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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


千年桜の木の下で?

----------<あらすじ>----------
最近朝早く出かけて遅く帰ってくる葉華。
あまりにも挙動不審な態度に加え、希望の意味深な言葉。
それをいぶかしんだ聡は、草間たちに協力を頼む事にした。

―――希望と葉華が、誰かとお茶会をしながらその様子を眺めているとも知らず。

●いざゆかん、草野原!
葉華が店を出たのを確認した聡は、前もって自宅で待機して貰っていた面々に素早く連絡し、こっそり追跡することにした。
元々怪しいと思っていた桜の草野原の調査も兼ねた追跡だ。特に異論も出ず、全員で家を出た。
残念ながらまきえとボブは店番も兼ねてお留守番だが。

「葉華ってば、みんなに内緒でどっか行っちゃってるみたいだね」
「ですねー」
一番前にいる電柱に隠れながら呟く桜木・愛華に、隣にいた西ノ浜・奈杖がうんうんと頷く。
「うーん…」
「…どうしたんですか?」
考え込むように首を捻る愛華に不思議そうに奈杖が問いかける。
「そんなに深刻な話じゃないんですけど…。
 うーん…『葉華ったらおてんば盛りなんだからっ!』なんて思っただけですから☆」
「あ、そうなんですかー」
にっこりと笑いながらどこかズレたことを言う愛華に安心したようににっこり微笑み返す奈杖。
…気づけ奈杖。愛華の発言がズレていることに。
しかし奈杖はツッコミ気質ではないせいか、愛華の発言は見事にスルー。
奈杖はにっこりと笑うと、葉華の後ろ姿を眺めながら楽しそうに呟く。
「桜には不思議なお話がついてまわりますよね。
 不思議な体験が出来たら楽しいなー、って思うんですけど、僕」
「それは愛華も思います!」
「あ、やっぱりですか?」
「はい!ちょっと楽しそうだなー、なんて思ってるんです♪」
「ですよねー♪」
アンタ等、もし葉華の行き先がギャングのアジトだったらどうするつもりだ。
そんなツッコミが溢れても可笑しくないほど、この2人はほのぼのオーラに包まれていた…。

一方。愛華と奈杖からやや後方にいるシュライン・エマ、草間、零の3名。
エマは小腹が空いた時や、勘違いの際の謝罪の代わりとして、軽食…と言うか菓子を入れた袋を手に持っていた。
相変わらず準備がいい。
「用心棒、ねぇ…」
「…笑うな」
「あはは…」
エマがくすくす笑いながら草間と零を見るのに、草間は不機嫌そうに返し、零はやや引きつったように笑い声を上げた。
「だって、なんか納得しちゃって」
「…何にだ」
まだ笑いが治まらないエマにどんどん不機嫌になっていく草間が問う。
するとエマはくすくすと笑いながら、2人を見て微笑んだ。
「だって、武彦さんと零ちゃんって強いもの。
 頼りたくなるのも解るな、って」
「……」
「え…そ、そんなことないですよ…」
だから別に悪い意味じゃないのよ、と微笑むエマに、零は照れくさそうに微笑み、草間はぽかんとしてからすぐ顔を逸らす。
「…強いとか言われても、こんな仕事だか解らんようなことで素直に喜べるか」
「うーん…そうかしら…?」
ややぶっきらぼうな物言いにエマが首を傾げるが、すぐに零がそっと耳打ちする。
「…お兄さん、照れてるんですよ」
「あら、そうなの?」
「零!」
小声の呟きがきっちり耳に入っていたらしく叫ぶ草間に、零とエマはくすくすと笑いながら肩を竦めた。
こちらに背を向けている草間の耳が真っ赤で怒っても迫力がないせいなのもあったが、本気で怒ってるわけではないことが解っているからこそできる行動だ。
素直じゃない草間の背中を見ながら、2人は顔を見合わせてくすくすと笑い合うのだった。

そして最後尾の桜塚・天風丸と聡はといえば。
「全く、くらぬ用件で私の手を煩わせおってからに…」
花に関連した能力の持ち主の天風丸は、桜と聞いて興味を持ったらしく調査に協力することにしたが…あまり乗り気ではないようだ。
「消えた場所は草野原の桜なのだろう?それが真実ならすぐに桜本人(?)に直接聞けばよかろうが」
「…いえ…流石に桜さんも夜は寝てそうなので起こすのも失礼ですし…。
 桜さんがまともに答えてくれるとも限りません。
 もし聞いてる途中で葉華が来ちゃったら話すら聞かせてもらえないかもしれないので…」
もっともなことを言う天風丸に困ったように笑いながら言う聡。
なんだかんだ言っても、一応それなりには考えてはいるようだ。
「そうか…」
本人にそれなりに思うところがあるのならばしつこく口出しはしまい、と天風丸はそれ以上の言葉を納めたが、まだ気になるところがあるらしく、「それよりも」と口を開いた。
「…何事か解った所でそなたはどうしたいのだ?」
「え?」
唐突な問いかけにきょとんとしている聡に、天風丸は更に問い掛ける。
「早く帰れと連れ戻したいのか?
 心配をかけるなと叱りつけたいのか?」
「…」
続く問いかけに、聡は俯いて考え込む。
そして暫しの沈黙の後、口を開いた。
「…僕は…その…葉華に、水臭いじゃないかって…言いたいって言うか…」
「なに?」
訝しげに眉を顰める天風丸に、聡は俯きながら恥ずかしそうに言葉を続けた。
「植物に関係することなら、僕だって大抵は対応できるつもりなんです。
 母さんが色々やってるから、変わった植物とかだって平気な方ですし…。
 …だけど…葉華が何にも話してくれないのが、なんていうか…ちょっと、寂しいって言うか…。
 僕って…相談もして貰えないほど頼りないのかなって…」
「…」
「だから、その…。
 もし危ないことに関わってるようだったら…止めさせて…。
 危なくないんだったら…役には立てないかもしれないけど、話ぐらいは聞けるから、隠さないで教えて欲しいって…言いたくて…」
思わぬ発言にきょとんとする天風丸を見て、聡は照れくさそうに笑う。
「よ、要するに僕の自己満足なんですけど!
 だ、だけど、その…真実を知った上で葉華にそれ言いたくて…」
ごめんなさい。理由として成立してませんよね…などとしょぼんと肩を竦める聡の肩を、エマが優しく叩く。
「そんなことないわよ。
 家族としては何でも相談して欲しいって思うのは当然だもの」
「そうですよ。そんなに気を落とさないで下さい」
エマと一緒に奈杖が微笑むと、聡ははい、と嬉しそうに微笑んだ。
そんな3人の様子をじっと見る天風丸の背に、愛華の声がかけられた。
「あの、そろそろ移動しないと葉華を見失っちゃいますよー!」
それにつられて全員が前を見ると、葉華が丁度門を曲がった所で。
まだ先ほどの話を引き摺っているのか不安そうに自分を見る聡を一瞥した天風丸は、静かに立ち上がる。
「あの…天風丸さん…」
何かを言おうとして逡巡している聡を見下ろした天風丸は数歩いてからふと立ち止まり、振り向いてぽつりと呟いた。
「…何をしている。早く行くぞ」
その言葉に、聡はきょとんとする。
「……は、はいっ!!」
しかしすぐにぱぁっと顔を輝かせると素早く立ち上がり、慌てて駆け出す聡。
「……人の心を動かすことができるのは、やはり…人であろうからな」
そんな聡の様子を見ながら、天風丸はぽつりと呟くのだった。

―――はてさて。
この一行、いったいどうなることやら。

葉華を追いかけていた一行は、あっと言う間に草野原へやって来た。
そこにあるのは、当然といえば当然なのだが、件の桜の大樹である。
此処にいる7人全員が手を繋いで円を作ってなんとか囲いきれるぐらいの太さを持つ木。
枝も大きくあちらこちらに広がっており、木の下に入れば雨風凌げる上に空もほとんど見えないだろう密集度を持っている。
「「すごーい…」」
「ほぉ…中々立派な桜だな…」
ほぅ、と感嘆の声を漏らす愛華と奈杖と、感心したように桜を見上げる天風丸。
「雨宿りや…この時期だと花見にも最適だな。夏場は日除けってトコか」
「結局そこなのね、武彦さん…」
「もう、兄さんったら…」
桜の蕾をつけた枝を見ながら花見に想いを馳せる草間と、その様子に呆れるエマと零。
「相変わらず大きいなぁ、この桜…」
聡は何度も見ている身ながら、やはり感心したように草の陰から木を眺めている。
堂々と天を突くその姿は、樹齢千年を超えていると噂されるだけはあると全員が思わず感心した。
「あ、葉華が桜の木に近づくよ!」
愛華の声につられて全員が反射的に桜の方を見る。
離れていることと風の音でよく聞きとれないが、葉華は何かを喋っているようで。
聞き取ろうと耳を澄ますが全く聞こえない声に辟易していると、葉華は木に辿りつきかけていて。
――これで葉華が木の影で消えた理由が解る!―――
そう、全員が思った瞬間。
ざぁっ!と一際大きな風が吹き、草を大きく揺らした。
「きゃっ!?」
「うわわっ!」
思いのほか強い風とその風に煽られた草が視界を奪う。
『―――ッ!』
全員が…ほんの一瞬だけ、思わず目を閉じてしまった。
そして―――。
まるで最初からそれが狙いだったかのように、全員が目を閉じた瞬間に風がぴたりと止んだ。
その不可思議な現象に、全員が不思議そうに思いながら瞳を開く。
…と。
「…うそ…」
「いない…?」
――――そう。
葉華の姿は…跡形も無く、消え去っていた。

●千年桜はボケている…?
慌てて立ち上がった面々が慌てて桜の下へ走り寄り、辺りを見回す。
やはり…どこにも葉華の姿はない。
いくら走っていたとは言え、葉華は六歳児と大差ない身長だ。あっと言う間に見えなくなるなどと言うことはありえない。
「一体…何処へ…」
呆然と呟く聡を他所に、他のメンバーは素早く桜の周囲を調べ始める。
上を見る者、周囲の地面や草の原を調べる者、木の周りを触って調べる者。
草間も探偵をやっているだけあって手慣れたものだ。

…とはいえ。
数分ほどかけて調べてはみたものの、やはり何も見あたらない。
地面に穴も無く、木に仕掛けらしきものもない。
エマが木の幹にノックをしてみたが、中に空洞がある様子もなかった。
「ボケだけにウロがある、なぁんて考えてみたけど、やっぱりそう簡単には行かないみたいね」
「…ですね…思ったより手強いです…」
「まぁ、予想はしていたことだから怒りも湧かないがな」
苦笑しながら桜を眺めるエマの隣で、零と草間が苦笑しつつ緩く溜息を吐く。
「もー!葉華ってばどこ言っちゃったのぉ!?」
「うーん…もしも木の中や土の中だったりしたら僕も流石にいけないし…」
一瞬のうちに消えてしまった葉華の行方を探して叫ぶ愛華と、桜や周囲の地面を眺めながら困ったように呟く奈杖。
「困ったなぁ…一体どうすれば…」
「……」
「天風丸さん…?」
首を傾げて考え込む聡の横を、天風丸が無言で通り抜ける。
不思議そうに聡が問いかけると、天風丸は面倒くさそうに答えた。
「…直接この桜に聞いてやればよいだろう」
「……へ?」
あまりに突拍子もない言葉に聡を含む全員の目が点になる。
「私は花と会話ができる。だからこの桜にあの子供の所在を聞けばよかろう」
「あ、なるほど」
感心したようにぽむ、と手を打つ愛華の隣で、聡が微妙な顔をする。
「で、でも…この桜さんはボケてるってボブが…」
「他に方法があるとでも言うのか?」
「うっ…ないです…」
「ならば黙って見ているがよい。何事もやってみなければ解らぬのだから」
「…はい…」
とほほ、と肩を落とした聡を尻目に、天風丸は目の前にある桜を見上げて口を開いた。
「…そこの桜」
やや偉そうな問いかけではあるが、天風丸はしっかりを通る声で問いかける。
しばしの沈黙の後に返ってきたのは…実に奇妙な返事だった。
『……ふあぁ〜あ…。
 …なんじゃ?人が気持ちよく眠っておったのに…不躾じゃのぉ…』
欠伸を噛み殺し、本当に寝起きのような眠そうな老人のような喋りに、天風丸は思わず呆れかける。
あれだけ大騒ぎしていたのに気づかなかったのか…と思いつつ、会話を再開。
「…それは済まなかったな。
 しかし、私はお前に尋ねたいことがあるのだ」
『……今日は天気がよいのぉ?今宵は美しい月が見ることが出来そうじゃ…』
天風丸の問いかけに返ってきたのは、唐突な天気の話題。
思わず眉を顰めながらも、天風丸は会話をしようと努力する。
「…天気の話はどうでもいい。私が聞きたいのは別の事だ。
 今日、子供がお前のところに来ただろう。何か知らぬか?」
『うむ…腹が減ったのぉ。今日の水の味は如何なるものか…お主は知らぬか?』
「……」
…駄目だ。見事なまでに会話が成立しない。
「…きちんと会話が成立してるのか?」
「様子から見ると、上手くいってないみたいだけど…」
「私たちじゃあ解りませんもんね。植物の言葉」
「ボケてるって言ってましたし、きっと変な返事でも返されてるんじゃないですか?」
「…確かに。そんな感じっぽいかも…」
「このままだと八方塞がりですよね…」
後方で天風丸の様子を見ていたほかの面々が、顔をつき合わせてぼそぼそと話し合っていた。
桜がなんと言っているかは全くと言っていいほど解らないが、上手くいってるわけじゃなさそうなのは見れば解る。
「…」
「…天風丸さん。無理はしないで他の方法を…」
おずおずと聡が言い出すと、天風丸は顔を伏せ…首を横に振った。
「いや。折角の手がかりを逃す訳にはいかぬ。
 それに…このままだと私の気が治まらん」
低く這うような声で呟く天風丸に、聡はぎょっとして後退りしてしまう。
しかしそれを意にも介さず、天風丸は口を開いた。
「…桜」
『んん?なんじゃおぬし。いつから此処におったのじゃ?』
天風丸の不機嫌な様子にも気づかず、桜は呑気に返事を返す。なんと怖いもの知らずな桜…もとい老桜だ。
しかし天風丸はその言葉に返事も返さず、ゆっくりと顔を上げた。
…怒ってる。物凄く怒ってる…。
自分の真剣な問いかけをボケで返されたと言う屈辱がプライドを傷つけたのだろう。
傍から見ても怒りは物凄い。
きっとにらみつけるように桜を見据えた天風丸は、そのままゆっくりと口を開いた。
「いずれ名のあるものと思うて礼を尽くそうと思うたが。
 そのような態度を続けるのなら、こちらから踏み込んでやってもよいのだぞ…?」
低く、怒りを込めた声で呟く天風丸。
彼の能力には花に由来したものがあるため、やろうと思えば幾らでも乱暴な手を取れるのだ。
そんな天風丸の考えをそれとなく感じたのか、桜の様子が少々変わった。

『…仕方がないのう』
「「「「「「……え?」」」」」」
「…ようやく話す気になったようだな」
老人のような喋りは相変わらずだが、先ほどまでのような耄碌したような喋り方ではなく。
きっぱりはっきりとした喋り方は、到底ボケた桜とは縁遠かった。
…それだけではなく。
その声は、その場にいた全員の耳にきちんと届いたのだ。
唐突に聞こえてきた声に驚いた面々を無視し、桜は普通に話し掛けてくる。
『わしの負けじゃ。まさかこのような能力を持ったものがおるとはおもわなんだ。
 少々葉華の顔見知り達を見くびっておったようじゃのう』
「じゃあ、葉華は…!」
聡の問いかけに、くすくすと笑いながら返事を返す桜。
『此処最近はずっとわしと遊んでおったのだよ。
 それで心配をかけることになるとは、葉華も思ってはおらぬようじゃったがの?』
「…そう、だったんですか…」
予想通りというか予想外というか…そんな事態にほっとしたのか気が抜けたのか、ぺたりと地面に座り込む聡。
その様子に更にくすくすと笑いながら、桜は話し続ける。
『ふふ。葉華も幸せものじゃのう。
 …さて。そう言うわけで、おぬし達にちょっとしたプレゼントを贈ろう』
「「「「「「「プレゼント?」」」」」」」
不思議そうに声をハモらせた全員に小さく笑いながら、桜は言葉を続ける。
『そうじゃ。
 …ほれ、わしの幹に手の平をつけてみよ』
「幹に…」
「手を…」
興味津々ながらも心配そうにそうっと手を伸ばす愛華と奈杖を見、他の面々も手を幹につける。
全員が手をついたことを確認し、桜はこう告げた。
『よし。全員手をついたな。
 ―――気絶せぬように注意するのじゃぞ?』
「「「「「「「…え?」」」」」」」
桜の言葉に全員がぎょっとした瞬間。
ずぶ…。
「「「「「「「!?」」」」」」」
唐突に、それぞれの手が木の中に沈み始めた。
「えぇっ!?ちょ、これ、どうなって…!」
「うわっ、抜けない…っ!?」
「なんなんだ一体!?」
愛華、奈杖、草間が戸惑いの声を上げる。
聡なんて既に半分意識が飛んでいる。自分の手が木に沈んでいくのが相当ショックだったのだろう。
「こ、このままだと体が完全に沈んじゃうわ…っ!!」
慌てている間にも体は徐々に木に吸い込まれていく身体に、エマが戸惑いの声を挙げる。
「……」
天風丸は驚きながらも大人しくされるがままでいる。いざとなれば自力で脱出できる自信があるからだろうが。
ずず…。
身体は既に3分の2以上木の中に飲み込まれている。
底無し沼に落ちていく気分はきっとこんな感じなのだろう。
「…桜さん!一体これは何のつも…っ!」
ずぶ…っ!
意識を取り戻しかけた聡が叫んだ瞬間、全員は木の中に完全に飲み込まれてしまった。

――全員を飲みこんだ幹は暫しの間水面のようにゆるゆると波打っていたが…直に、完全に沈黙した。

さわさわと柔らかな風が吹く草野原。
そこに、人の姿は―――ない。

●明らかになった…真実(?)
ひゅーん…ずべしゃっ!
「「いたっ!」」
「うわっ!?」
「「「きゃあっ!?」」」
「うっ…!」
つい先ほど木の中に飲み込まれてしまった一行は、次の瞬間、何か硬いものの上に尻や背中から落ちると言う現象を味わった。
ぶつけた場所を擦りながら、それぞれはゆっくりと身体を起こす。
起き上がって一番最初に目に入ったのは―――茶色い、つるつるとした壁。
自分達が座っている場所は、桜色の床。
おかしい。自分達は木に飲み込まれたはずなのに、何故部屋のような場所に落ちているのだろうか…。
「一体何が…」
「よぉ。遅かったな?」
「…え?」
呆然とその場に座り込みながら呟いた聡の背に、聞き覚えのある呑気な声が聞こえてきた。
驚いて後ろを振り返ると…案の定。
「なんか痛そうだけど…大丈夫か?お前等…」
「まー、いきなりじゃビビるよなぁ」
後ろにしゃがみ込んでいるのは、言わずもがな…希望と葉華の2人だった。
葉華は心配そうに全員を見ているが、希望はヤクザ座りの上ケラけラと笑っている。
全くもって失礼な奴だな、希望。
「え、えぇ?」
「ど、どうして葉華と希望さんが!?」
未だに混乱している聡に代わって、愛華が驚きを告げる。
「どうしてって…なぁ?」
「だって、おいらたちも此処にいるから、としか…」
「…いや、僕たちが聞きたいのはそっちじゃなくて…」
奈杖が苦笑しながらツッコミを入れたとき、くすくすと言う小さな笑い声が耳に入ってきた。

「―――詳しい事情は、わしが説明しよう」

その笑い声は、妙に聞き覚えのあるものだった。
中性的で柔らかな、耳にふわりと入る不快感を感じない声。
外で聞いた時のようにブレてはいないが――――確かに、あの桜の声だった。
優雅に此方に歩いて来るその姿は―――女性。
年の頃は20になるかならないかと言うところだろうか。
桜色のクセのない髪は、地面に付くか付かないかのギリギリの所で歩く仕草につられてふわふわと靡く。
楽しげに眇められた瞳は、薄らと桃色ががった銀色。
整ったやや中性的な顔。白磁の肌。
陰陽師が着るような柔らかでゆったりとした素材の着物を纏っており、足元は足袋に草履とお約束の服装。
まるで宙を歩いているかのような足音1つ立てず体重を感じさせない歩き方は、どう見ても普通の人間には見えなかった。

「…貴方は…?」
不思議そうに問いかけたエマに、桜の声の主はふわりと微笑みかける。
そしてうやうやしく頭を軽く下げると、ゆっくりと顔を上げ、口を開いた。

「お初にお目にかかる。
 わしの名は櫻(さくら)と申す。
 ――――この桜の木の、主じゃ」

――――沈黙。

「「「「「「「……は?」」」」」」」
唐突に告げられた言葉に呆然と返す一行に、希望がぶっと噴出して葉華に小突かれた。
「要するにだな。櫻はこの桜の木の化身なんだよ」
「そういうこと。まぁ、精霊って言った方が分かり易いだろうけど」
さらっと補足をする希望と葉華に、全員(天風丸除く)が目を見開く。
「「「「「「…精霊――――ッ!?!?」」」」」」
「…なるほど…そう言う事だったのか…」
驚きの余り思わず叫んでしまう面々とは対照的に…天風丸だけは、やけに納得したようだった。

●櫻とお茶会
「おいらはこの草野原で遊んでた時に偶然櫻と会ったんだ。
 それからはちょくちょく此処に遊びに来るようになって…」
「暫くしてから俺がこっそり葉華の後をつけてた時に此処に入ったのを見つけてたんだよ。
 で、折角面白いんだから俺も混ぜてくれよーって乱入したわけだ」
「2人とも中々面白い話を持っておるからな。
 度々体験した話を聞かせてもらっておったのじゃよ」

その後、一行は櫻・希望・葉華の進めにより、どこからともなく現れたテーブル(桜の葉の形をした緑色のテーブル(2〜4人がけ))と椅子(木の切り株の形)にかけてのんびりと茶を飲むことにした。
そこで色々と事情の説明を行っているわけだ。
一行はそれぞれ桜色の湯のみに注がれたお茶や、薄緑色のカップに注がれたコーヒーを呑んでいた。
エマの持ってきたお菓子に加え、櫻が出した和菓子や煎餅(唐辛子煎餅と知らずに食べた草間が悶えたという事件もあったが)と実に豪華な午後のおやつだ。
ちなみにテーブル別に、櫻・葉華・希望、エマ・草間・零、聡・愛華・奈杖・天風丸と言う感じになっており、3つのテーブルが三角形に並んでいる。

「そうだったんですか…」
櫻たちの簡単な事情説明に納得したと頷く聡。
「…しかし、何故今までボケたフリをしていたのだ?」
とは行っても納得できない部分もあるのか、天風丸が訝しげに問いかける。
その問いに櫻はにっこりと笑うと、こうのたまった。
「―――わしは、面倒事は嫌いでな。
 おぬし達のような特殊な能力の持ち主や事象に関わる者達でない一般人にそのことが知れると、後々面倒なことになるのじゃよ」
「…確かに」
精霊の宿る千年桜など眉唾物でしかないが、実際に会ってしまえば話は別だ。
あちこちのメディアで騒がれた挙句、実験台にされる可能性も高い。
「…それに。
 わしはおもしろい話を聞くのは何よりも好きじゃが、己が面倒ごとに関わらねばならぬことになるのは大嫌いなんじゃ」
―じゃからお前等も厄介事はわしに持ち込むでないぞ?―
と暗に釘を刺しつつ、櫻は爽やかに言い切った。
…要するに、櫻は単に面倒くさがりなだけなのだ。

「でも…此処って凄く広いですよねぇ…」
「ふふ、此処はわしの住処じゃからのぅ。済み易くするために色々と空間を弄ったのじゃよ。
 まぁ、一応は桜の木の内部だと言う事に代わりはないがの」
感心したように呟く愛華に微笑み返しつつ、櫻が説明をする。
奈杖はその言葉に周囲を見渡し、不思議そうに首を傾げながら呟いた。
「…でも電気とかガスコンロとか水道とかありますけど…?」
「電気とガスはちょっとしたコネで地下で繋げて貰っておるのじゃよ。
 あぁ、勿論代金は払っておるぞ?…どうやって稼いでおるかは秘密じゃがな。
 水道はこの木の下に通っておる地下水脈から汲み上げておるだけじゃしな」
「はぁ…そうなんですか…」
快適な空間を造るために少々手をかけてみたのじゃよ、とくすくす笑う櫻に、奈杖は気の抜けた返事を返す。
と言う事は、あそこにある冷蔵庫やパソコンとかも廃品から修理したか店で買ったかしたのだろう。
随分と世間慣れした精霊だなぁ、と一行は少々微妙な気分になった。

と、別のテーブルで桜色の湯飲みで日本茶を飲んでいたエマがそういえばと手を打った。
「どうしたんですか?」
考え込むように腕を組むエマに、零が不思議そうに問いかける。
エマはちょっとね、と微笑むと櫻に向き直った。
「…あの…」
「ん?なんじゃ?」
エマが声をかけると、茶を一口飲んだ櫻はそちらを向いて微笑む。
櫻の持ってきた和菓子を一口食べたエマは、気になっていた疑問を投げかけることにした。
「…葉華君が持って行ってたものって、なんだったの?」
葉華が数日前から何度も抱えて言ったリュックの中身がずっと気になっていたのだ。
実は枕を連想していたのは…小さな秘密だ。
その問いかけにきょとんとした櫻はそのまま葉華を見る。
「…葉華、説明しておらんかったのか?」
「あー…うん。実は…」
「確かおぬしは『きちんと説明してある』と言うた筈じゃが?
 無断で持って来ておったのか?」
「うぅ…」
静かながらも怒りを感じる口調で問い詰める櫻に怯んで縮こまる葉華。
それを横目で見ながら、希望が俺が説明するよと葉華のリュックを引っ繰り返す。
ドサドサッと大きな音を立てて中から落ちてきたのは…。
小豆。山芋。砂糖。抹茶の葉。それぞれ大量にあるものをビニル袋に入れてある。
「…全部植物関係のもの、ですねぇ…」
袋を見ながら呟く奈杖に、希望はくつくつと笑いながら袋を指差す。
「…これ、温室から葉華が無断で持ってってたんだよ」
「……え?」
唐突に告げられた事実にきょとんとした聡に、葉華がばつが悪そうな顔で叫ぶ。
「だ、だって…その…櫻の作った菓子ってすっげー美味しいんだもん!!
 だけど、材料費はお金がかかるって言うから…でもおいら、櫻のお菓子食べたくて…。
 そ、そりゃあ悪かったとは思うよ…だけど、その…」
どんどんと語尾が小さくなっていく葉華を見、聡は暫く無言でいたものの…微笑んで、頭をそっと撫でた。
「…別に怒ってないよ」
「え…?」
「葉華が僕達に何も言わないで勝手に持っていってたのは確かに悲しいけど…でも、葉華はまだ小さいんだし、少しぐらいワガママでもいいんだよ」
だから、そんなに泣きそうな顔をしないで?と微笑む聡に、葉華は泣きそうになって慌てて目尻を擦る。
そして立ち上がると、聡に向かってぺこりと頭を下げた。
「…聡…勝手に売り物を持ち出したのと、今まで黙ってたのと…両方、ごめん」
「……うん」
本当に申し訳なさそうな声音に、聡は後で母さんにも謝ろうね、と言いながらもう一度葉華の頭を撫でた。
「家族愛、ってやつですねぇ」
「普通は怒っても可笑しくない筈なのにあっさり許しちまう辺り、聡も中々お人好しだけどな」
それを離れたところから見ながら、奈杖が感動気味に頷き、希望が茶々を入れて笑った。
「…ところで、さっき葉華が『櫻の作ったお菓子』って言ってたけど…櫻さん、お菓子作れるんですか?」
ふと湧いた疑問を問いかけた愛華に、櫻は微笑んで頷く。
「勿論。さっきからおぬし等が食べておる煎餅以外の和菓子も、わしの手製じゃ」
「え!?」
その場にいた全員が驚いて皿に並ぶ和菓子を見る。
実際に店に並んでいる和菓子と何ら遜色ない綺麗な和菓子は、とてもじゃないが目の前にいるこの精霊が作ったとは思えない。

「別にそれほど難しいことではない。
 ねりきりで作る菓子の形を作るぐらいは簡単にできるぞ?」
コツさえ掴めば菓子作りも中々面白いものだ、と言う櫻。
興味津々に和菓子を見つめる愛華にくすりと笑い、櫻はゆっくりと立ち上がる。
「…せっかくじゃから、皆も作ってみるか?
 色も様々に用意できるから、好きなものを作れば良い
 餡は中に挟んでも挟まなくても充分美味いからのう」
その誘いを断る者は―――その場では、草間ぐらいだった。
結局は、草間も作るハメになったわけだが。
その後、全員でわいわいと騒ぎながら和菓子作りをすることになったのだった。

ちなみに。
ねりきりでそれぞれが作ったのは以下のとおり。

エマ――「どー○くん」&小サイズの茶碗人数分
愛華――ピンク色のウサギ
奈杖――ぬ○かべ(灰色のねりきりを板状にして目の穴を開けただけ。どうやら不器用らしい)&かまぼこ
天風丸――睡花(別名:花海棠<ハナカイドウ>)(櫻は中々風情があると気に入ったらしい)
聡――ボブ(ぇ)
葉華――薔薇(黄)&チューリップ(紅)
希望――セー○ームーン(無駄に精密(待て))
草間――皿(後で使って食べるつもりらしい(をい))
零――ひよこ(黄)
櫻――桜の花がついた木の枝

――勿論、全員櫻手製のねりきりで作った箱(木目までバッチリ)にしまい、更に紐で緩く縛ったものを持って持ち帰ったそうだ。

そして帰り。
まるで扉から出てきたかのように木から通り抜けて現れた面々は、ふと上を見上げて感嘆の声を挙げた。

既に夕方を過ぎていた空は、茜色と闇色と2色を曖昧に映す。
そして、ただの偶然か、それとも櫻のはからいか。
外に出たのを見計らったかのように、桜の蕾がゆっくりと開いていき――― 一分もしないうちに全ての桜が満開になった。
頭上を埋め尽くす桜色は夕闇の色に染まり、風に煽られて花びらがふわりと宙を舞う。

――あまりにも綺麗で、あまりにも幻想的なその光景に。
  全員は、暫し酔いしれたのだった。

花見というには簡単すぎるものだが―――それでも、いいものが見れたと全員が笑いながら家路へつくのだった。


―――後日。
   プラントショップに人と代わりない格好をした櫻が現れて大騒ぎになるのだが―――それはまた、別の話である。


終。

●●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●●
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2155/桜木・愛華/女/17歳/高校生・ウェイトレス】
【2284/西ノ浜・奈杖/男/18歳/高校生・旅人】
【2894/桜塚・天風丸/男/19歳/陰陽師】
【NPC/山川・聡】
【NPC/葉華】
【NPC/緋睡・希望】
【NPC/櫻】
【NPC/草間・武彦】
【NPC/草間・零】

○○ライター通信○○
大変お待たせいたしまして申し訳御座いません(汗)異界第八弾、「千年桜の木の下で?」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
珍しくギャグ度が控えめです、この話(をい)桜に始まり櫻に終わる、と(意味不明)
OPに出ていた謎の人物は、実は桜の精でした(笑)…まんま過ぎてかえって解りにくかったかもしれませんが(爆)
どうぞ、これからも愉快なNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)

今回は全員共通のお話ですので、個別コメントは割愛させて頂きます(をい)
作るシーンは都合上省かせて頂きましたが、作る候補を2つ挙げた方は2つ書かせていただきました。
アダ名については、折角考えて頂いたのに書けませんで失礼致しました。また次回機会がありましたら使わせて頂きます。
また参加して下った方も、初参加の方も、この話への参加、どうも有難う御座いました☆

色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。