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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


不死の騎士

●終局のプロローグ

「‥‥何故、さらった?」
 深夜2時。
 墨を流したような漆黒の中で、金の髪を風に揺らして強靭な体躯をした背の高い男―― −・コフィン(−・−) は問う。

 コフィン――魔神専門の始末屋にして、IO2所属だった男・水里奏と同一人物ではないかと囁かれるも不明―――そして、「享年」29歳。
 始末屋は視線を外すことなく、相手の問いに対する反応をうかがった。
 細められた眼光の先にあるのは、白銀の甲冑騎士。
 騎士はただ静かに手中の霊槍を構えるのみで反応はない。
 夜の静寂は世界を溶かす闇のように全ての境界を消し去っていく。

 ‥‥これは、終わりに訪れる幕引きの光景でしかない‥‥。


 コフィンは再度、騎士に問うた。

 ‥‥‥‥何故、さらった?


●噂

 桜の咲く頃に街では一つの噂が流れた。

 ――街を死霊の甲冑が歩いている――。

 白銀の鎧に大気を切り裂くかの霊気を放つ大槍。
 そんな甲冑の亡霊が一人の少女をさらったらしく、この誘拐事件を月刊アトラスで知った鶴来理沙(つるぎ・りさ)はいてもたってもいられなくなった。
 かつては蒼色水晶の剣を守護する者である(今は何者かに奪われてしまった!がーん!)理沙は、剣術の腕に覚えがあるので、義憤から少女救出に立ち上がる。
「でも、鎧の騎士が出るのって最近じゃ午前2時らしいんですよね‥‥夜中ですよ。普通は寝てる時間ですよ。誰か起こしてくれる人位いてほしいかも――」

 彼は死してなお主君からの命令を守る騎士。
 なぜ、少女をさらっていったのだろうか。

                            ☆


「あー、疲れた。今日もよく仕事したな」
 玄関に腰を下ろして、くたびれたスーツを脱いで背伸びをする 倉田 堅人(くらた・けんと)は コキコキと肩を鳴らした。
 スーツの似合った黒ブチ眼鏡がトレードマークとしている営業マンの堅人は、妻の用意してくれた夕食を残さずに食べて簡単にその日一日の汗をシャワーで流すと、全身をタオルで拭い用意されていたパジャマに着替えて寝室へと入った。
 部屋の向こうでは、先に床についた5歳年下の奥さんと1歳になる娘が平和そうな寝息を立てている。
 寝顔を覗き見ると堅人はデレ〜っと鼻の下を伸ばすが、すぐに顔を振って表情を引き締めた。
「おっと、明日も仕事が早いからな、さあ寝るか‥‥」
 明かりの落ちた寝室からは、すぐに堅人の寝息が上がった。
 ‥‥‥‥。

「‥‥ふむ、堅人は眠ったようでござるな」

 堅人が――いや、身を起こしたのは「別の何か」だ。
 彼の中に潜むもうひとつの人格、武将「倉田辰之真(くらた たつのしん)」
 チッチッチッ‥‥。
 枕元の時計は深夜1時を指そうとしている。
 辰之真は黒ブチ眼鏡を音も無く外すと、消えるように寝室を抜け出した。


 ――――深夜1時15分頃。
 二本の刀を背負った赤髪の殺し屋―― 五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ) は瞳を閉じている。
 目の前には幸せそうにフトンの中で寝入った鶴来理沙だ。
「‥‥カレーパンより、ライオンのほうがぁ、強いって‥‥くふ‥‥」
 刹那、クワッと時雨が目を開いた。
        『じりりりりりりりりりりりりりりりり!!!!!!!!!!』
 推定直径1m以上、特製超巨大目覚し時計が鳴り響く。爆発するような金属音。そのベルは半径100m内の全ての者を起こす。‥‥‥‥‥起こすくらいに凄い音だ。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
 すごい音の、はずだけど――。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥起きない」
 そう。これだけの音でも理沙は起きないのだ。にへらぁ〜と幸せそうな笑顔を浮かべて、枕を抱きかかえながら寝返りを打ち「くすくす‥‥それはカエルの‥‥アンパンを食して、からだぞ‥‥」なんて意味不明な寝言を呟いている。
「‥‥‥‥‥ボリュームを上げる」
 けたたましい目覚まし音に合わせて理沙の絶叫が響き渡った。


「そう。大変だったんですね‥‥」
 同情しているのか困っているのか、礼儀正しい黒髪の女性―― 牧 鞘子(まき・さやこ) の慰めの声に、時雨と理沙は疲れきった表情でこくんと頷いた。
「‥‥‥‥理沙、寝すぎ」
「それでも! あんな目覚ましを用意する時雨さんもいけないんですっ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥でも、あれでも理沙、起きなかった」
「うぅ、午前2時なんて普通は寝ている時間ですからっ!」
「えっと、その、お二人もそれ位で‥‥」
 機嫌の悪そうな二人ををなだめると、鞘子は周囲を見渡す。
 深夜の路上は人通りもなく、無人のビルで囲まれた一帯は所々でさびしげな街頭の灯りがあるだけで、人の気配がまるでない。
「‥‥死霊の甲冑‥‥ですか‥‥」
 元々鞘子は、彼女の働いている店長の伝に謎の騎士に連れ去られたという少女の両親から依頼があって、騎士の噂を追ってきたのだ。
 両親から預かった少女の持ち物のブレスレットを取り出すと、狗法と呼ばれる仙道の術のひとつ『透視』に精神を集中させた。
 閃き、意識の奥であいまいなイメージが徐々に明確なひとつの像となっていく。
「‥‥やはり、場所はこの辺りです。このブレスレットは誘拐される直前まで彼女が身に付けていた品だそうですから‥‥」
「そんじゃ、ここで待ってればその騎士とやらに会えるわけだ」
 オカルト作家にして、仙術気功拳法を使う気法拳士である 雪ノ下・正風(ゆきのした・まさかぜ) も周囲の気配を探りながら言った。
「しかし、騎士の化け物なら敵はデュラハンの類だな。ちったあ歯応えがありそうだ」
「騎士でしょうがデュラハンでしょうが、人をさらうなど許せない話ですっ!」
「まーまー、腕があるからって、何でも首を突っ込むのは無謀だぞ」
 と気のはやらせる理沙にツッコミを入れつつ、正風は腕の時計に目をやった。騎士の出没時間といわれる午前2時までは、あと10分弱といったところか。
「気をつけて! 向こうから誰かが来ます――」
 鞘子が道路の向こうを指し示す。
 そこに立っているのは黒い人影。
「――待たれよ、拙者もおぬしたち同様、その西洋の武者とやらに会いにきただけでござる」
 その影は、堅人の体を借りた辰之真であった。
 ――――倉田堅人は、祖先である安土桃山時代に信長に仕えた武将・倉田辰之真の人格を心理遺伝で受け継いでおり、今はその辰之真の人格が表に現れている状態なのだ。
「あなたも例の騎士を追っているのですか?」
「うむ。ここいら一帯には異様な殺気が漂っておるわ」
 カシャーン。
 不意に響き渡る得体の知れない金属音。
 カシャーン。
 それは、硬質な金属がアスファルトとぶつかる音。

 カシャーン。

 カシャーン。

 それは、高く澄んでいて異様に意識を支配する異界からの足音。

 カシャーン、カシャーン、カシャーン、カシャーン‥‥。

「さまよい歩くだけならまだしも、女子をかどわかすとは不届き千万。いかなる大儀あってのことか、問いただしてみせようぞ」
 堅人こと辰之真は、刀の柄に手をかけた。

 ――街を死霊の甲冑が歩いている――。

 白銀の鎧に、大気を切り裂くかの霊気を放つ大槍。

                            ☆

 闇夜に佇むビルの屋上から、この光景を眺める者がいた。
 コフィンは冷厳とした声でつぶやいた。
「‥‥あれが、例の亡霊か」


●不死の騎士

 槍を突き出した騎士は、目にも止まらぬ突撃を繰り出した。
「――もしおぬしが邪悪な輩であるならば、拙者が成敗してくれよう。いざ、参るがよい!」
 辰之真の白刃が閃光のような軌跡を描き、大槍の一撃をギリギリでいなす。重い一撃を見事に受け切ったお互いは身を翻して、再び相対した。
 ガン、キン、キィィン!
 銀の騎士と辰之真の打ち合いが続く。
 が、辰之真は明らかに異変を感じていた。
 打ち合う毎に手応えが上がっている――。
「動きの質が上がって来ているでござるか」
「私も、手伝います――!」
 『風刃』を使いサポートをする鞘子、狗法による風の刃が遠距離から騎士を狙った。
 風に絡め取られて騎士の動きが止まった――と思われた瞬間、騎士は大槍を振るい風を絡めとって、逆に鞘子の風にぶつけて相殺させた。
「そんな!? 私の風を打ち消すなんて――」
 いや、打ち消したということは、騎士が風を放ったことになる。それがこの甲冑の騎士の力なのか。
 鞘子は精神を集中してさらに風の刃を放つ。
 屋上から観察していたコフィンは、奇妙な動きの変化に気がついた。
「まさか、剣の動きに風の気――相手の力を吸収している」
 いや、学習している、といえばいいのか。
 コフィンは、自分の正体を知らぬ三下から依頼を受けていたという事情がある。
 理沙の義憤には微妙に距離を置きつつ、彼自身の視点から別の可能性を模索していた。何故なら、物事は一面しか分からない――それ故に、あらゆる可能性について考えなくてはならない。
「試してみるか」
 コフィンは二丁拳銃を抜き放つと屋上から照準を合わせた。
 銀の瞳に映る、白銀の騎士。
 連続する炸薬音とともに双銃が大槍を狙い撃つ。
 キィィィンッ。
 澄んだ音が響いて、槍と弾丸の接触面に波紋が走り、銃弾は弾き返された。騎士は無言で顔をあげると、屋上にいたコフィンの存在を視認する。屋上から飛び降り、そのままズンという鈍い響きと共に着地した。
 S級の戦闘力を誇る拳銃攻撃を弾き、しのいだのだ。あれはただの槍ではないし、騎士もただの亡霊ではない。
 騎士とコフィンは向き合った。
「‥‥何故、さらった?」
 コフィンの問いに、騎士は答えない。返答の変わりに疾風のような攻撃が襲い掛かる。
 言えることがあるとすれば、騎士の戦いは、鏡が全てを映し取るがごとく攻撃を跳ね返し、乾いた砂が水を吸い上げるように戦った相手の動きを、攻撃をその身に覚えていく――ということだろうか。
 傍目から見ても騎士の強さは上がってきている。
「私たちもいきましょう、時雨さん!」
 理沙の呼びかけよりも早く時雨は動いていた。
 背中の二刀から、金剛石も断つ刀身7尺の妖長刀を抜き放ち、目測を超えた超スピードで斬りかかった。

「さてと騎士退治は置いといて、人命優先で行くか」
 と白銀の甲冑を前にした正風は一言呟くと、腕を地面に着け『黄龍の篭手』で騎士が何処へ向うかを龍脈を辿り探った。
 少女をさらう理由は、主君に命じられたかその少女に惚れたか、どっちにしろ少女の命が危ない――と判断したのだ。
 騎士が戦いで足止めされている間に、龍脈の流れから少女の居場所を見つけることができれば。だが、この気の流れは妙だ。
 ――――まさか!?

 さすがに四人がかりの間断ない攻撃を受けて銀の騎士は押されていた。甲冑とは思えない速さで移動して撹乱し攻撃を受け続けていた騎士だが、鞘子とコフィンが視線で頷きあい、風と弾丸の二重攻撃で足止めをする。
 瞬間に時雨の重い一撃が振り下ろされた。
 霊槍で受け止めた銀の騎士だが、その隙を逃すことなく辰之真の一撃が仮面に命中した。
 そんな!
 仮面の下から現れたのは、さらわれた少女だ――涙を流しながら、光のない瞳を向けていた。
「危ない、下がって!」
 横から体当たりで辰之真を弾き飛ばした理沙のわき腹を白銀の槍が貫き、悲鳴をあげて倒れる理沙。
 鞘子は駆け寄ると、『霊波』を使い傷の治癒を行った。
「動かないで、理沙さん! 傷はかなり深いから!」
「ありが、とう‥‥でも、私なら、大丈夫だから――」
「こいつ――あの女の子から力を吸い上げてやがるか! 許せねえ……許せねえな!」
 正風が気の流れを読み取り判ったことがあった。
 大槍と甲冑の気の流れは違う種類のものだ。
「つまりこういう事か、甲冑と大槍の怪異は別物だってな」
 甲冑の騎士という怪異がある。
 騎士は少女の気を得ることでこの世界の存在する力となっている。
 そして、騎士と少女の気とは別に、大槍の強大な霊力という気が騎士に力を与えている。
 車で例えるなら、甲冑が車のボディ、少女がガソリン、槍がエンジン――そして、ドライバーが騎士としての意思とでも言うべき亡霊。
 少女の唇が動いて、低い声がこぼれていた。

 死滅への腐敗は  忠誠の栄光に劣る
               我は光を護るために滅するを選ばず
     為らば 滅びざる肉体は天の理に不条理を穿つ為 御使いの廻りし魂を贄に求める

「それが、あなたの意思だというの!」
 鞘子は風の流れを変えて、騎士の動きを戒め、押さえ込む。
 疾風のような動きを低下させる騎士。
 永遠の忠誠を尽くすために、自然の法則に背いてでも、不死となって光を守る――少女の生命を糧として。
 そこまで執着する不死は忠誠といえるのだろうか。
「すでに主もなく国もなく……武士は食わねど高楊子と言うが、誇りと忠義だけにしがみついておっても、な……。われらはもはや今の時代には必要とされておらぬのだ……」
 鋭い辰之真の気合の一撃とともに、大槍が騎士の腕からはじかれた。
 一瞬離れた槍を、コフィンの弾丸がさらに遠くへ。手の届かない場所まで弾き飛ばされる。エネルギーの供給が絶たれた白銀の甲冑を、時雨の一閃が中の少女を傷つけることなく斬り裂いた。
 倒れた少女に駆け寄る鞘子。
 少女の息は――ある。命に危険はないようだ。
 破壊され、エネルギーの供給も絶たれた騎士は、その妄執を保つこともできずに暗闇の中へと霧散した。
 辰之真は静寂の戻った深夜の闇を呟く。
「……それにしても。洋の東西を問わず、武士とは哀しいものなのかもしれぬでござるな」


●エピローグ

「‥‥何故、さらった?」
 コフィンの問いに『甲冑に取り憑いていた亡霊』は、ゆらゆらと揺れながら答えた。
「我は主に使えるために生きる――主を称え、主を誇り、主に永遠の栄光を約束するために――」
 約束を果たすために――‥‥。
「私ができることは、殲滅することと――裏切らないこと。それだけだ」
 コフィンの業火が、騎士の亡霊を焼き尽くした。

「傷はもう大丈夫ですか? 理沙さん。痛まない?」
「はい、鞘子さんのおかげで――傷跡も残らないし、よかった。ありがとう」
 理沙の満面の笑顔を確認すると、鞘子は騎士と霊槍の消えた暗闇を振り返った。
 あれは一体なんだったのだろうか。
「チッ、槍のほうは消えちまったしなあ。あれも結構厄介なもんだろうが」
「だがこの少女は無事に助け出せた。今宵はそれで良しとしようではないか」
 では、拙者は御免、と言い残して、辰之真もまた闇の中に消えていった。
「なんだかなあ、あの人も不思議な人だったなあ」
「ええ、色んな人がいるのですね‥‥」
 正風と鞘子はお互いに顔を見合わせ、苦笑した。
 時雨は、騎士の亡霊が消滅したことを感じ取っていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥桜が」
 少女を背負いながら、道路脇に咲いていた一本の桜に気がつき、時雨は散り行く桜の花を見上げた。

                            ☆

 後日談。
 堅人ははっと意識を覚醒させた。
 さっぱり見覚えのない場所にいる自分。
「はッ。こ、ここはいったい‥‥? た、辰之真だな、勝手に出歩いたりして!」
 ちっとも疲れが取れないじゃないかー!! と堅人の悲痛な訴えが夜の街に木霊した。
 戦えがんばれサラリーマン。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0391/雪ノ下・正風/男性/22歳/オカルト作家/ゆきのした・まさかぜ】
【1564/五降臨・時雨/男性/25歳/殺し屋(?)/ごこうりん・しぐれ】
【2005/牧・鞘子/女性/19歳/人形師見習い兼拝み屋/まき・さやこ】
【2498/倉田・堅人/男性/33歳/会社員/くらた・けんと】
【2854/−・コフィン/男性/29歳/魔神専門始末人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。そして、またもや大幅に遅れてしまいました‥‥;; 参加頂いた皆様には大変ご迷惑をおかけしました。

 ところで本編とは関係のない話ですけど、以前に深夜の街を一人でうろつく、というあまり大きな声では言えない羽目に陥った経験があります。深夜の街とは昼の顔と全く別の世界なんですね。闇の世界とはああいった空気を指すのでしょうか。
 そんな夜更けに一人で歩いていたら、道路の脇で白いワンピースに麦藁帽子といういでたちの女性がたった一人で座っていらっしゃったんですよ。‥‥あれは心底怖かった覚えがあります。何してたんだろう‥‥(実話) 今回のシナリオはそんな記憶を思い出させてくれました。
 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。