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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


黄昏時の呼び出し鈴

 その電話は、アンティークショップ、というこの店に違和感なく馴染んでいた。
 繊細な細工を金のメッキで飾っており、無骨な男性であれば触れる事すら躊躇いそうな、アンティークの電話である。しかも、年代もの、とその電話を観察していた男、石原律馬は推測する。
「んで? この電話がどないしたん?」
 彼は慎重にその電話と距離を置きながら、店番をしているのか煙管を吹かしているのか判断に迷う態度をとっている、この店の主を振り返った。彼女は艶気をかもし出すチャイナドレス姿ではあるが、その表情は少しうんざりとしていた。
「どうしたもこうしたもない。その電話のベルが煩くってかなわないんだ」
 形のよい顎で差されたのは、今まさに律馬が見ている電話だが、その電話は線など繋いでもいない。かなりの古さであろう事が推測されるからコードレスだと言う事もないだろう。
 つまり。
「なんや。また妖しげなもん仕入れてきたなぁ」
 自分が距離をとったのは間違いではなかった、と彼は密かに思いつつ、呆れたように声を上げる。それについては彼女は何も言わず、肩を竦めただけだ。
「毎日毎日、丁度今くらいの時間に鳴るのさ」
 二人は揃って時計を見る。時刻は十七時を示そうとしていた。
「またこの音が、ちょっとした防犯ブザーよりも煩くてね」
「そんなん、電話の呼び鈴としては嫌やなぁ。普通やったらまず、ご近所から苦情が来るで」
 その辺については心配ないだろう。何せ、この店は置いている商品同様、妖しげな場所なのだから。そんな事は今の二人にはどうでもよく。
「出たら?」
「たった一言、しかも用件しか言わないんだ」
 なるほど、と律馬はしたり顔をした。
「これが今回の厄介ごとで決まりやな? そろそろ皆さん来るんやったら、俺はお暇させてもらお」
 特に買い物をする風でもなく、律馬は踵を返した。あまりやる気の感じられない足取りで扉付近まで歩いていき、彼はひょい、と振り返った。
「で? その用件って聞いてもええ?」
 アンティークショップの女主人は溜息一つ。
「闘いたい、だ、そうだ」
 それも、とびっきりの可愛い女の子の声で。
 彼女はそう付け足して、もう一度深く嘆息した。


 二人の嘆息を電話が感じ取ったのかどうかは不明だが。

―――じりりりりりぃりりりぃりりりりぃりぃぃぃぃぃんっ!!

 人気の少ない店内に、防犯ベルもとやかくと言う警報音が鳴り響いた。頭の中を直接引っ掻き回すような高音と、腹に響く低音が重なり合い響きあい、互いの音を高めあう。
 ハーモニーと呼べるような美しいものではないが、ただ単純に人の気を引くための呼び出し鈴としては最適のものではないだろうか。最も、律馬は反射的に耳を塞ぎしゃがみこんでいるし、涼しい顔をしている店主は、良く見れば耳栓をしている。

―――じりりりりりぃりりりぃりりりりぃりぃぃぃぃぃんっ!!

 一体どの位鳴ると言うのか。律馬は一瞬気が遠くなるのを感じた。
「ちょお、レンさん、出てや!」
「え? なんだい?」
 耳栓をしているレンには、律馬の声は届かない。電話まで距離をとっていたのが裏目に出て、今の彼にはそこまで行く体力はなかった。何より、一瞬でも手を耳から離せば脳がやられるに違いない。あわやここまでか、と彼が腹を括った瞬間。
「あの、品を見せていただいてもよろしいでしょう……か?」
 不思議にスムーズに開くドアから、人ではないシルエットが覗いた。
 ライオンのような体型で、その背から伸びるのは高原を行く鷹の翼。一瞬律馬は身構えたが、視線をあげればそこには紫に近い艶やかな赤い髪が、女性の柔らかな小麦色の肌を飾っていた。何より、鮮やかな緑色の瞳が、穏やかで知性的だ。
「スフィンクス……」
 今年三十云歳の律馬がはじめてみるその姿は、酷く美しいものだった。



 扉を開けた瞬間、中からの騒音というか轟音というか、異常な高周波の音をラクス・コスミオンの耳は捉えた。思わず片手で耳を塞ぐが、彼女の腕は音を遮るには不向きな形をしている。それでもないよりましで、手を離す気にはならなかった。慌てて店内を見回すと、相変わらず色々な品で埋もれている店内には、二人の人間がいる。
 一人は見知った店の店主。
 もう一人は始めて見る、しかも男だった。三十後半位の。その男性は何か言ったが、今の店内に人間の声などというものは、無力である。彼女には届かない。
 彼女は反射的に踵を返しかける、が。

―――じりりりりりぃりりりぃりりりりぃりぃぃぃぃぃんっ!!

 ラクスの思考を、高周波がかき乱す。はっと我に返った彼女は、とりあえずこれを何とかするのが先だと思う。大家からいい出物を探してくるように言われたのだ。何も持たずに帰るわけにはいかなかった。自分にたいした眼力がなくとも、この店の店主なら力になってくれるに違いないと頼ってきたのである。極度の人見知りにして、男性恐怖症の彼女は、他に頼るべき店もなかった。
「音は空気の振動だから、発生源の周りを真空にすれば……」
 視線を素早く流すと、テーブルの上に、一つのアンティークの電話が置かれていた。目を凝らせばそれが微妙に振動しているのが解る。音の発生源はこれだろう、と彼女は判断した。
「はっ!」
 鋭い呼気とともに、魔術を発動。狙い通り、店内は突然静まり返った。彼女はそろそろと手を離し、頭を振る。まだ耳鳴りが残っているからだ。
 凄まじい音だった。
 それ以外の感想すら出てこぬほどに。
「た、助かった……」
 男の声がし、ラクスは店にいる男性から一番遠い壁際まで寄る。反射的な行動で、男は驚いたような表情をしてから、立ち上がってからりと笑った。彼女の様子に対して気にした様子もなかった。
「あんさんがあの音止めてくれたんやろ? 助かったわー。ほんま、命拾いしたで」
 男性は軽い口調で謝礼を述べ、あの音の中涼しい顔をしていた店主であるレンを睨みつける。
「自分だけ耳栓なんて卑怯や」
 男性の態度から音が消えた事を悟ったらしいレンは、やれやれ、と息を吐きながら耳栓を取った。
「だから言っただろ? 煩くてかなわないって」
「そんなレベルとちゃうわ。俺は花畑が見えたっちゅーねん」
 何度か耳に手を当てているその姿を遠巻きに見ながら、ラクスは問題の電話を見た。まだ振動をしているところを見ると、鳴り止んでいないらしい。見ればコードはない。何か特殊な魔術を施されているわけでもなさそうだし、回りに被害を及ぼそうというような邪悪な気配は感じられない。
 そこにあるのは純然たる意思。
 何かをなさねばと願う、切実な祈り。
 そして、それを決めてしまった確固たる決意。
 たかが電話。
 されど電話。
 ラクスは興味を引かれた。アンティークの電話ではあるが、たいした値打ちではないかもしれない。けれど、それは妙に切実に彼女に訴えかけてきていた。
「あのう、その、電話は?」
 おずおずと彼女が口を切ると、突然受話器を向けられた。向けられれば受け取ってしまい、それが受話器なら耳に当てるのが一般的な反応である。
 一般常識はまだまだ修行中だが、ラクスも今回は一般的な反応を示した。
「もしもし?」
 少し怪訝に、彼女は受話器に話しかける。
『……闘いたい』
 少女の声だ。それも、まだ幼い幼女といっても差支えがなさそうな。
 言われた言葉の意味が解らず、ラクスは眉を寄せた。そんな彼女の心情を知ってか知らずか、声はその一言だけで後は沈黙が続く。
「あの?」
 ラクスが声をかけたが、返答はなかった。彼女が感じた意思は、とても強く願っていた。その願いが『闘いたい』という事なのだろうか。その結論の正しさを問いただすにも、電話は沈黙を続けるのみで、ラクスの言葉には答えない。
「あの、もしもし?」
 三度呼びかけるが、やはり沈黙。
 ラクスが諦めて受話器を置こうとしたその時。
『あなた、私の声が、聞こえるの?』
 途切れ途切れに、どこか息苦しそうな口調で少女が答えた。
「はい、聞こえます」
 ラクスがしっかりと応える。電話の向こう―――その表現は正しくはないが―――で少女が笑う気配がした。
『聞こえ、るのね? 私の、お願いを、聞いて、くれる?』
 今にも力尽きそうなその声に、ラクスは胸を痛めた。聞いてあげたい。けれど、少女は喋る事すら辛そうだった。
「少し、時間をください。ちゃんとお話を聞けるように、準備をしますから」
『ほ、本当?』
「はい」
 もう一度、少女が笑った気配がして、声は途切れた。病床で喘ぐような力ない声がラクスの決意を硬くする。
「この電話を、お借りしても?」
 傍で見守っていたレンに尋ねると、彼女はニヤリと笑って二つ返事でOKを出してくれた。
 これってもしかして、押し付けられたんじゃないだろうか。


「やぁー、ごっつい家やなぁ」
 屋敷の扉のところで佇んでいる男性を見て、ラクスは嘆息した。この男性―――名を石原律馬といった―――はどうもこの事件の顛末に興味があるらしく、ラクスの家までついてきてしまった。レンに助けを求めたが、彼女は「いいじゃないか。連れて行ってやってくれよ。ここにいられても邪魔なだけだしね」とこれもまたあっさりと言う。
 ラクスは半泣きになったが、レンはそっと彼女に耳打ちをした。
「大丈夫だよ。こいつはあんたの嫌がる事はしないから」
 少しは慣れた方がいいだろう、とウインクされると、無料で電話を譲ってくれるというレンには逆らえないラクスであった。
「あんさん、錬金術が使えるんやって?」
「は、はい、一応……」
 おっかなびっくりラクスが返事をするが、やはり律馬は気にした様子はない。
「俺、生きてるうちに錬金術と皆既日食と邪馬台国を拝んでみたいおもとってん」
 最後の所にどうコメントすればいいか解らず、ラクスは黙った。
「って、そこは何でやねんっ! って突っ込む所やで?」
 勝手に言って勝手に笑っている律馬に、ラクスは疲れたように溜息を吐いた。実際疲れてもいた。が、そんな場合ではない。律馬にそこで待ってくれるよういい、彼女は借りている自身の部屋へと戻った。ガタガタと実験で使ったホムンクルスを引っ張り出す。いくつか並べてみて、一番スマートな形の少女の形をしたものを選んだ。
 スマートな形ではあるが、上半身は少女でも下半身は白銀の馬の体型だ。ケンタウルスといえば解りやすいか。かなり初期に作ったもので、魂までは練成できなかったため部屋の奥で眠っていたホムンクルスである。
 ラクスはその体を容器ごと庭に運び出し、電話と並べて置いた。
 律馬はやはり庭には入ってこずに、垣根の外から様子を伺っている。そちらに意識を向けないようにしつつ、ラクスは電話に向きなおる。
 魂は丈夫である。器を移し変えても、壊れない強度があるはずである。が、少女の声は弱弱しく、今にも消えてしまいそうだった事が彼女に不安を与えていた。
 もし、失敗して消してしまったら。
 その恐怖を振り払うように、ラクスは練成を開始する。
 意識を練り、力を成す。
 二百年以上の歳月を、知識を肥やすために費やし、また実践してきたラクス。全ての物質の理を超えて別のものを作り出してしまう彼女の錬金術を持ってすれば、その作業は簡単ではないが不可能ではなかった。
 アンティークの電話が一度大きく身震いした。そこから、靄のようなものが湧き出し、そして、ゆるりと移動を始める。
 靄がホムンクルスに移動を終えるまで、ラクスは息を詰めたままだった。緑の瞳は真剣そのもの。
 流れた時間は、数秒か、あるいは数分か。
 移動を終えた事を確認した彼女は、そろそろと息を吐いた。
「これで、大丈夫なはずなのですが……」
 ラクスがそう言うと同時に、ホムンクルスが目を開く。ゆっくりと、けれど確実に。
「ここ、は?」
 漏れた声は、確かに電話で聞いた少女のものに相違ない。
 成功した。
 ほっとした瞬間に涙が頬を滑る。垣根の外から、祝福するように拍手が届いた。
「あんさん、ほんまにごっつい錬金術師やねんなぁ」
 心底感心したようなその声は、素直な賞賛としてラクスの心に落ち着いた。彼女は彼に微かに笑みを―――数十メートルごしではあるが―――向けると、ホムンクルスに宿った少女に声をかけた。
「ラクス・コスミオンと申します。名前を教えてもらえますか?」
「私はアリーシャ。皆はアリスって呼ぶわ。あれ? 喉が、痛くない?」
 喉をそっと押さえて、そこでようやくアリーシャは自分の姿を見た。白銀の体毛で覆われた、自分の下半身を。
 ラクスは慌てて説明しようとするが、上手く言葉にならない。彼女は多分普通の人間だったのだろう。その驚きの表情からして間違いない。その人間であったはずの少女が突然ケンタウルスになれば、誰でも驚くし、驚くだけではすまないかもしれない。
 恐怖するだろう。
 その事に考え付き、ラクスはますます慌てる。良かれと思ってした事だが、結果的に少女の心を傷つけてしまったかもしれないのだ。涙が滲んだ。喉を自然に「ごめんなさい」という謝罪が滑ろうとした。が。
「なんて強そうなのっ!?」
「そこかいっ!」
 頬に手を当てて歓喜の声を上げたアリーシャに、垣根の外からツッコミが飛ぶ。
「もっと他に驚く事があるんとちゃう?」
「そう?」
 ふふふ、と少女は幸せそうに微笑んだ。ラクスは自分の心配が外れた事が嬉しく、そして、長い間魂を持たない器だけだったホムンクルスが、微笑むことが嬉しかった。
「アリーシャ様のお願いをお聞きします」
「聞いてくれるの!?」
 少女は喋りだした。それはもう、立て板に水の如く。一体何時息継ぎをしているかも不明である。今までたまりに溜まっていたのであろう言葉が、怒涛の如くラクスに押し寄せた。
 要約すると、生まれつき病弱であった少女は、十二歳で死を迎えるまでの殆んどの人生をベッドの上で過ごしたらしい。少女は大きな家の一人娘に生まれ、両親は病弱な少女の為にありとあらゆる物を買い与えてくれた。その内の一つがこの電話で、当時はかなりの値がしたとか。が、それらよりも少女に勇気を与えてくれたのは従姉弟の兄である青年が貸してくれた、本だった。その本に深く感動した少女は、一度でいいから本の主人公のように闘ってみたいと思い残して死んでしまった。最後に意識を失う前に、少女は電話でその兄に告げたのだ。
 『闘いたい』と。闘ってみたいと。その意思が電話に宿り、現状に至るという。
「そんな訳で、私、闘って見たいの。愛と友情と正義の為に、悪の手先と戦うのよっ!」
 祈るように手を組んで空を見上げるその様は、夢見る少女に相違ない。言葉の内容が理解できないならば。
「誰やねん……こんな女の子に熱血もん読ませたんは……」
 律馬が垣根の向こうで嘆息した。が、ラクスはそれどころではなかった。
 少女がそこまで感動する本とはどんなものなのか。ラクスは期待に胸を躍らせる。
「その本とは、何と言うものなのですか? ラクスも読んでみたいです!」
「あんさんもツッコんでや、頼むから」
 天然か? 天然なんか? と声がするが、ラクスは良く解らず首を傾げた。そんな二人に、アリーシャは申し訳なさそうにいう。
「ごめんなさい。題名も、話の内容も、良く覚えていないの」
 何かに取り付いた霊とは、生前の記憶が曖昧である場合が少なくない。大抵は何か思い残す事に囚われて、それ以外の事が考えられなくなっているのだ。だから、その少女の言葉は想像してしかるべきだった。
 それでもラクスは若干がっかりする。しかし、そんな場合ではないと思いなおした。
「覚えているのは、敵のライバルと主人公が夕陽が見える丘で殴りあって最後に『お前、強いな』『君こそ』って、認め合って友情を育む所よ! これこそ愛よ! 愛が彼に人間らしい心を思い出させて、友情が芽生え、二人は正義の為に闘うの!!」
「めちゃめちゃベタな展開やんけ!」
 アリーシャはガッツポーズを決めて熱く語る。その少女に数十メートル離れた場所から律馬が叫ぶ。が、少女は応えた風もなかった。
「そんな感動があるなんて……っ。やはり書物は素晴しいですっ」
 アリーシャの感動につられる様に、ラクスも胸を焦がす。そのナイルの緑を秘めた瞳には、涙が光った。
「その感動を叶えるお手伝いを、ラクスにさせて下さいっ!」
「えぇ。ともに闘いましょう、同志よっ!」
「なんでやねんっ!!」
 スフィンクスとケンタウルスが少し奇妙な抱擁を交わした。二人の瞳には涙が光る。もう、彼女たちは誰にも止められない。律馬の裏手パンチだけが、空しく空を切っていた。



 共に闘う、といってもラクスは基本的に戦闘向けではない。体はそれに適しているかもしれないが、彼女の性質がどうも向かないのだ。
 そんなわけで、ラクスは魔術結界を準備し、アリーシャが闘うための自動人形を用意した。自動人形には魂は宿っておらず、アリーシャの望みどおりの展開が繰り広げられるのは難しいので、ラクスが結界の外から遠隔操作を行う方向で話はついた。
「ラクスさん……私、緊張でどうにかなってしまいそう」
 アリーシャは頬を紅潮させ、熱で潤んだような瞳をラクスに向ける。ラクスはそんな少女を励ますようにそっと翼でケンタウルスの体を包み込んだ。
「大丈夫です。準備は万全ですから」
 心の中で『戦闘データの記録の準備も』と囁いてから、ラクスは少女を決闘の場所へと誘う。
 現時刻は当然夕方。黄昏時。逢魔が刻。言い方は多種多様だがすなわち午後五時くらいである。因みに場所はこれも当然夕陽の良く見える丘である。
「行くわ……っ」
 命を懸ける人間の特有の悲壮さを声に乗せ、アリーシャは前を見据えた。ラクスが小さく、けれど確かに頷いた。
 ゆっくりと歩き出すその少女のシルエットを見送りながら、ラクスは夕陽を一心に浴びていた自動人形を作動させる。
『遅かったやないか』
 自動人形の口の部分につけられたスピーカーから、流暢な関西弁が流れる。実はラクスから数十メートル離れた場所から律馬がマイクで声を担当しているのだ。
 アリーシャはじゃりっと自動人形の前に立ちはだかり―――どこに持っていたのか、剣の鞘だけを投げ捨てた。剣は持っていない。
「行くわよ、小次郎っ!」
『武蔵やぶれたりってそんな本も読んだんかい!? つーかキャスティング逆やし!!』
 少女が高らかに声を上げ、拳を構えて自動人形に突っ込んでいく。自動人形は軽やかなバックステップで拳を受け流し、己の拳を構えた。
 アリーシャはケンタウルス特有の脚力で跳躍し、その拳を避ける。
 空中で華麗な一回転を決めたアリーシャ。白銀の尻尾が夕陽で黄金に輝いた。その美しさに見ほれるように動きを止めた自動人形に、少女は痛烈はとび蹴りを放つ。
 自動人形は避けた。しかし、避け損なって肩を負傷する。
 金属を抉る不愉快な音がして、それから、少女が音もなく地に降り立った。
 両者は夕陽を挟んで対峙する。
「……ふ」
 声を漏らしたのは、果たしてどちらであっただろうか。
「あなた、強いわね」
 アリーシャが言った。
 実に、晴れ晴れとしたいい笑顔だった。少女らしく愛らしい。そして、悲願を果たした感動の余韻に浸るような。
『あんさんも、強いわ』
 表情のない自動人形。それでも、笑ったように見えたのはラクスの眼の錯覚だっただろうか。
 アリーシャが崩れ落ちる。慌てたようなラクスを視線だけで制したアリーシャは、自分が望みに望み、願いに願った最後の祈りを達成する事にしたようだった。
 ラクスは、少女の思いを感じ取り、自動人形に意識を集中させる。
 静かに歩み寄って少女を抱き上げた自動人形。
『見てみ。綺麗な夕焼けや』
 アリーシャは最後の力を振り絞って顔を上げた。その白い頬に、透明な筋が流れる。始めは一本。そして、留めようもなくなったかのようにぼろぼろと。
「初めて……見たわ……こんな、夕陽」
 涙に詰まる声で少女は言う。その顔は、満足げに微笑んでいた。
「アリーシャ様は、本当にお強いですよ」
 その心が。
 声は、届いただろうか。

 ラクスは結界を解いた。
 その瞬間、自動人形はただの自動人形になり、アリーシャは元のホムンクルスに戻った。
 何事もなかったかのように。

 残ったのは、闘いを望んだ、少女の思い出だけ。



 
 ある屋敷から防犯ベルもとやかくという騒音が鳴り響き、近所から苦情の声を聞きながら一人のスフィンクスが電話を抱いて、半泣きでどこかに走っていったのは、別の日の、黄昏時の出来事。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1963 / ラクス・コスミオン様 / 女性 / 240 / スフィンクス

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■         ライター通信          ■
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ラクス・コスミオン様、ご参加ありがとうございます。
初仕事、という事で始めのほうは緊張で指先が震えたのも、いい思い出です。
最初の依頼は、誰も参加がなくても一週間で締め切ろうと思っていたのですが、嬉しい誤算で感激しました。
参加者一人、という事でNPCと登場キャラが出張っていますが、ご了承ください。
ギャグのつもりが、ツッコミが一人しかいなくてどうも真面目路線に…いえ、ギャグです。これが私のギャグなんです。
ラクス、という女性はとても個性的なので、私がどこまでその魅力を出し切れたかはわかりませんが、この作品が今の私の精一杯です。
本当にありがとうございました。