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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】ひとひらゆえに確かなもの

 掴みたいものがあると知っていて、それでも掴めないもの等――あるのかしら?
 ウィン・ルクセンブルクは、柔らかな微笑を浮かべながら目の前の人物へと聞いた。
 けれど返るのは自分と同じ穏やかな笑みばかりで。

 カラン……。

 汗をかいたグラスと溶けかけた氷が交じり、音を立てる。
 ――まるで、その音に引寄せられたかのように、微笑を浮かべていた目の前の人物は、
「掴みたい、という物があるのなら…私なら、引寄せる」
 そう言いながら、音を立てたグラスを指で弾く。

 楽器のように高い、キィンと言う音だけが室内に、残り――ふたりは瞳を見合わせ、お互いのみに解る言葉を視線でのみ、語った。


                       ◇◆◇

 庭園。
 春の日差しは何処までも柔らかく、草にも花にも平等に光を分け与える。
 ちりん……と、微かに鳴るのは風鈴の音。
 蝶が微かに鳴った、その音に戸惑うように違う方向へ、違う方向へと羽ばたいて行き……一時の涼しさを分け与える木陰へと身体を休め、鳥は、それを見守るように風鈴の音より幾分柔らかい声で囀っていた。

 柔らかな日差しは無論、花や草木だけではなく、一人の少女と一人の青年にも注がれ、
「今日は本当にいい日和ですね」
「ああ、こういう時は芝の上に寝転がるのが何より気持ち良いね」
 ――等と言う会話をしていたけれども。

 カサカサ、カサカサと。
 木々の葉が風に揺れる音と、何処かで――人が緩やかな、しっかりとした歩調で歩いている音が、合わさり、風鈴もそれらの音に答えるように音を出す。

 ――此処だよ?と、少女と青年がいる場所を教えるように。
 りんりんと、微かな音だけを、立てて。


                       ◇◆◇


「ふぅ……相変わらず、此処は奇妙に広いわね」
 門をくぐり、庭園の中を歩きながらウィンは呟く。
 辺りを見回し、黒い服の青年と白いワンピースを着た少女を探す、ウィンの豪奢なプラチナブロンドは陽の光を浴び、きらきらと陽の光と同じような色合いに染まってるように見える。

 今日、此処に来たのは他でもない――猫、いいや黒い服のあの青年に愛称をつけてあげたかったのだ。
 呼ぶのに不自由はしていない、と彼らは言っていたけれど、それはあの二人だけならばの話だし、名前が無いと言うことは、「ねえ」とか「ちょっと其処の貴方」と呼んでしまうと言う事に他ならない。
 なら、呼びやすく自分が好きな言葉で――彼を呼んで上げたくもあり……他の人は知らないけれど自分だけで呼べる愛称と言うのも面白い感じがしたから。

 ふいに。
 何処かから、ちりん……と、音が響き、ウィンは耳をそばだてた。
 一体、何処から響いてきたのか、その方向を確かめるために。
 もう一度鳴るだろうか、動きを止め神経を音全体へと集中させる。

 ――ちりん。
 前方、やや右よりの道の方から音が聞こえウィンは誰知らず、方向を見据えると頷いた。

「……あちら、みたいね。…是非とも此処には、門の脇に住人が何処にいるか書いてあるメッセージボードが必要だわ」

 とは言え、解らない場合帰ってしまう人もいるだろうから、そこはそれ、なのかもしれないけれどと呟きながら。
 が、メッセージボードは中々、良い案かもしれない。

(そうね……提案して大丈夫なら、この件は少女に提案してみることにしようかしら?)

 ふと、そんな事を思い、少女が考え込む姿を想像してくすくすと声に出して笑ってしまう。
 だが…もしかしたら、そうした方が良いかもしれませんね…と言う言葉も聞けるかもしれないのだから。

 りんりんと、ウィンへ呼びかけるように風鈴の音と、ウィンの艶やかな唇から漏れる笑い声だけが、ただ響いていた。


                       ◇◆◇

「おや」
「あら……」

 芝の上に寝そべっている猫とその隣でちょこんと座り込んでいた少女が発した声は、ほぼ同時だった。
 目の前には、以前であった事のある優しげな微笑を浮かべ「大丈夫、見つけてあげるわ」と少女に言ってくれたウィンが立っていたのだから。
 猫にしても、無論少しばかりの驚きがあった。
 猫だと思われていただけに、庭園に戻った後、人の姿を取るのはどうかと思いながら、結局は人の姿を取り、だが少しも驚かなかった彼女。
 予想外のお客に、猫と少女ふたりの表情に微かな笑みが生まれていく。
「全くもう。何でこうも解り難いところに居るのかしらね? ふふ、でもまあ良いわ。今日はね私、猫――いいえ、貴方に愛称を付けてあげるって決めていたの」
「私に?」
「そう。何か一つ印象的な言葉についての話を求めていると言うのも聞いていたのだけれどね、まずは、こっちが先決。聞いてくれる?」
 ウィンの言葉に猫が言うよりも先に少女が大きく頷く。
 どうやら少女の方が、どのような愛称で呼ぶのか興味津々らしく、ウィンは少女の隣へと腰を降ろすと寝そべったままの猫の額へと手を伸ばした。
「他の方は知らないけど私はあなたのことをシュヴァルツ(Schwarz・黒)って呼ぶことにしたわ。構わない?」
「シュヴァルツ……ドイツ語だね」
「ええ、そう! 貴方――いえ、シュヴァルツを見ていると本当に艶のある黒と言うのはこう言う色をしているのかもしれないと思うのよ」
「とても素敵な、いい名前ですね♪」
 少女の言葉に、でしょう?とウィンも言葉を返す。
 そして、猫も漸く寝そべっていた姿勢から、起き上がると「確かに良い愛称だね、ありがとう」と言いながら、小さく延びをした。
 ぱらぱらと音を立て、草が服からも髪からも落ちる。
「あらあら……ねえ、シュヴァルツ? こういう時は、きちんと叩いた方が埃も落ちるんじゃない?」
 随分いい加減だ事…そんな言葉を言いながら背中へとついてしまった草をウィンも叩いていく。
「いや、叩いても背中ばかりは落とせないからね、どちらでも良いかとズボラになってしまった」
「あら、少女は特に何も言わないの?」
 不思議そうにウィンは少女へと聞き返した。
 少女ならば、絶対に猫―シュヴァルツ―へ言うだろうと思っていただけに意外と言うか……奇妙なことを聞いたような気分になってしまうが、ふるふる、少女は首を振りながら、
「違います、言ってもシュヴァルツは聞かないんです!」
 と、いつも言ってるんですけれど…とウィンに必死な瞳を向けた。
 ……妹が居たらこんな感じなのかしらね……そんな事を、ふと思いながら、シュヴァルツを見やり、次に少女へと視線を戻すと、
「じゃあ……無理だわね」
 呆れとも苦笑ともつかない笑みを浮かべながら「たまには言うこと聞かなきゃ駄目よ?」と、猫―シュバルツへ、さり気無く釘をさす事も忘れてはいなかったけれど。
 が、猫―シュヴァルツも、
「やれやれ、女性二人に男一人では勝てるものも勝てないね」
 そんな言葉を呟き、肩を竦めるのも無論、忘れていなかった。


                       ◇◆◇

 コホン、と咳払いを一つ。
 ウィンは再び呆れたような視線を、猫―シュヴァルツへと向け、
「さて、勝負の事へとシュヴァルツが話を脱線させないうちに好きな言葉について話すとしようかしら?」
そう呟くと猫は困ったような笑みを浮かべ、「…おや、バレていたか」と言い、更には少女からも「あまり脱線させてはいけませんよ?」等と言う言葉を貰ってしまっていた。

「ふふ、バレていたかどうかはともかく。私の母国語はドイツ語なのだけれどね、日本語も美しいわ。ひらがな、カタカナ、漢字があって豊かに表現することが出来るでしょ?」
 だから私は日本語で話すと楽しいのよ、本当に様々な音でさえ言葉にしてしまうであろう情緒豊かな日本語。
 感情をつかさどる方で言葉を作り上げるからなのか、とても不思議な言葉があるわよね。
 中でも――そうね、その中で一番に好きな文字は「夢」。

 其処まで呟くと、ウィンは掌を高く、陽にかざす。
 陽に透ける事無く、何処までも存在する自分の掌――確かに、今在ると思える証でもあり、そして、またゆっくりと掌を下ろし、芝の鮮やかな緑を見つめる。
 色づく夢、色のない夢――様々な夢があるけれど。

「その中で夢と言った場合、主に三種類意味があって。一つは、眠っているときに見るもの。一つは将来に対する希望や望み。そして、最後の一つは――儚いもの」
「儚い……か」
「ええ。確かに眠っているときに見る夢は儚いわ。覚えているのはほんの僅かと言うでしょ」
「そうだね。だが知っているかい? 覚えているのはほんの僅かというけれど、実は、忘れている夢でもしっかり記憶しているのだという事を」
「…なら、どうして覚えていないのかしら」
「覚えていたくないことを人は忘れる事が出来るからだよ」
「…成る程。だからこそ、僅かな記憶に残る夢を思い出し、無意識の中の自分を見つめるのも面白いと思える所以なのね」
「そう、ある日ふと思い出すんだ――無意識に沈めた夢を。そして、その夢こそが本当に大事なものだと気付く人も居る」
「ふふ」
 猫―シュヴァルツの言葉に背を押されたようにウィンは微笑む。
 柔らかな風が幾度となく吹き、その度に風鈴が鳴り渡る。
「それとね、今の私の将来の夢は自分の手で優れた芸術家を育てること」
「素晴らしい夢だね。だが、中々そう言うのは大変だと聞くけれど……」
「ええ、大丈夫なんですか?」
 猫―シュヴァルツと、少女が問い掛ける。
 大変なのは、ウィンも百も承知だ。
 だが動き出した自らの夢を投げ出そう等とは決して思わない。
 夢は大変だからこそ儚くも美しい、と知っても居るけれど――でも、と踏みとどまりたいから。
「ふたりとも心配してくれて有難う。でもね、そのために会社も設立したしホテルも改装したのよ? 我ながら凄い頑張ってると思うし――それにね?」
「何かな?」
「何でしょう?」
 ほぼ同時に発したふたりの声に、余程このふたりは長く居た所為で言うタイミングも似通ってるのかもしれない、とウィンは「息が合うわね!」と感心し、更に言葉を続けた。
「でもその夢が決して儚いとは思わない。大変なのは分かっているけど……絶対くじけないって決心しているから」 
「そう思うのなら大丈夫。それに、もう一つ――知っているかい? 儚いは"果敢ない"と書いても"はかない"と言うんだよ」
「そうなの? それは…知らなかったわ」
「果敢に挑戦しようと言う気持ちがあるのならば、絶対に夢は儚く等はならない。それは――この言葉が一番証明しているんじゃないかな」
「ええ…本当に日本語って奥が深いわね! 私、ますます日本の言葉が好きになりそうだわ♪」
「それは何より。さて、と、まだ時間があるのならお茶の時間にしようかとも思うんだけど」
「勿論、お邪魔させていただくわ。どんな、お茶を淹れてくれるか少女と二人、楽しみに待ってるわね?」
「おやおや……では出来るだけ期待を裏切らないように頑張ろう」
「宜しくね、シュヴァルツ?」

 くすくす、くすくす。
 さざめくような笑い声が庭園の中に溢れ――やがて、楽しげな笑いへと変わっていった。

 ひとひらゆえに、確かなもの。
 夢へと向かい歩いていく、ウィンの道を祝福するように。




―End―

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■   登場人物                  ■
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【1588 / ウィン・ルクセンブルク  / 女 / 25 / 実業家兼大学生】

【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは、ライターの秋月 奏です。
いつもお世話になっております♪
今回はこちらのゲームノベルにご参加くださり誠に有難うございます!
ウィンさんに久しぶりにお逢い出来て本当に嬉しかったです(^^)

今回は一文字と言うことでウィンさんには愛称をつけて頂く所から
色々なお話をして頂きました。
夢に向かい歩いていくウィンさんに、少女も猫も眩い光のようなものを
感じているようです。
そして、何時の日でも笑顔を忘れない彼女で居る事が素敵なことだとも。

ではでは本当に今回は有難うございました!
また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。