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<東京怪談・PCゲームノベル>


♭うさぎのすぴと倉菜ちゃん

 此はある日のこと。
 相変わらず草間興信所には怪奇関係の依頼がくる。草間が居ないので零は兄と同じように助手を雇うことにした。
 数人は既に話しを聞き、既に行動を取っている。後一人何か用事で遅れるそうだ。なんでも、楽器作りの修行途中で30分は抜けられないとか。
 その間に、零は、焔やすぴに餌をあげ、現状の仕事の定時連絡をうける。
 けたたましいブザーがなる。
「あ、来ましたね」
 零がすぴを抱いてドアを開けると、最後の助手、硝月倉菜が立っていた。
「遅れてごめんなさい」
「いえ、事情は聞きました」
 にっこり微笑む零。
 ホッとする倉菜であるが、零が抱いているしろいものを見て硬直している。
 零は不思議に思い、首を傾げ
「どうかしましたか?」
 と、倉菜に訊く。
 倉菜には反応はない。しかし、零の抱いているしろいものは鼻をひくひくさせて彼女に興味津々に見つめている。
「うさぎさんだ!」
 倉菜は叫んだ。
 零と、しろいものはビックリする。しろいものはそのまま零から飛び降りちょこまかと黒い丸いモノをまき散らしながら興信所内を走り回る。
 落ち着いたしろいものは叫んだ声の主を見る。
 ――なぁに?
 しろいもの〜すぴ〜はうさぎである。しかし、実のところうさぎの形をした饅頭か饅頭から変身した生身のうさぎなのか謎生物なのだ。
 一方、あまり人には知られてないが、倉菜はかなりの兎好きである。自宅の私室には兎グッズが一杯で、人の出入りの多い楽器工房兼務自宅の共用部分の一階でもそこかしこに兎グッズや兎柄の何かが置いている。それ故、出入りしている人間(特に常連)には彼女が兎好きだというのがかなり知られているのだ。
 ――また、前世占いはうさぎとか何とか。
 倉菜にとって、すぴは愛しい人。優しく抱き寄せもう自分の世界にハマっていった。
「あの〜依頼を」
 零がおずおずと声をかけるも
「このうさぎさん、名前なんて言うのですか?」
「え、はいすぴちゃんです」
「可愛い名前〜」
 もう依頼のことなど忘れきっている。零にその言葉を出させないほどのラブラブオーラを発散していた。
「すぴ」
 すぴの名前の由来はこの泣き声からである。
 すぴは彼女に頬擦りされずっと抱きかかえられている。普通のウサギならばデリケートな小動物だが、すぴは謎の種族。例の小麦色のナマモノの能力には匹敵はしないモノの比較的頑丈だ。
 零はもう一度倉菜に
「依頼のことでお話しがあるんですけど〜」
「依頼?なんですか?それ?」
 その場が一瞬凍り付いた。
 氷点下40度の世界。バナナで釘が打てます。
 流石の零もこの状況で倉菜に助手をして貰うことは出来ないと悟ったので(自分も前科がある故)、依頼助手のことは諦めた。
 「ではすぴちゃんのお世話頼みますね」
 と、ため息混じりに倉菜に伝え、依頼の状況確認などの仕事にうつった。
 倉菜はすぴを抱きしめて離そうとしなかった。
 
 
 うさぎ好きの倉菜もうさぎの事をしる。デリケートなので、優しく丁寧に可愛がっている。そして、すぴの可愛い仕草を見るため、興信所内に放して夢心地にすぴを眺めている。
 すぴは、やっと自由になったと思って興信所内を駆けずり回る。また焔と一緒に睨めっこや、倉菜の前で鼻をひくひくさせて愛嬌を勝手に振りまいている。しまいには、倉菜の頭の上にすぴは乗っかる。
「ああ〜可愛いわぁ」
 トリップしてもう世界がすぴしか見えない倉菜ちゃん。
 正直言えばここまで行くと病気ではないだろうか?そんなこと本人に言ったら殺されるので、禁句だぞ(誰に向かって言っている?)。
 
 零の方は何とか仕事が佳境になっているそうだ。
「夕ご飯の支度をしなくちゃ」
 と、いそいそと台所に向かっていく。五月もお手伝い。
 もう倉菜は「ここ」に居ないものと思いこむことにした零ちゃん。
 

 倉菜は、すぴの糞を片付け、またすぴを可愛がる。そして可愛がれば可愛がるほどある考えが……。
 ――飼いたいなぁ。
 そう、彼女はこの子を飼いたくなったのだ。
「零さん、このすぴちゃん頂けませんか?」
「はい?」
 零は料理中だったのでお玉をおとしてしまった。
 何ということだ。いきなりの発言がそれとは。
 ――私もすぴちゃん可愛いから大好きなのに……
 とか思っている零。それは顔に出ている。
 ――あー飼いたいよう
 懇願する様な倉菜の瞳。
 ――どうしたの?ご飯まだ?
 全く状況を分かっていない倉菜の頭の上に乗っかったままのすぴ。

 暫く2人の時間がとまっていた。五月が落ちたお玉を拾って、洗い、料理を続けている。

 零は考えた。考えた。どう断ろうかと。
 倉菜も考えた。考えた。どう説得しようと。
 すぴは只ご飯を貰うことを考えているだけ。
 零が言った。
「それはだめです。すぴちゃんは私のペットです!」
「其れを何とかして頂けませんか?」
「ダメです!」
「可愛がりますから」
 と、口論になる。
 其れを見守りながら五月と焔は
「いつもの雰囲気ににてないかにゃ」
「だよね……。味はしみこんでいるかな。今日は助手の人の分もあるから沢山作らないとね」
「にゃー」
 のんびり夕食の準備。

 零と倉菜の言い合いは10分ぐらい続いたのだろうか?
「おうちで飼って良いのですか?倉菜さん」
 零の言葉。
 その言葉に倉菜は我に返った。もうバックは雷が落ちたような擬音が興信所内に轟く。
 ――ああ!そう言えば!
 そう、彼女の家は楽器職人の工房。故にペット厳禁。何とか祖父に親の使い魔の翡翠の飼育を許可して貰っている。翡翠は猫。ここに居る不可思議猫種・焔と違って、使い魔でも猫は猫で、うさぎは格好の獲物だ。同居できる訳はない。
 夢のうさぎとの生活のイメージがガラガラと砕けていく。
 彼女はその場で跪いた。
「そうだった……すっかり忘れていたわ。私の家……ペット厳禁だった……」
 彼女の頬には滝のような涙を流していた。
 
 5分ほどしたのち、彼女は幽鬼のように立ち上がり、涙を拭かず興信所を後にする。
「ひっくひっく。えーん」
 泣いている。凄く悲しいから泣いている。
 その後ろ姿に零は何も言えない。
 すぴは相変わらず鼻をひくひくさせて、
 ――ご飯まだ?
 と、零にせがんでいた。
 
 倉菜は泣きながら帰路に向かう。
 ――依頼をすっかり忘れて。

 興信所の一寸した日常であった。

End


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2194 硝月・倉菜 17 女 女子高生兼楽器職人】


※すぴからの伝言?
すぴ:何も分かってないらしく鼻をひくひくさせている。