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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


TRIO ROLL

 がっしゃーん!ガラスの割れる音が店内に響き渡る。なのに、店の中にいる店員も常連客も、一瞬そちらをちらりと見ただけで、後は何事も無かったかのように元の体勢に戻って会話を続けるのだ。どうやら、馴染みの者にとっては、それは既に日常茶飯事の出来事になっているようである。
 「レージ、拾っとけよ。おまえがブッ壊したんだからな」
 「っつうか、てめー、姑息な真似を覚えやがって…」
 ぶつくさ言いながら、バーテンダーの格好をした玲璽が床に屈み込み、割れたコップの破片を拾い始める。苛立ちのままに黒鳳へとぶつけた筈の玲璽の言霊だったが、黒鳳に届く前に、彼女が身体の前へと差し出したカットグラスに当たり、それが身代わりとなって砕けたのだ。片手が伸びて大きな破片を拾おうとした所で、黒鳳の踵が上から真下へと叩き降ろされ、玲璽の手の平を狙う。ガラスの欠片ごと踏み付けられる寸前で手を引き、危うく難を逃れる。当然、黒鳳の踵もガラスの破片を踏む事無く、宙に浮いたままで爪先を揺ら揺らと揺らした。
 「うおっ、おいこら、あぶねーじゃねぇか!」
 「何の話だ?俺はただ足を下ろそうとしただけだ。そこにおまえの手があろうがなかろうが、知った事じゃない」
 つーんとそっぽを向いて惚ける黒鳳に、玲璽が影で握り拳を固めた。

 顔をあわせれば、こんな喧嘩ばかりの二人、だったら互いに避けて通ればいいものを、何故かしょっちゅう顔をあわせては小さな事で衝突しあってばかりなのだ。まるで好きなのに素直になれないガキみたいだな、と常連客に揶揄され、二人同時にその客を三軒先まで吹っ飛ばしたのは有名な話だ。それからと言うものの、それを知る者はその現場を目撃しても誰も何も言わず、見て見ぬ振りをするのがここの常識となったのだ。
 「おや。またかい。おまえ、実は手先が不器用なんだろう」
 珍しく、店の奥からその姿を現した勾音が、床の上に散らばったガラスの破片を集める玲璽を見ては、そう言って笑う。滅多に店先には現れない勾音だが、こうして玲璽達がいがみ合ってると大抵やってきては茶々を入れる。一見すると二人を仲良くさせようとしているようにも見えるが、大抵は勾音を挟んで更に衝突は激化するから、恐らく二人のコドモの喧嘩を楽しんでいるだけらしい。それに気付いている玲璽が、床にしゃがみ込んだまま憮然とした表情を勾音に向けた。
 「ばっか言ってんじゃねーよ、誰が不器…って、痛ぇな!」
 文句を言った玲璽の頭を、黒鳳がゲンコツで殴ったのだ。
 「勾音様に向かってバカとは何事だ、馬鹿者」
 「てめーも俺に向かって馬鹿呼ばわりしてんじゃねぇよ。ったく、馬鹿の一つ覚えみてぇに、勾音様、勾音様って…」
 「おや。不満かい?」
 ふふ、と笑って腕組みをする勾音を見上げ、玲璽は何か言いたそうにしていたが何も言わず、ただ「別に」とだけ返した。

 「そう言えば、ちょっと頼まれてくれるかい。何、ここが終わった後でも充分片付けられるような簡単な仕事さね」
 「残業手当はちゃんと出るんだろうな」
 「レージ、おまえはいちいち何か言い返さないと気が済まないのか」
 黒鳳がそう言って睨み付けるも、玲璽は素知らぬ顔でそっぽを向く。
 「で、何だよ、その仕事ってのは」
 玲璽がそう尋ねると、勾音が傍らで控える男に視線で合図をする。すると男は無言で頷き、店の奥から何かを押して戻ってきた。それは大きな一つのスーツケースで、何が入っているのかは分からない。男が然程力を入れずとも、キャスターは軽く回っているところを見ると、その程度の重量ではあるらしい。
 「これを横浜まで運んで欲しいのさ。馴染みの骨董屋まで頼むよ」
 「なんだ、そんだけかよ」
 分かった、と無言で頷いて玲璽は男からスーツケースを受け取る。勾音の視線が、玲璽から黒鳳へと移った。
 「黒鳳。おまえも行くんだよ」
 「ええっ!?」
 「なにぃ?!」
 黒鳳は勿論、カウンターの内側へと戻り掛けた玲璽もほぼ同時に叫んだ。ついで、ほぼ同時にキッと互いに睨み合う。
 「何故に俺がこんな奴の手助けなどしてやらなきゃならないんだ、納得いかない!」
 「けっ、誰がてめーにサポートを頼んだよ、足手纏いになるだけじゃねーか、俺一人で充分だっつうの」
 「足手纏いはどっちだ。おまえ一人じゃ心許ないから、勾音様は俺に付いて行けと言ったんだろうが。…勾音様、この仕事、俺だけで充分だ。レージなんかにやらせる必要は無い」
 「あっ、残業手当を独り占めする気かよ!」
 そう叫ぶ玲璽に、黒鳳は僅かに哀れんだような視線を向けた。
 「…愚かな。おまえの考えは所詮その程度か」
 「うるせぇ、こう言うのはな、極めて切実な問題じゃねぇか」
 尤も、勾音が本当に残業手当を出すかどうかは微妙だが。
 暫くは二人の遣り取りをニヤニヤ笑いを浮かべたままで見守っていた勾音だったが、いつまで経っても治まらない様子に、さすがに呆れて緩く首を左右に振った。
 「…いい加減におし、二人とも。私の言い付けに不満でもあるのかい?」
 「………」
 「………」
 静かな、だが威圧感のある声でこう言われ、さすがに玲璽も黒鳳も黙りこくってしまう。互いを恨めしそうにねめつけていたがやがて、勾音には逆らえぬ二人は観念してこくりと頷いた。


 「…何故俺が、おまえと一緒に出掛けなきゃならないんだ…」
 「うっせーよ。それはこっちの台詞だ」
 バーでの仕事を終え、私服に着替えた玲璽がスーツケースを片手に下げて歩き出す。玲璽の事は気に食わずとも、勾音の言う事には絶対の黒鳳も、文句を垂れながらもその後に続いた。ふと、その歩みが止まる。
 「…レージ、何をしている」
 「あァ?決まってるだろ、こいつで行くんだよ」
 そう言って玲璽は、愛車に跨ったままで軽くバイクのハンドルを叩く。黒鳳の眉が片方だけ吊り上がり、即答した。
 「厭だ」
 「…おいこら、何だその妙に歯切れのいい答えは」
 「当たり前だろう。おまえ、以前俺に何をしたか忘れたのか」
 「……。忘れた」
 本当は全く覚えがなかったのだが、一応考える振りをしてからの返答だった。が、どっちにしても同じ事である。やっぱりな、と言う風に黒鳳が肩を竦めた。
 「レージ、以前俺を後ろに乗せた時、カーブは減速せずに勢いよく曲がるわ、車と車の細い間を高速ですり抜けていくわ、急ブレーキは踏むわ、俺はあの時、何回死にそうな思いをしたか、分かっていないんだろう」
 「そりゃ分かる訳ねぇって。俺はいつでも安全運転してるつもりだからな」
 勿論それは玲璽の範疇であって、一般的道交法においては、黒鳳の評価に軍配があがるだろう。
 「とにかく、バイクは却下だ!車、そうだタクシーでいいだろ」
 「厭だ!」
 今度は玲璽が即答する番である。
 「車ってーのは俺は嫌ぇなんだよ。あんな狭っ苦しい箱ん中に長時間も収まっていられるかっつーの。しかもタクシーなんて他人の運転に命預けるなんて真っ平御免だね」
 「ワガママな奴だな、全く…」
 我侭さ具合では、いい勝負だと思うが。
 そんな遣り取りを一通り終えた後、二人は仕方なく、スーツケースをごろごろと引いて駅の方へと歩き出した。暫くしてから、店から一人の人物が姿を現す。髪をきっちりと結って帽子を被り、服もいつもよりずっと地味で目立たない格好をした勾音である。ただ面白がっているだけなのかお目付け役のつもりなのかは定かではないが、そうして勾音は、玲璽と黒鳳の後を追い始めたのだった。


 『退け!』
 いきなりそんな言葉が背後から響いてきたかと思ったら、何やら凄い圧力を持った風に押し出されるよう、背中を強く圧迫する感覚があって身体全体が吹き飛ばされた。何が起こったのか、と吹き飛ばされて道路に転がった通行人達が顔を上げると、海を割って進むモーゼのように、倒れた人の間を大股で歩いていく、玲璽と黒鳳の姿があった。

   ありゃ相当イラついてるねぇ…そんなに人ゴミが嫌いかね

 後ろの方でその顛末を見て口元で笑う勾音が小声で呟く。自分とて、人ゴミがそう得意な訳でもないが、自分の事は棚に上げて、玲璽の事をコドモだコドモだと笑った。脇目も振らずに真っ直ぐ歩いていく玲璽の隣で、黒鳳はと言えば物珍しそうに辺りを見渡していた。

   うん…?…ああ、そうか。あんまり街に出た事ないんだったね、あの子は。
   私といつも一緒に居るから、殆ど店から出てないからね。
   …でもあんまりきょろきょろしてると…

 「何やってんだ、もたもたしてっと置いてくぞ!」

   ほーら、来た。

 辺りを見渡していれば自然歩調も遅くなる訳で、どんどん玲璽から遅れていく黒鳳を、最初はさり気なく歩調を遅らせて合わせていたりしたのだが、そのうちさすがに我慢できなくなり、ついには怒鳴りつけてしまったのだ。
 「何だ、偉そうに。おまえこそ、無理して、ンな大股で歩かなくったっていいだろ!」
 「誰が無理してんだっつうの。これが俺の自然の歩幅なんだよ。てめーこそ、その短い脚をしゃきしゃき動かしてとっとと付いて来い」
 「短いもしゃきしゃきも付いて来いも余計だ!」

   …ったく、あの子らは…でも、ああして肩を並べて歩いてると、それなりに見栄えするじゃないかい?
   そう思うと、あの口喧嘩も仲がいい故の痴話喧嘩に見えない事もないねぇ。

 そんな事を面と向かって言われたら、二人ともどれだけ必死で否定するだろうかね、それを想像すると思わず可笑しくなって、勾音は袖口で口元を押さえながら、くすくすと声を殺して笑った。

 ガタコトと揺れる電車の中、黒鳳と玲璽はドア近くの壁際に凭れて立っている。その同じ車両の、一番端っこで勾音も同じ電車に乗り、その身体を揺らしていた。

   しかしまぁ、こんな稼業の私達が、揃いも揃って公共交通機関で移動とはねぇ…。

 何やらしみじみと勾音が耽っていると、不意に向こうで人の骨が砕ける厭な音がした。ついで激痛にのた打ち回る男の悲鳴と物音の中、黒鳳が仁王立ちしているのが人の隙間から見えた。
 「何すんだ、貴様!」
 「…おい。ちょっと尻撫でられたぐらいで、何も手の骨砕かなくったっていいだろ」
 玲璽の声を聞き、その訳を知って勾音がさすがに脱力をする。
 「ちょっともそっともない。俺に、俺の許可なく触れる奴がいけないに決まってるだろ。それとも何か?おまえも骨を砕かれたいのか?だったら早くそう言え。喜んで身体中の骨を粉になるまで砕いてやるのに」
 ニヤリ不穏な笑みを浮かべる黒鳳に、玲璽が小さく首を左右に振った。
 「…あんたの言う事は冗談になってねぇんだって……」
 「冗談なんぞ言った覚えはないが」
 きょとんとした顔でそう返す黒鳳、さっきの言葉は冗談どころか脅しですらなかった事に気付いて、玲璽は思わずぞくりと背筋に冷たいものが走った。

   まだまだ、あの子の事を知らないねぇ、玲璽は。
   
 くくく、と喉を鳴らして勾音が笑う。やがて電車が停まって乗客が流れ出る。玲璽と黒鳳も、スーツケースを持って降りていった。当然、勾音も同じ駅で降車したのだが、その前にする事があった。
 「お待ち」
 低く小さいが鋭い声に、一人の男が振り返る。勾音を認めると、まさかそこに居るとは思っても見なかった、かの人の姿に、男の顔が蒼白になった。にやり、と勾音が片方の口端を吊り上げる。
 「おまえの目的なぞ痴れた事よ。あいつらに任せた限りはいつもならほっとくが、今回はそうはいかないよ。…まぁ最後の最後に私の顔が見られてよかったじゃないか」
 ねぇ?と同意を求める勾音の表情は、次第に禍々しいものになっていく。男はそれに見惚れたか或いは取り憑かれたか、最後の一瞬まで視線を逸らす事はなかった。


 「…まだか、レージ……」
 「うっせー、黙って待ってろ」
 間延びした黒鳳の声の理由は、いい加減疲れてきている所為だろう。横浜駅で降りたはいいが、そこから先の道程が妙にややこしく、つまりは二人は、ただいま道に迷っている真っ最中なのだ。
 この辺の地理に不慣れな黒鳳には任せられん、と(黒鳳もその自覚はあったし)玲璽が道案内を買って出たのはいいが、妙に見難い地図の所為で、全然目的地につける気配がなかった。玲璽は別に方向音痴な訳ではないが、歩いている所為か、なかなか目的地が分からない。バイクに乗ってりゃすぐに分かるのになぁ…とぼやいたその時だった。
 「…レージぃ………」
 「うっせぇっつってんだろ!『黙れ!』」
 玲璽はイライラした気分のまま、無意識で言霊を放っていた。黒鳳もまた、油断していたのか、言霊をもろに受け止めてしまい、ぐっと口を一文字に結んだまま、硬直してしまった。むむむ〜!ともがきながら抗議をする黒鳳を見て、玲璽がしまった、と言う顔をする。仕方がないので、さっきの言霊を打ち消すような別の言霊を放とうかと思うが、ふと考えた。

   このまんまにしといた方が静かでいいとか考えてんじゃないだろうね、あのボウヤは。そんな事したら…

 がっしゃーん!
 黒鳳が、その辺にあったブロック塀の欠片(と言うか、ブロック塀をぶち壊して欠片に変えたのだが)を玲璽に向かって投げ付けたのだ。すっ飛んで来るとんでもない凶器を寸前で避けたはいいが、玲璽を通り越したコンクリブロックが、背後にある人家の窓ガラスを派手に割った音だったのだ。
 「てめぇ、何しやがる!」
 「むむむむ〜〜!!(それはこっちの台詞だ、阿呆!とっとと元に戻しやがれ!)」
 「むむむ〜、じゃ分かんねぇっつうの!」
 「んんんん〜〜!(馬鹿野郎!おまえの所為だろうが!)」

   いや、面白いねぇ、あの子達。あれが素だから笑っちゃうわ

 くくく…とどこかで勾音が笑う声がした。


 やがて黒鳳に掛けられた言霊の力も融け、目的の骨董屋も見つかった事で一段落付いた。…かに思われた二人だったが。
 「おまえ、あれで勾音様の遣いが勤まるとでも思っているのか」
 「はーん?」
 スーツケースは依頼人の元に置いてきたので、身軽になった玲璽が気の無い返事をする。キッと黒鳳が片方の眉を吊り上げる。
 「はーん、じゃない。さっきのあの態度だ。あんな下卑た笑い方をするなど、恥ずかしくないのか、全く。おまえが他人にどう思われようが俺の知った事じゃないが、勾音様のお遣いで来ている以上、それなりの…」
 「それなりのって、どれなりのだよ。大体、おまえ人の事がとやかく言えるようなタマかっつうの」
 自分の後ろ髪をがしがしと掻きながら、玲璽が呆れた声を出す。もう一度、黒鳳の眉が吊り上った。
 「どう言う意味だ、それは…と言うかおまえにだけは言われたくない、レージ」
 「俺もあんたには言われたくねぇよ、ジョーシキも何も知らねぇオコチャマによぅ」
 「誰がオコチャマだ!の前に、レージに常識が何かを説かれるとは、俺も落ちぶれたもんだな」
 「…常識も知らねぇ癖に、そう言う厭味な言い回しだけはなんで知ってんだよ」
 さてね、ととぼける黒鳳に、また玲璽が握り拳を固める。その気配に気付いた黒鳳が、やる気満々で同じように拳を握り固め、胸の前で固めて戦闘体勢をとった。
 「やる気か、あァ?」
 「止めたかったら止めてもいいんだぜ、レージ。べっつに言霊使ったって構わないぞ?」
 「使うまでもねぇ!」
 ザッ!と二人が同時に後ずさって構えたその時。
 「いい加減におし!」
 鋭い声が響いて、二人がそっちに気を取られた瞬間、勾音の放った神通力が拳の形になって、玲璽と黒鳳の頭をげいんと殴り付けた。
 「痛ってぇ!」
 「こ、勾音様!?」
 「ったく、おまえ達は…これをきっかけにちっとは仲良くするかと思いきや、こんな往来で戦おうなんて、どういう了見だい」
 「そ、それはレージが…」
 「言い訳は無用だよ、黒鳳」
 じろり、と勾音が眼力を効かせると、さすがの黒鳳も小さく縮こまってしまう。
 「…つか、もしかしてあんた、ずっと俺達を付けて来てたのかよ」
 「当たり前だろ。可愛いおまえ達が、何か間違いを犯してはと心配でねぇ…」
 ほぅ、と溜息を零して思案げに頬に片手を添える勾音を見て、玲璽がぼそっと「嘘付け…」と呟く。
 「…何か言ったかい、玲璽」
 「………いーえ、なんにも」
 勾音に頭が上がらないのは、玲璽とて同じらしい。二人は今更になってようやく、勾音が最強だと認める事で、共通の何かを見出したのであった。