コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


鳴らないピアノ
 響カスミは困っていた。
 音楽室のピアノが、突然、鳴らなくなってしまったのだ。
 どこか壊れてしまったのかと業者を呼んで見てもらったのだが、どこもおかしなところはないという。ただ、音だけが鳴らない。
「これって……どういうことなのかしら」
 絶望的な気分でカスミはつぶやいた。
 少なくとも自分にどうしようもないことはわかったのだが……。
 だからといって、どうしたらいいのかがわかるはずもなく。
 カスミは深々とため息をついたのだった。

「……どうしたんですか?」
 カスミがため息をついているところにたまたま通りかかった硝月倉菜は、ふと足を止めてカスミに声をかけた。
 するとカスミは顔を上げ、困ったような顔で首を振る。
「ああ、硝月さん。いいところに来てくれたわ。実は、ピアノが鳴らなくなっちゃったのよ」
「ピアノが?」
 倉菜は首を傾げた。
 ピアノが鳴らなくなったのなら、専門の業者を呼べばいいのだ。けれども、どうやら、そういった話とは違うようだった。
「どこもおかしいところはないって言うの。音だけが鳴らないのよ」
「音だけが……。どうしてかしら」
 誰に言うでもなく、倉菜はぽつりとつぶやいた。
 そのとき、ふと、目の端に見おぼえのある人影がうつる。以前とある事件で知り合った魔法使いの少年――朝野時人だ。
「ちょっと、あなた」
 倉菜は振り返り、時人に声をかけた。すると時人が足を止めてこちらを向く。
「あ、硝月先輩」
「ちょうどよかったわ。ちょっと手伝ってくれるかしら?」
「え? あ、はい。大丈夫ですけど。でも手伝うって、なにを?」
「実はね、ピアノが鳴らなくなっちゃったのよ」
 倉菜が説明するより先に、カスミがそう口にする。時人はわかったようなわからないような、そんな曖昧な表情でうなずく。
「その調査を手伝って欲しいの。ピアノの調律は結構な大仕事だから」
 アップライトでも大変なのに、グランドピアノとなると調査するだけでも結構大変なのだ。
「それじゃあ、お願いするわね。申し訳ないけど、私は用事があるから……あとでまた来るわ」
 そう言うと、カスミは急ぎ足で行ってしまう。
「さて、それじゃあ、やりましょうか」
 倉菜は先に立って音楽室へ足を踏み入れた。
 音楽室の中は、しんと静まり返っている。ピアノはぽつんと寂しげだった。
 倉菜は調律の道具を出すと、時人に指示を出しながらピアノを調べはじめる。
 確かに、音は鳴らない。ピアノ線を直接叩いてみても、なんの音もしない。
 だが、特に故障もないらしい。
 倉菜は時人に手伝わせてまた元通りにピアノを戻すと、肩をすくめた。
「……おかしいわね」
「なんで鳴らないんでしょうね?」
 時人も不思議そうに首をひねっている。
「私にもわからないわ」
 答えて、倉菜は能力を使って目の前にあるピアノのミニチュアを具現させる。それを持ったまま移動して、指先で鍵盤を押してみる。それでも音は鳴らない。
「ちょっと、ピアノのあたりでなにか話してみてくれない?」
「え、なにかって……なにを話せばいいんですか?」
 困ったように口にしながらも、時人はピアノの近くで言う。
 どうやら、ピアノの周囲の空間にも特に異常はないようだ。
「やっぱり、なにか魔法のたぐいが関わっているようね」
 ため息をついてミニチュアのピアノを消すと、倉菜はゆるゆると首を振った。
「なにか心当たりはない? こういったことのできそうな魔法の存在とか、解除の方法とか」
「うーん……難しい問題なんです。結論を言うなら、そんな方法なんて山ほどある、んですよね。だから解除方法もいっぱいあって……」
「……そうなの。じゃあ、犯人に聞くしかないのね」
「多分、そういうことになると思います」
「それじゃあ、行くわよ」
 倉菜は時人を連れて、音楽室を出た。
 誰か犯人がいるのだとすれば、カスミや、他の音楽教師などに事情を聞いて見なければならない。
 まったくの逆恨みでもなければ、誰か、なにかしら知っている人物はいるに違いない。
 倉菜は足早に職員室へと向かった。

「先生」
 倉菜が呼びかけると、なにか書類を作っていたらしいカスミが顔を上げる。
「あら、硝月さん。どうしたの? なにか、わかった?」
「いえ、特になにも。ですから、少し事情をお聞きしたくて」
「事情……って言われてもね。気がついたら鳴らなくなっていたのよ」
 カスミは困ったような顔で答える。
 倉菜は首を振った。
「いえ、なにか、ピアノを恨むような人間の心当たりとか……でなかったら、誰か音楽の先生方の中でうらまれている方はいないかとか。そういったことをお聞きしたいんです」
「ああ、なるほど……。うーん、そうねえ」
 だが急に心当たりと言われてもなかなか思いつかないらしく、カスミは首を傾げてしまう。
「そういえば、ひとりだけ……こういうのを心当たりと言ってはいけないのかもしれないけど、ちょっと不審な子がいたわね」
「不審な子、ですか?」
「ええ。音楽の授業には滅多に出てこない子で、出てきてもいつも無愛想なのよ。いつも睨んでくるの。でも、私がそっちを向くと目をそらすのよ」
「……それは、怪しいですね」
 ふむ、と倉菜はつぶやく。
「その生徒はどこのクラスの人間なんですか?」
「え? えーっと……あ、そう。彼のクラスだったんじゃないかしら」
 と、カスミが時人を指す。
「僕?」
「そうよ。ほら、いたでしょう? 豊橋くん」
「ああ……そういえば」
 言われてはじめて、時人も思い出したらしい。
「どんな子なの?」
「どんなって……別に、普通?」
 時人には、豊橋という生徒について特に思い当たるところはないらしい。
「……仕方ないわね。行ってみましょう。先生、ありがとうございます」
 倉菜は頭をさげて、すたすたと職員室を出て行く。
 時人もあとからついてきた。

「……あなたが、豊橋くん?」
 周囲に聞き込みをした挙句、やっとのことで見つけた豊橋に、倉菜は静かに声をかけた。
 なにごとかを察したのか、豊橋はびくりとこちらを見る。
 そして倉菜の隣に時人がいるのを見つけると、曖昧に笑った。
「なんだ、朝野じゃないか。なんだよ」
「うん、ちょっと、聞きたいことがあって」
「……単刀直入に聞くわ。あなた、音楽室のピアノになにかしなかった?」
 倉菜が訊ねた瞬間、さっと豊橋の顔色が変わった。
「隠しても無駄よ。カスミ先生に頼まれたの。早く白状してくれないかしら」
「豊橋くん、観念した方がいいよ。硝月先輩って、見た目から想像できないくらい怖かったりするから」
「……どういうことかしら?」
 倉菜が訊ねると、時人はぶんぶんと首を振った。
 怖い、といわれても困るのだ。あまり表情が豊かではないだけで、こう見えていろいろと気を遣っている。
 倉菜はため息をついて、豊橋に視線を向けた。
 本意ではないが、今は、そう思われていた方が都合がいい。
「……じ、実は」
 時人のおどしが聞いたのか、豊橋はあっさりと話しはじめる。
 いつもカスミを見ているというのに、カスミは気づいてくれないということ。
 その上、どこか怖がってるようなそぶりさえ見せている、ということ。
 それが悔しくて、能力を使って「音」を奪ったのだという。
「くだらない理由ね」
 倉菜はあっさりと切り捨てた。
 豊橋が、ぎょっとした表情をする。
「だって、そうでしょう? くだらないわ。そんなことをしている暇があったら、どうやったら先生に思いを伝えられるの考えるべきじゃないの」
 倉菜はため息をつく。
「……時人くん、あとは任せることにするわ。先生へ報告はしておくから、豊橋くんを説得しておいてちょうだい」
 と、倉菜は言うだけ言うと、あとはすたすたと行ってしまう。
 時人は倉菜と豊橋を交互に見ながら、最終的には、豊橋の肩にポンと手を置いた。
 豊橋は時人にすがりつくと、おいおいと泣き出す。
 情けないクラスメイトを、時人はいつまでもなぐさめていた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2194 / 硝月・倉菜 / 女 / 17 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 こんにちは、2度目の発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
 今回は硝月さんからご指名がありましたので、硝月さんの他にもう1人、うちのNPCを投入させていただきました。いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。