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<東京怪談ノベル(シングル)>


☆Babbit・Love it☆


 2月14日が女の子にとって告白のチャンスと言われる日であるのなら、
その返事のために設けられたとも言える3月14日は男の子にとっても何かのチャンスの日になるのだろうか?
ただ、貰ったチョコレートへのお礼をするためだけの日ではないだろうか?
いや、そんな事は別にいいのだ。出費があろうと、お返しをするだけだろうと。
 1個ももらえずに、返す事を考えなくて済むような人生よりは…
お礼をどうしようかと悩むくらいの人生が、男にとってはむしろ誇りにすら思えるはずなのだ。
どんなにバレンタインに貰ったものが義理であったとしても。
―――そう、義理だけだったとしても。



 手芸センター”どりぃむ”の自動ドアを開いて、
紙袋を抱えた、およそそのファンシーな店とはとうてい結びつきそうな雰囲気の無い男性が1人店を後にする。
少し長めのコートに襟を立て、帽子を被り、色つきのサングラスとまではいかない伊達眼鏡をかけたその男性は…
まるで逃げるかのように足早に道を駆け抜けていった。
 普通にしていれば不審でもなんでもないのに、と…彼の事を知っている者がいたらツッコミを入れたであろう。
しかし、生憎、彼にツッコミを入れるような存在は誰もおらず…彼はそのままで結局、家まで辿り着いたのだった。
「ふう…疲れたぜ…俺にゃ尾行は無理だな」
 着ていたコートを脱いでハンガーにかけながら、相澤・蓮は小さく呟いた。
「まあでも誰にも俺と知られずに材料は買えたわけだし…その点は成功だな!」
 どうやらあの格好は、本人は変装していたつもりらしいのだが、
あの姿を見ていた者はただの変わった人としか思わなかった事だろう。むしろ、目立って仕方が無かったはずだ。
もし蓮の事を知っている者がいたら、多分、一撃必殺で見破られていた事だろう…。
 しかし、本人はいたって真剣だったのである。
と言うのも…蓮は今年、ありがたい事にバレンタインにチョコレートをもらう事が出来た。
例えそれが数名で、全てが義理であろうとも、嬉しい事に違いは無い。
 そうなると、蓮の事だ。必然的にホワイトデーにはきっちりとお礼をするつもりなわけで。
メインとなるお菓子に関しては、勤めている製菓会社のまだ未発売の新製品をプレゼントしようと思っている。
ちなみにこれは最高級チョコレートを使用しているクッキーで、決してその辺の安物ではない。
しかもまだ市場には出回っていないのだから…かなり良い品であると言える。
 しかしそれだけでは何か味気が無いと、蓮はもうひとつあるものを付ける事にした。
その為に、わざわざあの怪しい変装をして”どりぃむ”まで出向いていったのだ。
「随分と悩んだけど…我ながらなかなかいい案だよな♪」
 何をつけるかを決めるまでに、二週間以上を要してやっと一週間前に決める事ができた。
そしてその足で材料を揃える事もできた。
あとは、取り掛かるだけなのだ。
「まあ…一週間もあればなんとかなるかな?」
 とりあえず取り掛かるのは後回しにしておいて、蓮はとりあえず今日はちょっと休む事にした。

―――しかし、それが後々仇となる。

 それからの一週間、蓮にとっては幸であり不幸である日々だった。
営業先の企業の重役さんに予想外に気に入られてしまい、ちょっとした食事に招待されたのは幸だった。
会社の事もある故に、誘われた以上、断るわけにも行かない。
それになかなか高級料理と言うものを食べる機会に恵まれていない蓮はなかなかどうして喜び勇んで出かけていった。
…の、だが。
 その重役さんと言うのがこれまた自己中心的である上に、酒豪で酒乱。
帰りたくても帰れずに…明け方近くまで蓮は付き合わされることになったのだ。
一日くらいならとなんとか堪えていた蓮。
 しかし、事もあろうにその翌日、翌々日も続けて蓮にお呼び出しがかかったのだった。
睡眠不足も手伝い、昼間の休みと言えば短時間で爆睡。
それ以外は仕事であちこち走り回る…そんな日々が五日間連続で続いて、
解放されたのは、その重役が仕事で海外に出向く事になった六日目だった。

3月13日。
「まずい…どうするんだ…」
 なんとか定時で仕事を切り上げ、蓮は帰宅するなり、ほぼ買ってきた状態のままで放置されている、
あの紙袋を前にして呆然と立ち竦んでいた。
この一週間、少しは時間を見つけてパーツを分けたり切ったりという作業を進める事は進めたのだが、
見た目では買った状態とさほど変わらないと言っても過言ではない状態だった。
「いや、突っ立ってたって始まらねぇ!小人さんが寝てる間にやってくれる…なんて事もないし、
やっぱこういうのはちゃんと自分で気持ちこめてやりたいしな!よっし!俺はやるぜ!!」
 ジャケットを脱いで、シャツの袖を捲り上げると蓮はその場にどかっと腰を据え付けた。
完成するまで立ち上がらないという意気込みが伝わってくる。
そして、真剣な眼をして…紙袋に手を伸ばしたのだった。



 夜も明け、さらに時間は過ぎ、昼が近づきそうになった頃…
「―――できた―――っ!!!
 マンションの一室に、蓮の嬉しそうな声が響いた。
思わずバンザイをして両手を上げ、そのままの状態で床に倒れこむ蓮。
そんな彼の手には、手の平サイズの小さくて可愛い兔のぬいぐるみがしっかりと握られていた。
蓮が手にしている兔は、赤い目をした兔。
 そしてテーブルの上に並べられている同じタイプの兔は、それぞれ青、黒、緑、金色の瞳をしていた。
お手製で作った割には、まるで既製品のようにどれもサイズや形が整っているように思える。
徹夜で、しかも短時間で作ったと言うのに…なかなかどうして素晴らしい出来栄えだった。
「このまま眠りてぇ…いやいや、それじゃ徹夜した意味ないんだって…!」
 床に転がったまま天井を見つめていた蓮だったが、のろのろと起き上がって時計に目を向けた。
おそらく、あやかし荘には全員集合している事だろう。
「っし!じゃあラッピングもして…出かけるか!」
 寝不足である事がバレないように、シャワーもしっかりと浴びることは忘れずに。
蓮は眠いのだが、どこか弾む気分でいそいそと支度を始めたのだった。



「あ、相澤さん!いらっしゃいませ!」
「よ!久しぶりだな…元気そうで何よりだ」
「相澤さんこそ…どうぞ上がってください。ちょうど皆でお茶をしていたんです」
 蓮があやかし荘に着くと、偶然にも因幡・恵美が玄関で郵便物を受け取って部屋に戻ろうとしている所だった。
お言葉に甘えて、と蓮はその後に続く。
手に持っている紙袋には、あやかし荘の女性陣へのホワイトデーのお礼が入っていた。
 部屋に入る直前、ふと蓮は思い立ち恵美を呼び止めた。
先に、あやかし荘の女性陣にお菓子を渡してから、最後に恵美にと思っていたのだが、
おそらく、この部屋の中に入ってしまえばここの住人のお金持ちだとか座敷童だとかがなにかと蓮をかまって、
恵美とゆっくり話をさせてくれるとは思えない。それならば先に…と、蓮は紙袋から包みを取り出した。
「はい、これ。なんつーか…いわゆる、ホワイトデーってやつ?」
「ええっ?そんな…いいですよ〜気を使っていただかなくても!」
「いいっていいって!これは俺の気持ちって言うか、いや、変な意味じゃないぜ?
バレンタインにチョコを貰えて嬉しかったから、ただその気持ちを伝える為にって思っただけだからさ」
「でも…」
「いいからいいから!」
 にこにこと笑って差し出す包みを、恵美は少し恥ずかしそうにしながら両手で受け取る。
そしてその場ですぐに「開けてもいいですか?」と聞く。駄目だと言うわけは無い。
嬉しそうに微笑みを浮かべながら、ラッピングを外して行く恵美の表情を見て、蓮はほっと癒される気がした。
「うわあ!可愛い!ウサギのぬいぐるみじゃないですか!」
 恵美はラッピングからひょこっと顔を見せた赤い目のウサギを見て、自分でも表情が柔らかくなるのに気付く。
可愛いものには目が無く、どうにもこうにも顔が自然に綻んでしまうのだ。
「気に入ってもらえると嬉しい」
「ありがとうございます!凄く可愛いです…あ、でもこれ…市販のタグが無い…もしかして相澤さんが…?」
「ま、まあ…男の作るもんだからさ、妙なところは目をつぶってくれればさ」
「そんな事無いです!相澤さんって…見た目によらず実は凄く器用なんですね」
 思わず素で言ってしまい、恵美は慌てて口元を抑えてペロっと舌を出して苦笑い。
その表情がまたなんとも言えず、蓮は自分の顔も同じくらいほころんだ。
「本当にありがとうございます…嬉しいなあ…」
「そんなまじまじと見られたらほつれとかバレちまうって!」
「大丈夫ですよ。きっと私よりお上手ですから…あの、相澤さん、一つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「どうしてウサギさんなんですか?」
 両手で小さいウサギの肩の部分を持って、蓮に向けながら恵美は首を傾げる。
どうして、と聞かれても…蓮は素直に答えるのがどうにも少し恥ずかしかった。
蓮にとって、恵美はウサギのイメージがある。
小さくて可愛いけれど、どこか強い印象を持っていて…寂しがりやな面もある…そんな気がするのだ。
しかしまさかそれを言えるわけもなく…「可愛いからさ」と適当にはぐらかす事にした。
恵美はその答えに疑問を抱く事もなく、素直に受け取っている。
そこがまたなんとも彼女らしくて、蓮はどうにも嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「さ、それじゃあ次は他の皆さんに新製品のお菓子を…」
「きっと喜びますよ。お茶菓子が無いって文句言ってましたから」
「普通に何か持ってきた方が良かったかな…」
「いえ!いいんですよ!そんな…気持ちだけで嬉しいですから」
 にこっと微笑んで、恵美は部屋の戸に手をかける。
ゆっくりと少しだけ開いた隙間から、にぎやかな女性達の声と、男性住人の情けない声がもれてくる。
いつもと変わらないその状況に思わず苦笑する蓮。
気付いた恵美も、蓮に視線を向けて小さく笑みを浮かべた。
 そして、戸を大きく開く。
「あの、皆さん!相澤さんがいらしてますよ」
「どもっ!こんにちわ!」
 スマイルで挨拶をした蓮は、思った通りの光景が目の前に広がっていて少しほっとする。
蓮を見つけるなり、それまでの対象を変えて女性陣達は興味津々と言った風に蓮に話し掛けてくる。
待ってました!と言わんばかりのそれに、少し驚きはしたものの…なんとも嬉しい蓮だった。

そう、例えそれがお菓子目的だったとしても。
お返し目的のバレンタインだったとしても。
義理だったとしても…嬉しい事には変わりは無いのだから。

だって、本当に嫌いならバレンタインにチョコレートなんて例え義理でもあげようなんて思わないはずだ。
それに、本当に嫌いな相手からホワイトデーにお返しを貰いたいとは思わないはずだから。

例え義理でもそこにはちゃんと”気持ち”があるのだ。
だから、蓮は”気持ち”には”気持ち”で返したかった。

例えるならそれは”愛”。
恋愛だけとは限らない、”愛”。

夜なべで作った、ウサギには…そんな蓮の気持ちがこめられているのだった。





☆END☆



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