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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


『お花見×温泉+サクラ=大パニック☆』【前編】

●プロローグ

「はぁい、神聖都学園『温泉どきどき同好会☆』の小春日こより(こはるび・−)でーす! いぇい♪」
 先日、神聖都学園の裏山から発掘された温泉により学園サイドの計らいで立派な露天風呂が出来上がった。
 しかも、女湯、男湯、混浴(要湯着)の三種類があって、なんと贅沢なことにカラオケや食事も完備。その上満開の桜に囲まれているという優雅な環境でお花見にも絶好のロケーション‥‥。
 ――――ちょっと待て、桜が満開?

「う〜ん、それって少し早すぎやしませんか? と思います」

 同じく温泉同好会に引き込まれた神聖都学園の鶴来理沙(つるぎ・りさ)が疑問に思うのも無理はない。
 桜前線にはまだ早い時期なのだ。
「きっと温泉効果よ、気にしない。それよりわたしたちの使命はわかってるよね?」
「はい! 楽しい温泉ライフのために憎むべき覗き魔から女湯を守ることですっ」
 普段は静かに楽しまれている露天風呂だが、この日は学校からもお花見を兼ねた宴会許可が下りていて、そのために学園美少女番付の10番内に入ると噂の高い桜宮桃重(さくらみや・ももえ)も女湯に御入浴されるために更なる警戒が要されるのだ。
 そのため警備への協力者を募集(女性限定)も募集しているとか。
「とりあえず私たち‥‥どうしましょうか?」
「もっちろん! まずは温泉を満喫するべーしっ☆」
 宴会も良し、温泉を満喫するも良し。
 心ゆくまでごゆるりと楽しみませう。


●嵐の前に温泉を☆

「わあ‥‥! 想像以上の温泉ね!」
 小麦色の肌に流れるような金髪。
 温泉を見渡してナイスバディな女性―― 田中 稔(たなか・みのる) は驚きで瞳が吸い付けられた。
 湯煙の中の向こうには広大な浴場が広がり、予想以上に露天風呂の種類も豊富にあって、自然の趣を残しながらきれいに整備されていた。
 エッヘンと並んで胸を張っているのは『温泉どきどき同好会☆』の小春日こよりだ。
「どうどう? 驚いた!? 神聖都学園の総力を結集した露天風呂の威力に! きゃー!」
「そうね! 夢みたいにきれいで感動の一言 ――って造ったのはこよぴょんじゃないでしょ?」
 すかさず突っ込んだ稔だが、何かに気づいたようにこよりのほっぺを「じー‥」と見つめると――ぷにぷに指で突っついた。
「でも、こよぴょん肌すべすべ‥‥妬いちゃうなァ」
「えっへっへ〜、これでも一応温泉同好会の部長さまだからさ、お肌のケアはこれほどかってくらい特に気を使ってるんだから♪」
 お互いに湯煙の中ではしゃいでいると、湯船のひとつから威勢のいい元気な声がかけられた。
「みんな遅いって! はは、こっちは先にお湯もらっちゃってるよ」
「あ、ダメですって、湯船で暴れちゃ他のお客さんに迷惑になっちゃうから‥‥!」
 ショートの黒髪をかき上げて手を振る少女、寡戒 樹希(かかい・たつき) をこよりと同じく温泉同好会の鶴来理沙があたふたと止めようとしているところだ。
「へえ‥‥理沙って偉いね。今日はお花見で無礼講だっていうのに――」
 引き止めるように抱きしめた理沙をじろっと見つめた樹希は、意味深な視線を向ける。
「な、何ですか? 突然‥‥」
 樹希のさわやか笑顔に理沙は悪い予感を覚えたが、時すでに遅し。逆に抱きしめ返され羽交い絞めにされてしまった。
「そんなよい子はチェックしてやる〜!」
 水しぶきをあげて暴れ回る理沙だが、やってきた稔に気がついて必死で助けを求めた次の瞬間、瞳に映った光景は両手を広げてダイビングジャンプしてきた稔の姿――。
「たっきー、りさぴょん♪ 私も混ぜてよっ、ね♪」
「もう、楽しそうなことしちゃって! こよりも入るんだから!!
 一瞬、理沙の頭の中の時間が停止する。
「‥‥そっ、そうじゃないってーっっ!!」


「‥‥なにか、湯船のほうが‥‥騒がしいですね‥‥」
 脱衣所の方で一人の神聖都学園の女生徒が振り返った。
 桜宮桃重 ――学園美少女番付の10番内に入ると噂の高い女生徒。
 でも、そんな桃重が気後れを感じるくらいに、目の前の少女は存在感を放っている。
「あれは、先に入られた樹希様にこより様たちのようですね。楽しそうでなによりですわ」
 花見の季節に合わせて桜柄の鮮やかな振り袖姿がよく似合い、見るモノに日本人形と見紛う程に幻想的な美しさの少女―― 榊船 亜真知(さかきぶね・あまち) は、小さくクスクスと声を立てて笑った。
 何というか、そんなわずかな仕草だけで周囲の雰囲気が一辺に華やいで見える。
 ことり、と二人の背後から気配がした。
「何を騒いでいるのかしら。くつろぐ場所であんなに暴れて、私には理解できないわ‥‥」
 ゆるいウェーヴの白銀の背の中程まである長髪をかき上げ青紫の瞳を細める、静寂を纏った美少女――。
 桃重と同じ神聖都学園の生徒である 硝月 倉菜(しょうつき・くらな) は静かな口調でそう呟いた。
 中学生の巫女であると同時に神さまでもある亜真知だけでなく、楽器職人の神聖都生徒である倉菜の間に挟まれて、桃重は小さく俯くしかなかった。
 美しさという存在を体現しているのという言葉はこの二人にこそ相応しいのではないか、と思わずにはいられない。
 その時、亜真知が倉菜の手にしたそれに気がついた。
「あ、可愛らしい水着ですわ。倉菜様、もしや水着で入られになりまして?」
「ええ、裸で入るのは慣れないから」
「フリルの付いたワンピースですね。はい、きっとお似合いになられると思います」
 手を合わせて微笑む亜真知だが、倉菜は考えるように片頬に手を添えた。
「ありがとう。でも、私は逆に誰もが水着で入らないのが不思議だわ」
「女湯でも‥‥でしょうか?」
「ええ、そうよ。‥‥覗き魔が出る恐れがあるんなら、予め今回は全員水着で入る事を宣伝しとけば良かったと思うんだけど。もっと普通の時に水着なしで入れば良いんだし、わざわざ宴会で皆がハメを外しそうな時は最初からそうしておけば?
 警備の人も覗く人も無駄な手間と時間が省けると思うわ――と、そう告げる倉菜の視線は桃重に向けられている。
 それは反論を許さない的確な指摘だ。
「‥‥だけれど、温泉ではやはり素肌で、くつろいで入りたい‥‥という要望もあるのではないでしょうか‥‥宴会だからこそ、という気持ちもわからないではありませんから‥‥」
 ふぅん、と微かにだが倉菜は関心の表情を見せる。
「ねえ、どうしてあなたはそんなに自信がなさそうなの? 今の反論にしても至極当然なことだし、そう怯えられてもこちらが困るわ」
 桃重は俯いて何も答えなかった。
 そんな二人の目の前にどっかと亜真知が何かを置いた――それはうず高く詰まれた重箱の山だ。
「お願いがあるのですけれど、これを運ぶのを手伝ってはいただけないでしょうか。ようやく立派な露天風呂が完成したと聞き、わたくし、張り切りすぎて多少作り過ぎてしまったようで――」
 それらは、温泉を満喫しようと意気込んでいた亜真知が作ったお花見用の料理なのだ。


 一方、こちら男湯でもちょっとした騒ぎが起こった。
「温泉か‥‥ゆっくりするのもいいかもな‥‥」
 誰にも内緒で一人温泉でゆったりと浸かっていた 不城 鋼(ふじょう・はがね) は感動すら覚えつつ常識外れな温泉を眺める。
 周囲は満開に咲き誇る桜の木々が立ち並び桃源郷すら思わせる、いくつもの浴場と自然が程よく調和した景観。それは本当に想像を越えた豪華さだ。
 全身を弛緩させてまどろんでいた鋼だが、不意に怪しげな相談の声をその耳が捉えた。

  (‥‥本当に決行を‥‥ならば我々も‥‥ご一緒に‥‥!)
  (‥‥‥‥うむ、‥‥後数分で準備が‥‥女湯にはあの、桜宮桃重が‥‥‥‥)
  (‥‥それは、誠の話でしょうか‥‥ならば、‥‥‥‥‥‥)
  (‥‥‥‥我らが、乙女の花園を覗き隊の‥‥誇りに賭けて‥‥‥‥!!)

「チッ、困った連中は世に尽きないな――――」
 こういう勘違いをした輩が蔓延るから今の時代は男が誤解をされてしまうのだ。仕方がないな、やるか。と、鋼は頭のタオルを腰に巻いて立ち上がった。
 刹那、ブルッと鋼は身震いした。
「な、なんだ‥‥この悪寒は‥‥!?」
 周囲を観察すると、周りの男子生徒たちから様々な視線を集めていることにようやく気がつく。
 元学連総番であり今は勝手に引退宣言しているものの、その何者も寄せつけない強さからかつては「鋼鉄番長」と呼ばれていた鋼だが、その外見は――、

 美少女と見まごうばかりの女顔なのだ。

「一日リラックスしようと露天風呂にきたはずなのに‥‥、これだと全然リラックスできないじゃないか」
 ま、これから覗き退治という一仕事もあることだし丁度いい機会か、と諦めてやれやれと肩を竦めながら男湯を出た鋼。
 しかし、一歩外に踏み出した瞬間――黄色い歓声が彼を包んだ。
『きゃー! きゃー! 鋼君が出てきたわ!!』『こ、これ・・・お弁当です・・・』『ご一緒に温泉してくださいませ!』

 ――――彼のファンクラブなる大勢の女生徒たちに拉致されて、鋼はそのまま混浴へと連行されてしまうのであった。


●対決!『乙女の花園を覗き隊』!!

「温泉でお花見ってナイスマッチングかもねっ。うん」
「たしかに舞い散る桜に湯気の白煙は、風情があっていいね」
 意気投合した稔と樹希が温泉に浸かって風流を満喫していると、少し離れた場所から恨めしそうに口元までお湯に浸かった理沙が、じとーと二人を睨んでいる。
「そんなこといって騙されませんからー‥」
「まあまあ、そんな事を言わずにご一緒に楽しまれませんか? わたくしもせっかくこれだけ用意をしてきたのですから」
 ふてくされる理沙を慰めるように、亜真知は露天風呂のすぐ横に並べた料理の数々を見せた。
 行楽弁当仕立ての料理から、和菓子の桜餅や洋菓子の木の実のタルトなど、温泉好きな神様である亜真知の用意した多種多様な料理がそこにはあり、一寸したお茶会といった風情すらある。
「この料理美味しいよ。いけるじゃない」
 亜真知のお弁当をつまみながら、樹希はお酒代わりに透明なスポーツドリンクをお猪口で飲んでいた。
 宴を堪能しつつ、何気なく可愛いと評判の桜宮桃重をチェックしてみる。
「ねえ、桃りんってさ元気がないよね」
 稔の言う通り、たしかに綺麗ではあったが、桃重は噂で聞いたよりも精彩を欠いているように思えた。

 談笑の輪から離れた桃重に、何も言わず倉菜が並んだ。
 ふたりは岩状の縁にもたれ掛かりながら、無言で桜色の空を見上げる。
「日本の温泉て良いものね」
 倉菜は湯船に落ちた一枚の桜の花びらをすくうと、誰とはなしに呟く。
「‥‥日本に来てから初めて入ったんだけどとっても寛ぐと思うわ。それが神聖都学園でも入れるなんて――思ってもみなかったから」
 桃重はそうね、とだけ言って笑みを返した。だが、
「そんな作り笑顔で温泉に入っていて楽しい?」
 唐突な倉菜の一言に桃重の動きが止まる。
「何を悩んでいるのかは知らないけれど、ここにいる全員は気がついているわ。あなたが全然楽しんでいないことを」
「‥‥羨ましい。あなたは、どうしてそう自然でいられるのかしら?」
「私が自然なんじゃないわ。あなたが不自然なのよ」
「‥‥そうですね、そうかもしれない」
 苦笑した桃重だが、それは今日初めて見せた自然な表情かもしれない。
「元々、注目されたりって性格ではなかったんです‥‥静かに空を見ていることが好きだったり‥‥最近、意識しすぎていて疲れが溜まったのかな」
 倉菜は、ただ広い温泉と満開の桜の木々を眺める。
「ここは不思議な場所ね」
 離れて存在している別の温泉でも、団体客が騒いでいるのはわかるが、それがちっとも苦痛にならない。騒がしさを宴会の楽しさとして享受しつつ、自分が望めば静かでおだやかな空気に包まれることができる。
 周りの騒がしさすら遮断される、静寂と桜と水の楽園――。
 手に持っていたお猪口を湯船のお盆に戻す倉菜に、桃重は訊ねた。
「結構飲んでいるみたいだけれど大丈夫? それ、本当のお酒でしょう?」
「平気よ。私、お酒はざるだもの」

「皆様、ついさっき不届きな侵入者を察知いたしましたわ」
 女湯の周辺に探知結界を張っていた亜真知が厳かに告げた。
 樹希は嬉しそうに立ち上がると、その手にいつも武器として愛用している鉄扇に代えてハリセンを握り締める。
「さ〜って、じゃぁ女湯覗こうなんていう精神年齢の低い馬鹿どもはあたしが成敗してやろうかなっ♪」
 こよりが戦いを告げるように高らかに指示を出した。
「それじゃ痴漢撃退部隊の人たち、水着に着替えて出撃するわよ!!」

                            ☆

「あそこですわ! 皆様、気を引き締めになられてください――」
 覗き魔撃退に向かったのは稔、樹希、亜真知、それに温泉同好会のこよりに理沙の5名。
 亜真知の指差す茂みの中に確かに怪しい人影が蠢いている。
「グッ、な、なぜ俺たちの居場所がわかった!?」
「残念ですが、女湯を中心に周囲にわたくしが結界を構築してありますのよ。不審者は全て探知していますわ」
 微笑する亜真知の姿に侵入者たちは動揺を見せるが、一人の黒覆面の男が前に出た。応援団よろしく腕を背後で組んで胸を張ると、大声を響き渡らせる。

「我々をそこいらの変態などと一緒にするな! 俺の名は、宅間光一郎(たくま・こういちろう)! 覗き番長と申す者であーる! 美しいものは人類の至宝、隠されることは罪! よって、乙女の花園を覗き隊を結成したものあーる!!」

 ・・・・・・。
 今のセリフは聞かなかったことにして、稔はびしっと指差した。
「あなたたち! こんな場所にまで忍び込んできたんだから、ちゃんとお仕置きは覚悟の上でしょうね!」
「俺らの名乗りを無視するとはなんて無礼なやつらだ!」
「ヘンタイが無礼なんてなに言っちゃってるのよっ、もーバカ! おバカの3乗! あなたたちみたいな覗き魔だけは絶対お断りなんだからね!」
 同性に体を見られるのは全然平気な稔だが、反面、異性に見られては彼氏に申し訳ないと真剣に思っている――そのため不埒な輩の撃退にはこの上なく気合いが入っているのだ。
 稔は岩肌を操り表面をハリネズミ状にして攻撃した。
「そんなもので俺たちが止められるか!」
 執念で針を蹴散らす光一郎たち。
 だが、彼らの行く手を黒い影が遮った。
「キツめのお灸が必要なようだな――ヘンタイどもの戯言なら地獄で言え」
 樹希が流れるような動きでハリセンで一撫ですると、触れた覗き隊の隊員は一瞬スローモーションのように宙に浮き、次の瞬間、青い空の彼方へと果てしなく吹き飛ばされていく。
 そして星となって消えた。
 樹希の合気道に技によって突進力がそのまま方向を変えられ、空へと舞い上げられたのだ。
「貴様たちに我々の美学が分かるかぁっ!! 俺たちは負けられん、自分の信念のために!」
 だが、これしきでへこたれる根性なしの覗き魔ではなかった。
 残った隊員が分散して、樹希を避けるように女湯を目指していく。人数的に警備側がやや不利で、こよりは思わずため息をついた。
「‥‥まったく、そーいう根性はどうしてプラスに使わないのかしら、もうっ」

 ここに救世主が一人いる。
「奴等、遂に来たか! 俺も行くぜ!」
 鋼が混浴の浴場にいながら覗き魔たちの邪悪な気配と察知し――
 ‥‥‥‥などという展開にはならないっぽい。
「はい、鋼くん、あ〜んして?」
「いえ先輩、俺は――」
「あ〜んしてくれないの? ‥‥うるうる」
 ‥‥。
 今時うるうるって言われてもなあ。
 あーんと赤面しながら目をつぶってあけられた鋼の口に、先輩はお手製の卵焼きを差し出した。もぐもぐ。塩味が絶妙でなかなか絶品だ。
「それじゃ今度は私の肉ジャガを食べてぇ‥‥」
 タオルを巻いたり、水着や湯着をまとっている大勢の女性の先輩やファンクラブの女子生徒たちに囲まれた鋼の周辺は、もはや一種のハーレム状態になっている。
 美人の先輩が肉じゃがを鋼の口まで箸で運ぼうとして腕を伸ばすと、アクシデントで胸元のバスタオルがほどけてしまった。肌が半ばまであらわになってしまい、慌てて隠そうとタオルを抑えるが、逆に体勢が崩れて湯船の底で足が滑って小さく悲鳴を上げる。
「きゃっ!」
「うわわっ!?」
 ――――視界が真っ暗になって、一瞬何が起こったかわからない鋼。だが全身にのしかかるやわらかい感触だけはたしかだ。
「(‥‥なんだ? これって一体‥‥)」
「やぁだ‥‥くすぐったいって、やめてよ鋼くん」
 視線と視線が絡み合う。じゃなくて。やわらかいものの正体に気づいて見えない速度でその場をあとずさった。
「鋼くん、照れちゃってかわいいィ‥‥うふふ」
「あー! ずるーい! あたしもあたしもォ♪」
「ハガちゃん独り占めはんたーい、ファンクラブ規約は守ってよっ」
 上級生たちの黄色い声が遠ざかっていく。いやそうじゃなくて自分の意識が遠のいているのか――。
「(‥‥こ、混浴は‥‥なんていうか非常にその、危険だ‥‥!!)」
 お湯にのぼせたわけでもないのに、鋼は真っ赤になって顔まで浸かった。

「ぎゃああ!!」
 突然悲鳴が響き渡った。
 隊員の一人がいきなりわけもわからず女湯から離れた男湯の、しかも飛びっきり熱い湯船に放り込まれているのだ。
「わたくしの結界は二重仕掛けですので。探査する結界ともうひとつ、熱湯温泉の真ん中へと瞬間強制転移する転移結界――ですわ」
 亜真知の微笑は見るものには悪魔のようにも見えたというが、覗き番長・光一郎はくじけなかった。
「まだまだぁ! 気合じゃぁぁぁいっ!!」
「まあ。気力で結界の力に抗い乗り越えようとされていますわ。理を超えし気力、敵ながら見事です‥‥」
 稔が大きく息を吸って、岩を針状にしていた力を水へと移す。
「いい加減往生しなさいねっ」
 水を操ることで温泉から熱湯を吹き上げ叩きつけ、意識の根っこから気力を断ち切る。気を失った覗き番長は結界の力で転送され、熱湯の中に叩き込まれた。
「あちちゃ、あちゃ、あちゃ‥‥あきらめん、俺はあきらめんぞォ!!」
 どうやらまだ戦いは続きそうだ。


 戦いの音を遠くに聞きながら、倉菜と桃重は湯船から桜吹雪を見つめていた。
 周囲の宴会熱は高まっている。
 それと反比例するように深まっていく静寂の空気。
「きれいね‥‥」
 桜咲く一面の園を眺め回す。
 不自然なくらいに美しく、満開に咲き誇る桜の園を。

 倉菜は嘆息する。
 桜の色は、
 桜は刹那のもの。 だからこそ美しい。

 しかし、これではまるで、永遠の桜――。

「‥‥知ってる? 桜の美しさって、怖いのよ」


 微笑みながら桃重が言った。
 桃重の体がはじけると、桜吹雪と化して、一瞬にして消え去った。
 同時に、温泉でのお花見の宴が最高潮に達したと思われた瞬間、露天風呂で異常が始まった。
「全員、気をつけてください! 霊力が異常な高まりをみせています」


●桜の妖精アイドル『ブロッサム娘。』の挑戦!!

 イルミネーションのように虹色光のスポットライトが乱舞する。
 ゴゴゴゴ‥‥という振動音。桜に囲まれた温泉の中央から石造りの舞台がせり上がると、その舞台の上には派手な衣装を着た7人の精霊がいた。
 マイクを握りしめてそれぞれにポーズを決めて――。

 「ドナ」「レナ」「ミナ」「ファナ」「ソナ」「ラナ」「シィナ」――――


           『7人そろって桜の妖精アイドル「ブロッサム娘。」参上☆』


 ‥‥唖然と動けないでいる一同にリーダー格らしいファナが指差した。
 ファナの姿は、桜宮桃重と瓜二つだ。
「私たちは桜の園を司る精霊! この地から無事に帰りたいのなら――私たちとの宴会勝負で勝たなくてはいけません」
「勝てなかった場合はね、桜の園の住人として、永遠にここで宴会に戯れる魂として生きていっていただきますから♪」
「逆にいうと、わざと負けて永遠の楽園で桜の住人になってもいいということだけど‥‥」
「ま、わたしたちの演目が負けるなんて、ぶっちゃけありえなーい☆」
「つまり勝負といっても、あなた方がこの世界の住人になるための儀式みたいなものですわよ?」
「‥‥桜の呪い、です」
「さあ、命を賭けて貴方の芸を見せなさい!」


 永遠の美しい牢獄、桜の園の楽園。
 終わらない桜の宴が始まろうとしていた――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1593/榊船・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?/さかきぶね・あまち】
【1692/寡戒・樹希/女性/16歳/公立高校に通う2年生、合気道部所属/かかい・たつき】
【2194/硝月・倉菜/女性/17歳/女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)/しょうつき・くらな】
【2239/不城・鋼/男性/17歳/元総番(現在普通の高校生)/ふじょう・はがね】
【2603/田中・稔/女性/28歳/フリーター・巫女・農業/たなか・みのる】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。そして、またもや大幅に遅れてしまいました‥‥;; 参加頂いた皆様には大変ご迷惑をおかけしました。平にご容赦ください。
 後編は今回のラストから、覗き番長との戦闘&桜の妖精と温泉宴会勝負となります。宴会勝負は草間興信所サイドでも行われますが、覗き番長はこちらでしか出没しません。また桃重と桜と妖精も何か関係がありそうです。後編でもただ温泉とお花見を楽しまれてもよいでしょう。でも覗き番長ってなんでしょうか‥‥新手の妖怪かなぁ。人間疲れているとヘンな妄想に走るようです。
 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。

>硝月倉菜さん
 この度はノベル作成が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした(汗)
 ちょっと雰囲気的に桃重と一緒にいる描写が多くなりました。最初はギャグっぽく書いちゃえなどいろいろ思ったりもしてたのですが。むー、クールな雰囲気になっているでしょうか。