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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


さらわれた女雛
 しくしくしく……。
 アンティークショップ・レンの片隅から、さめざめとしたすすり泣きの声が聞こえてくる。
 その泣き声を発しているのは、ずいぶんと時代がかった男雛だった。
「……ええっと」
 ここに呪いのアイテムが多数あるというのはわかっていたが、それでも、こうして男雛が泣いているなどという非常識なシーンに出くわすと、どうしたらいいものかと困ってしまう。
 朝野時人は男雛を前にしたまま、しばらく黙って立っていた。
 そもそも自分だって魔法使いなどという非常識な職種の人間なのだから、いちいち驚くことではないのだが……。
「あの、どうしたんですか?」
「おお、聞いてくれるか。実はな、我がいとしの女雛がさらわれてしまったのじゃ!」
 意を決して声をかけると、男雛はくわっと時人のほうを向き、涙を流しながら語りかけてくる。
「頼む、わらべよ、にっくきねずみどもから女雛を取り戻してはくれぬか!」
「ねずみと……?」
「そうじゃ。引き受けてくれるなら、我が力でねずみの巣穴へと送り届けてやろう! ねずみどもを倒し、女雛を取り戻してくれ」
「……僕じゃわからないんで、蓮さんに聞いてきます」
 言いながら時人は蓮のいる店の奥を指した。
 どうやってねずみの巣穴に入るんだろう、などと思いながら。

 蓮から呼び出されてレンへと赴き、男雛から事情を聞いた桜塚金蝉は、男雛のあまりの情けなさにため息をついた。
 まったく、自分の女くらい自分で取り戻せなくてどうするというのか。そんなことを思う。
 けれども放置するのも鬱陶しいし、せっかく来たのだからと、金蝉は依頼を受けることにしたのだった。
「とりあえず、報酬は『天聖刀・碧霞』の情報、ないしは刀そのものが手に入った場合は俺に譲ることな」
 念を押すように金蝉は言う。
「そんなことを言われてものぉ。そういうことは蓮どのに……」
「わかったな?」
 にっこりと念を押すと、男雛はがくがくとうなずいた。
「それでいい」
 金蝉は満足げにうなずく。そして時人の方を振り返った。
「で、ネズミの巣穴とやらにはどうやって入るんだ?」
「えっと、なんか、身体が小さくなる薬があるらしいです。レンのネズミは強いから、昔からそうやって直接退治してたとかなんとか……」
 不安げに時人が口にする。
 時人の手には、ピンクと白の飴玉のようなものがたくさん詰まったビンがにぎられている。
「で、それが、その?」
「だそうです」
「……なるほど」
 ふむ、と金蝉はうなずく。
「ところでそのネズミってのは、殺鼠剤なんかはきかねぇんだな?」
「ムリだと思います」
 念のためにと訊ねた金蝉に、時人があっさりと答える。
「……しょうがねぇな。じゃあ、いくか」
 金蝉はため息をつきながら手を出した。そこに、時人がピンク色をした飴玉のようなものを乗せる。
 金蝉はそれをしばし見つめたあとで、思い切って口に含んだ。
 特にあやしげな味はしない。むしろ、ただのアメ玉だといわれても信じてしまいそうだ。
 さほどの大きさもないそれは、すぐに溶けてなくなってしまう。
「……変わらないな」
 金蝉はぽつりとつぶやいた。
「すぐに小さくなるんじゃないかと……」
 と、そう時人がいった瞬間、ぐん、と金蝉の視界が低くなった。
「お?」
 どんどん低くなっていき、最後には先ほどまで前見下ろしていたはずの少年を見上げる羽目になってしまう。
「おお。なかなかすごいな」
 どうやら、どういう原理かはわからないが、服も一緒に小さくなってくれるらしい。
「……なのに武器は小さくならないんだな。まったく」
 隣に置かれた、今は自分よりもはるかに大きく見える魔銃を見、金蝉は肩をすくめた。
 仕方なく、口の中でぼそぼそとつぶやくと、手の中に今の大きさにふさわしい魔銃と弾丸がマテリアライズされた。
「じゃあ、がんばってきてくださいね」
「おい、おまえは来ないのか」
「……だって、僕、火の魔法しか使えないんです。ネズミの巣穴なんかでそんなの使ったら、お店が燃えちゃうじゃないですか。でも魔法使えなかったら僕、ネズミにもきっと勝てなさそうなので」
「ならしょうがない、か」
「ネズミの巣穴はそこからは入れるそうなので、よろしくお願いします」
 少年はぺこりと頭をさげる。
「おう」
 金蝉は軽く手を上げると、ゆっくりと巣穴の中へ足を踏み入れた。

 ネズミの巣穴というだけあって、中は薄暗い。壁をかじって穴をあけ、そこに巣穴をつくったせいか、どこかホコリっぽいようだった。
 今のところ、特にネズミの姿は見あたらない。
「ネズミ算、なんていうくらいだから、きっと山ほどいるんだろーな……」
 ぼやきながら金蝉は穴の中を進んでいく。
 基本的に分かれ道はなく、1本道になっているようだ。
 だがやがて、甲高い鳴き声を上げながら、真っ赤な目をした巨大なネズミが立ちはだかる。
「なんだ、やる気か?」
 金蝉は銃をかまえると、威嚇するように天井へ向けて引き金を引く。
 パァン! と乾いた音が響き渡る。
 するとネズミはおびえたように、とてとてと逃げ出してしまった。
「……まあ、所詮はネズミか」
 レンのネズミだからなにか特殊能力でも持っているのではないかと警戒したが、どうやらそうでもないらしい。威嚇しながらいけば面倒はなさそうだ。
 金蝉はネズミに会うたびに天井や壁に弾丸を打ち込みながら、ひらすらに前へと進む。
 やがて、なにやらがらくたの山と積まれた場所に出た。
「……ここがヤツらのお宝の隠し場所、ってことか」
 金蝉は腰に手を当てて、がらくたの山をぐるりと見回す。すると、その中に、ひとつだけやたらに豪華な衣装の人形があった。どうやら、あれが女雛らしい。
「おい、あんたがレンにあった男雛のかたわれか」
 金蝉が確認のためにと呼びかけると、女雛はかたかたと身を震わせる。
「おお、そうじゃ、その通りじゃ!」
「男雛に頼まれてきたぜ。あんた、歩けるか」
「……むぅ。歩くとな」
 女雛は困ったような声を出す。
 たしかにそれもそうかもしれない、と金蝉も思った。
 なにしろ、雛人形だ。雛人形というのはそもそも、歩くようにはできていない。
 だが、小さくなっている今、金蝉が女雛を背負って歩くというのもあまり現実味のない話だ。
「そうだな……じゃあ、ネズミはなんとかするから、なんとかついて来い」
「仕方のないことよの。そうさせてもらうとするかえ」
 しぶしぶ、と言った様子で女雛が立ち上がる。そしてよちよちと金蝉のもとへ歩いてきた。
 この様子では、出口にたどりつくまでにしばらくかかりそうだ。
 ため息をつきながら、金蝉は先に立って歩き出した。

「あ、金蝉さん。おかえりなさい」
 ネズミにかじられたり女雛にのしかかられたりととんでもない目にあいつつも、なんとか外へ出た金蝉を、時人が笑顔で出迎えた。
 ずいぶんと暇なのか、どうやら、男雛とお茶を飲みつつ待っていたらしい。
「……人がホコリっぽい巣穴の中でひたすらネズミと戦ってるってときに、優雅に茶かよ」
「ひどいなあ、金蝉さんが出てくるのを待ってたのに……そういうこと言うんだったら、この薬、もとに戻る方のあげませんからねー!」
 と、時人が子供っぽい拗ね方をする。
 金蝉の中で、なにかが切れる音がした。
 ちゃきり、と金蝉は時人に銃を向ける。
「え!? ちょ、ちょっと冗談……!」
「問答無用っ!」

 ……その後、売り物がずいぶんとめちゃくちゃになり、ふたりで3時間ほど蓮からお説教をくらったのは、言うまでもない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2916 / 桜塚・金蝉 / 男 / 21 / 陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、2度目の発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました浅葉里樹です。
 気づけばすっかりひな祭りの季節からは遠くなってしまっていますが――いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。