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Detour
●ロジック粉砕【1B】
(これは……ちょっとまずいかも)
殺意を持って近付いてくる影に、シュライン・エマは危険を覚えた。少なくとも、この場に突っ立っていたら目の前の影の餌食になることは間違いない訳で。
シュラインはひとまず影との距離を取ろうと、影を見据えたまま後方に移動した。影は慌てて追いかけてくるかと思いきや、さにあらず。音もなくゆっくりとシュラインを追いかけてくる。こちらが少し早めに動いていたら、距離が縮まることはないだろうと思われる速度だ。
「立ち止まっちゃダメ、ってことね……」
立ち止まってじっくり考えていては影に捕まってしまう。しかし、考える時間はある。正しい道を探し出すための時間は。
意識を集中させ、墓地に居る人の気配や音を感じ取ろうとするシュライン。今の時点で感じられる気配の数は7人か8人程度、足音については6人……といった所である。墓地に足を踏み入れる前に居た者たちは、全員この中に居ると考えてよさそうだった。
その聞こえてくる音の中には、あの幼い女の子らしきすすり泣きも混じっていた。ちなみに今日初めて聞いた声である。
(ともかく、これを頼りに移動しないと)
無闇に歩き回っても仕方がない。なるべく声の近くへ向かうような道を選ぼうとするシュライン。目印代わりに手近な石を、右折する時には墓前右に1つ、左折時は左に2つ置いて進んでゆく。もちろん置く際には墓の下で眠る者たちに対し、『失礼します』とそっと謝りながら。
追いかけてくる影との距離を広げながら、シュラインは声の聞こえる方へと少しずつ近付いてゆく。まっすぐ行けそうな場所でも迂回して進んでいたため、近付き方は本当に少しずつであった。
だがある瞬間である、声との距離が一気に遠くなったのをシュラインが感じたのは。
「……え?」
眉をひそめるシュライン。何故声との距離が遠くなっているのだろうか。嫌な予感を抱きつつ、シュラインは声との距離を近付けるべく先へ進んでゆく。
そして見付けた。見覚えのある目印――自分が墓前に置いた小石を。そう、1度通ったはずの場所に何故か戻ってきていたのである。
「やっぱり……か」
シュラインが溜息を吐いた。もとより素直に脱出出来るとは思っていなかった。が、思っててもそれを証明されると嫌なものである。
(墓地全体の形が変化してるのかも)
その可能性は少なくないだろう。何しろ通ったはずの場所へまた戻ってきてしまったのだから。
だがそれは、もう1つのことを意味する。
「あ!」
シュラインがそのことに気付いたのは、前方からゆっくりと近付いてくる影を目にしてである。
通った場所へ戻ってきてしまうということは、せっかく広げた影との距離が元に戻る、あるいは著しく縮まってしまうことになるのだと。
シュラインは影から逃れるべく、また別の道を探し始めた――。
●大混乱【2】
墓石の迷路は混乱の極みであった。
「ちょっと待ってよ!」
シュライン・エマはいい加減にしてほしいとばかりに、思わず叫んでいた。
「えっと、さっきは右行って左曲がってまた右でここに戻って……今は右行って左曲がって続けて左でやっぱりここに戻ってきて……」
手のひらの上に指先で道順を描きつつ、辿った道を振り返るシュライン。どちらへ向かっても同じ場所に戻ってきてしまい、軽い混乱に陥っていたのである。
女の子のすすり泣く声などを頼りになるべく近付くよう進んではきたものの、論理的でない迷路の前にだいぶ困っていた。
そんなシュラインと似たような状況に陥っていたのは、鹿沼・デルフェスであった。
「困りましたわね……」
立ち止まり、思案するデルフェス。
「右手法も左手法も、この迷宮では意味をなしていませんわ」
右手法も左手法も、迷路・迷宮では効果的な探索法である。けれどもこの探索法が効果を発揮しないパターンもいくつかある。
その1つとして挙げられるのは、空間がねじ曲がっている迷路。つまりワープゾーンのある迷路だ。別の1つは、動的に変化している迷路。リアルタイムで道が変わってゆく迷路のことだ。
右手法も左手法も迷路が変化しないから成り立つのであって、ワープさせられたり動的に変化していては効果を発揮しない。
すなわち、この迷路はこれらのパターンに当てはまる可能性があった。
「……進む道に予め呪いが施されている様子はありませんし……」
天薙撫子も移動を続けているうちに、この可能性に気付いていた。そりゃそうだ、何度も同じ場所へ戻されていたのだから。
だが何かの呪いによって、予め空間がねじ曲げられているということを撫子は感じなかった。それに墓地に足を踏み入れた時と違い、いつ別の空間に飛ばされたのか全く感じていないのである。
「どういう理屈でしょうね……」
同じことは斎悠也も考えていた。撫子よりも1歩進み、理工系らしくメカニズムの方に着目をしていた。
メカニズムが分かれば、それをどうにかすることにより回避することが可能であるはずだ。
この場合、すぐに思い浮かぶ可能性は2つ。1つは墓地自体が意識を持ち、皆を翻弄している可能性。もう1つは何者かによって、この迷路を演出されている可能性。
さて、どちらの可能性が高いのだろう。
もっとも、回避するためには全く別のアプローチもある。戸隠ソネ子が取っていた行動がそれであった。
「コの方ガ……ハやイ……」
何とソネ子は墓石を乗り越え、時には倒しつつ進んでいたのである。それでも時折、同じ場所に戻されていたようだったが……。
●ある視線【3】
墓地を見渡せる場所にある大きな木。5人が墓石の迷路に惑う様子を、1人の青年が笑みを浮かべてその木から見下ろしていた。
それは銀の長髪で細身の青年であった。年頃は20歳前後といった雰囲気か。なかなか顔立ちはかっこいい。
青年は墓地を見下ろして、しきりに手と指を動かしていた。それはまるで、5人の動きに呼応するかのようで――。
●変化【4】
影に追われつつ、美紅や出口を求めてさまよう5人。移動を繰り返すが美紅や出口はおろか、なかなか他の者たちにも出会えない。
こんな状況がしばらく続いていたが、やがて変化が起こり始めた。
「あ、シュラインさん」
「え?」
まず変化に気付いたのは悠也であった。いくつかの墓石の向こうに居たシュラインの姿に気付いたのである。無論、シュラインからも悠也の姿はしっかり見えている。
同じように撫子もデルフェスの姿を発見していた。言うまでもなく、距離は離れているのだが。
ソネ子が墓石に上がったりしている様子も、他の4人は目にするようになっていた。先程まではまるで見えなかったというのに。
こういった現象が起こるに伴い、5人が同じ場所に戻される回数はぐっと減少していた。
そして、変化はこういった部分だけではない。影たちが追いかけてこなくなったのだ。
何やら蝶にまとわりつかれ動きを止めた影、あるいは同じ所を行ったり来たりしているだけの影、はたまた見えざる壁に阻まれたかのようにある場所から1歩たりとも前に進めなくなった影……。今まともに追いかけているのは、1体か2体くらいではないだろうか。
確実に着実に、5人は前進をしていた。
●封じる【5】
「何だ……?」
この変化に困惑しているのは、木の上に居る銀髪の青年だった。自分の思った通りに動いていないからだろうか、笑みはすっかり消え失せていた。
「空間の交換が」
ぼそっとつぶやいたその瞬間、青年の頬に何かがかすり傷をつけた。青年の頬に軽く血が滲む。
「誰だ!」
青年は気配を感じた方角へ顔を向けた。そこは別の木、枝の上に1人の少年の姿があった――渡辺綱である。
「何やってるか知らないけど、どうも胡散臭そうなんでちょっとだけ邪魔させてもらったよ」
綱は青年にそう言った。木を伝って移動していた綱は、発見した青年の奇妙な手の動きが気になり、しばらく様子を見ていたのだった。
その結果、今のこの現状に何か関係していると踏み、宝刀『髭切』に宿った御霊に命じ青年の頬にかすり傷をつけさせたのだ。感覚的に言えば、ナイフがかすったようなものであるが、青年の邪魔をするには十分であった。
「くそっ、邪魔するな!」
青年は目に怒りの色を浮かべ、綱を睨み付けた。そして綱に対し指先を向け、何やら動かし始める。が、その動きが途中で止まった。
「……何っ!」
指が動かない。いや、指だけでなく動くことすら出来なくなってしまっていた。
「墓場は時に迷路のようだが、本当に迷路化するのはいただけない……不謹慎、だろう?」
青年の真下から、静かに声が聞こえてきた。綱が目を向けたがそこには誰の姿もない。
「神将よ! 決して逃がすな!」
その声とともに、式神十二神将のうち6体が一瞬にして姿を現し、青年を逃がさぬよう取り囲んだ。
「墓場迷路の主はこいつか」
声の主も姿を現した――真名神慶悟だ。慶悟は隠形法で十二神将たちもろとも姿を消し、この迷路の元凶を探していたのである。
そして青年が綱に気を取られている隙を突き、青年に対し禁呪を施したのだった。
「あ、皆合流出来始めたみたいだ」
墓地に目を向けた綱が様子を口にした。青年の動きが封じられたからであろう。さまよっていた者たちは合流を果たし、ソネ子を除く4人が同じ場所へと辿り着いていた。
そこには影に捕まった美紅と、同じく幼い女の子の姿があった。地面には美紅の影だけが伸びていた――。
●核心【6】
「美紅さん!」
「美紅様!」
撫子とデルフェスが同時に叫んだ。2人の声に反応した美紅は、口元を影によって押さえられつつもも必死に首を左右に振った。まるで『来るな』と言っているようでもある。
「ぐす……助けてぇ……ママァ……」
泣き顔の女の子は口元こそ押さえられていなかったが、4人の方をじっと見つめて助けを求めていた。
「今助けてあげるから……泣かないで、おとなしくしているのよ。いい?」
シュラインは女の子に静かに声をかけた。それから辺りをぐるりと見回す。他に人影は見当たらない。
「……あの影を操ってるの、どこに居るのかしら」
神経を集中し、音から居場所を探ろうとするシュライン。だが地面に目を向けていた悠也が、それを遮るようにこう言った。
「もうわざわざ探す必要もないでしょう」
そして、それとなくシュラインの前に立つ悠也。
「……わたくしもそう思いますわ」
デルフェスも悠也の言葉に同意する。
「どういうこと?」
シュラインは2人の顔を交互に見比べた。探す必要がないということは、居場所はもう分かっているということか?
そんな時である、霊視によって影を操っている主を探していた撫子の顔色が変わったのは。
「……まさかとは思いましたけれど……」
撫子は女の子をじっと見つめてつぶやいた。その瞬間――女の子の四方から、髪の毛が襲いかかった。
「見ィつけた……!」
ソネ子の声が聞こえてくる。いつの間にやら周囲に髪を這わせて潜ませていたのだ。
ソネ子の髪の毛が女の子を絡め捕まえようとする。ところが、女の子を捕まえていた影がその邪魔をした。まるで女の子を護るかのように、自分がソネ子の髪の毛に絡まってゆく。
「やっぱり」
ぼそっとつぶやく悠也。思った通りだと言いたげな表情である。
「どういうこと!」
シュラインが悠也の肩をつかんで説明を迫った。
「気付かなかったんですか? あの女の子に、影がないことに」
「え……」
そう、悠也が今言ったように女の子には影がなかったのだ。美紅にはあったというのに。
「わたくし、影の殺意の源を辿っていたんですけれど……」
悠也の言葉を裏付けるかのようにデルフェスが口を開き、すっと女の子を指差した。源が女の子であったということだろう。撫子の顔色が変わったのも、霊視によってそれに気付いたからであろう。
「……ふん。こんな所でばれるなんてね」
女の子の口調ががらりと変わり、すれたような物言いとなった。そして次の瞬間、幼い女の子は消え失せ、妙齢でグラマラスな黒髪の女性が姿を現した。
「ターゲットが悪かったかね。あんたらを選ぶんじゃなかったよ」
女性は不敵な笑みを浮かべ、そう言い放った。
「何をするつもりだったんですか。単なる悪戯……だったら、まだ可愛げがありますけれど」
悠也が女性に向かって、ごく普通に尋ねた。どことなく口説くような口調が混じっているように聞こえたのは、皆の気のせいである。ええ、気のせいですとも。
「実験だよ。ちょいとした……実験さ」
左右に視線を向けながら、女性が答えた。すると、周囲を取り囲むように十二神将のうち6体が現れた。慶悟が声の方の探索にあたらせていたグループである。
「……逃がさないつもりらしいねえ」
十二神将たちを見て苦笑する女性。
「どのような実験をするつもりだったのですか」
撫子がじっと女性を見つめて尋ねた。
「あんたらにそこまで言う必要はないね。ところであんたら。実験するのに、何の準備もしてないと思ってるのかい?」
ニヤリと笑う女性。次の瞬間、女性の姿がすうっ……と消え失せた。同時に影もその姿を消した。
姿を消したのは女性だけでない。木の上にいた青年も同様だった。
「この屈辱、決して忘れないからな!」
そう言い残し、青年は姿を消したのだった。
「他に仲間が居たか」
溜息を吐く慶悟。禁呪を施していたのだ、青年が能力を行使したとは思えない。ならば、他に仲間が居たと考える方が自然である。
「近くには居なかったみたいだけどなあ」
頭を掻きながら綱が言った。周囲に仲間らしい気配は見当たらなかったのだ。
ともあれ、事件を引き起こした2人には惜しくも逃げられてしまったが、美紅を無事に発見出来たことを素直に喜ぶべきであろう。
●回り道の結果【7】
綱や慶悟も他の者たちと合流し、これで8人全員が揃った。
「ああ、無事でよかったです」
疲れが見えていた美紅を引き寄せ、何故か頭を撫でる撫子。
「あの……どうして私、撫でられているんでしょう?」
撫でられている美紅は、どう反応していいか困っている様子。救出してもらったのでむげにも出来ないし、かといって年下の撫子から撫でられているというのも何だか妙な気分であった。まるで妹に接する姉、という図だ。もちろんこの場合の姉は、撫子の方である。
「オハカの迷路……オモシロかっタ……」
十分に迷路を堪能したといった様子のソネ子。倒した墓石の数は……数えない方がいいだろう。
「事件も一応解決したことですし、よろしければ一緒にいかがですか」
悠也が飲むゼスチャーをしながら皆に言った。友人のバーへ行く途中、近道した時に今回の事件に巻き込まれたのだ。事件も解決した今、最初の目的通りバーへ行かなくてどうするのか。
「申し訳ありません、わたくしはお店に帰りませんと……」
すまなさそうに言うデルフェス。こちらは店、アンティークショップ・レンに帰る途中だったのだ。早く戻らないと、心配していることだろう。
「唐揚げと鮭おにぎりある?」
綱が何気なく悠也に尋ねた。唐揚げはまだしも、おにぎりはないような。その前に、未成年である。
かくしてバーに行く者はそちらへ、帰る者は帰ることになり、墓場を後にすることにした。
「全く、とんだ回り道だったな」
やれやれといった様子で慶悟がつぶやいた。その隣で、シュラインが釈然としない表情を浮かべていた。
「実験ねえ……。いったいどこの誰が、何の実験をしようとしてたのかしら」
●監視する者【8】
8人がまだ墓場の中に居た頃。墓場の外に、携帯電話を手にした金髪短髪の青年が居た。その顔は、あの銀髪の青年に瓜二つであった。
「……ニーベルさんですか。『金将』です。はい、『銀将』『桂馬』ともに離脱したことを確認しました。今回の実験は失敗した模様です。詳細は帰還後に……ええ、実験はまた改めて行った方がよさそうですね。それでは……」
金髪の青年が電話を切ると、その姿はすうっ……と消え失せた。
後にはもう誰も残っていない。
【Detour 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや)
/ 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト(主夫?) 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
/ 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
/ 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 1761 / 渡辺・綱(わたなべ・つな)
/ 男 / 16 / 高校生(渡辺家当主) 】
【 2181 / 鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)
/ 女 / 19? / アンティークショップ・レンの店員 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ゲームノベル』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに回り道のお話をお届けいたします。本文を最後まで読んでいただければお気付きだと思いますが……とても怪しい内容です、ええ。明確に組織名は出していませんけれど。
・迷路の脱出法はいくつかありました。それは本文を読んでいただければ分かるかと思われます。
・ちなみにタイトルの『Detour』、今年の4月で20周年を迎えた某3人組ユニットの曲名から取ったのですが、意味には『回り道』や『遠回り』というものがありますね。さて、誰にとっての『Detour』だったのか――。
・シュライン・エマさん、74度目のご参加ありがとうございます。相変わらずするどい所を突いてきているような。どこの誰の仕業かというのは、思われた通りではないでしょうか。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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