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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


本の持ち主を捜して。
 
「――」
 図書館でお目当ての本を探していると、背後で上原明日美を呼ぶ声がした。振り返ると、そこには三つ編みの少女が、えんじ色の厚い本を抱えて立っていた。知らない顔である。といっても明日美は神聖都学園に編入してからまだ日が浅く、知ってる顔は数えるほどしかいないのだけれど。
 誰だろう。記憶を手繰るよりも先に、少女がもう生きていないことに気がついた。半分透けているのだ。
 溜息がこぼれた。神聖都学園は怪奇現象が多いとは聞いていたけど、まさかこんなにも早く遭遇するなんて。
 どうしよう。明日美は返事をするのを躊躇した。少女の姿が見えないフリはできる。そのまま気づかないフリをして、無視したほうが楽かもしれない。
 けれど、こうも思ってしまう。彼女はここで、自分の姿が見える人をずっと待っていたのかも。もしかしたら、神聖都学園ができるよりも前から。あたしが生まれるよりも前から、ずっとここで。
「どうしたの?」
「この本を、あの、返したくて……」
「うん。分かった。この本を持ち主に返せばいいのね。それで、持ち主は誰なの?」
 聞くと少女は首を振った。
「そっか。名前も分からないの?」
「ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。大丈夫。あたしがちゃんと届けてあげるから」
 でも困ったなあ、と明日美は思った。右も左もまだよく分かっていないのに、どうやって持ち主を捜せばいいのだろう?
 
「こんにちは」
 本を抱えたまま明日美がまごついていると、小柄な少女――月夢優名(つきゆめ・ゆうな)――に声をかけられた。
「なにか困りごと? あたしでよければ力になりますよぅ」
 ゆっくりとした、けれどよく通るかわいらしい声。その声を聞いただけで、心なしか明日美はホッとした気持ちになる。
 明日美がかいつまんで事情を話すと、やはり独特なのんびりとした口調で優名はいった。
「図書委員の人に聞いたほうがいいかなぁ。その前に本も調べたほうがいいかも。なにか目印があるかもしれないよぅ。持ち主の名前とか落書きとか。その本、ちょっと貸して」
 いわれて明日美は本を手渡した。えんじ色の装丁の厚い本を、ぱらぱらぱら、と優名はめくっていく。
「あっ」
 真ん中あたりで手が止まった。ページの間にリーフをかたどった銀色のブックマークが挟まっていた。
「まずは手がかり発見、かな?」
 けれど、それ以上の手がかりらしい手がかりはなかった。
 
「『はてしない物語』かあ」
 本をみた図書委員の男子生徒はあきらかに困惑していた。
「図書館の本なら貸出記録が残ってると思うけど、個人の本だと持ち主を捜すのは難しいと思うよ。ファン層が広いもの。僕の母親も好きだっていってたし」
「そうですか……」
 落胆する明日美をはげますように、優名は彼女の両肩を軽くぽんっとたたいた。
「だいじょうぶ。落ちこむのは、まだ早いよぉ。先生とかにも聞いてみよ? 持ち主が生徒さんだとは限らないし。ね?」
「うん」
「そういえば上原さんって編入してきたばかりなんだよね。よかったら、学園を見てまわるぅ? トイレとか購買部とか場所知らないと困るよね?」
「……さすがにお手洗いの場所は知ってますけど」
 でも、案内してもらえると助かります、と明日美は続けられなかった。彼女の言葉をさえぎるように、「ちょっといいかな」と背後から声がし、受付カウンターに置かれていた本にひょいと手が伸びた。
 背の高い男性がいた。小柄な優名はもちろん、明日美も見上げなければ顔が確認できないほど。けれど威圧感はなく、むしろ穏和そうな顔をしている。
「俺、柚品弧月(ゆしな・こげつ)っていいます。レポートの資料を探していたら、偶然そこで話してるのを見かけて。おせっかいかなと思ったんだけど、この本の持ち主を捜せばいいんですよね?」
「ええ、はい。おせっかいなんてとんでもないです。助かります。とても」
「二人は山田美穂さんって知ってる?」
 唐突に名前がでてきて明日美はきょとんとした。すぐに我に返り、あわてて首を振る。知ってるもなにも編入してきたばかりで知り合いはほとんどいない。
「あたしも友達少ないですからぁ」
「もしかして、その山田さんが持ち主なんですか?」
「たぶんね。俺、サイコメトリストなんです。なにかに触れると、そのものの記憶を読みとることができるんです」
「うわあ」
 優名と明日美は感嘆の声をあげた。
「すごいですねぇ。名探偵になれちゃいますよぉ」
「惜しい。俺、考古学を専攻してるんですよ。調査を重ねて遺跡を発掘したり出土遺物から歴史を解明するのは、少ないヒントから推理を重ねて真犯人をつきとめる名探偵のそれと似ているかもしれないですね」
「よかったねぇ、上原さん。名探偵さんが協力してくれるって。これで一歩前進だよぅ」
 名探偵という言葉に弧月は照れ笑いをした。
 
 山田美穂、神聖都学園高等部二年。弧月のサイコメトリーで読み取った情報だけでも、ゴールはもう見えていた。あとは本を手渡せばいい。
 その前に、学園に不慣れな明日美を案内することになった。優名の提案で購買部、食堂、事務室、職員室、特別教室とまわっていく。
「優名さんと明日美さんって甘いものは好き?」
 歩きながら、弧月が思いだしたようにいった。
「近くにすごく美味しいケーキ屋があるんですよ。よかったら、本を返したあとに食べにいきませんか。ほんとに美味しいんですよ」
「賛成!」
 声を弾ませた明日美に弧月は満足そうに笑う。
「あと、月夢さんのお勧めの場所も知りたいなあ」
「あたし、そんなに出歩かないんだけどぉ。でも、とっておきの場所があるの。行ってみるぅ?」
「とっておきの?」
「石榴が植わってる場所があるの。今は季節じゃないんだけど、夏はきれいな花が咲くんですよぅ」
「……石榴?」
 明日美はふと足を止めた。なにかが脳裏に引っかかった。
「上原さんは石榴、嫌い?」
「ううん。石榴は好き。あたしの誕生石ってガーネットなんだけど、和名は石榴石だもの」
 好きだから、なにかが引っかかる。ガーネットの宝石言葉は、真実、友愛、貞節、忠実。誠実さや変わらぬ愛情を象徴する石。
「あの女の子は、どうして山田さんに本を返せなかったんだろ」
「それは、彼女が死んでしまったからじゃないかな」
「確かにそうなんですけど……」
 的確すぎる弧月の言葉に明日美は黙ってしまった。
「とにかく山田さんのところに行こっ。気になることがあるなら、直接聞けばいいよぅ」
「うん」
 ――けれど、山田美穂はクラスにいなかった。
 欠席していたわけではない。山田美穂という生徒そのものが在籍していなかった。何人かの生徒に尋ねてみたが、やはり誰もそんな生徒は知らなかった。
「柚品さんのサイコメトリーが失敗ぃ?」
「いや、そんなことはないと思います。誰かに邪魔された訳でもないですし」
 おそらく、と弧月は言葉を継いだ。
「何年か前の生徒なんですよ。職員室に行きましょう。先生方なら何か知っているかもしれない」
 
「山田美穂さん?」
 音楽教師の響カスミは首をかしげた。「ちょっと待ってね」と席を立ち、職員室の奥へと消えていく。しばらくして戻ってきたときには、メモ用紙を一枚手にしていた。
「確かに山田美穂さんって生徒はいるわね。神聖都学園と一言でいっても一万人近く在籍してるから、同姓同名は何人もいるけど。過去数年で、高等部のそのクラスにいたことがある山田美穂さんは五人もいたわよ」
「五人も?」
「一万人に比べたら少ないんじゃないかしら。どの山田さんに用があるのかは知らないけど、あとは卒業アルバムか何かで調べてらっしゃい。アルバムは生徒会室にあるはずよ。はい、メモ」
 ただね、とカスミはつけたした。
「この年の山田さんは、もういないわ。事故で亡くなってしまったの。在学中に」
「――」
 三人は言葉を失った。
 
「この子、です」
 卒業アルバムを確認した弧月が、愕然としたふうに言った。亡くなったという生徒である。それぞれの表情はみな暗くなっていた。
「もしかしたら、この本は返したくても返せなかったのかもしれないですね」
 いいながら、弧月はなんとはなしにページをめくっていく。銀色のブックマークにはすぐに気がついた。
「これは?」
「本に挟まってたんですよぉ。たぶん、あの女の子か山田さんのだと思うんですけど」
 ブックマークを手に取った弧月は、サイコメトリーをしようと精神を集中させようとした、その瞬間――強い想いが彼の中に流れこんできた。
 ――あの三つ編みの子、今日も図書館にきてる。友達はいないのかな。やっぱり一人きり。まあ、わたしも他人のことはいえないんだけど。普段は他人に興味なんてないはずなのに、あの子は気になってしまう。
 ――なにか本を探してるみたいだったので声をかけてみた。『はてしない物語』なら持ってるから貸してあげるよ、と言ったら、素直に喜んでくれた。律儀にお礼までしてくれるって。そんなのいいよっていったのに、彼女の勢いに押されて、今度の日曜は彼女とデート。といっても絵本展なんだけどね、ちょっと楽しみ。待ち合わせは学園の桜の木の下で。散っていないといいな。
 ――あの先輩が本を貸してくれた。いつも図書館でひとりでいるのを見ていて(私もそうなんだけど)ずっと気になってた、名前も知らない先輩。思わず勢いで「お礼します」なんていっちゃったけど、今考えるとかなり恥ずかしいかも。友達になれるといいなあ。桜も、日曜日まで散りませんように――。
「……もしかしたら、山田さんに会えるかもしれませんよ」
「えっ?」
 弧月の言葉に、優名と明日美は顔を見合わせた。
 
 
 高等部の校舎から徒歩でおよそ一〇分ほどの場所に小高い丘がある。そこに植えられている一際大きな桜の木の下で、彼女――山田美穂は立っていた。三人が近づくと一度顔をほころばせたが、それが人違いだと気づいたのか、あからさまに肩を落とした。
「こんにちは」
 誰だろう、というふうに彼女は首をかしげた。
「ある女の子から、この本をあなたに返してほしいって頼まれたんです。用事ができて、絵本展には行けなくなってごめんなさい、って謝ってました。でも、いつもどおり図書館にはいるから、また会いたいそうです」
 そう告げると、嬉しそうに彼女は笑い、――そして消えていった。
「山田さん、ずっとここで待っていたのかなぁ。ずっと、ここで」
 ぽつり、とつぶやいた優名の瞳から涙がこぼれていた。困ったように微笑んで涙をぬぐう。
「あれ、なんであたし、泣いてるのかなぁ。おかしいなぁ」
「ときどき、無性に泣きたくなることもありますよ」
 優名にハンカチを差しだしてから、明るく装った声で弧月はいった。
「ケーキ、食べに行きましょうか」
 強い風が吹き、淡い桃色の花びらがひらひら降ってくる。その花びらを浴びながら、長い時間それぞれの場所でおたがいを待ち続けた幽霊の少女たちに、明日美は思いを馳せていた。
 
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
【2803   / 月夢・優名 / 女性 / 17 / 神聖都学園高等部2年生】
【1582   / 柚品・弧月 / 男性 / 22 / 大学生】

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■         ライター通信          ■
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弧月さん、はじめまして。駆け出しライターのひじりあやです。
OMCでのお仕事はこれが事実上初めてになりますので(正確にいうと優名さんへのが初めてになります)、作中でNPCの明日美が「右も左もまだよく分かっていないのに」といっていますが、それはまさしく私のことだったりします(笑)
 
それはさておき、今回のお話はいかがだったでしょうか。
穏和な人が三人そろってのんびりとした雰囲気になってしまいました。年長者ということで弧月さんにはリーダー的な役割を担っていただきました。私は「物には魂が宿る」と思っていますので、弧月さんのサイコメトリー能力は、書いていて楽しかったです。弧月さんにも気にいていただけると幸いです。
弧月さんのことはもっと書いてみたいと思いますので、サイコメトリー等の能力が活かせる調査依頼があれば、また参加てくださると嬉しいです。今回は本当にありがとうございました。