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仰げば尊し
●オープニング【0】
「文子ちゃん、今夜お暇ですか?」
神聖都学園・怪奇探検クラブ所属の女生徒、影沼ヒミコが同級生である原田文子にそう尋ねてきたのは、卒業式も近いある日のことだった。
「……え?」
「お暇なら、今夜調べ物に付き合ってもらえませんか?」
訝しむ文子に、にっこり笑って言うヒミコ。
「ご存知ですよね、この時期旧クラブハウスで聞こえてくると噂の歌のこと」
「ああ……」
『あの噂のこと?』と続けようとした文子の言葉を待たず、さらにヒミコは話した。
「旧クラブハウスから女の子の歌声で、『仰げば尊し』が聞こえてくるという噂を、調べてみようと思ってるんです。あ、他の人にも声かけているんですよ」
その噂が出始めたのは、2年前からであった。卒業式シーズン、真夜中になると旧クラブハウスから『仰げば尊し』の歌声が聞こえてくるという話。しかし、この噂をきちんと調べた者はまだ居ないのだという。
噂の舞台となっている旧クラブハウスは木造3階建てで、3年前に閉鎖されていた。しかし、何故閉鎖されたまま放置されているのかというと、それには2つの理由があった。
1つは跡地利用案について理事会が紛糾し、凍結対象事案になってしまったため。もう1つは、3年前文芸部の顧問だった男性教師がそこの階段の踊り場で首吊り自殺してしまったためだ。
「……卒業式に出られなかった娘の心残りが、旧クラブハウスで漂っているのかしら」
文子がぼそりと自分の考えを口にした。が、すぐにヒミコが首を横に振った。
「少し調べてみたんですけど。この3年間の卒業生で、卒業式直前に亡くなった人や行方不明になった人は居ないんです。欠席者0だって先生が」
「そうなの……?」
首を傾げる文子。いまいち、納得し切れていない様子である。
ともあれ、今夜調べてみればはっきりすることだろう。
●OB訪問【1A】
「そうだなあ……特によくもなく悪くもなく、普通の先生だったかな。サラリーマン教師かどうかは俺は分かんないけど」
1人の女性と1人の女生徒を前に、リクルートスーツ姿の青年が答えた。ここは神聖都学園の文芸部部室、無論新しいクラブハウスにある部室だ。
「その先生を偲ぶような人は居るの?」
女性――シュライン・エマは青年に尋ねた。が、青年は笑いながら頭を振った。
「んー、悪く言うような奴は居ないだろうけど、偲ぶってのも居ないんじゃないかな。いや、居ないだろ、うん」
「どうしてそう……思われるんでしょうか?」
女生徒――神聖都学園高等部在籍の銀髪の少女、硝月倉菜が青年の言葉に対し、表情も変えずに突っ込んで尋ねた。
「顧問の期間が短かったからさ。ここの顧問だったの俺が3年の時の1年間だけだからさ、結果的に。前の顧問が定年で辞めて、その代わりに新任で来たその先生が顧問になったんだよ」
青年がさらっと答えた。結果的に、というのは顧問だった男性教師が自殺してしまったからだろう。
「え、新任だったの?」
シュラインが倉菜と青年の顔を交互に見た。もちろん倉菜が知る訳はない。時期的に男性教師と接点はないのだから。
「新任だよ。それだから、さっきの言葉に繋がるのさ」
なるほど、たった1年間の付き合いで、可もなく不可もなくの教師振りだったのなら、先程の青年の言葉も納得出来る。
さて――この青年が何者かを説明する前に、シュラインと倉菜がここに居る理由を説明した方がいいだろう。2人は旧クラブハウスから聞こえてくる『仰げば尊し』の歌声の噂について、調べていたのである。
といっても、部室にやってきたのは2人別々。しかし、理由は2人とも似たようなものだった。当時の部員が何人か大学部に居るだろうと踏み、それを教えてもらうためにまず部室を訪れたのだった。
すると、部員に混じって居たのが2人と今話していた青年である。彼こそが、2人がコンタクトを取ろうとしていた当時の部員の1人だったのだ。何でも就職活動の帰りに寄ったのだそうだ。いやはや、2人にとっては何とも運がいい。
「だいたい、必要以上に関わろうとしなかったしなあ、あの先生。活動に口出しもしなかったし。ま、おかげであの年は自由に作品書けたけどね」
ニヤリと笑う青年。よほど前の顧問は、活動に口出ししてきたのであろう。
「……その先生と仲のよかった方は」
少し思案してから、倉菜が口を開いた。青年の話を聞いているとどうも居ないようにも思えたのだが、こればかりは聞いてみなければ分からない。
「だから居ないって。向こうは必要以上に関わろうとしなかったんだから。仲がいいも何も……」
と、青年はそこまで言って、ふと何かを思い出したようだった。
「……あ、待てよ。仲がいいに当てはまるのか知らないけど、しいて言えば平野の奴かなあ」
「平野? 男性? 女性?」
聞き返すシュライン。
「平野裕子、同期の娘だよ。あいつだったら、当時の部員の中じゃ先生と仲がいい方になるんじゃないかな。よく質問に行ってたもんな」
「向こうは必要以上に関わってこないのに?」
「ああ、関わってはこないけど、別に追い返すようなことはしてないんだ、あの先生。悪印象ないのは、そういう所かなあ」
青年がしみじみと当時を振り返りながら答えた。
「それで、平野さんは今どちらに……?」
倉菜が肝心な質問をした。裕子に会えれば、もう少し男性教師について詳しい話を聞けるかもしれない。
「さあ……」
だが青年は表情を曇らせ、そう答えた。
「え? 同期なんだから、自宅の住所は分かるんでしょう?」
青年の態度に対し、不思議そうにシュラインが尋ねた。
「自宅の住所はそりゃ分かるよ。けど、平野の居場所は分かんないんだよ。むしろ、こっちが教えてほしいくらいだ」
「教えてほしいって……」
「あいつ、卒業式の3日後に失踪したんだよ――」
●調査決行【2】
真夜中――旧クラブハウス前。そこには7人の姿があった。
まずヒミコに文子、2人と同じく神聖都学園の生徒である硝月倉菜、神聖都学園の制服に身を包んだ戸隠ソネ子、高等部で情報処理関係の特別非常勤講師についている宮小路皇騎、それから部外者となるシュライン・エマ、これで6人。そして残る1人。
「……宮小路クンが居るのなら、別に私は居なくてもよかったんじゃあ……」
残る1人、神聖都学園の音楽教師・響カスミは釈然としない様子でつぶやいた。
「誰ですか、カスミ先生を呼んだの」
「……私は知らないですけど」
ひそひそと会話するヒミコと文子。そこに倉菜が口を挟んだ。
「私が……。夜の学校に入るんです、許可は必要でしょう? 部外者の方も居ることですし」
まあ正論ではある。間違ったことは言っていない。
「そうですか。とりあえず、鍵の入手が容易になったからいいですけど……」
けれどもヒミコからしたら、こっそりと事を進めたかったようではある。今の言葉を聞いた感じでは。
鍵というのは、入口にかけられている頑丈な南京錠の奴だ。これを開けないことには、中には入れない。予定では職員室からこっそり鍵を持ってくるつもりだったのだが、カスミが来たことによりその手間は省けたことになる。
「……あ、そうだ。雫ちゃんから伝言で、『調査が終わったら詳しいお話聞かせてね』とのことです」
瀬名雫からの伝言を倉菜に伝えるヒミコ。そもそも今回倉菜に声をかけたのは、雫から名前を教えてもらったからであった。倉菜は表情も変えず、こくんと頷いた。
「日中、3年前の首吊り自殺について調べてみたんですが」
誰とはなしに話を切り出す皇騎。
「どうも、発見された時の様子がおかしいんですよ」
「おかしいって……他殺の疑いがあったとか、かしら?」
シュラインが即座に突っ込んだ。だが皇騎は首を横に振った。
「そっちの方面じゃなく、状況が、と言い換えた方がいいのかもしれませんね。妙な物が現場にあったんです。何だと思いますか?」
「まさか、おまじないグッズとか」
冗談混じりに言うヒミコ。しかし皇騎は笑みを浮かべた。
「その系統ですね。魔法陣が記された布が踊り場にあったそうです。遺体の真下、椅子が倒れていたすぐそばに」
「……何のために?」
文子が眉をひそめた。確かに、何のために魔法陣を用意していたというのか。
「そんなこと、新聞記事には出てなかったわよ。遺書はないとは書いてあったけど」
「新聞社が書くのを控えたんでしょう。あるいは書かないように要請したのか……それは分かりませんけど」
シュラインの言葉に皇騎が答えた。
「んー、分かんないわねえ……。分かんないといえば、紛糾してる跡地利用案もだけど」
首を傾げつぶやくシュライン。
「気になったから少し調べてみたんだけど、当初は新校舎建設でまとまってたらしいのよ。でも理事会の採決直前で、新しく建てるのもクラブハウスにすべきだって意見と、汎用室内コート場にする方がよいって意見が相次いで出たんですって」
「ああ、その話なら」
耳に入っていたのだろう、カスミが口を挟んできた。
「他の議案に対する思惑との兼ね合いで、こんがらがってるって話よ。結局結論を先送りすることで、他の議案を優先させたみたい。……現場にはあまり関係ないことだけれど」
いやはや、理事会も色々と大変なようだ。
「……いいタイミンぐ……」
ぼそりとつぶやくソネ子。本当に、何ともいいタイミングで理事会が紛糾したものである。
「私は、平野裕子さんについて調べてきたんですけれど」
「誰ですか、それ?」
倉菜の言葉に、きょとんとして聞き返すヒミコ。シュライン以外の5人にとっては初めて聞く名前である。
「3年前、卒業式の3日後に失踪された方です」
静かに答える倉菜。ソネ子が聞き返した。
「卒業式ノ……アとデ?」
「ええ。卒業式を済ませた後日に。ヒミコさんの言葉とも矛盾しませんし」
ヒミコが調べたのは卒業式前のこと。卒業式後は盲点であった。
「……卒業出来タんダ……」
どこかうらやましそうにソネ子がつぶやいた。
平野裕子――文芸部部員で、3年前の卒業生。当時顧問についたばかりの男性教師に、よく質問に行っていたのが彼女である。高等部卒業後は、外部の大学に進学する予定だったそうだ。
「……実家には3年間1度も連絡はなく、どこかで見かけたという情報もあまりないようです」
恐らく問い合わせでもしたのだろう、倉菜は調べた内容を皆に伝えた。
「男性教師が自殺したのは卒業式の4日後、発見されたのはその翌日……」
「……いいタイミンぐ……」
皇騎の言葉に呼応するように、ぼそりとつぶやくソネ子。
「……その、平野さんはどんな方なんです?」
文子が倉菜に尋ねた。名前を聞いたのが初めてなら、顔だって知らないのだから、当然の質問である。
「私たちは写真見せてもらったから知ってるけど。……写真借りてくればよかったわね」
失敗したかなというようにシュラインが言う。と、ソネ子がどこからともなく卒業アルバムを出してきた。
「……アルばム……」
卒業アルバムを開くソネ子。そして部活動のページを開く。そこには卒業する部員たちと、顧問の教師が一緒に写っている写真が並んでいた。
文芸部の写真にはもちろん男性教師が写っている。写真の一番左端、ポニーテールの少女の横に立っているのがそれだ。男性教師は可もなく不可もなく、別に特徴もないごく普通の若い青年であった。
「あ、この娘よ」
シュラインは男性教師の隣に居た、ポニーテールの少女を指差した。どうやらこの少女が裕子らしい。
「もう1つ気になる話を聞いてるんですが」
写真を見ながら、皇騎が話し始める。何でもちょうど3年前に、学校に若い教師が生徒と付き合っているらしいという連絡が来たのだという。男性教師の自殺は、それを調べる矢先の出来事だったそうだ。
「結局はそれが誰だったのか、分からないままだそうです」
「怪しいわねえ」
腕を組み、思案するシュライン。黒までは行かないが、灰色であることは否定出来ない。
「せめて新任でなければ、もう少しデータも集まったんでしょうが」
仕方がないといった様子で皇騎が言った。男性教師は新任で、結果的にたった1年勤めただけであったのだ。
「そろそろ入ってみますか?」
ヒミコが皆を促した。いつまでもここで話をしている場合ではない。中に入ってみて、噂を検証してみなければ――。
「カスミ先生」
「はい?」
倉菜に急に名を呼ばれ、軽く驚くカスミ。
「カスミ先生は入り口で待っていてもらえますか」
「え」
カスミの表情が一瞬固まった。
「1人……で?」
「はい」
無表情でこくんと頷く倉菜。
「それはいいかもしれませんね。邪魔が入ってきても困るし」
倉菜の言葉に同意するヒミコ。カスミが入口前に居れば、確かに邪魔は入ってこないかもしれない。調査もスムーズにゆくというものだ。
「そ、そう。邪魔が入るとあれだものね……」
カスミは若干引きつった笑みを浮かべた。
●奇妙な空間【3】
カスミを入口前に残し、他の6人は鍵を開けて旧クラブハウスに足を踏み入れた。懐中電灯を持ってきていた者は、さっそくスイッチを入れる。
「……あんまり埃っぽくないですね」
きょろきょろと辺りを見回しながらヒミコが言った。何しろ3年間封鎖されているのだ、埃っぽいのが当たり前のはずである。だからこれは意外であった。
「おかしいですね」
少し厳しい表情になり、皇騎がつぶやいた。
「何がおかしいの?」
「空気がどうも澄んでいて……まるで何か結界の中にでも居るような感じが。けど、何か違う……」
シュラインの言葉に、辺りをゆっくりを見回して答える皇騎。
「普通は空気は澱んでいるのではないでしょうか」
倉菜も素朴な疑問を口にする。3年間封鎖されていた空間である、空気の出入りが頻繁であるはずもない。澄んでいるというのは、普通に考えればおかしいのである。
「言われてみれば……」
2、3歩歩いてから振り返り、足元を照らすシュライン。そこに足跡は残っていなかった。
「……変よね」
埃が積もっていてもおかしくない場所なのに、埃が積もっていなかったのである。
「仰げばトウトシ……」
不意に『仰げば尊し』を口ずさみ始めるソネ子。そして1コーラス口ずさんでから、こう言った。
「……先生にお礼を言ってるウタ……歌うオンナノコと……首吊りのセンセイに……何か……アルのかモ……」
「もしかすると、レクイエム代わりなのかもしれませんね」
ぽつりつぶやく皇騎。ヒミコが確認するように聞き返す。
「レクイエムって……自殺した先生に対する、ですよね?」
「そう考えるのが自然でしょう」
皇騎が頷く。しかしそうなると、誰が歌っているというのか?
「モシカシタらオンナノコは生きてイて……毎年首吊りのセンセイにウタを伝えに……」
「素直に考えるなら、その女の子は平野さん……になるんでしょうか?」
ソネ子の言葉を受け、ヒミコが言った。だがシュラインが異論を挟む。
「仮にそうだとしても、失踪中にこの時期だけここにやってきて、歌うのかしら? 彼を偲んでの可能性はあるけど、だとしてもちょっと……ね」
「じゃあ、他の人ですか?」
「……それも違うと。当時の部員の方で、他に先生と親しかった方は居られないようですし」
否定する倉菜。男性教師は必要以上に関わろうとしなかったということである。そんな男性教師を偲ぶ者が居る可能性は低い。よく質問に行っていた裕子を除いては。
「残留思念……とか?」
ふと思い付いたように倉菜はつぶやいた。
「誰のですか?」
「誰のって……」
ヒミコに尋ねられ、倉菜が答えようとしたその瞬間だった。女の子の声で『仰げば尊し』が聞こえてきたのは。
●シンクロニティ【4】
歌声が聞こえてきて、ほとんどの者は耳を澄ませた。どうやら上の階から聞こえてきているようだ。
だが1人だけ、呆然と立ち尽くしている者が居た。中に入ってから全く口を開いていなかった文子である。
「……ドウしタノ……?」
様子が妙なことに気付いたソネ子は、文子に声をかけた。すると――。
「……タスケテ……」
文子の口からそんな言葉が漏れてきた。歌声はまだ聞こえ続けている。
「……タスケテ……センセイナニヲ……ヤメテ……ダシテ……センセイスキダッテ……センセイ……センセイ……」
文子のつぶやきも、歌声に呼応するかのごとく続いている。次第にその語気は激しくなってゆく。
「センセイ! タスケテ! ヤメテ! クライ! ダシテ! センセイ! センセイ!! センセイ!!! センセイ!!!!」
「文子ちゃん!? 文子ちゃん、いったいどうしたのっ!?」
突然の出来事にヒミコが慌てて文子に駆け寄り、何度も身体を揺さぶった。文子の目は、どこか遠くを見ているようであった。
「文子ちゃん! 文子ちゃんったら!!」
「センセェェェェェェェェェェッ!!!!!」
文子が絶叫したと同時に、歌声はピタリと止まった。その場にがくんとしゃがみ込む文子。
「文子ちゃん!? 大丈夫っ!?」
ヒミコが皇騎の手を借りて文子を抱え起こした。文子はゆっくりと立ち上がる。
「……私……今何を……?」
文子は困惑した様子でつぶやいた。何が起こったのか、恐らく自分でも把握出来ていないのだろう。
「歌声とシンクロしていましたね。後半歌声が盛り上がるにつれて、文子さんが口にされる言葉も……」
奇妙な一致を指摘する倉菜。ということは、今の歌声は助けを求める物だったのか?
「……歌声が聞こえてきたのは3階からのようね。たぶん……あれだと、奥の方かしら」
歌声を集中して聞いていたシュラインが、だいたいの方向を口にした。
「3階ノ奥……文芸部ノ部室……アる……」
それを聞き、ソネ子がつぶやいた。
恐らく男性教師に向けた歌声。ひょっとしたら助けを求めている歌声。3階奥、文芸部の旧部室から聞こえてきた歌声。点が線になろうとしていた――。
●そこにあるもの【5】
3階の一番奥、文芸部の旧部室へ急行する一同。そしてソネ子以外の5人が中へ足を踏み入れた。
「入らないんですか?」
「……入れナイ……」
最後に足を踏み入れたヒミコの言葉に、ソネ子はそう答えた。
「怖かったら無理しなくていいですから、そこでじっとしていてくださいね」
ヒミコはそうソネ子に言ってから、改めて部室の中に目を向けた。
「何だか……あからさまね……」
シュラインが壁のある一面を見つめてつぶやいていた。その壁は一面ベニヤ板が打ち付けられていたのである。他の壁はそんなことないのに。
「力を入れて引っ張れば、剥がせそうですね」
皇騎がベニヤ板に近寄り、隙間に手をかけて引っ張ってみた。厳重には打ち付けていなかったのだろう、結構簡単に剥がせそうであった。
そして皇騎がベニヤ板を引き剥がす。下から本来の壁が現れた。
「……決定的ですね」
壁を見て、無表情につぶやく倉菜。そこには明らかに壁を塗り直した跡があった。ちょうど人間1人入れるくらいの……。よほど塗り方がお粗末だったのか、塗り直した跡には少し穴が空いていた。
「確認します」
穴の中を覗き込む皇騎。表情は落胆に変わるかと思われた。しかし皇騎の表情は、何故か驚きの表情へ変わっていた。
「え……まさかっ?」
皇騎は塗り直された壁を強く叩いた。ぼろぼろと壁が崩れてくる。手では埒が空かないと思ったのだろう、体当たりをする皇騎。壁は大きく崩れた。そして中からぐらりと何かが倒れ込んできた。
その光景に、一同は驚きを隠せなかった。倒れ込んできたのは神聖都学園の制服に身を包んだ少女であった。白骨でもない、ミイラでもない、写真で見たままの姿の少女がそこには居た。言うまでもない――裕子だ。
倒れ込んできた裕子を皇騎が支える。裕子の首の辺りには噛みちぎった猿ぐつわだろうか、それがまとわりついている。身体は何やら複雑な紋様が入った縄で厳重に縛られていた。
縄の上にはこれまた見たことのないような紋様が記されたお札のような物が張り付けられていた。が、倒れ込んだ拍子に剥がれてしまい、ひらひらと床へ落ちていった。
その瞬間である、ゆっくりと裕子の目が開かれたのは。
「い、生きてるっ?」
驚きの声を発するヒミコ。何故だか分からないが、3年間壁の中に閉じ込められていたと思われる裕子は生きていたのであった。
いったいこれは何事なのか、この時の一同はただ呆然とするばかりだった……。
●蛇足という名の後日談【6】
後日、救出され入院し元気を取り戻した裕子から、当時の様子が話された。
壁の中に閉じ込められることとなったその日、裕子は密かに付き合っていた男性教師によって呼び出されたのだそうだ。そして『君を手放したくない。ずっと手元に置いていたい』などと言われ……後は知っての通りである。
しかし、壁に閉じ込められた裕子が何故生きていたのか。それはどうやら裕子を縛っていた縄と、お札の効果であるようだ。これらには魔力が込められていたのである。もっとも正確な効果は、まだ分かっていないけれども。
一通り当時の様子を話した裕子は、皆に男性教師のことを尋ねた。好きなのに、どうしてこんなことをしたのか、改めて尋ねてみたいのだという。
それに対し、一同はどう答えていいものか、言葉に詰まったのであった。
【仰げば尊し 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
/ 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 2194 / 硝月・倉菜(しょうつき・くらな)
/ 女 / 17 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒) 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、神聖都学園での2つ目のお話をここにお届けいたします。恐らくオープニングからはこのような結末になる思われた方は少ないのではないかな、と思います。
・本文の中では明確に答えを出していない謎もあるんですが、そのうちのいくつかについては本文中から導けるのではないかと思います。わざと答えを出していない物ももちろんあるのですが。
・シュライン・エマさん、73度目のご参加ありがとうございます。親しい生徒が居なかったかに着目したのはよかったと思います。OBを捕まえようとしたのも正解ですね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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