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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


糸・四季・一夜

春はあけぼの
夏は夜
秋は夕暮れ
冬はつとめて

からりからから からからり
巡り巡るや 春 夏 秋 冬

四季の巡りを 名付けて──永久


一、「初めに物語ありき」

「 月刊アトラス編集長様
 拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
 初めまして。私、安芸と申す者です。
 実は私、「ひととせ」という小さな旅館を営んでいる女将でして、
 当宿がそちら様にとって興味あるものでは、と思い、
 今回不躾ながらお手紙差し上げました。
 当宿には四つしか部屋が御座いません。そしてその四部屋にはそれぞれ、
 『春の間』『夏の間』『秋の間』『冬の間』と、四季の名が冠されております。
 と言いますのも、その部屋からは年中通して必ず、
 部屋の名である季節の風景のみが眺められるのです。
 つまり、部屋の外にある庭が、”一定の季節しか持たない庭”なのです。
 故に屋号も「一年」。つまりは、「四季」。
 如何でしょう、当宿を──四季の庭を取材なさってみませんか?
 一部屋にお一人様ずつ、四名様まで、一晩無料でお泊め致します。
 住所と地図を明記し同封致しますので、どうぞご検討下さいませ。
 それでは用件のみですがこれにて。失礼致します。
 かしこ  「ひととせ」女将・安芸 」

 碇麗香は手紙を読み終えると、くいと眼鏡の弦を押し上げた。
「……四季、ねえ」
 この女将の言うことが本当ならば、その庭は自然法則に逆らってこの世に存在していることになる。これを怪異と呼ばずして何と名付けよう。「月刊アトラス編集長様」が興味を持たないはず、無いではないか。
「いいじゃない?」
 ルージュで煌く唇がにんまりと吊り上がっていく。ちょうど次の号の記事が足りずに苛苛していたところだ。まさに僥倖、渡りに舟。待てば海路の日和有り。
「三下くんは……ああ、栄養失調に肺炎を併発したところで足首を複雑骨折で入院、だったかしら。全く不甲斐ないわね、ボーナスカットだわ。……ということは」
 誰に行ってもらおうかしら。麗香は鼻歌を歌いながら、知人の顔を次々と思い浮かべていった。


二、「旅は道連れ 行くは”四季”」

「えっと……じゃあ、これで全員揃ったのね?」
 イヴ・ソマリア──基、朝比奈舞はそう言うと、自分を囲む三人の男達を見回してにっこり微笑んだ。
 麗香が手紙を受け取ってから数日後、場所は駅でのことである。
「初めまして。わたし、朝比奈舞です。今回の旅で先導役を務めます……とは言っても、ただ手紙を預かって来ただけのことなんだけど」
 僅か竦めた肩の上で、左右二本のおさげがぴょこんと揺れる。地味な眼鏡をかけても尚愛らしさ溢れるその容姿・仕草を見て、左傍らにいた長身の男──相澤蓮がにへらあと(むしろだらしなく)相好を崩した。
「俺は相澤蓮ね。よろしくっ☆ 舞ちゃんって呼ぶから、俺のことは蓮って呼んでくれな」
 ご丁寧にサムズアップまで追加した彼の瞳は妖しさすら孕む銀色、彩るは白磁の肌。黙っていれば相当な美貌を誇る相澤なのだが、一度笑顔満開に咲かせれば即座に気さくなオニイチャンへと切り替わる。舞へとにこやかに話し掛けるその様も、親しみ易い青年との印象を与えていた。
「それじゃ、次は僕かな」
 続いて声を発したのは、相澤の右手──舞にとっては正面に当たる──で二人の遣り取りを眺めていた少年だった。トレードマークと思しき大きな帽子を抑えながら会釈して、「西ノ浜奈杖です」と礼儀正しく名乗る。
「あの、朝比奈さんはどうして今回……その、幹事役を?」
「ああこれね?」
 奈杖の素朴な疑問に、舞は麗香に託されてきた手紙一式をひらひらと振って見せる。
「わたしってば、直接編集部に立ち寄って聞いたのよねこの話。後の三人には電話で頼んだから! なーんて編集長サマに言われちゃって。ま、済崩しってところかしら?」
「それはご苦労様です」
「どうしたしまして」
 にっこり微笑み合う表情に相違は無いものの、舞ことイヴの笑顔が職業柄の専売特許であることを知る者は、残念ながら(?)この場にはいない。彼女は今回の旅を異世界調査の一環と位置付けているため、分身の内でも「朝比奈舞」が参加している。今頃他の「イヴ・ソマリア」はアイドル業に専念したり、愛しの恋人と逢瀬を楽しんでいたり……あ、いけない思わず殺気が。
 しかしてそんな裏事情(?)を露とも知らない奈杖は、今度は相澤へと向き直り。
「ええと、僕も蓮さんと呼べばいいですか?」
 訊くと、相澤はにかっと白い歯を見せた。
「ああいいぜいいぜ。旅は道連れ世は情ってな♪ 仲良くしようぜ、兄弟っ!」
 ばしんっ! 奈杖が目から星を飛ばすのも構わず大仰に肩を叩いたところで、ふと。
 和やかな初対面の挨拶を、もう一人の男が些か困惑気味の表情で眺めていることに相澤は気がついた。
「おいおい兄ちゃん。なーんかおまえ一人暗いんじゃないか? 折角タダ飯タダ風呂タダの旅! なんだぜ。もっと盛り上がっていけよぉ」
 わざわざ腰に手を当てて言う相澤に、男はちらと一瞥を投げかける。黒髪に一筋入った金色が印象的で、整った魅力的な容姿をしているのだが、どこか人を拒むような身構えを感じさせる青年だった。
 彼は旅行用の鞄とは別に黒い楽器用のケースを抱えており、形からヴァイオリンであることが容易に知れた。恐らくそれは彼にとって大切なものなのだろう、先刻からずっと腕中に抱いたままだ。
 彼は暫し押し黙ってから視線を左手──つまり舞へと転じ、「香坂蓮だ」と短く告げる。それで舞と奈杖は同時に気付いて顔を見合わせ、きょとんとしている相澤へと異口同音で宣告した。
「「じゃあ、相澤さんと香坂さんで!」」
 相澤は一瞬目をぱちくりさせ、それから「ああっ!」と手を打つ。
 香坂は同じ名を持つ長身の男を横目で見て、ふう、と長い息を吐き出した。

 挨拶と名前の確認(呼称含む)を終えた四人は、早速電車へと乗り込んだ。
 目的地である「旅館 ひととせ」はこの後二度乗換えをした先の先、随分山深い場所に建っているらしい。舞が所要時間等簡単な説明を終えると、相澤はただでさえ長い足を通路に投げ出して「うわあ」なんて唸り声を上げる。
「すっげー遠いんだなあ……。ま、タダだからいっかぁ」
 車内は席こそ埋まっていたが混雑という程ではない。四人も丸ごと開いたボックス席を見つけ、膝を突き合わせながら一所に収まっている。座席順は、進行方向通路側に相澤、窓側に舞。その向かいで香坂が窓枠に肘をつき、隣で奈杖が、正面に座す相澤を「まあまあ」と宥めている、という按配だ。
「ゆっくり行きましょう。こうして電車に揺られるのも、旅の醍醐味ですからね」
 はいこれどうぞ。奈杖は言いながらエビ印とイモ印のスナック菓子を数袋一同に献じた。(それらが帽子から取り出されたことについては、とりあえず言及しないでおく)
「僕、普段は一人旅が多いんですけど、こうして沢山で行くのも、何だか修学旅行みたいでいいですね」
 奈杖の言葉に、ポテチを摘んでいた舞が首を傾げる。
「普段は、って?」
「ああ、実は僕……まあ俗に言うバックパッカーって奴なんです。年がら年中家を空けてあちこち飛び回って。一人で気侭にぶらり旅……なんて言えば聞こえがいいですけど、単にじっとしてるのが苦手なだけで」
「あら、ステキなご趣味じゃない? 旅先でのお話とか色々聞いてみたいわ」
「ええいいですよ。先は長いですし、僕の話でよかったらオツマミ代わりにでも」
「あーあーコホンッ! 俺も電車ならよく乗ってるぜ。ていうか乗りまくりかもしれないしー」
「相澤さんも旅好きなんですか? 嬉しいな、気が合いますね」
「あーその、何だなー……会社の営業で、まあ、山手線とかに……」
 相澤がごもごもと語尾を濁らせたところで、それまで黙々と外の景色を見遣っていた香坂が口を開いた。
「ところで、誰がどの部屋に泊まるのかはもう決まっているのか? それとも今、希望を言えばいいのか?」
「あ、えっと、それはぁ……」
 舞は麗香から預かった手紙を取り出し、一読した後で首を横に振る。
「指定はないみたいね。わたし達で勝手に決めていいみたいよ」
「じゃあ俺夏希望ね! 俺、夏って好きなんだよなー。だってよ、海に山、そして水着のお姉ちゃん! と心も体もウキウキワクワクしちゃう季節だしなっ。暑さにバテても、薄着でキラキラした姉ちゃん見れば回復するてもんだよな☆」
 目を輝かせる相澤に奈杖はくすりと微笑して、「僕は冬の部屋をお願いします」と続ける。
「松の枝とかに雪が被っているのを見るのが好きです。冬の庭景色って綺麗ですよね」
「……出来れば、俺も冬の部屋に泊まらせてもらいたいと思っていたんだが。もしくは、春で」
「まあ、わたしも春が良かったんだけど……重なっちゃったわね」
 一人単独決定した相澤をさて置いて、奈杖と香坂と舞は互いに眉と額とを寄せ合う。
 むむ、と逡巡すること暫し。「じゃあこうしましょ」と舞が人差し指を立てて見せた。
「わたし秋でも構わないから、春は香坂さんに譲るわ。それで、西ノ浜さんは希望通り冬に泊まる。そうすれば、一応全員が望んだ部屋に泊まれるじゃない?」
「いいんですか? ……何だか申し訳ないなあ」
「わたしはそれでオッケイよ。香坂さんは?」
「……まあ、春なら」
「じゃあ決まり。ね?」
 ぽんっと舞が両手を合わせ、話が纏められるや──相澤が拳を突き上げて、吠えた。
「よォうしぃっ! そんじゃま、トランプでもやろうぜェ♪」
「あ、いいですね。僕持ってますよ」
「ってまた帽子から出すのかよ!」
「細かい事は気にしちゃダメよ、相澤さん。うーんと、ポーカーとかどう?」
「……待て。俺もやるのか?」
 多少賑々しくなった一行を乗せ、電車はがたごとと線路を進んでいった。


三、「旅館 ひととせ」

 電車を乗り継ぎ、幾つもの駅を過ぎ。四人が旅館「ひととせ」に到着したのは日没も間近な時刻だった。
 西の空には朱に染まった山の端とちぎれ雲、東の空では紫から藍へと変じていく夜の帳が天空を覆いだしていて……と言えば中中の絶景だが、最後の駅から徒歩一時間弱(しかもご丁寧に山登り森林蛇行岩肌ゴツゴツコース)を経て来た一行にとって風景は最早二の次であった。さすがに足腰に堪えたのだろう、奈杖は微笑を浮かべながらも口数が減り、相澤は文句を飛ばす元気も失せ、舞は何度テレポートしてやろうと思ったか分からず、香坂は顔色こそ変えなかったが眉間の皺がマリアナ海溝並に深く刻まれていた。
「あ、あれみたいですよ」
 先頭を歩いていた奈杖が、漸く開けた視界の先を指す。
 闇が忍び寄りつつある鬱蒼とした木々の向こう、道と言えぬ獣道の果てに建っていたのは古い木造建築の屋敷だった。正面中央に寺のように厳しい四足門がでんと構え、左右へは背の高い板塀が線対称に伸びている。塀の上に屋根と思しき影が三つ頭を覗かせ、どうも三棟から成っているらしいことが知れた。
 門へ歩み寄ると、脇の柱に「旅館 ひととせ」と墨書された看板が掛かっていた。ここに間違いないらしい、四人はそう目配せで確認し合い門を潜る。玄関へ続く一直線の飛び石、両脇には視界を遮るように幾重にも繁っている花無き萩。玄関の戸は開け放たれ、四人は恐る恐る上がり框を跨ぎ中に入る。
 ────そしてそこに佇んでいた、火影のような人影。

「いらっしゃいませ。ようこそお越し下さいました」

 ゆったりとした動作で、深いお辞儀から面が上げられていく。
 揃えられた指先と白足袋の爪先、朽葉色の上品な小紋に渋い紅の帯。口角の上がった厚い唇には同じく赤が差され、一重の目は糸のように細く笑んでいて。長いだろう髪は、首の付け根で丸く結われている。四十近くのその美しい人が、しっとりとした声を唇に載せた。
「初めまして。アトラス編集部の方ですね? 私、『ひととせ』の女将で安芸と申します。この度は遠路遥々お越し下さいまして真にありがとうございます。疲れましたでしょう? さあどうぞ、お上がり下さいませね」
 一同は誂えられたような出迎えにしばし唖然とする。だがやがて、
「あ、じゃあ、はい! お世話になりますっ!」
 一足早く我に返った相澤が口火を切ったのを合図として、他の三人も口々に「お邪魔します」と挨拶をし中に上がった。
 四人は一先ずロビーのソファに腰を下ろし、安芸の淹れてきた緑茶を啜りながら疲労困憊の脚を休める。日が落ちてきたせいでよくは見えないが、奥と、それから左右に廊下が続いているようで、一同は外観と合わせ凡そ宿の構造を理解した。──つまり、玄関があるここを中心とし、左右にひとつづつ棟が廊下で繋がっている、言うなれば十円玉でお馴染みの鳳凰堂と同じ造りだ。
 一息つくと、舞が代表して面子の紹介と、部屋割りの希望を申し出た。安芸は諾と了解し、「ではまず春の間からご案内します」と左の廊下へ四人をいざなう。
 廊下を進むとやがて左右に襖が見えた。この中が、それぞれ春と夏の間なのだという。
「ということは、秋と冬の間は逆の廊下の先にあるんですね?」
 奈杖の問いに安芸は頷く。
「そちらはまた後で。まずは、春を御覧下さいね」
 どうぞ。煙る微笑で安芸が戸を開くと四人は競って首を伸ばし中を覗いた。
 そこは十畳程の和室で、長方形の卓袱台と座布団が一つあるだけという殺風景な部屋だったが、奥にある真白な障子が一同の目を釘付けにした。
「あそこか……」
 宿泊者である香坂は誰に言われるでもなく中に進み入り、ボストンバックとヴァイオリンケースを畳の床に置く。そして障子に歩み寄ると、それをぱんっ! 一気に開け放った。
「まあ……」「へえ……」「うわあ……」
 口々に洩れ出る溜め息のような歓声。香坂は振り返り安芸に目で問う。
 安芸は艶やかな笑みを浮かべて首肯した。
「それが、春の庭で御座います」

 咲き乱れていたのは、梅・桃・李桃の春の花。高いあの木は辛夷の花。脇のそこには木蓮が蕾を膨らませ、みどりごのような新緑芽吹かす若木、暖かな風に揺れるは藤の波花。さわりさわりと柳の緑。その下黄色は菜の花畑。白い胡蝶がつがいで飛び交い、蒼い空へと昇っていく。しかし何より空気を染めるは薄紅色。散り満ちる花弁、天突く巨木。風の色さえ塗り替える桜。桜花。散る薄紅の花が吹き、紅・蒼混ざる空に波立つ。

 庭、ではないことを一見で誰もが感じ取った。外観からは考えられぬ広大さ、これは最早野辺だ。見渡す限り花と緑に埋め尽くされていたその世界に、一同は暫し息をすることすら忘れた。
「百花繚乱、とは言いますけれど……」
 これは見事ですね。奈杖が言いながらほうと息を吐き、いつの間にか手にしていたカメラのシャッターを何度も切る。
「成る程、春の花が咲く庭。春の庭ね」
 舞が障子に凭れながら頬を緩める。「春って、生命力が溢れていて好きよ」
「……だが、この庭はおかしい」
 香坂は腕を組みながら庭を眺め遣り、そうだろう? と安芸へ再び問いかける。
「ええ、この景色はまず有り得ませんね」
「そうだ。確かにどの花も春に咲くことに変わりはないが、一度に満開を迎えることはない」
「あ、そーいや梅が終わってから桜って咲くよな」
「それに、今は夕方じゃなかったか?」
「え?」
 香坂の指摘に他の三人は漸く異常に気付いたらしい。花々が競い咲くこの景色、入日に似てはいるがこれは──。
「これは朝焼けの風景だ」
「そうよ、そうだわ。何ここ、季節だけじゃなくて時間まで歪んでるの?」
 仰る通りです。安芸は少しだけ睫を伏せて──気付かれぬ程度に憂いを滲ませて、呟く。
「そうです。……その季節の、最も美しい思い出を一所に現した庭。それがこの、『ひととせ』の庭なのですよ」
「どうして、こんなことが? いったい、いつからこんな現象が起きているんだ?」
 香坂が庭を背にして安芸に詰問する。しかし彼女はゆるゆると首を横にうち振り。
「それはまだ、言えません」
「まだって……」
 では、次へ参りましょうか。安芸が強いて香坂の言葉をを封じる様に言うと、相澤は現金にも「おおっ!」と顔を輝かせた。
「俺の番だな。あ、こうなったら全員で全部の部屋を回らねえか? 俺さあ、部屋とか庭を見比べてみたいと思ってたんだよ。これはちょうどいいぜ☆」
「あ、それ僕もです。一部屋しか見られないのは残念ですよね。じゃあ、このまま皆で四季を一周して、僕はそのついでに全ての庭を写真に収める係ということで」
「よし、決まりだ!」
 勝手に盛り上がる相澤と奈杖の横で舞は半ば呆れ、香坂は難しい顔をして安芸を見据えていたが、先行三人がとっとと部屋を出て行ったのに及び。
「……行きましょうか」「……ああ」
 やれやれといった風情でその後に続いた。

「夏の庭。緑と蝉時雨の満ちる庭で御座います」
 頃は夜。生い茂る濃い緑も闇に沈み、星星相逢う夜空に影のみ見える。日の照らぬ時刻に寂しげなのは日向い葵。重い頭を擡げた向こう、さらさや音が流れるはどこから来ているのか分からぬ小川。清流に水草が浸され、ぽつりぽつりと光るは蛍か。水の匂いと草の強い香が交じり合い、梅雨時のような雨の薫・草いきれを胸に吸い込む。
 やがて聞こえた大音量。耳を澄ますまでもない。鳴り響く声は蝉の音。夜闇の中さんざめく嵐みたいに蝉が鳴く。
「俺、こんな煩い部屋で寝るのかよ! まあいいけどさあ……」

「秋の庭。枯葉舞う穏やかな庭で御座います」
 楓・紅葉に銀杏の木が高き場所より葉を降らせ、その頭上雲の輪郭赤紫。あちらの地平は緋桃の如くきつい夕日。茜空とはこのことかと、圧倒されるその赤・紅・あか。黒い烏が天を横切り、遠く山へと返り行く影が地に落ち風が吹く。
 地に散り敷くはもみじの葉。赤い葉、黄の葉、茶色の葉。下から生出る金色は、手招いてるみたいな枯れ薄。ここは花有る萩の花。女郎花の黄色眩しく、竜胆・桔梗の青紫清く。橙色の柿一つ、色が熟して地に落ちる。
「ふうん……風流じゃない? 持って来た本を読むにはちょうどいい雰囲気かもね」

「冬の庭。真白な雪の降り積もる静寂の庭で御座います」
 見渡す限り色は白。しんしん降り来る雪は牡丹。後から後から花弁が積もり、何も無い意の沈黙よりも、降るからこその静寂が痛い。この寒さ、眠りを覚ます早朝の凍て。覆う真綿の鈍色の、被きの下には僅かな緑。針と見紛う松の葉と、重きに垂れる笹の葉と。幹は殊更黒を濃くし、墨絵みたいな世界を描く。視界の隅で赤が咲き、何かと思って目を遣れば、寒椿がぽつりぽつり。宝石みたいな花を落とし、はあと吐いた息はまた、白。
「……いいですね。思わず言葉を忘れてしまいます。あ、写真写真」

 春夏秋冬全ての部屋を見終え、自分の部屋に荷物を置いた五人は、再びロビーに戻って来た。
「先にお風呂をお使いください。浴衣は脱衣所に用意してあります。皆様上がられましたら、座敷で夕食に致しましょう」
 安芸はそれだけ言い置いて奥へと消えていった。
 残された四人は再び先のソファに掛け、淹れ直された茶へそれぞれ口をつける。ああ、と相澤が天井を仰いだ。
「変なとこだよなあ、ここ。旅館のくせして女将さん以外誰もいないし。絶対変だ……って、だからこそアトラスなんだろーけどさあ」
「ああ。それにあの女将、取材を要請しておきながら何も語ろうとしていない。……明らかに、態度が矛盾している」
 香坂の言葉に、舞が頷いて同意する。
「わたしも、旅館の由来とか何故アトラスに招待の手紙を出したのか訊こうと思っていたんだけど……何だか、はぐらかされてしまいそう」
 暫し、沈黙が降りる。だがやがて、奈杖がふっと笑みを浮かべて。
「まあでも、折角ですから楽しみませんか? 奇妙な宿だとは知って来たんですし、四季の庭も綺麗でしたし。今日の所は熱いお風呂と美味しい食事を有り難く頂いて、明日改めて、女将さんに色々と取材しましょう」
 ね? 物柔らかな笑顔で纏めた奈杖に三人も表情を緩め、それではまた後で、と片手を上げつつ解散する。
 四つの季節と四つの時間。現実の時刻は、早宵過ぎとなっていた。


四、「春の間 〜ハルカ〜」

 風呂と食事を終え、部屋に戻って来た香坂は一人庭に出た。
 踏み入れた景色はやはり、春の花景色。もしや部屋からしか見えない幻の庭なのかとも思ったが、どうやら実在しているらしい。時計の針は午後の九時過ぎを指しているというのに、天井に広がる空は紫雲棚引く暁の蒼色を変えることが無い。止まっているのだ、この庭は。何もかもが。
 浴衣姿で庭を進むと、裸足の裏に芽吹く若葉の湿りを感じた。本の少し肌寒い。時折立ち止まっては花に顔を寄せてみるものの、どれもこれも生花に間違いはなく、一層この宿と庭へ──そして安芸への不審を募らせる。心尽くしの夕食は、彼女が自ら給仕を務めていた。相澤の言った通り他の従業員らしき人影は全く無い。到底、旅館として機能しているとは思えぬこの不思議な宿は、いったい────。
 そこまで考えて、香坂は歩みを止めた。淡雪みたいな花弁がはらり、眼前を横切る。分厚い雨雲のように重々しい、それでいて山の端に掛かる霞のように儚げな、その薄紅色の雲を仰ぐ。
 ────桜。この庭に林立する桜の中でも、一際華やぐこの大木。散華を、香坂は瞳に焼き付け瞼を下ろす。
 元々冬の庭を希望していたのは、雪が静かに降り来る様を見ていたいと思ったからだ。止めど無く、音も無く、天から撒かれる儚の六華を、香坂は好いていた。だから、春でも良かったのは、桜の花があればこそだった。
 目を開けると、青い双眸一杯に花が舞い満ちる。香坂はその場に仰向けで寝転び、息さえ潜めて華の天蓋を見上げた。このまま花に埋もれたらそれこそ死体だな、なんてやや自嘲気味に唇を歪めるが、ああでも今自分の目に映っている美しいものをあの人にも見せてあげられたならば、と、脳裏を過る面影に自然頬が綻んだ。それは、まるで凍りが溶けるように、花が咲くように、心より滲み出る微笑みに他ならなかった。

「そう、貴方は幸せなのね」

 不意に聞こえた声に、香坂は慌てて身を起こす。主はすぐに見つかった。自分が元居た部屋の縁にちょこんと腰掛けた色白の、十ばかりの少女がこちらに向かってにっこり──白い歯を覗かせ笑いかけてくる。萌黄の着物が瑞々しく、肩までの黒髪が扇みたいにさらりと揺れた。
「初めまして、あたしはハルカ。この『ひととせ』に住んでいるの。勝手に部屋に入って来たこと、謝るから許してね」
 雀が囀るようなおしゃまな物言いに、香坂はただただ目を丸くする。ハルカと名乗ったその少女は弾みをつけて立ち上がると、小走りに香坂の元へと駆け寄り、こちらが座っている分の身長差、わざわざ胸を逸らして見下ろしてきた。
「ねえ、貴方の名前は?」
「……香坂蓮」
「じゃあレンって呼ぶわね。さあレン、遊びましょう?」
 伸ばされた、小さい椛のような掌にぽかんと口を開けてしまう。日本人形に命を吹き込んだとしか思えない少女の、自信に満ちたその微笑みに何故か気圧され、断りの言葉を失念しているうちにぐいと腕を引かれた。
「お、おいっ」
 走り出されて足が縺れる。ハルカはその様にすらきゃははと笑う。四本の脚が緑の新緑を蹴り行き、彼女の切り下げ髪には静心なく花が降り掛かる。
「最初は鬼ごっこがいいかしら? それともかくれんぼにしようかな? 思いっ切りあたしと遊んでね。だってあたし」
 ────今日しか遊べないんだもの。
 きゃははきゃははと、ハルカは御侠な笑い声を撒き散らして桜の幹周りを駆け巡る。香坂は少女の手を振り解くことも出来ず、やがて桜の根に躓いてハルカ共々転倒した。
「きゃあ!」
 前のめりに二人まろび伏す。すぐさま顔を上げたハルカが「もうっ!」と頬を膨らませて。
「何てことよレン。女の子に怪我でもさせたら一生の罪よ。お仕置きしてあげる」
 ぴこんっ。弾いた人差し指が香坂の鼻頭に命中した。
 眼前には少女の、雪見大福みたいな笑顔。香坂はもう言葉が無い。困惑と僅かな怒りと大部分の呆れが綯交ぜになった表情で何でも目をしばたくと、それを見てハルカがまた笑う。花の降る中少女が笑う。声高らかに笑って笑って、やがて彼女は────不意に、笑いを収めた。
 一呼吸置いてから、彼女はゆっくりとした口を開いた。
「……安芸の代わりに答えるわ。この庭は、初めからこうなのよ。『ひととせ』はずっと、変わらず、四季の思い出と共に在るの」
 だって”ひととせ”なんだもの。ぺたんと座り込むハルカが年の割には大人びた調子でそう紡ぐ。
 香坂は眉を寄せた。
「確かに俺は女将にそう訊いたが……何でおまえがそれを知ってるんだ?」
「あたしは安芸の……まあ、妹みたいなものよ。だから安芸のことなら何でも知ってる。レンは、お姉さんとかいるの?」
「……兄なら、いる」
 けれど然程知らないぞ、とは飲み込む。蛇足だ。
「それなら訊くが、何故こうなっているんだ? 霊的なものは感じ無いが……何か原因があるのか?」
「だからねレン。ここは思い出なのよ。時間の思い出、一番綺麗な思い出。想いで出来た庭なのよ」
 ────おもいで。香坂は反芻する。
 その言葉は安芸も使っていた。思い出を現した庭。それが「ひととせ」の庭なのだと。
「……そこに住むおまえ達は、いったい誰だ?」
 我知らず口をついた問い。ハルカは目を背けずに、はっきりと言った。

「あたし達は、四季。糸を紡いで時間を動かす者」

 ハルカの頭上で花が降る。春花の桜が舞い落ちる。満開を誇る花は散り、なのにその色は褪せる事がない。
 そうかこれは想い出。記憶の中の美しい煌き。だから尽きずに繰り返し、繰り返し、同じ場面を夢に見る。
 一番大切な人の微笑みを、忘れずいつでも、瞼の裏に想い描いているように。

 納得した訳ではない。だが香坂は分かったような気がした。
 ここは、ハルカ達の想い出の中なのだと。この春は、ハルカの春なのだと。
「遊びましょ」
 ハルカが再び手を伸べ、香坂は戸惑いつつもそれを取る。
 するとハルカは殊更嬉しそうに手をぎゅっと握り返し。
「じゃあ初めはかくれんぼ。レンが鬼よ。さあ十数えてちょうだい!」
 駆け出した彼女のはしゃぐ姿に、「……仕方ないか」と呟いて──頬を緩めていた。

 いったいどれだけ庭を駆けずり回ったのか。時の推移の無い空を見上げて香坂は倒れ込む。
 場所は先刻と同じ桜の下。子供の体力は計り知れない、と今は頭上の枝に跨るハルカへ視線を送る。彼女は相変わらず楽しそうで、目一杯に手を広げては花を掴もうとしていた。
「レンも登っていらっしゃいよ。桜色が洪水みたいで、とってもステキ!」
「俺は止めておく。腕に怪我でもしたら、ヴァイオリンを弾けなくなる」
「え、レン、弾けるの!?」
 ハルカが身を乗り出す。落ちそうだ、と一瞬ひやりとしたが、彼女は構わず首まで伸ばし。
「ねえねえ何か聴かせてくれない? 部屋にケースがあったから、楽器は持って来てるんでしょう?」
「……目敏いな」
「決まりね。レンの演奏会よ!」
 不思議とハルカの意向に反対する気は起きなかった。
 香坂は一旦部屋に戻り、愛用のヴァイオリン携えて木陰のステージへと上がる。足は裸足、服はやや乱れ気味の浴衣で観客はたった一人の幼い少女。この舞台にはちょうど良い誂えだろうと思い、ゆったりと弓を構える。
「何て言う曲を聴かせてくれるのかしら?」
 木から降りていたハルカは根の盛り上がりに腰掛けており、可愛らしく傾いだその小首に、花がはらりと舞いかかる。
「では……一人だが、ヴィヴァルディの『春』第一楽章を」

 ヴァイオリンの豊かな音色が春の庭に満ち満ちる。暖かな風に乗って響き渡る。
 春。花の盛り。みどりの萌出る季節。
 綺麗な花々を、外の空気に触れられぬあの人にも見せてあげたい。
 自分が美しいと思う物を、自分が大事だと想う人の目にも映してあげたい。
 この気持ちは何だろう。今軽やかに曲を”表現”しているこの心はどこから生まれたのだろう。
 花が開くように、草が芽吹くように、命が産まれるように心が生まれる。
 独りきり、雪を眺めていた時には知らなかった感情が。
 兄と出逢い、またあの人に巡り逢ってから次々と。
 湧き出るのだ、清らな泉が。
 ────これは、何?

「それは……幸せよ」

 奏で終え弓を下ろすと、ハルカがぱちぱちと拍手喝采を呉れた。小さな手・たった一人の称賛だけれども、香坂は最高級の礼で以って答える。聴いてくれて有難う、弾かせてくれて有難う、そんな疼きを感じながら。
「それがね、レン。幸せということなのよ?」
 ハルカが微笑む。
「春は始まりの季節。命が、幸せという天を目指して芽を出す時。これから沢山、幸せが待っているの。幸せになるために皆生まれてくるの。────だからレン」
 立ち上がり、歩み寄って来た少女が、弓を持ったままの手をそっと握る。両の温かな手で、包み込む。
 香坂はただ、静かに彼女の声に耳を傾けた。祝福に、心を傾けた。

「 いとしき人よ。貴方達を愛しています 」

 遊んでくれてありがとう。
 貴方に数々の幸いが、この花のように降り注ぎますように。

 温もりが徐々に消えていく。花に紛れて消えていく。
 刹那花吹雪が視界を覆い、晴れた時にはもう少女の姿は無かった。
 香坂は特に驚くこともなく、ただ残された言葉を胸に抱いて────目を閉じた。


五、「一夜は明けて四季は巡る」

 翌朝、夕食同様座敷で朝食を終えた四人は、またあのソファに腰掛けていた。
 皆、朝から言葉は少なく、各々昨夜あった出来事を反芻しているかのようだった。
「……あの」
 奈杖が三人を見回しながらおずおずと口火を切る。
「皆さん、女将さんへの取材はどうしますか? ……僕は、写真を編集長に提出するつもりなんですが」
 俺は。相澤が言葉を継ぎ、そしてふっと表情を緩める。
「俺は、まあいいや。楽しかったって書くことにする。夏の夜に見る花火は綺麗だった、ってな」
 時間に直せば半日も経っていないことなのに、相澤は酷く懐かしそうな目をする。それは、祭が終わった後の眼差しにも似ていた。
「おまえはどうすんだよ?」
 相澤が、向かいに座す香坂へと首を傾ぐ。香坂はほんの少し思案した後、口を開き。
「俺もいい。……桜のことを書く。春の花のことを」
「ん、いーんじゃないか? あの庭の花、凄かったしな」
 ああ。相槌を打った彼の心の中、思い描いていたのは言葉を交わした「花」だった。
「……あの曲が、……には鎮魂歌になったのかもしれないな……」
「あン? 何だって?」
「何でもない」
 香坂は口許を、まるで蕾が花開くかのように綻ばせる。それもまた、春の想い出。
「……わたしは、どうしようかしら」
 最後に口を開いたのは舞だった。いつになく硬質な表情は、やはり昨夜の一幕故。枯葉舞う秋の夕暮れの中で、彼女と交わした言葉と、視線。
「あら皆様お集まりで」
 と、そこへ安芸が急須と湯呑、茶菓子を盆に載せて現れた。どうぞ、と勧められ、他の3人が軽く会釈したのとは対称的に、舞は凝っと安芸の一挙手一投足を見詰めていた。
 ────が、やがて。
「わたしも取材は止めるわ。訊くことが無いし」
 きっぱりと言い切った彼女へ、一斉に視線が集中する。それを舞は平然と受け止め、にっこり、満面の笑みを浮かべて続けた。
「だってもう、解ってしまったもの。ね?」
「……そうですわね」
 意味有り気に微笑み合う女二人と、訳が分からず目をぱちくりする男が三人。しかし反論する者は誰もいない。それぞれがそれぞれの庭で、この宿のことを理解していたのだから。

 この宿は”ひととせ”。四季の庭を持つ、四季の思い出。
 四つの季節と、四人の女達。
 受け取るべきものは皆、受け取ったはずだ。

「宣伝も良いけど、こういう宿は口コミのみで静かにしとくべきだとわたしは思うわ」
 舞の言葉に安芸は一瞬きょとんとしたが、すぐさまその意を汲み。
「……ええ。取材を頼むのはこれで最後にします。皆様、今回はどうも有難う御座居ました」

 安芸が鮮やかに微笑み、深深と頭を垂れたその数時間後。一行は腕を振って宿を後にし、帰途に着いた。
 そして、行きにはあれだけ苦労した道を、帰りはものの数十分で下り終えてしまったことが。
 その宿に関する最後の小さな、不思議だった。


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「……ふうん。そういうことがあったのね」
 それから数週間後のこと、場所はアトラス編集部にて。原稿をざっとチェックし終えた麗香は頬杖を突き、ついでにしなやかな長い脚をこれ見よがしに組み替えた。
 机上に並べられているのは四人から提出された取材文と写真の束だ。まあ多少の誤字脱字とアングルの甘さはあるが、リテイクを出すほどではない。問題はもっと別の物。編集長としての勘が教えてくれた、もう一つの怪異……。
 ちら、と。麗香は前に立っている男──退院したばかりの不肖の部下・三下忠雄に上目遣いの一瞥を送る。
「……で、そっちの調査結果は?」
「あ、はい。それが、あのですね、その場所に、えっと手紙に書かれていたっていう場所なんですけど、そこに宿は……あの、何でしたっけ名前……そうそう、『ひととせ』っていうのは、」
「報告は簡潔に!」
「ははははははいいィ! そこに、旅館は、ありませんでした! はいィ!」
 びしっ、と反り返る程に背筋を正して三下は叫ぶ。「やっぱりね」と麗香は呟き、寄せられた原稿へと再び視線を落とした。
 彼らは確かに宿へ着き、春夏秋冬それぞれの部屋に泊まったのだという。つまりその時点で『ひととせ』この世に存在していたことになり、証拠はここにこうして揃っているのだ。
 ────いいわ。麗香はニヤリと笑む。
「幻の宿とでも銘打って記事にしてあげようじゃないの。さあ三下くん、仕事仕事!」
「は、はいっ!」
 部下は最敬礼をすると、ギプス付きの脚でどたどたと走り去って──行く途中で一度派手にこけた。その醜態に麗香は一発檄を飛ばし、頭を抱えながら椅子に腰掛け直して──ふと。
 原稿の片隅、書かれていた一文に目を留めた。

 『……この旅館は四季の宿。この庭は、四季の思い出』

「思い出……か」
 麗香は呟き、四枚の写真を手繰り寄せる。
 春の花々の写真。 夏の木々の写真。
 秋の紅葉の写真。 冬の雪原の写真。
 この国は四つの季節を持ち、それぞれに四つの風景を備えている。
 正しく時間が巡る国。四季、時間、時の流れ────。
「……想い出、ね」
 くすり、と。麗香は口許に手を遣り、珍しく優しい微笑を浮かべた。


六、「物語の終わりに」

 この世界に在り、この世界ではない場所で。四人の女が、糸車を回していた。
 からり、からから、から、からり。
 幼い少女が、年頃の娘が。中年の女が、そして霜を頂いた老女が。
 互いに向かい合い、同じ速度で、糸の車を廻していた。
 からり、からから、から、からり。
「もう、暫くは逢えないわね」少女が少し残念そうに言う。
「仕方ないわ。でも、楽しかった」娘が夢見るように語る。
「ええ、今回は素敵なお客様にいらして頂けて」女は艶やかに笑み。
「……また我ら孤独に、耐えていけよう」老女がそう会話を結んだ。

 彼女達は別の物。けれど、四人で一つの物。春夏秋冬、それは一年。
 ──からり、からから、から、からり。廻しているのは、時間という糸。
 ──からり、からから、から、からり。たった一夜の逢瀬のために。
 ──からり、からから、から、からり。愛する”人”の命の為に。

 糸・四季・一夜。
 いとしきひとよ。

「 愛しき”人”よ。貴方達を愛しています 」

からり、からから、から、からり。
巡り巡るや 春 夏 秋 冬

四季の巡りを 名付けて────永久


 了

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2284 / 西ノ浜・奈杖 (にしのはま・なづえ) / 男性 / 18歳 / 高校生・旅人
2295 / 相澤・蓮 (あいざわ・れん) / 男性 / 29歳 / しがないサラリーマン
1548 / イヴ・ソマリア (いヴ・そまりあ) / 女性 / 502歳 / アイドル歌手兼異世界調査員
1532 / 香坂・蓮 (こうさか・れん) / 男性 / 24歳 / ヴァイオリニスト

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■         ライター通信          ■
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初めまして、若しくはこんにちは。ライターの辻内弥里と申します。この度は拙作へのご発注、そして「ひととせ」へのご宿泊、真に有難う御座いました。
四季の部屋と四季の庭。如何だったでしょうか? 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。景色を描写するというのは思っていたよりも難しく、そこここに筆の拙さが露呈してしまいましたこと、申し訳ないやら情けないやら…とほー。
またイヴ・ソマリア様、香坂蓮様には第二希望のお部屋へ移って頂きました。お詫び致しますと同時にお礼申し上げます。お蔭で今回の急所であった部屋割りが、予想以上にスムーズにいきました。有難う御座います。
なお、「四」が個別パートとなっております。お暇御座いましたら、他PC様の分も是非ご一読下さいませ。

>香坂蓮様
ヴァイオリンの描写が何よりも覚束なくお心に叶っているかどうか激しく心配です…協奏曲が一人でもそれなりに弾けるものと信じます…。
ともあれ、ハルカと遊んで頂いて有難う御座居ます。そしてプロに一曲披露して頂いてしまって!
過去と感情に一区切りついて(多分)、香坂様はこれからが人生の美しいところなのではと思います。どうぞ穏やかな幸せを掴んでくださいね。

それではご縁がありましたらまた、ご用命下さい。
ご意見・ご感想・叱咤激励、何でも切実に募集しております。よろしくお願い致しますね。
では、失礼致します。