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<東京怪談・PCゲームノベル>


インタレスティング・ドラッグ:3『襲撃』


■ 波紋 ■

 デスクの上に、ぽつんと置かれたマグカップ。
 そこに、一輪の黒百合が挿されていた。
 一輪挿しというのは――どこかしら寂寞とした印象を与えるものだ。まして、それが黒い花とあっては。
 だが、黒澤人材派遣の女性社員たちは、誰ひとりとして、その花のわけを、社長である黒澤早百合には尋ねようとしなかった。むろん、そのデスクの主である、ひとりの社員がまったく出社しない訳も含めて、である。
 当の早百合はといえば――先程からぼんやりと雑誌をめくっているばかりだった。
「なに、読んでらっしゃるんですか? あら、アトラスですね」
 部下のひとりが、コーヒーを差出しながら、早百合の手元をのぞきこむ。
 誌面には、“オカルトアイドル”SHIZUKUの写真が掲載されている。
「……今からアイドルに転身って無理かしら――」
 ぽつりと呟いた言葉は、社内を凍りつかせるに充分だった。
「黒澤さん、SHIZUKUちゃんは17歳ですよ。トシを考えてくだ――」
 言ってしまってから失言(いや、なにも間違ってはいないのだが)に気づいたがもう遅い。彼女はあわれ減俸の憂き目に遭うことになったのだが、それはまた別の話だ。
 ちょうど、そのとき――
「はい。黒澤人材派遣でございます。……はい、おります。――黒澤さん、月刊アトラスの三下さんからお電話です」
「サンシタから? 何かしら。――もしもし?」
 電話をとった早百合の顔が、見る見るきびしくひきしまっていった。
 部下たちは、彼女の身体から青白い炎のようなものが立ち上るという錯覚に、身をすくませる。それはまさしく鬼気と呼ぶのがふさわしい。
「なんですって。八島さんが!?」
 さきほどまでの、惚けたような様子もどこへやら、叩き付けるように電話を置くと、早百合は事務所を飛び出して行った。まるで、一陣の黒い風であった。

 もし、ドアを開けるとそこに、スキンヘッドの大男が仁王立ちしていたら、たいていの人間は思わず身をすくませるだろう。まして、腕や首の、着衣の切れ目からのぞく部分にはびっしりと刺青が彫りこまれているとなれば、なおさらだ。
 だが、そんな異様な訪問客を、にっこりと笑顔で迎え、中に通したのは、さすがというべきか。
「いったい何が起こってるんだ」
 草間零が招じ入れた男は、唸るように言った。
「あら。お久しぶり」
「ここなら何かわかると思ったんだが」
 零はお茶を入れに行ったようだが、その男――橋掛惇は突っ立ったままだ。
「そうでもないわよ。……とりあえず、今、いろいろ調べているところだけれど」
 キーボードを叩きながら、シュラインは応えた。
「八島の兄さんから気をつけろって電話があったが――」
 続けて出かかった言葉を飲み込む。――センセイとも連絡が取れねえし。
「その本人もいなくなっちゃったそうよ。誰かに襲われたらしいわ」
 さらりと、シュラインが言った言葉に、惇は目を見開いた。
「なんだと。気をつけろってそういうことか……。やばいな」
 無意識に、手が懐へと動いていた。
 衣服ごしにでもわかる、冷たく硬い感触。親友の置き土産は、しかし、何の安心感も与えてはくれなかった。むしろ、それはひどく不吉な……不穏な出来事のはじまりを予感させた。
「大丈夫なのか」
「……私?」
 そこではじめて、シュラインは目をあげて、彫師を見遣った。
「んー、そのときはそのとき、ね」
「胆が坐ってやがる」
 苦笑。
 かちん、と、ジッポを開けつつ、煙草をくわえた。
「今さら後戻りなんて出来ないもの。……さて、こんなものかな」
「何を調べてる。……この優男は?」
「月野雄一郎――シルバームーン株式会社代表取締役社長」
 シュラインの指がその写真をつまみあげた。
「一年前。彼とその一家が乗った自家用飛行機がアメリカで墜落事故を起こしたの。そして彼ひとりだけが奇跡的に生き残った」
「…………」
「そのとき、何かが起こった。この事件は、そこから始まったんだわ」

「えー、月野さんー?」
 小首を傾げて、大きな目でぱちくりとまばたきする。
「そうだ。CMで共演したんだろう? ……かれらと『ギフト』が関係あると気づいたのも、だからなんじゃないのか?」
 ウォルター・ランドルフは、にっ、と、悪戯めいた笑みを浮かべた。
「情報交換といこうじゃないか――SHIZUKU」
 くすくす、と、笑って、少女は――オカルトアイドルなどという、いささか奇妙な二つ名をもつ少女は応えた。
「いいわよ。……月野さん、素敵なひとだったなァ。ああいうひとを紳士っていうのね。背も高くてハンサムだし」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
「とってもいいひとよ」
「いいひと?」
「信じられないくらい素直な人なの」
 SHIZUKUは断言した。
 ウォルターは、皮肉っぽく鼻を鳴らすと、
「その素直でいいひとで、ハンサムなジェントルマンが、いったいまたどうして『ギフト』なんかバラまいてるんだ」
「そこが謎なのよね――」
「『ギフト』との関係を疑ったのはいつ?」
「いつだったかな〜。噂が出始めた頃かな。『ギフト』って知ってますか?って、撮影の待ち時間に話したら……“知ってるよ”って」
「え?」
「あの薬で人類は変わると思う――って」
「本人が――そう話した……?」
「そ」
 そのとき、楽屋の外から声がかかった。
「SHIZUKUさん、スタンバイお願いしまーす」
「ハーイ。ごめんなさい、もう行かなきゃ。……あとは月野さんに聞いたら?」
 ぱたぱたと、部屋を出ていくSHIZUKU。
「聞いたら教えてくれるんじゃないかな。月野さん……とっても素直でいいひとだから」

■ 青年社長 ■

「彼女らしいわね」
 シュラインは笑った。
 白王社・アトラス編集部の応接室で、5人の男女が顔を突き合わせている。
「いいことを思いついたわ。SHIZUKUちゃんの言う通りにするのよ」
「と、いうと?」
 ウォルターに向き直って、シュラインはこう続ける。
「つまり、正々堂々と本人に面会を申し込むの。月刊アトラスとして取材させてもらうのよ」
「ええええ」
 素頓狂な声をあげた三下に、
「あら。『パルティータ』の取材は受けられて『アトラス』はダメってこともないでしょう?」
 と返す。
「この人……」
 まさにその、女性週刊誌『パルティータ』のページを繰りながら、口を開いたのは黒澤早百合だ。
「たしかにいい男だけど……なにか妙だわ」
「妙、って?」
「うまく言えないけれど……」
「女の勘ってやつか」
 皮肉っぽく言った橋掛惇をじろりと睨んでから、早百合は、
「玉の輿も捨てがたいけれど、安定した公務員のほうを、私は取るわね」
 と言った。そしてぽかんとした一同に向かって怒ったように、言い直した。
「八島さんを探すほうを優先したほうがいいってことよ。この若社長が黒幕だろうが何だろうが関係ないわ」
「おれもそう思うな」
 惇が同意を示した。
「ニイさんが心配だ」
「でもミスター八島の行き先がわからないだろう。それを確かめるためにも……まずはシルバームーンを探ってみたらどうだ?」
 ウォルターの意見に、シュラインが頷く。どうやら、方法はそれしかないようだった。

 三日月型のロゴが陽光を照り返している。
 大股にフロアを横切り、今、自動ドアを抜けてあらわれたのは、ソフトスーツの青年であった。二十代の後半から三十代はじめと見える容貌だったが、動きはきびきびとしていて若々しい。きりりとした、若武者のように凛々しい横顔と見えたが、ふとした表紙に、柔和な、穏やかな笑みも見せる。
「月野社長」
 彼に駆け寄ってきた男女のふたり連れがある。
 青年が応えるより先に、彼につき従っていた男たちが、彼を守るように立ちはだかる。
「なんだね、きみたちは」
 理知的な切れ長の目が印象的な女性と、カウボーイハットの白人の青年という妙な組み合わせだった。
「すみません、突然。『月刊アトラス』のものです。月野社長に取材をお願いしたくて参りました。広報部にお電話したんですけど、お忙しいご様子でしたので、失礼ですが、うかがわせていただきました。お時間取らせませんから、移動しながらでも結構ですし……」
「バカなことを言うんじゃない」
 取り巻きたちは女の言葉を遮り、無視して通り過ぎようとした。
「『ギフト』……!」
 だが、その背中に向かってかけられた言葉に、ぴくりと、彼の肩が反応する。
「『ギフト』で“人類は変わる”ってどういう意味だ」
 ウォルターは言った。
 ゆっくりと振り返ると……青年社長は微笑を浮かべて応える。
「言葉通りの意味ですよ。人類の変革、そして――」
 うたうように彼は言った。
「至高の幸福を」
「幸福だって?」
 ずい、と、ウォルターは踏み出した。男たちが色めきたっておしとどめようとするが、ウォルターはそれより早く、また、力強かった。
「『ギフト』のせいで、何人もの人が死んでいるじゃないか!」
 がっ、と、その手が、青年社長の肩にかかった。
(…………!)
 ごう――、と、刹那の間にウォルターの意識を駆け抜けるいくつもの映像――。
「たとえ『ギフト』がなくても」
 青年社長の声は、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
「人は殺し合いをやめないでしょう」
 男のひとりが、ウォルターをはがいじめにして、引き離した。
「急いでいるので失礼しますよ」
 そして、きびすを返して立ち去ってゆく。
「大丈夫?」
「オ、オレなら平気だ……」
「なにか『見えた』?」
 シュラインが鋭くささやく。
「あ、ああ、しかし……」
 あおざめた横顔で、ウォルターは放心したようにつぶやく。
「“アレ”はいったい何だったんだ……」

 そして青年社長は車に乗り込む。
 取り巻きの男たちが腰を直角に曲げた礼で見送り、黒塗りの車は滑るように発進していった。
 その後を……一台の車が追ったことに、気づいたものがいたかどうか。
「リムジンかよ。豪勢なこった」
 ハンドルを切りながら、惇がつぶやく。
 助手席の早百合は、それには応えなかった。かわりに、
「その銃、どうしたの」
 と問うた。
 ぎょっとして、惇は黒衣の女に目を向ける。
「わかるわよ。あなたみたいに背の高い人は普段、無意識に猫背になる。でもホルスターに銃を提げていると姿勢が変わるもの。第一、5分おきに気にしてる。持つ事に慣れてないわね」
「慣れてるやつなんているもんか。ここは日本だ」
「そうね」
「……連れから預かった。……そいつもこの一件にからんでたんだが……おれにこいつを渡した後、連絡がつかねえ。畜生――」
 ぐん、と、乱暴にアクセルを踏む。
「センセイに『ギフト』を渡したのはおれだ。なんでそんなことしちまったんだ。センセイが余計な首をつっこむのに決まってるのに。くそッ……」
「――!」
 そのときだ。
 車は湾岸の空いた道路にさしかかったところだった。
「停めてッ!」
 早百合が叫んだ。
 惇がそれに反応するよりも早く――
 ボンネットの上に、着地する人影が、フロントグラス越しの視界を覆った。

■ 牙を剥く秘密 ■

 鈍い音を立てて、フロントグラスが粉々に砕け散る。
「どっから降ってきやがった!」
 運転席から転がり出るように逃れながら、惇が吠えた。ボンネットの上にすっくと立ち上がったのは、コートを着た男だった。表情のない目が、きろり、と惇を見下ろす。にらみつけるとか、蔑むとか、そういった感情の一切ない目だった。
 ぶん――と、ハンマー投げのハンマーのようにふるわれたのは、鎖のついた懐中時計。しかし、惇の額をかすめたそれは、ただの時計とは思われない重さだった。
「……ッ!」
 彼の額が切れて血が吹き出した。
(こいつは機械だ)
 内心で毒づく。
(敵意の感情がないと刺青で防御できん!)
 男が頭の上で時計を旋回させ、第二撃を準備する。そのふたりのあいだに、早百合が割って入った。
「言っておくけど、私――」
 その手の中に、いつのまにか一振りの剣が握られている。
「今、すごく機嫌が悪いのよね」
 目を灼く白い閃光が、早百合の剣からほとばしり、男を撃った。だが。
「!」
 雷光に撃たれてもなお、男は何事もなかったように早百合にとびかかってきたのだ。いや、着衣は焼けこげ、くすぶってさえいる。しかし、怯んだ様子をまったく見せていないだけだ。
「危ねェ!」
 惇が獰猛な獣のように飛びかかって、早百合をかばった。男は懐中時計を手で握って凶器とし、惇を殴りつけてきた。容赦のない、機械的な動きだった。
「ちょ、ちょっと――」
「はやくとどめを……!」
「もう!」
 苛立たしげに、早百合は身を翻した。黒衣の女剣士の一撃は、男の喉元にあざやかに白刃を埋め込んで終わった。
「なんなのコイツ」
 スイッチを切られたように男は動きを止めている。
「……人造人間だそうだぜ」
「はぁ?」
 剣を抜いても、男の身体はそのままの姿勢で静止している。
「やつら、相当、警戒してやがる……」
「逆にはっきりしたわ。浜松町の新しいビルよ。……これは私たちに、“そこには来てほしくない”って意味だもの」
「よし、行くか――」
 そして再び、ふたりが車に戻りかけたとき――
「おっと、そうはいかんぜ」
 野太い声が響いた。
「『トケイヤ』を倒したくらいでいい気になられちゃ困る。こんどはこのファング様がお相手だ」

 一方、草間興信所――。
「FAX来てたぞ」
「ありがと」
 草間に礼を言うと、シュラインは、デスクにむかって、その紙束に目を通しはじめた。
 ウォルターはソファーに腰を下ろし、零が出してくれたコーヒーをすする。陽気なカウボーイは、しかし、なぜか仏頂面だった。
「んー……」
「なんだ、ソレ」
「月野社長のこと、もうすこし調べてみたのよ。……彼ね、正直、ビジネスの手腕があった人物じゃなかったようなの」
「……どういうことだ」
「ところが社長に就任してからは……そう――まるで人が変わったようになったって」
「社長就任ってのは、つまり――」
「そ。事故に遭ってからよ」
「…………」
「それで、その事故なんだけど――これがどうも妙なのよね。アメリカで家族旅行中、アリゾナの砂漠で飛行機が墜落したってことだけど……この原因がはっきりしないの」
「……見た」
「えっ?」
「……たぶん――あれはそのときの記憶だと思う」
 ウォルターは言った。
「『見えた』のは何だったの」
「……なあ――。UFOって信じるか?」
「え――」
 シュラインは唐突な問いかけに絶句する。
「それって……」
「どうもそうとしか思えない」
 がしがしと、ウォルターは頭を掻いた。
 心中に、その光景を反芻する。
 窓いっぱいに広がる、銀色の光。
(な、なんだあれ……)
(うわぁぁぁーーーッ)
(父さん!父さん!)
 激しい衝撃、そして落下する感覚――すみやかな溶暗。
「飛行機はUFOと追突事故を起こしたんだ」
「…………」
「それ以上のことはわからなかったが……」
「じゃあ、『ギフト』はもしかしたら……」
「『ギフト』どころか……彼は事故を境に人格変わったんだろう?」
 シュラインはあっと小さく声をあげた。
「まさか、そんな」
「ひどい事故だったんだろ? 一人だけ生き残ったのが、“奇跡”って言われるくらい」
「…………橋掛さんたちと合流しましょう」
「おう」
 ふたりはあわただしく、またもや興信所を飛び出してゆく。

■ 帝王は語る ■

 ファングのマシンガンが咆哮をあげた。
 弾丸のシャワーを、まともに惇は浴びる。早百合は彫師が蜂の巣になったものと思い、ふたたび紫電をまとう剣を呼び出して、自分の身は自分で守らんとした。だが――
「うぉおおおおおお」
 服こそボロボロになってはいたが――
 彫師は生きていた。
 その腕の刺青から血が吹き出すのを早百合は見た。銃撃で受けた傷ではない。そしてその血が凝固したとでもいうように、中空にあらわれた刃状の何かが、目の前の、巨漢に向けて射出されたのだ。
「喰らえ!」
 そして惇は上着の内側から銃を取ると(USPという銃だと、早百合は見て取った)、追い打ちをかけるようにぶっ放した。
「き、貴様!!」
 ファングは黒い刃に身を裂かれ、銃弾を受けてもなお、倒れる気配を見せなかった。なるほど、『トケイヤ』とやらよりはよほど強敵と見えた。
「こ、こいつ」
「銃じゃダメみたいね!」
 早百合が剣を手に跳躍する。黒い稲妻のごとき速さだったが、野獣じみた傭兵はさらに速かったのだ。
 ファングの砲丸のような拳の一撃を受けて、なぎ払われた木の葉のように、早百合の身体が宙を舞った。
「姐さん!」
 惇は叫んだが、まずは自分の身を案じなければならなかった。突進してくるファングに向けて、さらに銃弾を打ち込む。
「こいつめ!」
 それでもファングは止まらない。かくなる上は組み伏せるしかないか、と、惇が覚悟を決めたとき、鋼鉄の馬が爆音とともに割り込んできた。
「――ッ!」
 オートバイだ。横っ腹にその体当たりを受けて、ファングの巨体が吹き飛ぶ。
「大丈夫か!」
「なんとかな」
 ファングを撥ねたハーレーに跨がっているのは、ウォルターだった。
 シュラインがタンデムから降りて、早百合に駆け寄る。
「黒澤さん!」
「あー、最悪。最悪よ。キズモノになったらどうしてくれるのよ。嫁入り前の女を何だと思ってるの」
 顔に似合わぬ庶民的な悪態をつきながら、黒い女は助け起こされた。
「き、貴様ら……」
 アスファルトに血がしたたる。さすがのファングも足取りがおぼつかない。
 ――と、その前をふさぐように、道路に立った影があった。
「まだ動いてやがるぞ!」
 『トケイヤ』だ。場に緊張が走る。ウォルターも愛銃を抜いた。
「何故――」
 ふいに、『トケイヤ』が口を開いた。その声を聞くや、シュラインがはっと表情を変えた。彼女の耳が、聞き間違えるはずはなかった。
「月野社長!」
「何故、わたしたちの計画を妨げるのだ」
「月野社長なのね。『トケイヤ』を通して話しているの!?」
「自身が受取らぬは、それもまた選択だ。……だが、受取るべきものたち、与えられることを望むものたちが、その手にするべきものをさまたげるのは、許されることではない。それは……すでに力あるものの傲慢だ」
 『トケイヤ』に表情はない。だが、その声音は、あきらかに人間の、感情を持った言葉だった。
「だからって……」
 シュラインが問うた。
「一体、何が目的なの。『ギフト』で能力者をつくりだして、どうするつもりなの。……それに、あなた――」
 彼女のよく通る声が、いちだんと鋭さを増した。
「本当に月野雄一郎さんなの……? あの事故を生き延びたのは、本当は――」
「わたしは生きたのだ」
 『トケイヤ』――いや、月野雄一郎は答えた。
「わたしは生きることを望み、求めた。だから与えられたのだ。――そしてわたしは、同様に、求めるものたちに、しかるべきものを与える事業を行うと決めた」
「みんなが能力者になりたいわけじゃないわ」
「何故、言い切れる」
「だって……」
「わたしは多くの、求めるものたちを見、望むものたちの声を聞いてきた」
 月野雄一郎の意志を代弁する『トケイヤ』は、奇蹟をしめす聖者のように、両手を広げた。
「人は与えられることを望むものなのだ」
 そしてその声に呼応して、

 光が舞い降りた。


■ そして、降臨するもの ■

 見よ――。

 東京上空に出現したそれを、人々は畏怖をもって見上げた。
 曇天を割って舞い降りてきたかと思うと、東京湾岸にそびえたつ高層ビルの真上にぴたりと静止する。遠目にも、それがかなりの大きさを持っていることがわかった。直径は1キロをくだるまい。
 ……それは、燦然と銀色の光を放つ、巨大な円盤であった。
(UFO……)
 そんな陳腐な単語が、それを目にした者の頭に浮かんだ。

  求めよ さらば与えられん
  望むものは 欲するがいい
  われは惜しみなく与えよう

 それは音声ではなく、言語でもなかった。
 ただ、その《意味》だけが、そのとき東京一円に放たれた。特に力あるものではないひとびとにも、その《メッセージ》ははっきりと届いたようだった。
 そして。
 銀の円盤から放出されたのは、その《メッセージ》だけではない。
 銀色に輝く、光の柱――レーザーのような光線が、雨のように、円盤から地上に向けて照射されたのである。
 偶々その場に居合わせ、通りがかり、ぽかんと頭上のきらめく円盤を見上げていた人々の幾人かが、その光を浴びた。その瞬間、彼/彼女は理解するのだ。自分は、『与えられた』のだ、と。

  見るがいい。
  人類は与えられることを望んでいるのだ。
  東京は――
  わたしの贈り物を受取るだろう。


(第3話・了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【1503/橋掛・惇/男/37歳/彫師】
【1956/ウォルター・ランドルフ/男/24歳/捜査官】
【2098/黒澤・早百合/女/29歳/暗殺組織の首領】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
お待たせいたしました、「インタレスティング・ドラッグ:3『襲撃』」をお届けします。

キャンペーンシナリオの第3話にあたる本作は、3〜4名様ずつ×3ヴァージョンのノベルとして作成されています。 よろしければ、他のヴァージョンもお読みいただくと、事件のまた別な側面があきらかになっていると思います。

さて、シュラインさん&ウォルターさん&早百合&惇さんのチームでは、
おもに月野社長を追う展開になりました。結果、重要な情報があきらかになっております。
なお、みなさんがたいへんご心配くださった八島さんですが、別のノベルで無事、救出されておりますので、ご安心ください。

お話はいよいよ大詰です。
よろしければ、最終話もおつきあいいただけるとさいわいです。
ご参加ありがとうございました。