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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


光明と昏黒。

 なじみの喫茶店で、いつものように煙草を銜えている、男がいる。
(『季流』…『季流』ねぇ…)
 ぼんやり、と自分の吐いた紫煙を眺めながら、待ち人のことを頭の中で思い浮かべていた。名前を来生 十四郎(きすぎとしろう)。雑誌「週刊民衆」の記者であり、ライターを職業としている。
『ただの、サキ』
 初めて出会った時、それしか名乗らなかった、『雇い主』。十四郎自身で調べてみれば、名家のお坊ちゃんだと判明した。しかもまだ中学生だ。
 あの、屈託の無い笑顔の裏には、どんな表情を隠し持っているのか。それを考え始めるとキリがない。楽しそうにしているが、『瞳』が脅威だと、瞬時に思ったのも嘘ではない。
「報酬お届けデス」
 背後から聴こえる声。
 肩越しに振り返れば、そこには依頼主本人が立っていた。季流 美咲(きりゅうみさき)である。
 相変わらずの笑顔。それを崩すことも無く、十四郎の前を回り込み、テーブルを挟んで硬めのソファに、どさん、と座り込む。そんな態度を見る限り、とても中学生とは思えない。『場慣れ』しているように、感じ取れてしまう。
「お待たせしまシタ?」
「…いや」
 言葉のわりに、遅れたことに対して、悪びれた様子など微塵も見せない、美咲。
 十四郎はそんな彼を見、苦笑しながら言葉を返し、新しい煙草に火をつける。常に煙草がないと落ち着かないようで、灰皿にはもうスペースがない。
 美咲はその煙草にも何の反応を示すことも無く、手にしていた週刊誌をペラペラと捲りだした。表紙には連日報道が繰り返されている、とある国会議員二名の写真が大きく飾られている。
「………」
 十四郎の視線に気がついた美咲は、視線だけを動かしながら、くすりと笑う。
「毎日タイヘンだよねぇ、二人とも…」
 表紙の二人の記事が載ったページを中綴じから表に折り曲げて、十四郎に見せ付けるように。そして他人事のように、笑ってみせる、美咲。そして軽やかに腕を上げて、店の店員を呼びつけて、飲み物を注文し始めた。
(…まったく、どんな肝持ってるんだか…)
 十四郎は心の中でそう呟きながら、灰皿に煙草の灰を落す。
 出会ったときから、腹の探り合いは続いている、と思っている。大人顔負けの態度、そして頭の回転の速さ。誰もを丸め込んでしまう、その笑顔。気がつかないうちに騙され、そして『忘れられて』しまう。そんな、危うさを持つ、美咲。
 十四郎は美咲の野望とさえ取れる計画を、知っていた。否、調べていくうちに解ってしまったのだ。
 それでも、素性から全てを解ってしまった今でも、それを自分の口から漏らすことはしない。それが、羽振りのいい雇い主との付き合い方と言うものだ。お互い、自分から歩み寄らない限りは、深入りはしない。表向きは。
 二名の国会議員――。一人は叩けば埃がいくらでも出てきそうな、黒い噂が数限りなくある、与党議員。そしてもう一人は野党派の若手議員である。
 選挙が近づくと、何故か避けられない、議員達の様々な疑惑や不祥事。議席を確保するためにありとあらゆる手を使う汚い議員など、数多くいたりするものである。この与党議員も、過去、議席を奪われてもよさそうな噂が飛び交う中、未だに安定しているのは、背後で彼を守っている大手が存在すると言うことだ。
 今回の疑惑も、普段なら裏工作で掻き消されてしまい、事なきを得るはずだった。しかしその前に議員が関わっている大手会社の不祥事発覚により、有耶無耶のままでその姿を晒してしまう。
 『資金洗浄疑惑』
 そんなものが確かならば、議員辞職も免れないだろう。毎日、テレビを見れば、記者に囲まれ、それでもノーコメントを決め込んでいる議員の姿は、もう既に飽きが来るほど繰り返し放映されている。
 その議員の『黒い情報』を十四郎本人に流し、記事にさせたのが、他でもない目の前の美咲だった。普通のお子様であれば、解りもしないはずの、情報。そんな大きなネタを、どこから掘り出したのか。
(…金持ちの考えることなど、解ったものじゃない)
 と、十四郎は当時そう思いつつも、記事を書き上げたものだ。
 会社の不祥事、そしてそれに繋がりがある議員の疑惑発覚。それだけでも報道合戦が白熱するところに、もう一人の若手議員が、餌食となった。『運悪くこの時期に』、女性問題が取り上げられたのだ。
 実はその情報は、十四郎が追い、記事にしたものだった。上手い具合に波に乗り、現在に至っている。何故、彼を動かしたかと言うと。
 美咲を調べていった先に見えた、その若手野党議員の選挙区内での、噂。この先の選挙で、季流家絡みの人物が、立候補すると言う情報を掴んだからだ。おそらくは、確かな真実。
 それを確信し、十四郎は駄目押しをしたと言うわけなのだ。美咲の『本当の狙い』を見抜いた上で。
 今後、美咲の読みどおりに、この二名の議員は知名度を落すであろう。そうすると、有利になるのは、『誰』なのか―――。それは、言わずともかな、である。
「…末恐ろしいお子様だな…」
 今までの事を思い出しながら、十四郎は小さく呟く。
 すると美咲はにっこりと笑う。その腹の中では、一体何を企んでいるのだろう。
「とか言いつつ、駄目押し情報流したの、アナタでしょ? 案外、義理堅いよネ」
 ウィンクまでおまけして。
 美咲の口から漏れた言葉は、またもや十四郎に身震いを憶えさせるものだった。危うく、煙草さえ落としそうになる。
「コレ」
 す、とテーブルの上に差し出されたのは、約束の報酬。小切手一枚だ。中学生が小切手を、とも思うが、それには既に驚いたりはしない。
「…もう知ってると思うケド」
 小切手を受け取った十四郎に、美咲はニヤリと笑いかけながら。
「俺の名前、季流美咲。アンタなら覚えていいヨ」
 と言葉を続けた。
 その、残忍なまでの笑みが、恐ろしく、そして綺麗で。
 十四郎は言葉を失いつつも、にたりと笑い返して見せた。
 まだ暫く、この『危ないお坊ちゃん』との関係は、続きそうだと。
 十四郎はそう思いながら、また新しい煙草に火をつけ銜え、紫煙と共に長い溜息を吐くのであった。


-了-


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季流・美咲さま&来生・十四郎さま

ライターの桐岬です。いつもありがとうございます。
十四郎さんは、初めましてになるのでしょうか…。
今回、普段自分では書かないようなシチュエーションで戸惑ってしまったのですが
それでも楽しく書かせて頂きました。頭の体操にもなりました。
何となく十四郎さん視点でのお話になってしまいましたが、如何でしたでしょうか…。
楽しんでいただければ幸いです。
※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。

桐岬 美沖。