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預言者のツボ
●傍迷惑なツボ、脱走する
草間興信所のデスクの上に、一つの桐彫刻が置かれている。
鳳凰の姿をかたどったそれは、実はただの彫刻ではない。とある神社の御神体であった彫刻であり、その彫刻には神様が宿っている。
その名も桐鳳。
何時の間にやら草間興信所に居候している桐鳳は、かつて自分の神社に納められていた品の回収をしている。
時に興信所の調査員に協力を願い、時に自分一人で行動して。
かつて桐鳳が御神体として納められていた神社は、曰く付きの品の供養・封印を行うことを主な仕事としていた。
ゆえに。
盗難に遭い散逸してしまった神社の品々はすべて、あまり一般に放置しておけないような品ばかりなのだ。
「おぬし、今日は体調を崩すぞ」
「えﾞ？」
その日、回収品の整理をしていた桐鳳は、言われた言葉に固まった。
振り返ればそこには片手で軽く持ち上げられるようなサイズのツボがひとつ、目に入る。
……確かあれは危険だからと封印されていたはずの品だ。何かのはずみで封印が解けてしまったのだろう。
ぼてっと。
よく割れないなあと思うような大雑把な動きでハネて、ツボが部屋の外へと向かった。
「うわっ、そっち行っちゃだめだって！」
とりあえず最封印してやろうと思ったのだが――
「……体調崩すってこういうこと…？」
何故か能力が使えない。
あれが告げる予言は妙にセコかったり、些細なことだったりするのだが、それだけに覆すのが難しい。あれが今日は体調を崩すと言ったのならば、多分今日一日は能力を使えないであろう。
大災害には絶対にならないやつだがめちゃくちゃに傍迷惑なあれを野放しにするわけにはいかない。
デスクで仕事中の草間武彦に向けて、桐鳳は思いっきり声を上げた。
「武彦さんっ、そいつ捕まえてっ！」
扉の向こうからの叫びに、武彦は書類から顔を上げた。
直後。
ぼってぼってと器用にハネて、ツボが何故だか走って行く。
「なんだ…？」
武彦と目が合った途端、
「おぬし、頭上と金ダライに気をつけよ」
ツボは謎の言葉を残して、扉の向こうへとハネていった。
「は…？」
わけのわからない武彦は茫然とそれを見送り、直後――
ガンッ！！
「…っつう〜〜〜」
どこからか降ってきた金ダライに激突した。
●海原みなもの場合
「おぬし……べとべとどろどろに注意せよ」
「……え？」
それはちょうど草間興信所の前での出来事であった。
ぼってぼってとビルの中から跳ねてきたツボが、ぴたりと海原みなもの前で立ち止まったと思ったら、たった一言だけを告げてまたぼってぼってと跳ねて行ってしまったのだ。
「……何かあったんでしょうか」
ぽつりと呟いてから、みなもはぱたぱたと小走りに草間興信所へと入って行った。
「こんにちは」
「あ、みなもさん」
「ちょうど良いところに来たな」
中にいたのは桐鳳と草間武彦の二人。両名ともみなもの来訪を歓迎している様子。
「もしかして、さっきのツボ……」
「あ、やっぱり会ったんだ」
「…実はな……」
二人からツボの話を聞いて、みなもはすぐさまツボ探しへと出発した。桐鳳と武彦も手分けしてツボ探しに奔走している。
みなもはすでに予言を受けてしまったが、桐鳳の話によれば、大怪我をするような事にはならないはず、とのこと。ならばとみなもはツボ探しに参加することにしたのだ。
「でも、べとべとでろでろって一体……」
抽象的すぎてよくわからない予言だ。
と、そんなことを考えていられたのも最初だけ。出掛けてから十分も経たずに、予言は見事に現実となったのだ。
まず最初の災難は集中豪雨。しかもほぼみなもの真上のみという超局地的。まあ、短時間で止んだから良かったものの、ずぶぬれになったことには変わりない。
「このくらいじゃ負けませんっ」
自分を励ますべく言って、気合を入れ直したところに――
バチャッ！
「おーい、嬢ちゃん、大丈夫かー？」
頭上から、まるで狙いすましたかのように中身満載のペンキが落下。もちろんみなももペンキ塗れ。
恐縮して謝るおじさんからタオルを貰い、せめて髪と顔はしっかりと拭いて、服もできるだけペンキを落として。
みなもはツボ探しを再開した。ツボを追うのは案外簡単なことだった。特に人目を気にすること無くぼってぼってと跳ねるツボは、多くの人に目撃されていたのだ。
まあ、それはつまり、予言を受けてしまった人間も多いと言うことだが。
まだ被害を受けておらず、自分の状況を理解していない者もいたが、その反対にすでに予言の被害にあった哀れな姿もあちこちで見られた。
「これは…早く捕まえないと」
やはり桐鳳の言葉は正しかったようで、通りすがりの不幸な人にも、怪我人らしき怪我人はいなかった。
だがだからと言って放っておけるものでもない。
眼鏡をカラスに奪われたと言う女性――眼鏡なしでは一メートル先も見えないそうだ――をとりあえず近場の眼鏡屋に送り届け。
下駄の鼻緒が切れてしまったと途方に暮れるご老人に鼻緒に使えそうな布を手渡し。
いやいや。このくらいはまだまだ序の口。中にはどーしてこんなことになってしまったのか、咄嗟に判断しかねるような不幸に見舞われた人も見掛けた。
みなもはそんな不運な人々に手を貸しつつ、不運な人々のあとを追うことで着々とツボに近づいて行った。
ぼってぼってぼって。
前方十数メートル先に、ようやっと跳ねるツボの姿を見つけ、みなもは走るスピードを上げた。
「待ってくださいっ！」
姿が見えたことで油断があったのだろう。
バサっ！！
「今度は何……」
小麦粉である。
「危ないっ！」
「え？」
ペチャベチャベチャッ！
「……」
続いて卵。
「…これでパン粉があったらフライになれますね……」
半分以上現実逃避に思わずそんなことを呟いた。
「あっ！」
ふと気がつけば、ツボはずいぶん遠くヘ行っている。
タオルを持ってきてくれたトラックの運転手さんには悪いが、その言葉を無視して、みなもはダッと駆け出した。
「ふえぇ……べたべた…」
多少の泣き言を口にしつつも、走るスピードは衰えない。
しかし災難はまだまだ続く。次の災難は接着剤であった。どこから降ってきたのか、これまた盛大に。
「いやーんっ」
これはもう、ベタベタというレベルではないのだろうか……？
くっついて動きにくい制服のまま、それでも再度駆け出した。
しばらく追いかけて、みなもは公園へとやって来た。ツボはまだみなもの前方を跳ねている。
たいして早い速度ではないのだが、いろいろあってみなものスピードも落ちているため、なかなか追いつけない。
その時。
みなもの目に公園の噴水が飛び込んできた。
「これなら……っ」
水に触れて能力を発動させる。水はみなもの意思に従い、重力に逆らって動き出す。
そして。
ツボはとうとう捕獲された。
「さすがに……水の網に包まれたら声は出せませんよね」
人外だしどこから声を出しているのか定かではないから絶対とも言いきれないが。
みなもはすぐさま携帯電話で武彦に連絡をいれた。
駆けつけてきた武彦はみなもの惨状に一瞬唖然として、すぐに風呂か何かを――と言ってくれたが、
「大丈夫です。すぐに家に帰って着替えますから」
ここからならば草間興信所の方が近いのだが、ここまできたらもうタオルで拭いてどうにかなる域ではないし、草間興信所の方が近いといっても自宅がものすごく遠いというわけではない。どうせ風呂に入るなら自宅でのんびり落ちつきたい気もする。
みなもの言葉に頷いた武彦は、ツボを回収して興信所に戻っていった。
これで一件落着。と、そう思っていたのだが。
どうやら確保したからといって告げられた予言が止まるものではないらしい――封印をしたならまた話は違うのだろうが…。
「早く帰ってすっきりしよう…」
苦笑しつつ呟いて、ぐったりと歩いていた時だった。
ずぼっ！！
「きゃあっ！？」
いきなり足元が消えた――最初はそう思ったのだが、よく見るとそこは何かの工事中の場所だった。
みなもが落ちたのはまだ乾いていないコンクリート。しかも結構深いらしく、肩のあたりまできっちり沈んでしまっている。
「…………」
その日、みなもが帰宅できたのは真夜中であったらしい。
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登場人物（この物語に登場した人物の一覧）
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整理番号｜ＰＣ名｜性別｜年齢｜職業
1252｜海原みなも｜女｜13｜中学生
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ライター通信
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こんにちわ、いつもお世話になっております。日向 葵です。
今回は預言者のツボへのご参加ありがとうございました。
なんというか……お疲れ様でした。今回の参加者中一番不幸なメにあってしまったみなもさんです。
いろいろと災難続きで、書いているほうは思わずニヤリとしてしまったりもしたのですが（苦笑）
それでは、またお会いする機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。
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