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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


神楽の散歩道
・プロローグ
「ほっクンの嘘つきー!一緒に行くっていったのに〜」
 じたばた。
 じたばた。
 今日も今日とて、大声で喚き、北斗の目の前でばたばたと全身を使って抗議する神楽。
 う あ ぁ ぁ ぁ…。
 たった一度。
 とある家族に来た依頼に自分が抜かされた事に腹を立て、目の前で暴れている少年に「一緒に連れてってやる」と言ってしまったばかりに今日のこの始末。
 お陰で無理やり混じることは出来たが、余計なおまけが付いて来た。そういうわけだ。
「だってこうでもしなきゃ電車乗せてもらえなかったもんよ…」
 ぽそっと呟いてみても無駄。神楽にとっては北斗に騙されたに過ぎず、そしてまたその弱みがあるから北斗も強く突っぱねることが出来ない。いや、出来たとしても報復を考えると怖くてしたくない。
 少年を黙らせる、唯一の方法は…そう考えて北斗は思い切り溜息を付いた。
「わーったよ。一緒に遊んでやるって。散歩でいいんだろ?」
 ぴた。
「ホント?!じゃーね、じゃーね、かークンと一緒に行こー」
 本気でさっきまで泣いていたのかと問い詰めたいくらいの満面の笑みで、神楽は北斗の手を取った。
 瞬間。

「ちょっと待てどこだここわぁぁっっ!?」
 お約束なのか、これは。
 北斗は富士山の頂上で、息が切れるまで叫んだ。――いや、空気が薄いためあっさり切れた。
 そしてちょっぴり、涙ぐんでいた。

        *****

「さむかったねー。でも、雲が下でおもしろかったね」
 遥か上に見える吊り橋を見上げながら、薄暗い沢の岩を何となく踏みしめてみる。ずる、と滑りかけて慌てて力を入れて踏ん張り。
「まあな、つーか。ここどこだよ」
「おさんぽみちー」
 えへへ、と笑う神楽の顔に、ああそうか、と言葉を返すしかない北斗。
「いつもこんな道歩いてンのか?」
「きょうはたまたま。なんかね、まいにち歩くばしょが違うの。なんでだろうね?」
「俺が聞きたいソレ」
 ぼそっと呟いた北斗ににこにこしながら、
「だから、かークン知らないってばー」
 …かみ合わない会話を続けるのが嫌になったか、北斗が神楽を見下ろし、
「さっき程じゃないけどココもさみぃよ」
「そうだねー。もっとあったかいところがいいな」
 北斗と繋いだ手をしっかりと握りなおし、そして。
「…まあ。あったかいけどさ」
 ぽつんと呟く北斗。
 ――真夏より辛い日差しと、乱反射してくる砂に囲まれて。
「うわぁ、広いお砂場だー」
 にぱぁっと実に嬉しそうに足元の砂を突き崩して楽しんでいる神楽。
「ほっクン、お城作ってお城ー」
「作れるわけねーだろ、砂だけで水がないってのに!」
 さらさらとほんの少しの風にも流れる、水のような砂。
 一面の砂漠。遠くに三角の建物らしきものが見えるような気がして、北斗が無理やり顔をねじむけた。
「見たくない見たくない」
 ?
 かくーん、と大きく首を傾げる神楽。
「お砂場キライ?それじゃあ、ほか行こー」
「ほかって何処だぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
 悲鳴など、神楽に届く筈も無く。
 そして着いたのは、今度は人で溢れた街中、の人気の無い場所。ほっとする間も無く、広い道路へ出た目がやぶ睨みになっていく北斗。
 ――目の前を、馬に乗った警官が悠然と歩いていく。
「お馬さんだよ、ほっクン」
「そりゃ見れば分かる」
 警官とひと目で分かったのはテレビで見たことがあったからか、目をまん丸にする神楽に構わずきょろきょろとあたりを見回し。
 様々な人種の坩堝を見て、ああ、やっぱり…と溜息を付いた。
「人いっぱいすぎてつまんなーい。ほかー」
「ま、待てちょっ…!!」
 てってって、とそれでもそれなりに気にしているのか人のいない場所へ移動し、きゅ、と北斗の手を握りなおし。
 そして、更に何度目かの『移動』の後。
「かークンおなかすいたー」
「…ああ…俺も空いたよ…」
 ここは何処の空なのか。やたら広い草原の中、呆然と佇む北斗に握った手をぶんぶん振りながら口を尖らせる神楽。
「だめだよぉ、ほっクンってば。そういうときは、『よしおれにまかせておけ』って言ってくれないと」
「無茶言うなよ。此処がどこかさえわかんねえのに」
 ぷー。頬を膨らませた神楽が、
「だったらたこ焼きー。たこ焼き食べたいー。かークンさむいからあったかいのはふはふって食べるのー」
「…俺に言うなって…っていうか、お前が連れてってくれよぉ」
「かークンが?」
 目をまんまるくしてぽむっ、と手を打った神楽に思わず脱力した北斗。
 ――当然のように連れて行ってもらったたこ焼き屋では神楽の分も奢らされ。
「まあ、美味かったしいいか…って違うっ!そうじゃないんだぁぁぁ…」
 何やら満足げに平らげた後で、口の端にマヨネーズとソースを付けたまま頭を抱えて苦悩する。そんな北斗を見もせずににこにこしながら屋台のおじさんにお代わりを頼む神楽が居た。

        *****

「美味しかったねー」
「…まあな」
 手すりにひじを付きながらぼんやりと答える。檻の中でうろうろしている動物を眺めながら。
 此処はどこだろうか。動物園らしい、ということしか分からないでいる。
 日本では無いのは分かる。…文字は読めず、言葉は分からず、そして…暑い。周りを見てもコートを着ている者など誰一人とて無く、皆薄い服か半袖姿。おまけに金髪が目立つこと目立つ事。
「ほっクン、あれあれ。かわいい〜〜」
 額を汗びっしょりにしながらも、ぴょこぴょこ跳ねて喜ぶ少年を見るに見かねたか、北斗が横を向きながら「ほれ」と手を出した。なーに?と首を傾げながら、ぽむん、と置いたのは神楽の手。
「いや違うそっちじゃなくて。上着、寄越せ。持っててやるからよ」
「うんっ」
 にぱぁっ、と笑っていそいそと上着を脱ぐ神楽。やはりかなり暑かったのか気持ち良さそうに大きく呼吸を繰り返し、ありがとー、と北斗に差し出す。おう、と言いながら其れを受け取って腕に引っ掛けると自分も上着のボタンを外してばたばた仰ぎ。
「でもちっと暑すぎねえ?もう少し涼しいトコ行こうぜ、」
「じゃあ次行こー」
 クーラーが効いているだろう室内に、と言おうとした北斗の手を神楽がぎゅっと掴み。

「…ありがとな…確かに涼しいよ」
 さわさわと頬を撫でる風は、水に近いのか心地よく。
「でしょー」
 満足げに答える神楽はぱしゃぱしゃと、膝まで足を出して水遊び。
「あんまり足、水に入れない方が…」
「えー、なんでぇ?」
 なんでと言われても。
 小さな島の上で膝を抱えて何処か遠くを見つめる北斗。背中合わせに座った神楽と2人分、それに僅かに余るくらいの大きさの、まさに漫画にあるような無人島。
「こう言うのってヤシの木が生えてたりするよな…」
 群島なのか、ぽつぽつと遠くに見える島。恐らく水面下の岩場も多いのだろう、何か座礁した船のようなシルエットもぼんやりと見えたりする少々デンジャラスな地。
 何より、イルカに似た背びれのモノがすぐ近くでぐるぐる回転してるのがすげー気になったり。
「なあ神楽、ジュース飲みたくないか?」
「じゅーす!?」
 くるんと向きを変えて目をきらきらと輝かせる神楽に大きく頷いて、
「甘い甘いお菓子も付けてやろう。どうだ、行かないか?」
「行くーっ」
 真剣に答えた神楽が掴んだ手は少々痛かった。
 …行った先は北斗家の近くにある駄菓子屋。それでも、神楽はもちろんのこと、カラフルなジュースや舌先が痺れそうな甘さの駄菓子は北斗も結構楽しんでいた。神楽がにこにこしながら見ると真赤になって顔を背けるくらい。
「さあ、もういいだろ。じゃあ」
「次いこー」
 ぎゅむ。
「あああ、やっぱり行くのか俺も――――ッ!?」
 悲鳴は何処か見知らぬ世界にかき消された。

        *****

 ひゅぅぅぅぅ。
 ――冷たい風。
 思い切り切なく、そして遠い目をする北斗。
 今度は北斗でも自分が何処にいるかほぼひと目で分かったようだった。その、どこを見ているのか分からない遠い視線を見ても分かる。
「わー。すごいすごーい。ねえねえ、ほっクン、すごいねー」
 ぱたぱたと夢中であちこち石畳の上を走り回る神楽。石を組んだ凹部分の真ん中から顔を覗かせ、外の景色に見入り。
「…ああ…すごいな…」
 魂が抜けそうな声で神楽に答える北斗。
 真冬ではないがこの寒さにも観光客が絶えることが無いのか、同じアジア系の顔立ちがぞろぞろと歩いているのが見える。
 端から端までを『歩いて』みた神楽が、北斗の目の前に立って石壁によりかかる北斗に、
「すごいのー。うちのヘイより広いんだよー」
 何やらおおはしゃぎしている。
「当たり前だ」
 ぽこ、と痛みのないチョップを神楽の頭にかましておいてやはり魂の抜けた目でぐるりとあたりを見回し、
「まさか生きてるうちにこんなトコに来るとはなぁ。ぜってー来ねえと思ってたのに」
「ほっクン、痛いよー」
 頭の上を両手で押さえてむーっと睨みつける神楽。その後ろを、どこか聞き覚えがあるが日本語ではない言葉が通過し、改めてこの場所を強く認識した。
「何キロあったっけなぁ」
「かークンしらなーい」
 神楽の隣で同じ格好をして、魂の抜けた顔を真似しようとしている神楽に、「せんでいい」と今度は額をぺち、と叩く。

 世界遺産のひとつに数えられる、広大な土地ならではの建造物。
 ――万里の長城の真ん中で。
「うー、さむいね」
 大陸を吹き抜ける風にぶるっと身を震わせる神楽。ああ、とこっくり頷いた北斗がぱちっと目を元に戻し。
「そうだな、寒いな。な、そろそろ帰らないか?あんまり外に出てると風邪引くから、なッッ」
 がし、っと神楽の肩を掴んだ。
「そうだねー。かえろーかえろー」
 はいほっクン、と差し出した神楽の手を嬉しそうに握り締める北斗。その顔からは安堵の表情がこれ以上無いという程滲み出ていた。

・エピローグ
「あー楽しかった。またいっしょにいこーね〜♪」
 にぱっ。
 自分の家の玄関で靴を脱ぐ気力も無くへばっている北斗に、神楽はそう言って自分の家へと戻って行った。
「ま…待て、まってくれ…っ」
 神楽の最後の言葉を聞いた途端、本気で泣きそうな顔を上げて何か言おうとした北斗の言葉も聞かずに。
「おっさんぽ♪おっさんぽー♪たっだーいまー」
 ふっ、と空間から現れる神楽が玄関の扉を開けずに自分の家に戻り、大声で家の中に挨拶する。
 至極満足げな顔で。
 また誘おう、と心の中に決めて。

-END-