コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


何度でも

【下準備?】

 何かと東京に出てくる機会が増えたが、それに伴い、まず真名が一番に困ったのは、寝泊まりする宿だった。
 幸い、同郷出身の者が二人もいるため、そのどちらかの部屋に転がり込んで、ホームレスは避けられている。流のアパートは、お世辞にも片付いているとは言いがたく、非常に暮らしにくい男所帯なのだが、采羽のマンションは、快適だった。家事その他は得意だし、真名にしてみれば、兄に懐く妹のような感覚で、一人暮らしのお宅にお邪魔していたわけである。
 お邪魔していたわけなのだが……その事実を橘兄弟に知られた瞬間、彼らから、怒濤のような叱咤を受けた。
「血の繋がりもない男の家に、転がり込んじゃ駄目じゃないかっ!!」
 そんな青筋立てて怒るようなことかしらと真名は思ったが、あまりの迫力に、はい、と殊勝に頷くしかない。特に夏嵐の憤りが激しいらしく、覚えていろとか、なにが女嫌いだとか、先程から、ぶつぶつと、かなり物騒な罵詈雑言を並べ立てている。
「あの……」
「真名ちゃん! 東京にいる間は、うちに間借りすればいいっ!! 部屋なら腐るほどもある!!」
 やはり夏嵐の勢いに押されて、はい、と再び頷くしかない真名だった。



 橘家は、男ばかりの四兄弟だが、一人だけ、かなり毛色の違う人物が紛れている。春海という名のこの三男、動作も心もかなり女っぽく、真名にとっては、非常に理解の難しい、珍しい人種でもあった。華やかな服装を好み、低い声で、そうよねぇ、等と微笑まれたときには、初めの頃は、衝撃に蹌踉けたほどだ。
 が、オカマっぽかろうが何だろうが、彼が一番女の子の服装について、詳しい。
 真名は、意を決して、春海の部屋を訪れた。
「今風の服、というものを、教えて下さいませ!」
 まさか流行についての講義を求められるとは思わなかったが「人それぞれよ」の一言で全てを片付けてしまう三男は、任せておきなさいと、早速、真名を買い物に連れ出した。心配になった他三名が付いて来て、結局、四兄弟を引き連れての大行進である。
 なんと四時間も費やして、ようやく、明日の服が決まった。
 春物のコートに、プリーツのスカートに、薄いセーター。靴に、鞄に、帽子に……。一通り揃えるとなると、これがまた大変だ。
「真名ちゃん、どっか出かけるの?」
 春海が聞く。
「明日、お友達が、色々な場所に連れて行って下さるそうなのです」
 真名が答える。
「ふーん。その子、可愛い?」
 とは、夏嵐の言葉。
「か、可愛い、ですか? 男の方なので、あまり、その表現は、相応しくないような気がしますが……」
 さり気なく、爆弾を落とす。
「男っ!?」
 唖然とする兄弟の前で、真名は、にっこりと、あくまでも無邪気に微笑むのだった。
「槻島綾さんとおっしゃいます。わたくしの、大切なお友達です」





【地上の星】

「十一歳も違うのか……」
 年齢のことを考えると、綾は、ほんの少しばかり、憂鬱になってくる。
 まぁ、大事な友人相手に、年の差など関係ないのだが。見るからに十代の真名を一緒に連れて歩いたら、これはもしかして援助交際になってしまうのではないかと、少々不安に感じてしまうのも、また事実。
 実際のところ、実年齢より少なくとも五歳は若く見える槻島には、無用の心配だった。小旅行に持ち歩くリュックを背負って、着古したジーンズ姿でウロウロしようものなら、まずその辺の暇な大学生としか見られない。
 東京の地理に関しては絶望的な真名でも迷わないように、待合い場所は、わかりやすさを第一に考えた。あの目立つことこの上ない某忠犬の銅像の真ん前だ。降りる駅さえ間違えなければ、ここを見落とすはずがない。
 綾が着くと、既に真名は来ていた。てっきり着物姿だと思ったのに、彼女は私服を着込んでおり、かえって探すのに手間取った。しかも、見覚えのない若い男が、傍らに立っている。どう考えてもナンパだ。が、恐ろしいことに、真名に、その意識は皆無だった。
「すみません。遅くなりましたっ!」
 ぐい、と、ナンパ男と真名の間に割り込む。なんだ彼氏がいるのかとか何とか、ぶつぶつ言いながら、ナンパ男は去っていった。
「東京の方は、見ず知らずの者にも、親切なのですね……。お茶を、ご馳走してくれるそうですよ」
 いや。だから。
「それは、かなり、違うと思いますが……」
 知らない人に、付いていってはいけません。
 幼稚園児に言って聞かせるようなことを、思わず口にしてしまう綾だった。



 真名が、最近、外の世界の甘味に凝っていることは、知っていた。
 綾にしてみれば、鬼龍の自然の持ち味を生かした料理の方が、何倍も美味しいと思うのだが、まぁ、それは、人それぞれというものだろう。物珍しさも手伝って、通りを歩いている時も、ショーウィンドゥ越しに見える料理の模型に、彼女は歓声を上げっぱなしだった。
 幸い、今日の真名は、着物姿ではない。甘い物が陳列されている喫茶店にも、抵抗無く入ることが出来る。
 和服は好きだが、綾は極めて常識的な人間であるから、やはり、時と場所を選びたかった。ケーキの食べ歩きに、帯と着物で武装した少女を連れ歩くのは、どう考えても目立ちすぎるし、動きにくさから言っても、得策ではない。
「ここは、ケーキも美味しいのですが、一番お勧めなのは、珈琲の方かも知れませんね」
 おのぼりさんでごった返しているような、ガイドブックの常連店には、興味がない。
 クチコミのみで広がった、ちょっと小さな店構えの静かな人気の喫茶店に、綾は真名を連れて行った。
 ここのオーナーとは、既に顔見知りだ。熊のような厳つい顔をして、繊細な味を演出する。綾が学生の頃からの付き合いなので、七、八年来の友人だ。真名の姿を見ても、変に勘ぐったりはせず、店主は、いつもながらに二人を迎え入れてくれた。
「いつもの日替わりメニューでいいのかい?」
「今日は、甘味食べ歩きツアーなのですよ」
「食べ歩きか。じゃあ、小さなケーキの盛り合わせなんかがいいかな」
「そんなメニュー、ありましたっけ?」
「今考えついたんだ」
 店主は相変わらずだった。儲けようという気が、まるでない。既に出来上がっているたくさんのケーキから、つまむように小さく小さく切り出して、皿に並べた。
「ちょっと量が多かったか」
 店主が苦笑しながら皿を差し出す。真名は首を振った。
「大丈夫です。全部食べます」
「真名さん……ほどほどにした方が」
「だって、明日には、鬼龍に帰らなければならないのですから」
 こんな綺麗な洋菓子も、見納めだ。鬼龍には鬼龍の甘味があるが、やはり、外の世界のものとは、根本的に味が違う。
「明日? そんなにすぐ?」
「はい」
「今度、いつ……」
「わかりません」
 真名の食べる手が、止まった。帰る帰らないの話になると、どうしても、話題が暗い方向へと進んでしまう。綾は、明日のことではなく、今日のことを、まずは考えるよう努めた。明日帰ってしまうのなら、なおのこと、楽しい思い出を作ってやりたい。
「あんまり楽しすぎたら、鬼龍をこっそり抜け出して、また遊びに来てしまいそうです」
 そうなったら良いのにと、心の何処かで期待してしまっている自分に、綾が、ひっそり苦笑した。



 喫茶店で静かな一時を堪能した後は、アカデミーの賞を総舐めにしている、某有名映画を見に行った。それから、冷やかし半分で様々な雑貨の店を渡り歩き、百貨店の上階で日本の古物の展覧会をしていたので覗きに行き、夕食は、これぞ都会の醍醐味と、バイキング料理に挑戦した。
 楽しい時間は、過ぎ去るのも早い。時刻は、既に午後八時を回っていた。
 綾は、いったん自宅に戻り、車を持ってきた。
 どうしても、真名に、見せてやりたい景色があったのだ。
 そこは、徒歩で行くには遠すぎる。時間があれば、明日でも明後日でもと思ったが、彼女は、日が変わった早朝に、故郷の里へと戻ってしまう。次に出会える保証はまるでなく、むろん手紙やメールをやり取りする手段もない。
 鬼龍は、遠すぎるのだ。
「東京の夜景を、真名さんに、見てもらいたくて」
 自然の天河に勝るとも劣らない、人工の星々。
 一つ一つの明かりに、一人一人の生活の跡がある。光の向こうで、泣いたり笑ったり怒ったりしている人々が、確かにいる。
 東京は、雑で、冷たくて、それでも、火に集る虫のごとく人を呼び寄せずにはいられない、魔の都だと言う人もいるけれど、こうして、綺麗な部分も、ちゃんと持ち合わせている。
 この夜景を眺める余裕も無くすような生活だけは、したくないな、と、綾は思う。
 いつもいつも暮らしに追われて、たまには振り返ることを忘れてしまったら、きっと、多くのものを見失い、手放して……いずれは、魔都に呑まれて消えてしまうことになるのだろう。
「また、会えますよ。真名さん。僕が鬼龍に行っても良いし、真名さんの方も、案外早く東京に戻る用事が出来るかも知れませんしね」
 今度が何時になるのか、と、不安を感じていた少女の心中を察して、綾が、元気づけるように、くしゃりと真名の頭を掻いた。
 子供扱いしないで下さいと、怒られるかと思ったら、真名は、それにも気付かなかったらしく、硬い表情で、ただ下界の空を眺めやっていた。
「また……またって、何時ですか」
 呟いた彼女の声は、震えていた。
「真名さん?」
「嫌……です。わたし。帰りたくない。ここに……皆さんと一緒に、ずっと、ここにいたいです」
「真名さん……」
「わたし、わたし……里長になんて、なりたくなかった。神官の家系になんて、生まれたくなかった。こ、こんな事、考えちゃいけないって、わかっていますけど…………流が、采羽が、羨ましいです。二人とも、鬼龍と外とを、自由に行き来できます。わたしだけ……わたしだけが、いつも、置いてきぼりで……!」
「ずっと…………我慢していたのですね」

 何があったか、など、綾は知らない。
 鬼龍の歴史も、仕来りも、わからないことだらけだ。
 気にならないと言えば、嘘になる。だが、無理に聞き出そうとは、思わない。時が満ちれば、真名の口から、自然と全てが打ち明けられてゆくことになるだろう。
 ゆっくりでいい。もどかしくても構わない。四六時中、傍にいることは出来ないけれど…………せめて、こうして顔を合わせた時だけは、胸の奥に溜まった愚痴を、不満を、受け止めてやりたい。
 彼女には、保護者が必要なのだ。鬼龍とは関わりなく、兄のように、父のように、見守っていてくれる誰かが、必要なのだ。
 
 それは、真名に限ったことでは、ないのかも知れないけれど……。

「約束をしましょう」
 車のドアを開けっ放しにして、助手席に真名を座らせ、その傍らに立ち、綾が、一つの提案をする。少女が、不思議そうに首をかしげた。
「約束?」
「はい」
「どんな……?」
「そうですね…………。何かあったら、自分の中に溜め込まずに、きちんと、僕に話すこと……なんてどうですか?」
「槻島さま……に?」
「こう見えても、真名さんより、十一年も長く生きています。一応、人生の先輩です。具体的にああしなさいと指示を出す資格は僕にはありませんが、話すだけでも、違うはずです。控えめなのは美徳の一つですが、たまには、我が儘を言っても良いと思いますよ。真名さんは、まだ、たったの十六歳なのですから。誰かに甘えて良い年頃のはずです」
「でも……」
「僕では頼りになりませんか?」
 真名は、慌てて首を振った。
「違います……そんなこと、ありません。ただ、わたくしは、鬼龍の里長ですから……」
「ああ、そう言えば、そうでしたね」
 綾が、思い出したように、笑った。
「忘れていました。今の今まで。真名さんが、里長だってことを」
「え」
「僕にとっては、その程度のことなのですよ。里長とか、神官とかいう事実は」





【何度でも】

 まだ十代の女の子を、夜の夜中に引っ張り回すわけにもいかない。
 地下鉄も止まるような深夜になる前に、綾が、真名を、居候先に車で送り届けた。
 どやどやと、男ばかりが迎えに出てくる。
 これは過保護にされているなと、青年は思わず苦笑した。
 
「槻島さま……今日は、ありがとうございました」
「少しは、元気になりましたか」
「はい。元気……出ました」
「それでは、次回までに、行きたい場所があったら、考えておいて下さい」
「え」
「また、すぐに、この東京で会えますよ。きっと」
「……会えますか」
「いつかの逆です。何度でも、歓迎しますよ。今度は、僕の方が」

 そろそろ逃げないと、外野がうるさくなってきそうだ。
 気のせいか、敵意のようなものを、感じないわけでもない。
 綾は素早くギアをドライブに入れると、一気にアクセルを踏み込んだ。去り際、目の端で、表札も確認した。
「橘……」
 今度から、真名を連れ出すのは、少々骨が折れそうだ。
 ああ、でも。
 その方が、良いかも知れない。
 煩わしいことを、全て忘れさせてくれるほど、賑やかに、華やかに、楽しんで……。
 想い出こそが、自分を支える、力となる。

「何度でも、歓迎しますよ」
 この場にいないのに、答える声が、聞こえてくるような気がした。
「何度でも、お会いしたいです……綾さま」





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【2226 / 槻島・綾(つきしま・あや) / 男性 / 27 / エッセイスト】

NPC
【鬼龍・真名(きりゅう・まな) / 女性 / 16 / 神官】
【橘・夏嵐(たちばな・からん) / 男性 / 21 / フリーター・囃子方】
【橘・春海(たちばな・はるみ) / 男性 / 21 / 大学生・囃子方】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

いつもお世話になっております。槻島さま。
ほのぼのというよりは、しんみりになってしまいました……申し訳ないです。
あと、ちょっと橘家の描写も入れさせて頂きました。
真名については、駄々っ子をよしよしと宥めるような感じです。槻島さんは大人なので、こんな感じかな、と。(笑)
それでは、また、依頼やシチュでお目にかかれれば嬉しく思います。
今回は、お申し込み、ありがとうございました!