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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔仕掛けのプログラム


 学校というところは不思議なところである。どんな分野でも活躍できる子どもが必ずしも目立つわけではないからだ。ある生徒がインターハイ出場が決定した時は壮行式や大きな垂れ幕でその奮起を願い、あるグループが全国規模の表彰を受ければその栄誉を広報などで学校外にも広く伝える。しかし、中には表彰も賛辞も送られずに高校を巣立っていく生徒もいる。その際立った個性は学校という枠がゆえに理解されない。そしてそのうち彼らはそれぞれの夢に向かって歩き出す。教師による多種多様な個性の認識が叫ばれる現代の学校教育の中で、この生徒は確実に後者に属する人間なのだろう。

 今日も神聖都学園に朝が来る。三白眼に寝癖がトレードマークの男子生徒が2年D組の教室に入ってきた。その態度は誰が見ても暗いように思える。眠気をそのまま教室に持ち込んだようなイメージのある彼の名は岡田 将幸という。その外見的なイメージからどうしてもいじめの対象になることもあった。彼は素直に感情を表現することが苦手で、普段から人当たりが悪くぶっきらぼうだとクラスメートに思われてしまったためにいじめを受けた。しかし友人ができたことでそれも沈静化に向かっている。将幸自身もその友人と仲良くしようという心構えはあるのだが、今すぐに素直になれるはずもなくなかなか溶け込むことができない。それでも相手が友達と呼んでくれるから……将幸はそんな決心を誰にも明かさず今日という日を過ごそうとしていた。
 そんなクラスの中ではそれほどの注目を受けていない将幸だが、彼を学生生活の面だけで表現してはならない。帰宅部の彼が家に帰れば、その個性は一気に花開く。将幸がパソコンに触れれば、天才的なプログラミング技術を持つことでその筋では有名であり有望視された天才へと変貌する。そして自らの技術向上という理由からハッキングやウイルスに関しても精通し、ワクチンソフトやセキュリティーソフトを作る仕事をフリーで請け負っている。つまり自分の作った製品に関しての責任を持つだけの心構えはすでに持っているという訳だ。これを高校生で身につけるというのはなかなか難しい。また彼は自作のゲームや企画を企業に持ち込むこともしばしばあり、やはりこちらも高い評価を受けている。業界に身を置く人間なら一度は彼の名を耳にしている……というくらい将幸は有名人なのだ。

 学校ではそんな面影は少しも見せず、今日も授業のテキストを全部引き出しの中に突っ込み、机の上には黒く彩られた妖しげな本を山のように高く積み上げる。背表紙を見ればもっと妖しげな気分になるというものだ。『黒魔術の原理』『ソロモン王の伝説』『やさしい魔方陣の書き方』などの本に付箋を貼り、その本をひっかえとっかえして真剣な眼差しで読みふけっている。さすがのいじめっ子も本の仰々しさに驚き、将幸をけしかけることができない。逆に友人は本に熱中している彼に呼びかけるのもどうかと思い、最近では本を呼んでいる時は声をかけることをしなくなった。

 (『ふふふ……みんなは俺のことを不気味に思ってるだろうが、俺はちゃんとした根拠に基づいた研究をしてるんだ。』)

 その宣言通り、彼の苦手な国語や社会などの文系の授業中にも魔導書を隠れて読む始末。時にノートのように扱い、時にテキストの裏に隠し、まるで忍者のように巧みにかわしつつ、書かれた文面を記憶し理解していくのだった。


 彼が魔導や超常現象、果ては悪魔の存在に目覚めたきっかけはただの知的好奇心だった。自宅で気晴らしにネットサーフィンをしている時、たまたま『ゴーストネット』というサイトを閲覧した。その時の将幸には別段オカルトに興味はなかった。サイトの奥にはいくつかの掲示板しかなく、ウソともホントとも取れぬ怖い話が羅列してあった。どう見てもどこにでもある普通のサイトにしか思えない。それが彼の第一印象だった。
 だが、その書き込みを見ていくうちにいくつかの疑問が将幸の頭の中に湧き上がった。まず、そのカウント数。書き込みの内容に確実性がないようなただの噂サイトでなぜここまでのカウントが稼げるのか。特にカウンターを操作したような形跡もない。そして今年になって東京在住の人間からの書き込みが異様に増えていることも気になる。さらにただの噂ならそのスレッドは尻切れトンボで終わるのに、なぜか最後にはお礼のレスがついている……これは明らかにおかしい。将幸はさっそく調査を開始した。
 だが、結論は意外にもあっさり出てしまった。書き込みの記事の中でも発信者からの感謝の言葉で締めくくられている事件らしきものをいくつかピックアップして過去の警察の記録や新聞記事と照らし合わせたが、それとこれとはまったく接点を持たないことが判明した。幽霊だの悪霊だの、果ては悪魔が出ただの言っている書き込みの後に、おかげさまで解決しましたありがとうございますで終わっているなんて考えられない。意外ではあったが、将幸は信じられない現実を素直に飲みこむしかなかった。この世には悪霊や幽霊たちが存在し、警察ではなく別の何者かがそれを処理しているということを……

 それを知ってからというもの、彼はそれらについてもっと知らなければとさまざまな資料を学校の図書館やインターネットのアングラサイト、そして毎日のゴーストネットのチェックを欠かさず行った。その結果がこれである。国語の壮年教師は彼が内職しているのを知ってはいるが、普通に注意してしまうと周りから変な目で見られてしまい将幸のためにならないといつも注意することをためらっている。社会の女性教師は義務教育じゃないんだからとすでにさじを投げている。おかげで将幸はいつも最高の環境で研究をすることができた。今では興味のない授業中は彼の格好の研究時間だ。

 (『俺も「連中」に対抗できる手段を考えとかないと、いざという時に困るからな。なんとか……こう、俺の得意なコンピュータで悪魔を使役したり召還したりするプログラムは作れないだろうか。要は、こう……悪魔たちをデジタル数値化してデータとして管理しちまえばいいんだよな。今の時代、悪魔を檻とか指輪とかで封印なんかするのは現実的じゃないしな。』)

 静かに何もない真っ白いノートのページにペンを走らせて魔方陣らしき形を描く将幸。授業中の教室にノートのリンクを滑るシャーペンの音が心地いい。将幸は突然何を思ったのか、その新円を描いた下にプログラムのルーチンを書き始める……その速度は恐るべきものだった。考えついたことを忘れまいと一生懸命になって必死に書き続ける。彼の後ろに座っていた生徒がそんな将幸を見て口を開けていた。

 (『魔術とコンピュータ……まさか、まさか同じ原理で動かすことができるのか? 収拾した悪魔は電子空間で圧縮し、現実に発現させる際に解凍させれば召還することと同じじゃないか。さまざまな手段も同じようにして考えていけば……もしかしてできるのか、この世に存在する悪魔をデジタルデビルに! そして俺のプログラムで操れるように!』)

 彼の興奮が冷めることはない。その喜びを表わすように次々とノートをめくり黒一色に埋め尽くしていく。将幸はこのプログラムが必ず悪魔を呼び出すためのプログラムとなることを。そしてそれを完成させるための苦労などいとわないと。自分がこれを完成させる……その気持ちでいっぱいになっていた。学校の尺度では測れない天才が、今ここから動き出した……