顔にやさしい表情を浮かべました。
やわらかに細められた青い色の瞳に彼女は何かを感じたようで、その怯えを少しだけ和らげたのです。だけど白がした事といえば・・・
「これは？」
彼女は白から渡された花を見つめながら抑揚のない声を出しました。白はやさしく微笑んで言葉を紡ぎます。
「その花はスノードロップと言うのですよ。花言葉は【希望】。冷たい雪に優しくした花。故に雪の世界でも咲ける花。世界で一番強い想いは優しさなのだと想います。だからどうか希望を捨てないで。そう、世界の扉は開くから」
彼女は白に渡されたスノードロップを見つめながら呟きました。
「希望…やさしさ……だけど、私は………」
辛そうに口をつぐんだ彼女。そして彼女が手の中のスノードロップから顔をあげると、だけどもうそこには白はいませんでした。
もう一度彼女は「スノードロップ」と呟き、
――――そして世界に舞う雪がいよいよ激しくなり、異界の東京はより深い雪に沈んでいきます。
この銀世界でスノードロップと言えども咲く事はできるのだろうか？
この物語は12月24日の東京が始まりなのです。
しんしんと白い雪が降る夜に東京に一人の雪の精が舞い降りました。
「ああ、なんて今夜は世界が愛に溢れているのでしょう」
雪の精は東京の夜に溢れる愛にうっとりと眼を細めて楽しそうにワルツを踊りながら歌うと、戯れに雪人形を創りました。
純粋な雪の結晶を集めた雪人形を。
そうして雪の精は朝日が昇る頃、ひとつの雪人形を東京の街に残して、雪の世界に帰って行きました。
だけど雪の精は知らなかったのです。戯れに造ったその人形に命が宿っていたのを。
雪人形は朝日が昇ると同時に瞼を開きました。銀色の髪に、剃刀色の瞳。雪のように白い肌。白のワンピースドレスに白のロングコートに白のブーツ。
初めて見る世界に彼女は喜び、母親が自分を創ったように小さな雪だるまや雪うさぎを作りました。
そんな彼女の前で新聞配達をしていた男が雪に滑って転び、そしてその光景にきょとんとした彼女はくすくすと笑い、その出会いは当然のように恋へと変わりました。
「名前は？」
「………小雪。小雪です」
「小雪か」
雪のように白い君にぴったりの名前だね、と彼は優しく微笑みました。
男は新聞配達の青年で、御堂秋人と言う名前でした。
だけど季節は無常にも過ぎていきます。東京の街は冬から春に………。
「大丈夫？ 最近、顔色がすごく悪い」
「あ、うん。平気だから」
平気な訳はありません。彼女は雪人形なのですから。
別れたくない。彼と別れたくない……
小雪は心の奥底からそう想い、だから東京を永遠の雪の世界にしてしまいました。永遠に彼と一緒にいられるように。
そう、ここはとある作家が書いたその物語に縛られた世界なのです。
この物語に縛られた東京に住む人々は苦しんでいます。
そして本当は彼女も…。
私、白亜は泣きながら東京に雪を降らせる彼女を救いたいと想います。
ああ、だけど深い雪に閉ざされて彼女も彼も不幸にしかならないこの物語に縛られた世界で私も、そして物語を書き換える力を持つカウナーツさんもどうする事もできません。
「だからお願いします。この物語のラストをあなたのイマジネーションと能力で書き換えてください。あなたがイマジネーションした物語をカウナーツさんが書きます。それとあなたの能力が加わればこの物語は変わるのです。どうか、この物語をハッピーエンドにしてください」
＊＊＊＊＊＊
「くすくす。バカな娘。自分とカウナーツがこの【悪夢のように暗鬱なる世界】でどうしてあえて一欠けらの真実を渡されているのかまだわからないのだね。くすくす。さあ、おいで。そのために私は扉を用意したのだから。だけどね、これだけはお聞き。物語を書き換えようとするのならば、自分が書き換えられる事を拒む物語の修正能力に襲われる覚悟をするのだよ。覚悟ができたのなら、扉を開けてやっておいで。私の知らぬ私の物語の新たなる登場人物たち。くすくすくす」
【シーンT とある道】
とある道。
人込みの雑踏の中に混じりながら道を進む嘉神しえる。その彼女がむっとしたように眉寝を寄せたのは、どこぞの軽薄男が女子高生をナンパしているのを見たからか？
彼女は肩をすくめ、そしてコートのポケットに手を突っ込んで、それを握ると、
「くらえ、天誅」
などと口にしながら人込みの中だと言うのに、それを投げつけた。軽薄男の後頭部に向けて。
彼女が投げつけたのは授業で使う水性ペンだ。それを棒手裏剣のように投げつける。そしてそれは見事に男の後頭部に直撃した。
彼女はにやりと笑う。
そして動きを止めて、驚いたような表情を浮かべて、自分を見る人たちの視線を浴びながらしえるは周りに向って、「誰だ、俺の頭に水性ペンをぶつけた奴は？」などと喚いている男の方へと行く。男はここら近辺で勢力をふるっているカラーギャングと呼ばれる連中の一員だ。
まったくの無関係のサラリーマンの胸を鷲掴んでいるそいつにしえるはもう一本水性ペンを投げつける。
「こっちよ、おばかさん」
そしてキッと声がした方を睨んだその男にしえるはにこりと嫣然と微笑んだ。
「てめえか、俺に水性ペンを投げつけたのは」
「ええ、そうよ。なにか文句があって？」
小ばかにするように言う。
そしてそんな彼女に男はさらに怒りの沸騰点を高め、そしてきっとその男は自分の力を見せつけようとしたのだろう。右手に握り締めた水性ペンを親指で折った。
・・・もちろん、右手は黒いインクで汚れて・・・そして・・・・・・・
「あっ・・・」そうなって初めてそれに気がついたような男の間抜けな声にしえるは、
「ぷっ」と素で噴出した。
それに男はさらに怒り、そして女のしえるの顔に全力で殴りかかった。周りの女性陣から悲鳴があがる。だけど・・・
「はん」
しえるは呼気とも嘲笑ともつかないモノを吐き出すと、美貌に迫りくる男の拳の方の腕に自らの両腕を絡めて、そしてほんの少し前に出している右足から後ろ足の左足にシフトウェイトし、あとは男の力を利用しつつ円を描くように絡めた両腕を動かした。腰を捻りながら。
そうすれば・・・
「あぎゃぁ」
アスファルトの上に背中から思いっきり強く叩きつけられた男は、その場でのたうちまわっている。もちろん、しえるは女の顔に全力で拳を叩き込もうとするようなクズ男には引き手などという優しい行為はしてやらない。だから男の苦しみは計り知れないはずで・・・
しかし、しえるはにこりと笑って、
「それで許されると想って？」
頬にかかる髪を掻きあげながら、高いヒールの靴を履いた右足を高くあげて・・・
・・・・・明らかにこれから腹にヒールの一撃をものすごくイイ笑顔で叩き込みますよ、というしえるに男は悲鳴をあげた。
「お、お願いします、お姉さん。た、助けてください」
そのあまりもの情けない顔と声にしえるはため息を吐いて、右足をアスファルトの上に置いて・・・
そしてほっとしたような男の顔を見てからやっぱり、そいつの腹部に高いヒールの一撃を叩き込んでやった。
そしてもう彼女は泡を吹きながら気絶したそいつには興味を無くして、髪を優雅に掻きあげながら、固まっている女子高生を見据えて、にこりと笑う。
「子どもは早くお家に帰りなさい」
「は、はい」
こくこくと頷いて、渋谷の繁華街から一目散に家路についた女子高生。もしもこの現場を生活安全課の刑事や、青少年保護の活動をしている人間が見ていたら間違いなくしえるをスカウトしていただろう。だけどしえるはさして何の感慨も無さそうに、唖然とする人々を置き去りにして、家路に着いた。
だがそんな彼女の前に、また眉間に人差し指の先をあててため息を吐きたくなるような光景が。
「ったく、小娘がこんな時間にまた渋谷をうろついて」
しえるは手首の時計を見つめながらため息を吐く。現在の時間は夜の9時58分だ。女子高生が出歩いていい時間帯ではない。
「まったく、私が高校生の時には・・・・」
と、そこまで呟いて、口を閉じたのは、色んな事が彼女の脳裏に浮かんだからか。とにかく彼女は想いっきり不機嫌そうな顔で、その女子高生を注意しようと追いかけた。なぜならその女子高生は、兄の教え子で、そして自分が副会長をする会の会員で知らぬ娘ではないからだ。少し彼女は特殊で、同年代の娘に比べれば圧倒的に落ち着いていて（兄に言わせると、少々冷めすぎていて心配だとか…）、それなりに色んなことに対して場数を踏んでいるようだが、それでもしえるに比べればただの小娘で、そんな彼女を夜の街でふらつかせるわけにはいかない。
・・・と、そんな事を考えている自分にしえるは微苦笑を浮かべた。
「って、あの娘、どこに行くのよ？」
彼女…綾瀬まあやは、横道に入っていく。確かそこは袋小路になっているはずなのだが？
しえるは慌てて、彼女を追った。しかし、彼女が見た物は・・・
「ちょ、ちょっと、何よあれは？」
まあやの前にあるのは薄汚い壁ではなく、巨大な扉だった。
そしてその扉の前にいるだぼだぼの服を着た門番（なぜだかそれが門番だと彼女にはわかった）と２，３会話をしたまあやは開いた扉の向こうに消えていき・・・
「って、ああ、もう」
苛だたしげに頭を掻いてしえるもその閉まりゆく扉に突っ込んだ。
・・・。
【シーンU 物語のイマジネーション】
扉の向こうは小さな部屋だった。
うず高く積まれた本の塔。その本の塔の向こうから鉛筆を書き殴るような音が絶え間なく聞こえてくる。
空気は古い紙とインクの匂いでいっぱいでどこか歴史の長い古本屋にいるような感じがした。
「まさか、着いてくるとはね」
まあやは軽く吐息を吐きながら肩をすくめた。
しえるはぴくっと片眉の端をあげる。本当にクールと言うかなんと言うか…はっきり言ってしまえばかわいくない。もう少しだけ物腰の柔らかい娘にはなってくれぬものであろうか？
「なんです、人の顔をじっと見て？」
「いえ、いつもかわいいなって」
「当然です」
皮肉で言ってやったのに、この反応。本当に毎日、こんなのの相手をしている兄はすごいと妹は素直に想った。
「で、ここは何なの？」
そう訊いたしえるはしかし先ほどまで浮かべていた表情とは違う表情。まるで新しいオモチャを与えられた子どもかのような顔だ。まあやは吐いたため息でふわりと前髪を浮かせた。
「ここはですね・・・」
そして彼女の方が出来の悪い生徒に辛抱強く数学の公式を教える教師のような顔でしえるに説明をした。
「つまりここは私たちがいた世界とは別次元の東京の街で、それでこの物語を書き換えて解決しない限りは元いた世界に帰れないと？」
「そういう事です」
まあやが眉根を寄せたのは、しえるが何とも言えないような面白そうな顔をしたからか。完全に彼女は楽しんでいる。まあやは想うのだった。先生もよくもまー、こんな難儀な性格の人の兄を22年間もしたものね、と。そして彼女は吐いたため息で前髪を浮かせた。
そんな彼女を他所にしえるは興味津々の顔をふわふわと空中に浮く少女…白亜に向ける。
―――ちなみに白亜はふわふわと宙に浮いていて半透明で、そして本の塔の向こうで何やら鉛筆で書き綴っているのがカウナーツ・イェーラという人物で、それからあの門番は冥府。
「それで今回の物語はどんな物語なのかしら？」
気持ち身を後ろに引きながら白亜が語ったのは雪の精の戯れの末に生まれた雪娘と青年の切ない恋物語。その悲劇。この異界の東京は永遠に雪に囲まれた街なのだそうだ。
「それは哀しい事ね」
しえるは髪を弄りながら呟いた。
そして同じく深刻そうな顔をする白亜ににこりと頷く。
「OK。ならばその物語、私のイマジネーションで書き換えてあげようじゃないの」
「言うと想った。自分でイマジネーションするって」
しえるはぼつりと頭痛を堪えるような顔でそう呟いたまあやににこりと微笑んで、いつも授業でやっているように彼女のイマジネーションの発音を訂正すると、白亜にもう一度微笑んだ。
「お願い。私にイマジネーションさせて。私はこんなのは嫌だわ」
そして半透明の少女は、しえるの前にふわりと移動してきて、申し訳なさそうに言う。
「すみません。ありがとうございます。しえるさん。どうか物語のラストをイマジネーションしてください。二人が幸せになれるラストを」
―――しえるは言われた通りに二人のラストをイマジネーションする。
すると彼女の目の前に広がる空間にまるでホワイトボードに水性ペンで文字を書き綴るようにしえるがイマジネーションした物語のラストが綴られていく。
そして空間に書き綴られた文章は白亜の上に向けた両の手の平の上に集まり、そしてそれはそこで蝶となって、カウナーツがいる方へと飛んでいった。
「すごいわね、本当に」
その現象に呆然と呟いたしえるがだけど再び見た白亜はそんな彼女にとてもすまなさそうな顔をしていた。
「すみません。カウナーツさんが書き換えられるのは物語のラストだけ。そこへ到達するまでの文章は、その物語のラストをイマジネーションしたしえるさんの行動でのみ書き綴られます。だからしえるさんは……」
とても言いにくそうに口をそこで噤んでしまった彼女の頭をしえるは手で撫でた。
「妨害上等、受けてたつわよ。それに最近運動不足だったしね。人の恋路の邪魔する奴は蹴り飛ばしてあげる」
にこりと笑ったしえる。大仰にため息を吐きながら肩をすくめたまあや。そんな二人に白亜は目を瞬き、そしてくすくすと笑って、そんな白亜にしえるもけたけたと笑った。
「さあ、物語を書き綴りましょうか」
【シーンV 物語の修正】
おやおや。また冥府が誰かを連れてきて、そして物語が書き換えられたのだね。
くすくすくす。
一体今度はどんな物語なのだろうね？
ほら、蝶が飛んできた。
―――蝶は彼女の前で虚空に綴られた物語と変わる。
私の知らない私の物語の登場人物。嘉神しえる。おやおや、これはまた本当に綺麗で優しい物語のラストだね。
私もこういう物語のラストは大好きさ。
だけどね、ほら、おまえが物語を書き換えたから、物語の修正能力が働いたよ。
おまえはその修正能力を撥ね退けて、見事おまえの行動でそのイマジネーションした物語のラストまでの物語を綴る事ができるかしらね。
くすくすくす。
【シーンW とある街の通り】
一面銀世界の街を彼、御堂秋人は走っていた。
この街のどこかにいる小雪を探し求めて。
出会ったのは12月24日。その出会いはもちろん、ただの偶然であった。だけどその偶然が彼に与えたモノはとても大きくって、そしてそれは彼女も一緒だと信じたい。
二人一緒に過ごした時間。
とてもいとおしい日々。
だけどその恋しい日々が進むに連れて、しかし小雪の表情に陰りが生まれた。
自分を嫌いになった？
―――そう思えてしまう事が哀しく、そして怖かった。
だからこそ彼はそれに触れなかった。いや、気づいてしまっていた。彼女が抱える秘密に・・・。
だけど彼女も彼がそれに気づいた事に気づいてしまったらしく、そして彼女は秋人の前から消えた。臆病な気持ちは結局は彼から奪ってしまった・・・大事なモノを。人は間違いを犯してしまってからいつも気づく。それが間違いだった事に。
秋人は迷った。自分がどうすればいいのか？ この行為は間違い？ それとも・・・
秋人は雪が積もった道に前のめりに転んだ。
そして彼はそのまま動こうとはしない。
鉛色の空から降ってくる雪は秋人を覆っていく。
彼は雪に埋もれながら泣いていた。
「なにを固まっているのかしら、御堂秋人さん？」
冷たい雪の中で泣いていた秋人の耳を誰かの声が打った。それはさっぱりとした女性の声。嫌味の無い・・・どこか優しい母親を思い出せるような。それは確かに秋人の中の何かを揺さぶった。
「ここが正念場よ、あなたの。そうやって眠っている？ それとも立ち上がる？ 立ち上がるなら綺麗なお姉さんが応援してあげる。でも、立ち上がらないなら、見捨てるわ」
「本当に好き嫌いがはっきりしてますね」
ぼそりと呟くまあや。
しえるはにこりと微笑む。
「好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。・・・文句ある？」
「いいえ」
そしてしえるは、
「うん、だからあなたも好きよ、御堂秋人さん。よく立った。それでこそ男の子」
立ち上がった秋人に満足げに微笑んだ。
＊＊＊＊＊＊
しえるは戸惑う秋人に微笑んだ。そして瞳を何も無い虚空へと向ける。何も無い？ いや、何かがいる。
「そろそろ出てきたらいかが？」
彼女は美しい顔にも似合わずに嘲笑うように言った。
そして激しく雪が舞って、そこに蒼銀色の長い髪の女が現れた。
「雪の精・・・なるほど、物語の修正能力はそちらに働いたんだ」
しえるは肩をすくめる。
「で、どうするの、あなたは？ 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじゃうわよ」
綺麗な顔で微笑みながらとんでもない事を言う。しかし憎悪を孕んだ目でこちらを見据えてくる雪の精はそれ以上に物騒なセリフを口にした。
「私の小雪。大切な娘。それを奪おうとする人間は皆殺しだぁーーーー」
瞬間、彼女の周りにあった空中の水因子が操作されて氷柱が作り出される。そしてそれらは鋭利な切っ先でそこにいる彼女らを串刺しにせんと弾丸かのように飛来する。
しかししえるは慌てない。彼女は鼻先で笑って、
「ほら、まあやちゃん。お仕事、お仕事」
歌うように言う。まあやは呆れ顔で肩をすくめ、そしてリュートを奏でた。皮肉を口にしながら。
「そういうところやっぱり兄妹ですね」
そしてリュートの旋律の前に、それらは消え去った。
「なぁ、ばかな・・・」
驚きの声をあげる雪の精。
対してしえるは右手の人差し指で前髪を掻きあげる。
「もう一度訊きましょうか。で、あなたはどうするのかしら？ 私、好き嫌い、はっきりとしてるのよね。このままで行くと、あなた、私の嫌いな部類の人間に入ってしまうけれどもそれでもいい？」
ぐぅっと息を呑んだ雪の精はだけど引かなかった。頑なな子どもかのような表情を浮かべて、ヒステリックに喚く。
「引くものか。引けるものか。私の小雪はその男に心を傷つけられたせいで自らを氷の棺に閉じ込めてしまったのだ。おお、かわいそうな、小雪。だから私はこの街を滅ぼすのだ。小雪を苦しめるこの街を」
そして街は雪の精の呪いによって崩壊の道を一直線に進み始めた。
【シーンX ＊＊＊公園】
「それであなたは小雪さんのいる場所はわかるの？」
そのしえるの質問に秋人は頷いた。
「はい。彼女はきっと…いえ、必ず＊＊＊公園にいるはずです」
「それはなぜ？」
「二人が出会った場所だから」
「了解。なら行きましょうか、そこへ」
しえるはにこりと微笑みながら頷いた。
そして果たして小雪はそこにいた。
「小雪ぃ・・・」
秋人は氷の棺の中にいる小雪を見て悲鳴をあげる。
その彼の声を聞いて、まるですべてを拒絶するかのように激しく吹雪いていた雪の中で氷の棺の中の小雪に何かを囁いていた雪の精がぎんとこちらを振り向いて、睨んできた。それは嫉妬と憎悪。
しえるは肩をすくめる。
「あーいう子離れできない姑がいる人のところにはお嫁には行きたくはないものよね。まあやちゃんもそう想うでしょう？」
「あたし、独身主義ですから」
しれっとした顔でそう言った彼女に、しえるは肩をすくめる。
「そういう娘に限って成人式で赤ん坊抱いてたりするのよね」
そして彼女はため息を吐くと、
「とにかく彼女のお相手は私たちがするから、秋人さんは小雪さんを」
そう言ったしえるに秋人は驚く。
「だ、だけど・・・・」
そして彼女はそんな彼ににこりと微笑んだ。
「大丈夫。私にはまあやちゃんって言うものすごぉ〜〜く強い仲良しのお友達がいるから」
「はぁ〜。ほんとに兄妹そっくりですね。そういうところ」
なんだかんだ言い合いながらもしえるとまあやは同時に秋人に頷いた。そして秋人はだから彼女らを信頼し、小雪の方へ。
そしてしえるとまあやは、
「で、勝算とかはあるんですか？」
そう訊くまあやにしえるは、
「ええ、綾瀬まあやっていう最高の娘がついているっていうのが私の勝算なんだけど、どう？」
「あははは。ほんとにいい性格してる」
そして迫り来る氷弾からしえるを守るようにまあやは彼女の前に陣取って、リュートを鳴らす。その旋律の前に氷弾は消えるのだが、
「なんか出したわね」
他人事のようにしえるは言う。雪の精は懐から横笛を出し、そしてその笛を奏で出す。
その旋律はまあやのリュート同様に奇跡を起こした。凄まじい吹雪が二人を襲う。
「なんとかできないの、この吹雪？ このままじゃあ、私たち死ぬわ」
やっぱりしえるは他人事のように言う。
「ダメですね。彼女の吹く横笛の曲はどうも雪の世界の魔曲のようで、私の知る魔曲では対処ができません。音色から音符を識別して、それでそれを打ち消す曲を作曲しようにも向こうの曲が吹雪の音でわからない」
だけどこれにしえるはしれっと答えた。
「ねえ、指の使い方で、音譜とかはわかる？」
「ええ」
しかしそれはもうとっくの昔にまあやも挑戦済みだ。だが彼女の目と耳を持ってしてもそれは無理だった。なのに・・・
「右人差し指、左中指、左薬指、右薬指・・・」
などと言い始めたしえるにまあやは驚いた。えっと、それはつまり・・・
「まさか横笛を吹く彼女の指使いですか？」
「ええ」
しえるは至極当然という感じで言った。まあやは頭痛を覚える。
「絶対記憶力。私、どうやらその能力を持っているらしいのよね。私、この曲を吹くための指使い、全部覚えたわ」
顎に人差し指の先をあてて、しえるは小首を傾げながら言った。まあやは苦虫を噛み潰したように言う。
「とにかく指使いを」
そしてまあやはしえるが口にした指使いを基に音譜を脳裏に書き上げ、そして彼女はその曲に対する曲を作曲し、演奏した。
その曲は・・・
「ぎゃぁぁぁーーー」
吹いていた吹雪を跳ね返し、そしてそれは雪の精と言えどもその耐久力を超える吹雪であったらしく、雪の精はその吹雪をもろに全身に浴びて氷付けになってしまった。
「ラブ＆ピース。正義は絶対に勝つってね」
にこりと笑ったしえるにまあやは頭痛を堪えるようにため息を吐いたのだった。
しかししえるはその美貌から砕けた表情を消して真面目な表情をすると、瞳を秋人と小雪に向けた。
「さあ、男の子の根性、見せてよ」
＊＊＊＊＊＊
一目惚れだった、と言ったら君は笑うだろうか、小雪。
あの初めて出逢った日に俺は転んだだろう？
あの時はね、恥ずかしいんだけど、小さな雪うさぎを作っている君に目を奪われて…それで、さ。
ちらちらと舞う粉雪の中でいつも軽やかにステップを踏んでいた君を俺はいつも抱きしめたいと想っていた。
小雪と一緒ならいつもずっと外だった雪の中のデートも苦じゃなかった。
やりたい事、見せたい物、伝えたい言葉はたくさんある。
春、夏、秋…色んな季節や時を一緒に過ごしたいし、
俺の田舎の風景だって見せたい…
そして伝えたいんだ……この言葉を………
「小雪、俺は君が何だろうがかまわない。雪人形？ それがなに？ そんなのは関係無いよ、小雪」
俺は氷の棺の中に閉じ込められているかのような小雪に抱きついた。どんどん体温を奪われていくし、剥き出しの肌が低温火傷をしていくけど、それだって構わない。そう、小雪はずっとひとりで苦しんできたんだから。
「小雪、もう君は独りぼっちじゃないよ。俺が側にいるから。だからもう泣かないで」
―― その花はスノードロップと言うのですよ。花言葉は【希望】。冷たい雪に優しくした花。故に雪の世界でも咲ける花。世界で一番強い想いは優しさなのだと想います。だからどうか希望を捨てないで。そう、世界の扉は開くから ――
俺は氷の棺の中の小雪に厚い氷越しの口づけをした。
【ラストシーン】
二人抱き合っている。
その二人の方へ、しえるはゆっくりと歩いていき、拍手をする。
そしてしえるは小雪に微笑んだ。彼女の首に片腕をまわして小雪の耳に囁く。
「人間、ま…あなたの場合は雪人形だけどそんなのは大した問題じゃないでしょ。で、何が言いたいかって言うと、人間、やってやれない事なんて無い、少なくとも私はそう思ってるわけ。だから努力なさいな。大切な人に真実を隠し続けてたら、きっと二人とも不幸だわ。そうでしょ？ だから勇気を持ちなさい。彼は…御堂秋人は見せてくれたでしょう、あなたに？ 大丈夫、上手くいくから。私が保障してあげる。さあ、勇気を出して、告白しなさいな。自分が愛した男を自分をここまで愛してくれた男をあなたは信用できないの？」
くすりと微笑んだしえるに、小雪はふるふると顔を横に振って、そして、
― 彼女は秋人に告げた。自分が雪人形だと。それは勇気であり、信頼。そしてその想いが奇跡を起こした。 ―
唇を重ね合わせながら頬を濡らす二人がとても幸せそうに見えるのは、冷たい雪の結晶だった小雪の体がとても温かいから。そう、それがしえるがイマジネーションした物語のラスト。
「彼女が勇気を出して真実を告げた時、奇跡は起こる。熱い想いを持つ彼女が、いつまでも冷たい雪人形のままなわけないでしょ」
にこりと笑ったしえるにまあやもくすりと微笑んだ。
＊＊＊＊＊＊
そしてしえるは世界に戻ってきた。
あれが本当にあった事なのかそれとも白昼夢であったのかしえるには今いち判断できない。だけど彼女の手の中には確かに証拠があった。あの世界に行っていたという。それは小さなガラスの瓶。その中には【雪娘の涙】が入っていた。白亜自身もよく理解できていなようだったが、しかしそれを手渡すのも彼女の役目の一つであったらしい。果たしてそれに一体何の意味があるのだろうか？
わからない。そしてその疑問符の海に溺れる彼女の前には銀色の髪の人が立っている。
「あなたは？」
「僕は白と言います」
「白さん？」
その人はにこりと微笑んで、そして・・・
「これは？」
しえるの手にそれを乗せた。
「それは虚構の世界に咲く【硝子の華】。しえるさん。あなたがこの【硝子の華のつぼみ】を咲かせる事ができたのなら、そうしたらこの【硝子の華】の香りがあの物語に縛られた異世界の東京の街に住む人々を夢から覚まさせるのです」
彼女が手の平の上に置かれた【硝子の華のつぼみ】から視線をあげるとしかしもうそこにはその人はいなかった。
「・・・」
そして彼女は自分でもよくわからないのだが、白亜からもらった【雪娘の涙】を【硝子の華のつぼみ】に無意識にかけていた。するとその【硝子の華のつぼみ】はほんの一瞬だけ頑なに閉じたつぼみを震わせた。
しえるはただしばらくの間、その【硝子の華のつぼみ】を見つめていた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
２６１７ ／ 嘉神・しえる ／ 女性 ／ ２２歳 ／ 外国語教室講師
ＮＰＣ ／ 綾瀬・まあや
ＮＰＣ ／ 白
ＮＰＣ ／ 白亜
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、嘉神しえるさま。
ご依頼ありがとうございます。
ライターの草摩一護です。
今回はこんな感じにしてみました。
僕的にはしえるさんとまあやの会話のリズムや関係なんかが書いていて、非情に楽しかったりします。
そしてばっちりと合気道のシーンも書いておきました。
しえるさんはなかなかに愛称のいいキャラさまですらすらと楽しく書けたのですよ。＾＾
どうも僕の中の彼女はこういう感じらしいです。副会長らしさ、出ていますでしょうか？
今回のノベルもお気に召していただけてましたら、幸いでございます。
【硝子の華のつぼみ】もしもよろしければ咲かせてやってください。これを咲かせる事ができた時に、この異界の謎は解けます。
クリショや異界の方にも書かせていただいているのですが、
もう少しで書かせていただけたノベルの数が１００になります。
それでちょっとした企画をやっているので、もしもよろしければチャレンジしてやってくださいね。＾＾
それは今日はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にありがとうございました。
失礼します。
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