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<東京怪談ノベル(シングル)>


形見の刀
 アンティークショップ・レン。
 そう看板のかかげられた店の中に足を踏み入れると、桜塚金蝉はぐるりとあたりを見まわした。
「……こんな店があったとはな」
 あたりには山とがらくた――いや、骨董品が積まれている。
 ツボや掛け軸など見ればだいたいどんなものなのかわかるようなものもあったが、中には、いったいそれがなんなのかさえわからないような、奇妙な形状をしたものさえあった。
 まったく、ヘンな店だ。金蝉はそう思いながらも、店員を呼ぼうと顔をあげた。
 すると、目の前には、妙につやっぽい赤い髪の女が立っていた。
「あんた、なんの用だい?」
 女は口を開くなり、つっけんどんにそう言った。
「それが客に言うセリフか」
 金蝉はふん、と鼻を鳴らす。
 すると女はさもおかしそうに笑った。
「ヘンな客だねえ……。まあ、いいさ。あんた、なにを探してるんだい? 外の看板を見て入ってきたんだったら……たしかにここはアンティークショップだけど、普通の骨董貧を探してるんだったら、よそへ行った方がいいよ」
「そっちこそ、ヘンな店員だな。普通、客を追い返そうとしないだろう?」
「まあ……うちは特別だからねぇ」
 ふふ、と女は意味ありげに笑う。
「で、あんた。なにをお探しだい? 普通のものじゃないんだろう?」
「ああ。実は……『天聖刀・碧霞』という刀を探している。俺は桜塚金蝉。碧霞は桜塚家の家宝だ」
「ははぁ、なるほど。そういうことかい。……あたしは碧摩蓮、ここの店主だ。店に置いてある品物のことだったら、なんだってわかるよ。で、その刀ってのは、どんな刀なんだい?」
 問われて金蝉は、かつて失われた刀へと――その刀が失われるきっかけとなった事件の起こった頃へと、思いをはせた。

 父の悲鳴を聞きつけてその場へと駆けつけた金蝉の目に飛び込んできたのは、父の惨殺死体と、血にまみれた刀をたずさえた異形の姿だった。
 耳をつんざくような母の悲鳴が隣で響きわたった。
「ン……なんだ、おめえら。まだ生き残りがいやがったのか」
 きいきいと甲高い声で言うと、異形は父の血で汚れた刀を振りかざす。
 金蝉は思わず、一歩前へと進み出ていた。
 異形は恐ろしい、と思う。
 本当ならば逃げ出したい。
 これがすべて夢だったらとさえ思う。
 けれど、それはしてはいけないのだ、と金蝉は知っていた。
 母と弟は、自分が守らなければならないのだ。父の代わりに、この自分が。
 勝てるかどうかはわからない。けれども、既に自分が父を超えていることくらい、金蝉はとうに知っていた。
 異形が刀を振り下ろす。金蝉は術を放つために身構えた。
「ダメよ、金蝉……!」
 だが、金蝉が術を放つよりも早く、母が金蝉をかばうかのように異形と金蝉の間に割って入る。
「母さん!」
 金蝉は悲鳴をあげた。
 その瞬間、母の背を、妖怪の手にした刀が切り裂く。
「母さん……!」
 呼びかけた金蝉に応えるかのように、母はやわらかく微笑む。
 金蝉はぶんぶんと首を振った。
 笑って欲しいわけでは、ないのだ。
 異形は再度刀を振りかぶると、今度こそ、金蝉めがけて振り下ろす。
 が、その刃は、目に見えぬ壁にはじかれる。
「……結界、か?」
 異形のぎょろりとした目が不快げに寄せられる。
 そして逡巡の末、異形は姿を消した。
 あとに残ったのは、既にただの肉槐と化した父と、今にも命の炎が燃え尽きようとしている母と、無傷の金蝉のみ。
「……母さん」
 金蝉は呆然とつぶやいた。
 母の背から、どんどん血が流れ出していく。
 どうすれば止まってくれるのだろうかと必死に考えるのに、なにも思い浮かばない。なにもできない。
「母さん……俺は」
 なんて、無力なのだろうか、と。
 血の海の中で、金蝉はただ呆然とたたずむのみだった。

「……どうしたんだい?」
 急に物思いにふけった金蝉を不審に思ったのか、蓮が問いかけてくる。
 その声で現実に引き戻されて、金蝉は首を振った。
「いや、なんでもない。で、刀はあるのか?」
 金蝉はなにごともなかったかのように、いつもの調子で問い掛ける。
 あの日――
 自分が無力だと思い知った、7歳の頃。
 金蝉は、かならず、あの刀を――形見の刀を取りもどすと、心に決めたのだ。
「そうだねえ……少なくとも、その条件に合致するような刀はないね」
 残念だけど、と蓮は首を振る。
「……そうか」
 金蝉は踵を返した。
「邪魔をしたな」
 そして、外へと踏み出す。
 春の陽気も、金蝉には心地よくなど感じられはしない。
 あの刀を、いつか、取りもどす――今、金蝉の心の中には、その決意だけがあった。