コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


風の精に告ぐ

【鬼龍の奏者】

 風使い、と、呼ばれる。
 その名の通り、風を使う。風を操る。
 時に手足のように、時に鋭い刃と化して、風は、常に、朝幸とともにあった。
 何故か、なんて、わからない。
 呼吸をするように、それは自然なことだった。声を、想いを……風は自らの一部だから……心の片隅に、いつも感じる。

「ここの風は、少し、違うみたいだ……」

 従順ではない。強いて言えば、意志を持つ。語りかける言葉を持つ。触れられる姿を持つ。そびえ立つ神木の傍らで、何度も何度も目にした、白い残像。危ないよ、と囁かれた時の声音が、今も、頭の奥に、幾重にも木霊していた。
 
「話してみたいな……」

 また、神木に足を運んだ。危ないと久遠に止められてはいるけれど、どうしようもないほどに、この場に惹かれる。姿を見せてと、一生懸命、呼びかけた。願いすぎると、鬼龍の幻は遠離ると、里人に教えられて、知っていたはずなのに……つい、もっと、もっと、と、求めてしまう。
「駄目かぁ……」
 風の訪れはない。
 すぐ傍らを吹き抜けて行くのに、声は全く聞こえない。
 朝幸は一つ苦笑して、改めて、天を仰いだ。不思議を望みすぎたら、駄目なのだ。目には見えないものたちは、その意識のない者たちの無欲にこそ、きっと、手を差し伸べたくなるのだろう。

「誰か……居るのですか?」

 遙か下方で、人の声がした。一瞬、久遠かと思ったが、そうではない。風が運んできた気配は、もっと静かで穏やかだった。久遠は、例えて言うなら火の化身だ。激しくて、熱い。だが、声は、それとはあくまでも対照的に、流水のような響きを持っていた。
「えーと……」
 悪戯を見つかった子供のような顔をして、朝幸が木から飛び降りる。風が助けてくれることを、知っていた。体に何の負担もかけず、ふわりと羽のように着地する。音もなく現れた朝幸に、だが、地上の里人は、驚いた様子も見せなかった。
 ああ、やはり、人がいたのですね。
 彼が、笑った。風越しに聞いた声よりも、直に聞いた言葉は、もっと、温かい雰囲気を湛えていた。
「あ。ええと……」
 誰だろう?
 朝幸が首を捻る。
 鬼龍の里人のようだが、それにしては、色素が薄い。髪は銀で、瞳は淡い水色だった。傍らに、十歳程度の男の子を連れている。その子もまた、髪の色が銀だった。瞳は緑で、何となく、二人の里人は、似通った顔立ちをしていた。
「申し訳ありませんが」
 里人が、口を開く。はい、と、朝幸は、神妙な顔をして、里人の次の言葉を待った。
「私が戻るまで、二、三時間ほど、この子の遊び相手をしては下さいませんか?」
 その申し出に、当然の事ながら、朝幸は面くらう。男の子と、青年の顔を、まじまじと見比べた。青年の方が、思い出したように、名乗った。
「失礼しました。私は、采羽と申します。この鬼龍に生まれ、身を置くものです」
「采羽……さん?」
「はい」
 采羽が、彼の傍らに佇む男の子を、ちらりと見やる。少し考え、意外なことを口にした。
「この子には、名がありません。葛西さん。この子に、あなたが、名を与えてやっては頂けませんか?」
「え?」
「仮の名です。真の名は、強すぎるので。いかがでしょう?」
 言っている意味が半分もわからなかったが、朝幸は、いいよと頷いた。おとなしそうな雰囲気の男の子が、意外なほど人懐っこい笑顔を浮かべて、お兄ちゃん、と、懐いてきたからだ。
「二、三時間、預かればいいんだよね?」
「はい。私の方から、迎えに行きます」
 朝幸の手を、男の子が、しっかりと握り締める。縋り付いてくる感じが、何となく、雨の中に項垂れていた白い子犬を思い起こさせた。
「藤丸……うん。藤丸がいいや」
 おいで。
 朝幸が呼ぶと、人間の藤丸と犬の藤丸が、同時に、嬉しそうに頷いた。



「なぁ、藤丸。今の人、藤丸のお兄さん?」
 朝幸が、男の子に尋ねる。藤丸は、ふるふると首を振った。それから、慌てたように、声に出して答える。
「ううん。違うよ。采羽さまは、奏者さま」
「奏者さま?」
「うん。鬼龍の歌が、鬼神様と龍神様の元まで届くように、采羽さまが、まずは、笛で眠っていた精たちを目覚めさせるの」
「…………な、なんか、よくわかんないけど、それって、凄い?」
「さぁ……わかんない。でも、采羽さまは、凄くないって、言うよ。笛が好きだから、音が好きだから、きっと、届くだけだろうって」
 ねぇ、お兄ちゃん。
 それよりも、もっと、面白い場所に連れて行ってよ。
 男の子が、朝幸の手を引っ張る。地理不案内な身で、里を遠く離れるのは不安だったが、引きずられるまま、朝幸は、人間の藤丸とともに、山深くにまで入り込んでいた。
 引き返そうと慌てた頃には、薄闇が、既に辺りを覆いつつある。足下が徐々に見えなくなって、朝幸は、何度も何度も、切り株や突き出た根に足を取られ、無様に転んだ。
「やばい……本気で」
 迷子?
 こんな秘境の地で。
 こんな夕闇の中で。
「な、何とか、里に連れて行くから」
 それでも、朝幸は気丈に笑ってみせた。小さな藤丸を二人も連れて、遭難などしている場合ではない。責任を持って預かったのだ。責任を持って返さなければ、お願いしますと微笑んだ里人に、申し訳が立たない。
 いかにも風に好かれた少年らしい実直さが、朝幸の頭の中を占めていた。

「里は……」
 
 不意に、男の子が、身を翻す。
 驚いて手を伸ばした朝幸だったが、するりとかわされた。あんな小さな子供の足とは思えない速さで、男の子が、駆けて行く。掴まえるどころか、引き離されないので精一杯だった。油断すると、すぐにも視界の端から消えていなくなりそうだ。
「あ、危ないってば! こら! 藤丸!」
 懐に抱いた藤丸が、くぅん、と、悲しげな声を漏らす。朝幸は、走りながら、ごめんごめんと、子犬の頭を撫でてやった。
 注意が一瞬それた間に、男の子の姿は消えていた。朝幸が、視界を遮る深い枝葉を、両手で払う。緑の幕の向こうには、見たいと思っていた、狭間の光景があった。



 青い……蒼い……幻想風景が。





【夜の幻想】

 明るい陽の元で見るものとは、比べようもないくらい、恐ろしいほどの、青。
 空も、月も、雲も、その雲が隠す遠くの峰までも、全てが、一様に、青く染まって見えた。
 他に色はない。夜の闇が、他の余計な色を、完全に排除してしまう。「青」だけが、際立って、そこにある。呑み込まれてしまいそうだと……思った。
「夜の彩藍……」
 月明かりを受けて、青い花が、青い光を放っているかのように。
 微かな葉ずれの音が、夕暮れを過ぎて現れた訪問者を、静かに迎え入れた。
「トモ」
「あ……久遠兄ちゃん」
 夜の彩藍に惹かれた客人は、どうやら、自分だけではなかったらしい。奇しくも同じ時間に、よく見知っている顔が現れた。
「来れたな。彩藍の花畑」
「うん……」
「何だ? 元気ないな」
「藤丸がいなくなったんだ」
「藤丸? その懐にいるのは何だ?」
「犬じゃなくて、人間の方!」
「は?」
 その時、子犬が、主の腕を放れ、花畑に飛び込んだ。
「こ、こら、藤丸!」
 朝幸の制止も振り払い、子犬が駆ける。
 一度、二度、飛び跳ねるたびに、彩藍が、波のようにざわめく。白い毛並みが……青の中に、映える。
 朝幸が、子犬を追いかけて、自らも彩藍の群の中に歩を進める。どうにも捕まらず、ついに、助けてくれと悲鳴を上げた。子供に混じって馬鹿をするのも面白いかと、久遠も、花の中に足を踏み入れた。
 自分のものでもない、朝幸のものでもない、まして鬼龍の里人のものでもない、不思議な笑い声を、その時、聞いた。

「鬼さん、おいで。手の鳴る方に」

 驚いて、振り返る。むろん、そこには、誰もいない。
 
「こっちだよ。風使いさん。遅いなぁ……そんなんじゃ、風に、笑われてしまうよ?」

 白い子犬の傍らを、白い人影が、並びながら、走っている。
 久遠は立ち止まり、目を凝らした。あれは何だ? 輪郭が、うっすらと、青白い燐光を放つ。十歳くらいの男の子だ。だが、明らかに、人間ではない。
 あれは何だ?
 もう一度、問いかける。今度は、答える声があった。流だった。
「風の精霊だ」
「風の精霊?」
「仮の名を与えたな。実体化している……」
「実体……化?」
「ああ……でも、薄い。まもなく、消えるな」
「消える?」
「仮の名では、永続的に、姿を留めることは出来ない。真の名でないと……」
 もう一度、白い人影を見ようと、久遠が振り向く。流と話したわずかな間に、だが、時間は過ぎ去ってしまっていた。光る影は、どこにもいなくなっていた。朝幸と、犬の藤丸が、やや呆然とした顔をして、突っ立っている。
「行ったな」
「行ったって……まさか、死んだのか?」
「いや……」
 精や霊たちに、死という概念はない。消滅はあるが、それとても、鬼龍にいる限り、彼らが消えて無くなることはない。見えなくなっただけだ。感じられなくなっただけだ。まだ、ちゃんと、そこに居る。

 朝幸を…………見ている。
 ほんの数時間の、短い間の、友だけど……。

「ありがとうございます」
 いつの間に現れたのか。花畑の片隅に、銀の髪の里人が立っている。
 子犬を抱いて、朝幸は彼の元に走った。ありがとう、の意味が、少年には、まだ、はっきりと、理解できていなかった。
「今の……」
「風の精霊です。仮の名を与えられて、あなたと遊ぶことが出来て、満足したようです」
「俺……知らなかったんだ。精霊だったなんて。知っていたら、もっと……」
「十分ですよ」
「でも」
「十分に、彼は、楽しみました。だからこそ、この彩藍の元に、貴方を導いたのです。ここは、案内が無ければ、辿り着くこともかないません。ここに貴方がいる、その事実こそが、精霊たちの……答えなのです」
「もう……会えないの?」
「会いたいですか?」
「うん……」
 白い子犬が、朝幸の腕を離れ、鬼龍の奏者の足下に懐きに行った。失礼があってはいけないと、それを慌てて朝幸が捕まえる。
 子犬は朝幸の腕を踏み台にして、曲芸よろしく飛び上がると、狙い澄ましたかのように、采羽の腕の中に納まった。ふわぁと一つ大欠伸をし、飼い主の青い顔など意にも介さず、奏者の懐を寝床に、目を閉じる。
「こ、こらっ! 藤丸っ!!」
 慌てる朝幸を、大丈夫、と、采羽が、小声で制する。大丈夫、という有り触れた一言が、この奏者が口にすると、奇妙な重みを伴って響いてくるから、不思議だった。

「会えますよ。葛西さん」
 花畑の検索で、随分と乱れてしまった子犬の毛並みを撫でて整えてやりながら、采羽が呟く。
「え?」
 犬の素行の悪さにややハラハラしていた朝幸は、咄嗟に意味を図りかねて、思わず、目を瞬かせた。
「呼んで下さい。この鬼龍に来たら、あの神木の枝の上で、貴方が付けた仮の名を」
「呼んで……?」
「貴方が名付けた、貴方の友です。貴方が忘れない限り、何度でも、現れてくれるはずです。人が忘れても、精霊は忘れません。彼らの想いは、永遠なのです。貴方が会いたいと願う限り、いつも、そこにいるはずです」
「願う、限り……」

 遠くで、早く来いと叫ぶ声がした。
 久遠と流の長身二人が、肩を並べて、歩き始めている。遠目から見ても、何やら悪口を叩き合っているのがわかるから、実に面白い。仲が良いのか悪いのか、と、朝幸は、一人苦笑した。とりあえず、素直な関係では、間違ってもないだろう。

「そろそろ、私たちも、行きましょうか」
 鬼龍の奏者が、ゆったりと歩を進める。ごく自然に、朝幸は、彼の隣に立った。
「この鬼龍のこと、色々、教えて下さい」
「私は、あまり良い語り部ではありませんので、退屈させてしまうかも知れませんよ」
「い、居眠りは、しません!」
 思わず直立不動に背筋を伸ばして、ついでに敬礼の姿勢をとる。采羽が苦笑した。
「どうか、肩肘を張らないで下さい。ここでは、教えるとか、学ぶとかいう意識を、捨てましょう。本当に興味のある事柄は、期せずして残るものです。私は、それで、十分だと思いますよ」
「うちの高校の先生たちが、みんな、采羽さんみたいだったらなぁ……」
「刺激が無くて、きっと、気が抜けてしまいますよ」
「いつもいつも、授業中、睡魔との戦いです。刺激がありすぎて怖い……」
 朝幸が、溜息を吐き出す。
 鬼龍の奏者は小さく笑って、それではと、風使いの掌の上に、見たこともない木の実を落とした。
「これは?」
「眠気の覚める木の実です。騙されたと思って、試してご覧なさい」





【風の精に告ぐ】

 翌朝には、慌ただしく、風使いは去った。
 無数の人工の明かりが灯る、魔都に戻って、また、揉まれながら、生きて行くために。
 だからこそ、たまに味わう非現実が、大切なもののように思えてならない。
 素直になって、馬鹿になって、そして、本物を……見つける。
 
「貴方が会いたいと願う限り、いつも、そこに、いるはずです」

 また、鬼龍に来ることがあったら。
 呼びかけてみようか。藤丸、と。
 天に向かってそびえ立つ、あの神木の枝の上で。

 自分だけの、風の精に……。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1294 / 葛西・朝幸(かさい・ともゆき) / 男性 / 16 / 高校生】
【2648 / 相沢・久遠(あいざわ・くおん) / 男性 / 25 / フリーのモデル】

NPC
【鬼龍・采羽(きりゅう・さいは) / 男性 / 25 / 奏者】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

いつもお世話になっております。朝幸さん。ソラノです。
采羽をご希望ということでしたが、鬼龍の奏者はいかがでしたでしょうか?
期待外れだったらスミマセン。
今回は、いよいよ具体的に実体化した風の精霊と友達になれました。
名前は「藤丸」です。(勝手に……申し訳ないです)
采羽は礼儀正しいですが、流より余所余所しい人間かも知れません。
でも、風使いさんには好意を持ったようです。
またどこかでお会いすることがあれば、話しかけてやって下さい。(笑)

それでは、今回のお申し込み、ありがとうございました!