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<東京怪談ノベル(シングル)>


百聞は一見に如かず

「つまり、実際に観に行くのが最良の方法という訳よね」
 春も間近なある麗らかな日の昼下がりのこと。
 都立図書館の司書である綾和泉汐耶は、職場のカウンターでぽむっと手を打った。

 そもそも。その小さな出来事の発端は、先月、さる資産家が亡くなったという訃報にまで遡る。
 実業家として経済界に名を轟かせていたその老翁は、書物収集家としても広く著名だった。郊外にある屋敷にはあらゆる分野の本が集められ、扉以外の壁全てを本棚にしていたという彼の私室は地方図書館程の規模を誇っていたらしい。
 故に、家族には莫大な遺産と膨大な量の蔵書が残されたのだが、その蔵書部分が丸ごと、都立図書館に寄贈されてきたというわけなのである。
 「自分の集めた知識を後世に役立てて欲しい」との遺言を小耳に挟んだ汐耶は、彼の志に甚く胸を打たれたものだ。個人によって集められた書物の中には稀少本があることも少なくない。古本市に出して循環させるのも一つの残し方だろうが、公の機関に託し、開架した方が、より多くの人々の手に渡ることになろう。
 知識を広く後世に残す。それは図書館に関わる者ならば当然抱く切なる願いであり、汐耶もその例に洩れない。寄贈本の整理・分類に携わることになるや、汐耶は精力的に本の山と格闘していった。
 ────というのが一週間程前のこと。
 そして、その「ノート」を見つけたのが四日前のことだった。

 「ノート」は本と本の間に、サンドイッチのハムのようにぺたんと挟まっていた。古い、質素な大学ノート。明らかに「本」ではないそれを、汐耶は興味引かれてぱらぱらと読み出した。
 内容はすぐに知れた。日付と題名・演目、そして感想という欄が設けられたそれは、つまり老翁の「読書・鑑賞ノート」だったのである。読書や観劇・映画鑑賞に際しても、彼は批評交じりの感想をびっしりと書き込んでおり、その観察眼の鋭さや造詣の深さはざっと一読するだけでも察せられた。
 中でも、彼は能楽をよく観に行っていたらしい。「あの能舞台は」「今日のシテは」など能に関するだろう言葉が頁を繰る度に次々と飛び出し、彼が如何に情熱を持って能楽堂に足を運んでいたかが容易に知れた。
 寄贈本の中にひょっこり紛れ込んでいた老翁の想いの断片。汐耶はそのノートをこっそり失敬し、仕事の合間に隅から隅まで読み込んだ。
 そして興味を持ったのである。彼が好んでいた────能楽に。
 能楽に関して、汐耶は高校で学習した程度の知識しかない。「室町時代に大成された日本の古典芸能」という枕詞を辛うじて知っているぐらいで、ノートに書いてある演目など読んだところで到底分かるはずもなく。その感想がどこの何に感激しているのか・どこのどれを誉めているのか、理解出来ないことが酷く歯痒かった。

 だから一念発起したのだ。
 百聞は一見に如かず。実際観に行ってみようではないかと。

 下準備として、汐耶はまず職場で能楽関係の書物を漁ってみることにした。
 すると、古今東西縦横無尽、あるわあるわ出てくるわ。能楽の歴史に楽曲の解説、文学観点からの論文という学術的なものから、作家による軽いエッセイ、謡い方・舞い方指導の教本、そして能をモチーフとした画集まで。ああ読むものがこんなに沢山! と欣喜した汐耶は神業の如き速さでそれらを読破し、観能における必要最低限の知識を装備した。
 まず、能はその題材を『伊勢物語』『源氏物語』『平家物語』といった文学や、各地に残る寺社縁起・民話に求めていることが多く、登場人物の種類は人間・神・化物・植物の精……など多岐に渡っている。
 能の曲は単位を「曲」とは言わずに「番」とする。能の会におけるプログラムを「番組」と呼ぶのはこのためだ。また、能の曲は内容によって便宜上五種類に分類されており、それぞれ「初番目物」「二番目物」等と言う。つまり、どの番号に属するかを知れば、その曲・話の傾向が分かるという訳だ。
 「初番目物」は神が主役の曲で祝祭性が強い。
 「二番目物」は別名を「修羅物」と言って、武士(主に源平合戦時の武士)が主役の能だ。戦死した武士の霊が合戦の模様・地獄に落ちた苦しみを訴え、僧等に回向を求める──そんな内容のものが多い。
 「三番目物」は別名「鬘物」。「鬘」とは女性役がつける、つまり「カツラ」のことで、その名の通り女性が主役の話が多く分類されている。女性は人間の霊に限らず、天女・女神・植物の精等様々で、五番中最も優美な曲がこの分類だと言えよう。
 「四番目物」は他分類に分けられない雑多な種類の能を言う。霊が主役を務める曲が多い中で、この分類は現実の人間が主役であることが多い。
 そして「五番目物」は鬼や怨霊が主役の能である。その調伏談が眼目で、劇的な話が多く、最も芝居に近い話がここに分類されているのではなかろうか。
 能の主役は「シテ」という。他に「ワキ」「ツレ」「アイ」等の役分類があり、これら衣装(装束)や面(おもて、と読む)をつけて役を演じる者を「立ち役」という。また能は歌劇であるので、舞台向かって右側にバックコーラス部隊(のようなもの)と正面奥に楽器部隊がいる。この謡い手を「地(ぢ)」と言い、楽器を演奏する人々を「囃子」という。「囃子」は笛・小鼓・大鼓・太鼓の四種類で構成され、曲によっては太鼓が入らない場合がある。
 能は専用の舞台「能舞台」で演じられ、舞台奥にある松の描かれた板は「鏡板」と呼ばれている。これは昔、松を神に見立て、その松に向かって能を奉納していた時の名残で、「後ろの板は鏡であり、ここに正面にあるべき松=神の姿が映っている」ということを表している。また、舞台向かって左側にある廊下のような部分は「橋掛かり」と言う名で、立ち役や囃子はここから登場する。
 ……まあ基本的な事項ばかりだが、とりあえずはこの程度でいいだろう。今回の目的はあくまでも「観る」ことだ。
「それじゃあ、どの曲にしようかしら?」
 本を粗方撫で斬りした汐耶は、次に、近々開催される会とその演目のリストアップに取りかかった。
 現在も演じられている能の曲は大体二百くらいで、更によく演じられるものは百いくかいかないかだという。これは、実は然程多くない。曲の詞や解説の載っている本を一冊でも活用すれば、それがどのような話・雰囲気であるか容易に掴める。
 出来れば初心者にも分かり易くて、面白くて、眠そうではなくて、人気のある曲を。汐耶は一曲一曲話を調べながらリストを削っていき、遂に、『道成寺』という能を観に行くことに決めたのである。
「さて、いよいよ一見というわけね」
 汐耶は再び手を打ち、いそいそとチケットを予約した。

 会当日。汐耶はいつものパンツスーツに身を固め、小脇にはあのノートを抱えて能楽堂にやって来た。
 客の大半は……予想していたことだが老人が殆どだ。若く(しかも長身な)汐耶は多少居心地の悪さを感じながらも指定の席につき、ノートと、この日の為に購入しておいた「謡本」を併せて取り出した。
 これは能の、つまり台本兼楽譜だ。草書に近い楷書体で謡い文句が書いてあり、文字の横には点やら記号やらがついている。この記号が謡い──能のウタは「歌」ではなく「謡い」と言う──のメロディーを作るらしいが、実際どのようになるかは本からだけでは分からなかった。なのでとりあえず、ただの台本として謡本を読んでみることにする。

 『道成寺』は四番目物の能で、こんな話だ。
 昔々のある日、紀州(現在の和歌山県辺り)道成寺で鐘の供養が行なわれた。寺の鐘楼には久しく鐘が無く、この度やっと鐘が吊るされることになったのである。
 その供養の日、寺の住僧が下働きの男に「決して女性を寺内に入れてはいけいない」と言いつけるが、男はそれを破り、訪ねて来た白拍子を「舞を見せてくれることと引き換えに」中へと入れてしまう。白拍子は鐘の前で舞い、やがて「きっ」と鐘を見据えるやその中へと跳び入る。
 すると突然鐘が落ちた。
 男は驚き、事情を僧に報告する。すると僧は語り出すのである。何故この寺に、鐘が無かったのかを。
 昔、ある山伏が女に恋慕されたが、彼はその愛を拒み、女から逃げるために道成寺の鐘の中に隠れた。恋破れた女は怨みの一念から大蛇となり、寺近くの日高川を渡って道成寺は鐘にまで辿り着く。蛇は鐘に巻きつき炎を吐き、男共々鐘を焼き溶かしてしまった。
 僧は、その白拍子こそ蛇となった女が残した執心であろうと推測、他の僧達と共に鐘内に入った女=蛇体を調伏しようとする。すると鐘が上がり、中から蛇体が現れた。蛇体は僧らに襲いかかるが、遂には祈り伏せられ、日高川へと飛び入り消えたのであった……。

「女の愛憎が化物と成る恐ろしさがテーマ、というところかしら」
 嫉妬による憎しみと悲しみから化物(蛇)と変じる女……これは能で度々扱われるらしい。そして、その女=シテは大抵「般若」という面をつけるのだ。耳近くまで裂けた口は憎しみを、そばめられた眉は悲しみを、一つの表情で二つの感情を表すというその面を汐耶は写真で見たことがある。もしかしたら能面で最も有名ではなかろうか。
 ふと思い出してみる。──成る程あの顔は確かに、怖い。
「そして『道成寺』最大の見所は、鐘、なのよね」
 紫色の緞子で覆われた竹製の鐘は、曲が始まる前に天井近くへと吊り上げられる。この鐘にシテは飛び込むのだが、この「鐘入り」が『道成寺』最大の見せ場だ。鐘は重力に引かれ下に落ち、シテはその鐘に向かって上に跳ぶ。すると、シテは鐘に吸い込まれたように見えるらしい。
 ────もし跳躍が遅いと、シテは鉛を仕込まれた鐘に頭を打ち付け、最悪首の骨を折って死亡。
 ────もし跳躍が早いと、今度はシテの着地した足が見えてしまって甚だ不様。
 イチカバチカのタイミングを、シテと鐘後見(鐘を吊っている人達)らは見計らい、気迫と理性で一瞬の勝負を賭けるのだ。
「……面白そう」
 汐耶は伊達眼鏡の弦をくいと押し上げ、唇の端を吊り上げた。徐々に賑わしくなって来た客席へと首を巡らせば、いつの間にやら客は八割方席を埋め、開演時間が近いことを自然報せてきた。
 ざわめき、足音、熱気、人、そしてその想いと期待────。
 汐耶は胸の辺りに手を遣る。トクントクンと脈打つ鼓動。昂まってくるこの感情は興奮だろうか。新たな知識を掴む直前の、これは熱情だろうか。
 自分にとって「知る」ことは宝だ。何かを知りたい、もっと世界を知りたい──そんな欲求が生み出す衝動が、自分を本へ活字へと向かわせてきた。未だ自分の手の内に無い知識を貪欲に求め、それを得ること・制覇することに至上の快感を見出す。知る、知る、果てない地平に向けて知り続ける。もしかしたら徒労かもしれない飽くなき挑戦、切望、渇き。
 知れるのならば、自分はどこまででも行こう。
 だから今日は、ここへ来たのだ。

 ────また一つ新たな世界を知るために。

「ああ、君は初めてなんだねえ」
「!」

 そんな声が突然耳元で聞こえ、汐耶は悲鳴を上げることすら忘れて驚く。
 思わず剥いてしまった瞳で横を見遣れば、右隣りに掛けた老人がにこり、とこちらに向かって微笑んできた。ウエーブがかった豊かな白髪と、愛嬌のある丸い赤ら顔。それからタキシードのような正装。汐耶は咄嗟に、某フライドチキンチェーンの店先で笑顔を振り撒いている老紳士の顔を連想する。
「ごめんごめん。驚かせちゃったね」
 顔のパーツが皺で埋没する程見事な笑みの彼に、「はあ」なんて間の抜けた返事しか返せない。老人は深く椅子に腰掛け直すと膝の上で両手を組み、横目の視線で汐耶の謡本を指してきた。
「それね、そうやって本を開いてる人。大抵初心者なんだよね。常連はね、話も詞も知ってるからあんまり見ないんだよね、そういうのは」
「そう、なんですか」
 別に言い当てられたことを恥はしない。事実なのだから甘んじて受け容れよう。────だが。
 汐耶は僅か眉をそばめる。────だが、いったいこの老人、何者なのだ?
「僕はただのお節介なお爺ちゃんだよ、お嬢さん」
 彼は恵比須顔を崩しもせずにさらりと言う。
 そのタイミングがまるで心中を読まれたかのような的確さだったので、汐耶は慌てて寄せていた眉を開き頭を下げた。
「ごめんなさい、そういうつもりでは」
「いやいや、僕こそいきなり話かけちゃってごめんね。僕の名前は慎一。お嬢さんは?」
「……綾和泉汐耶と言います」
 汐耶ちゃんか。老人は──慎一はまたにっこり花を咲かす。唇の間から歳不相応に揃った歯列の白が零れ、汐耶は何だか毒気を抜かれてしまった。まるで邪気の無い、それこそ年端の行かぬ少年のような笑顔。「ちゃん」付けに多少照れはしたものの、汐耶は警戒を解き、膝を揃えて老人へと向き直った。
「汐耶ちゃんはまた、どうして能に興味を持ったの? 君みたいに若い子はこういう黴の生えた古い物、敬遠するんじゃあないのかな?」
「ええ、そうですね……確かに敷居の高い物、難解な物として遠ざけていました。ですが先日、ある人が書かれた能についての感想を拝読しまして、一度、実際に見てみようかな、と」
「そう。でも、きっと眠くなるよ。僕もね、時々こっそり鼾をかいているんだ」
 内緒だよ。慎一は片目を瞑りながら人差し指を立てる。そんな茶目っ気のある仕草が不思議と彼には似合っていて、汐耶もつられてくすりと笑う。
「能は幽玄だとかいうけれど、昔と今では尊ぶ花が違う。今は疾走感と激しさこそ求められる時代だから、昔の人々が好んだ情緒は、中々理解しにくいものなんだよね。僕だって古い人間だけど、やっぱり能を作った人よりはずっと、若者だからねえ」
「でも、慎一さんは能をよく観に来られるんでしょう?」
「うん。『識る』だけじゃなく、『解り』たいからね」
 『道成寺』は。慎一が言いさしたところで、不意に、甲高い笛の音が聴こえてきた。
 もう始まってしまったのかと汐耶は慌てて舞台に目を遣ったが、そこにはまだ誰も登場してはおらず、客席のざわめきも収まってはいない。
「あれは『お調べ』だよ」
 首を傾げていた汐耶に、慎一は言う。
 笛の音に、打楽器の音が重なりだす。
「つまりは、調律かな。あの橋掛かりの幕の奥で、囃子が音を確かめているんだよ。もうすぐ上演開始、という合図でもある」
 やがて楽器の音が消え、客席もそれと呼応するかのようにしん、と静まり返る。
 身の引き締まるような緊張感が汐耶の肌を震わし、五色の幕が音も無く上げられた。
「まずはね、囃子と地が出てくるんだよ」
 慎一の声も今は小さく潜められ、耳元にそっと囁いてくる。
「そしてこの曲、『道成寺』では、続いて鐘が吊られる」
 観てて御覧。言われた通り汐耶が固唾を飲んで囃子・地の出揃った舞台を注視していると、再びあの幕が開き、中から四人の男に支えられた大きな鐘がゆっくりと舞台中央に運び込まれた。
 竹の棒によって鐘の竜頭に結ばれた長い縄が、天井にある金具の輪へと通される。その縄の端を男達が下から一斉に引くと、梃子の原理で鐘が徐々に上へと持ち上がり、漸く設置が完了するや客席からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。汐耶もその例外ではなく、自然両手を叩いて鐘を吊った男達に称賛の意を示していた。
「随分重そうな鐘ですね。あれが劇中で落ちるんですよね? 本当に、跳び込むシテは大丈夫なんですか? 一歩間違ったら、本当に死んでしまいそうだわ」
 慎一は頷き、一呼吸置いてから続ける。
「……汐耶ちゃんは色々調べてきたんだね。だからきっと、この『道成寺』について沢山『識って』はいると思うんだ」
 ────でもね。

「『識る』と『解る』は、違うんだよ」

 舞台上の笛奏者が、能管と呼ばれる横笛を構える。放たれる、空気を切り裂くような清廉な一閃。汐耶の鼓膜がびりりと奮え、視線を舞台へと釘付けにする。
「僕もずっと、本さえ読めば世界を識れるのだと思っていた。でも、それは理解ではない。例えばこの『道成寺』は、一途過ぎる故に蛇と化す女の恋心を描いているけれど、僕はそんな烈しさや恐ろしさ・切なさを解ることが出来ない。文字からじゃ識れても解れない。能の楽しさだって、読んだだけじゃ解れないんだよ」
 だから汐耶ちゃん、ちゃんと観ていってね。
 慎一の優しい声が耳朶に吹き込まれ、汐耶ははいと返事をするべく横を向く。
 ────そして、今度こそ瞠目した。
 先刻まで慎一が存在していた汐耶の右隣の席。そこには最早誰の影形も認められず、思わず手を遣った椅子からは温みすら伝わってこなかった。
「あ」
 汐耶はそこで漸くはたと気が付き、謡本の下に隠れていたあのノートを引出す。ぱらぱらと頁を捲り、一番最後の裏表紙の片隅に、走り書きと思しきその一文を見つけた。

「 知識では、世界を掴めない。
  理解を伴わねば、世界に近づけない。
  故に私は、実際この目で確かめてきた。
  美しいと人々が褒めそやすものを、この目で観てきた。
  その記録をここに残す。
  後世に、広く知識と理解を残さんために。 高橋慎一 」

「慎一……」
 呟いて、汐耶は口を噤む。
 自分は不思議な現象を進んで信じる性質ではない。だが、実際この目で確かめてしまったものを頑なに拒否するほど頑固でもない。そういうことも起こり得るのだろうと、納得する心は持ち合わせているのだ。
 それが、『理解』ということだろう?
「……百聞は一見に如かず、ね」
 老翁の想いが込められたノートの、もしかして封印を自分は無意識に解いたのか? ……まあそんなことは無いだろうけれど。
「つまり、実際に観に行くのが最良の方法という訳よね」
 汐耶は頷くと、ノートと謡本とを閉じ、一人舞台へ向き合う。
 橋掛かりを渡って登場した僧が、舞台中央で歩みを止め、厳かに口を開いた。

 ────『道成寺』が、始まるようだった。

 了