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<東京怪談・PCゲームノベル>


インタレスティング・ドラッグ:3『襲撃』


■ 追跡行 ■

『だから、それっきり八島さんとは連絡取れなくなっちゃって……えっと、それで、藍原さんも気をつけるようにって――』
「誰にものを言ってやがる、タコ、バカ、マヌケ」
 三下忠雄の親切至極な電話に罵詈雑言でもってこたえると、藍原和馬は容赦なく電話を切った。
「へへん」
 不敵な笑みを浮かべて、唇を舐める。
「向こうがそのつもりなら、こっちもちょっとばかし本気にならしてもらおうじゃないの」
 黒いスーツを着た獣は、そしてまた、都市の喧噪の中へと溶け込んでゆくのだった。

「ひ、ひどいですぅぅううううう」
「あー、なによ、どうした?」
「ああっ、百合枝さん! あ、藍原さんが……わざわざ気をつけてって電話してあげたのに、死ねだのカスだのって――」
「あいつのことなんて放っておきゃいいのよ」
 姉のように、藤井百合枝は言った。
「それより、シルバームーン社のことだけど――」
「あ、はい。これ、頼まれていた、社長に関する資料です」
「やっぱり」
「え?」
 百合枝は、女性誌のインタビューに答えている、青年社長の顔に見入った。
(あのとき見えた男。どっかで見た顔だと思ったのよ……)
 二十代の後半から三十代はじめと見える。きりりとした、若武者のように凛々しい面差しと見えたが、ふとした別の角度からのカットでは、柔和な、穏やかな笑みも見せている。百合枝の記憶に甦る、穏やかな声。
(『ギフト計画』は人類を新たなステージへと導くでしょう)
 彼女はじっと考えこんだ。
(何が目的? 何を考えてるの?)
 そして、三下から手渡された資料をめくる。
「シルバームーンの……関連会社だけでもこんなにあるのね」
「例の倉庫も、そのうちのひとつの所有になってるんですよ。もう引き払われちゃってましたけど」
「とりあえず、その線からあたってみるか」
「ゆ、百合枝さんも、気をつけてくださいよぉぉおお」
「何言ってるの、あんたも来るのよ」
「え、えええええ!?」
「とりあえず、霊刀とスタンガンを持ってきたわ。どっちか貸してあげるけど、どっちがいい?」
「あ、藍原さんにお願いして一緒に来てもらいましょう」
「誰があんなやつと! もういいわ。とにかく行くわよ、さあ」
「そ、そ、そんなぁぁあああああああ」
 三下の悲鳴が、白王社のフロアに後を引く。
 詳しい事情を知らぬものは、世はなべてこともなし、と思ったかもしれない。だが、確実に、事件は進行していたのである。

 モニターの冷たい光が、ケーナズ・ルクセンブルクの伊達眼鏡に映り込んでいた。
 繊細な指がキーを叩く。
「これか……」
 独り言。
「生まれて三日目には相対性理論をそらんじていた……バカを言え」
 片頬をゆるめる。
「だが……そんな噂が流れるほどには天才ということで通っているらしいな。実際、小学生で海外の大学の博士号をとっている。専門は――心霊科学?」
 画面にあらわれた写真――気難しそうな顔つき少女の画像を、ケーナズの眼光が射抜いた。歳相応の、服装や表情であれば、それなりに見栄えもしそうな美少女である。だが、近世の錬金術師でもきどったかのようなモノクルであるとか、超然とした表情などが、近寄りがたい空気をただよわせていた。
「…………」
 ケーナズは、そっと、眼鏡をはずした。
 瞳を閉じる。
 そして、ゆっくりと、その力を解放するのだった。
(リョウ――)
 消えた少年の意識の痕跡をたどる。
 部屋にいながらにして、彼の意識と知覚が急速に拡大していった。自室から建物すべて、そこから近隣の地域、さらに遠くへと、サイキックの網の目が、ウェブのように広がってゆく。
 次々と、意識に飛び込んでくる光の塊は、ひとりひとりの人間だ。
 その中から、目指す意識のパターンに合致するものを検索していく――。
(そこか。リョウ)
 はるか彼方で、かすかな反応があった。

「…………?」
 少年ははっと顔をあげた。
「どうしたの?」
 苛立ちを含んだ声。
「あ、いや――なんだか、誰かに呼ばれたような気がして……」
「なに言ってるの。さ、もういちど、Gファクター融合率を計測するわよ」
「うん……」
 その少女――そうだ、少女といっていい。物言いとは裏腹に、少年よりも年下に見える――は、慣れた動作でコンピュータに向かった。
「ねえ、智子ちゃん」
「その呼び方やめてって言ったでしょう」
「ごめん、鍵屋――さん。シルバームーンは『ギフト』を量産化するつもりなんでしょ?」
「そうみたいね」
「それはやっぱり……お金儲けのためかなあ」
「知らないわ」
「みんなが『ギフト』で欲しい力を得たら……」
「ねえ。ちょっと黙っていてくれない?」
「あ、ごめん」
 少年は言われるままに口を閉じる。
(ケーナズなら、そんなのヘンだって、言うだろうな……)
 ぼんやりと考えた。
(あれだけ力を持ってるひとが……どうしてそんなこと言うんだろう。力を独り占めしたいから?……違うよね。……そう――能力者のくせに、それを怖がってるみたいだった。ヘンなの――)
 そして少年はそっと目を伏せる。余計な迷いやとまどいを、心から閉め出そうとするかのようだった。

■ ラボ ■

 事務机を蹴飛ばすと、もうもうと埃が舞う。
「ここもダミー会社か」
 舌打ち。和馬は、がりがりと頭を掻いた。
「さて、次は……」
 独り、呟きかけて――ふと、なにかを探るように頭を傾ける。
 ゆっくりと振り返り、奥のドアへと向かった。不思議と、足音は立たなかった。
 だん、と、勢いよくドアを引くと、そこに体重を預けていたらしい人物が、ささえを失って部屋に転がり込んできた。
「ひゃっ」
 情けない悲鳴。続いて、空を切って突き上げてきた白刃が閃く。
「おいおい、慣れない刃物ふりまわすなよ」
 ひらり、と、その突きをあっさりかわし、和馬はまるで猫の子をつまみあげるように、百合枝の首ねっこを掴んだ。
「あ、あんた……!」
「まさかオレ様の男前なツラをあの『ボウシヤ』とやらと間違えたわけじゃねえだろうな」
「こんなとこで何してんのよ」
「おまえこそ。それよか、三下踏んでるけどいいのか」
「あ」
「ゆ、百合枝さん〜」
 和馬は大声で笑った。

 まるで体重がないかのように、軽やかに、ケーナズは、屋根の上に降り立った。
 油断なく周囲に目を配り、するりと通気口へと滑り込む。闇の中で、ブルーの瞳が研ぎすまされた刃の輝きを見せた。

「ここはハズレくじだったわけね」
 不機嫌そうに、百合枝がこぼす。
「次、あたってみますか?」
「そうねぇ」
 百合枝は歩き出して――
「なんで着いて来るの」
 と、ふりかえって、後ろの男をにらみつけた。
「しっ――」
 和馬は、最初、なにか軽口で返そうとしたようだったが、ふいに表情をひきしめると、百合枝の言葉を制した。
 じっと耳を澄ます。その尋常ならざる聴覚がとらえたものは――時計の音だ。
 百合枝が入ってきたのとは、別のドアが、けたたましい音を立てて吹っ飛ぶ。
「逃げろ!」
 和馬が叫ぶやいなや、床を蹴って動き出していた。
 埃の煙の向こうからあらわれたのは、『ボウシヤ』に似た男だった(百合枝にはそう見えた)。『ボウシヤ』と違うのは、その手が懐中時計の鎖を握り、それをハンマー投げの要領でぶんぶん振り回していたことである。
 空を切って、その凶器――そう、時計にしか見えないそれは、しかし、凶器に他ならなかった――が和馬を襲った。
「ぐっ」
 ぐしゃり、と、硬い物がなにかめりこむときの厭な音がしたかと思うと、呻き声をあげて和馬が倒れた。百合枝は駆け寄ろうとして、思わず踏み止まった。床の上に、血が飛び散っているのを見たのだ。
 倒れた和馬の身体を跨いで、男が百合枝たちに迫った。
「と、『時計の男』だ!」
 三下が叫んだ。
「八島さんもこいつにやられて……」
「やられたなんて言うんじゃないわよ! スタンガン貸してあげたでしょ!」
 三下を一喝すると、真正面に霊刀を構える。緊張が、汗となって彼女の掌を湿らせた。ぐっと柄を握りなおす。
「……っ!」
 だが、一瞬だった。男の懐中時計はいともたやすく百合枝の刀にからみつき、彼女の手から武器を奪い去ったのである。
 ずい、と、男が一気に間合いを詰めた。ここまでか。百合枝が思わず目を閉じたとき――。
「大丈夫か」
 不自然なほど落ち着いた声だった。
「え……?」
 目を開いたとき、彼女の前に立っていたのは、輝くような金髪の、白人の青年だった。
「あ、えっと…… 彼の背後で、男が両膝を床についたまま、ぴたりと動きを止めていた。その額に――大振りのナイフが突き立っている。血は出ておらず、目も見開いたままだったが、男はそれで活動を停止したらしかった。
「あ、ありがとう……」
 無言で、青年――むろん、それはケーナズだった――は、男にからめとられていた百合枝の刀を取ると、彼女に渡した。
「物騒な物を使う」
「だって……。あ、そうだ、アイツは」
 あらためて気が着いたように、百合枝は頭を巡らせて、そしてはっと息を飲んだ。
「あ、藍原さんが……!?」
 三下が驚くのも無理はない。
 さきほど、確かに和馬が倒されたと思った場所には、赤黒い血の染みこそ残ってはいるが、和馬自身の姿はかき消えたようになくなっていたのである。

■ 鍵屋智子 ■

「先生よォ」
 男は強面の、青年と中年のあいだくらいの年頃と見えた。
「上が騒がしいぜ。ネズミが忍び込んだらしい」
「そんなこと、いちいち報告しないでくれる」
 少女はモニタから目を離さずに答える。
「『トケイヤ』がいるでしょ」
「それが妙なんだ……」
「じゃあ、あなたが行きなさいよ」
 椅子を回転させて、そこではじめて男のほうを向いた。
「あなたも『ギフト』を飲んだらどう?」
「へへ、それ言うなら、先生、あんただって……」
 下卑た笑みを浮かべた男の顔を、少女は睨み付けた。
「いいのかしら。あなた、警視庁にいるあいだはよかったけれど、今はただの用心棒くらいしか存在価値がないのよ」
「……このアマ、言わせておけば」
 男が歯のあいだから絞り出すように囁きをもらしたとき――、
「!?」
 男の背後に合った部屋のドアが吹き飛んだ。彼は背中にしたたかにドアをぶつけられ、カエルが潰れるような声とともに床を舐めるはめになる。
「ちょ、ちょっと――」
「ケーナズ!」
 部屋の奥で、ベッドによこたわっていた少年が、身を起こして声をあげた。
「どうしてここに」
「もちろんリョウを迎えにきたのさ。デートの途中だったろう?」
 ケーナズは片目を瞑ってみせる。しかし、その手のナイフは、少女の喉元につきつけられている。彼があらわれた戸口からは、百合枝と三下が、おそるおそる顔をのぞかせていた。
「地下にこんな施設があっただなんて……」
「キミたちは帰れと言ったはずだが」
 ケーナズは言ったが、
「そうもいかないのよ。行きがかりというやつで」
 と、百合枝は応えた。ケーナズはそれ以上は追求せず、目の前の少女に向き直った。
「あ、あなた……」
「鍵屋智子だな」
「…………」
 モノクルのガラス越しに、気の強い瞳がケーナズを見返す。
「『ギフト』を造っているのはキミか」
「そうとも言えるわね」
「薬物としての体裁をととのえて……化学的に精製する方法をつくり出したのはキミだな。これは化学的には無意味な薬物だ。だが、確実に『効果』があるのだから――これこそ、オカルティックサイエンスとやらの出番というわけだ」
「そうね」
 鍵屋智子は唇にそっと微笑を上せた。
「正確にいうと『ギフトエネルギー受信抗体』を物質的に定着させるのが、わたしの、シルバームーンから請けた依頼ということね。……で、あなたは誰なの」
「答える必要はない。『ギフト』のデータを提供してもらおう」
「これは脅迫というのよ」
 言いながらも、智子は、手元の端末からCD-ROMを抜き出す。
「『ギフト』の効果を解除する方法はあるのか」
 CD-ROMを掴み取りながら、ケーナズは訊ねた。
「それはだから、抗体を破壊すればいいのよ。生理学的な抗体とは性質が違うから、そんなことができる人は限られているけれど」
「不可能でないとわかれば充分」
 ケーナズはナイフを収めた。
 智子は肩をすくめると、傍に倒れている男をつまさきで蹴飛ばした。
「起きなさいよ、役立たず」
「んん…………あ、あっ、貴様――」
「あんたが勝てる相手じゃないわよ。さっさと車を出しなさい。ここを出るわ」
 あきらかに二十歳近く歳上の男を顎で使って、智子は退場した。
「ケーナズ……」
「平気か、リョウ」
「なんてことをするんだ。あいつら、すごい力を持ってるんだよ。何人も『ギフト能力者』いるし、すごい傭兵とかだって雇ってて……だいいち、『トケイヤ』だって――」
「そんなことはどうでもいい」
 ぐい、と、ケーナズは少年の細い腰を抱き寄せた。
「どうでもいいんだ」
「…………バカ」
 少年は、照れたように目を伏せた。
「あ、あの――」
 おずおずと、発せられた声。
「おとりこみ中、すいませんが」
「あ、ああっ、八島さん!」
 叫んだのは三下だった。
 百合枝が、部屋の隅の、ベッドに拘束されていた男にかけよる。
「あ。その人……昨日、連れてこられたんだよ。『ギフト』によらない能力者のサンプルだ、って」
「リョウ。やつらは、そうやって人を平気で実験台にする連中なんだぞ。リョウだって……」
「…………」
「ああ、助かりました」
 拘束を解かれて、黒服・黒眼鏡の男が身体を起こす。
「時に、三下さん」
「はい?」
「さっき、鍵屋博士が出ていくときに、そこの端末をいじっていましたね」
「あ、これですね……なんだろう、画面に数値が」
「これ……カウントダウンじゃないの?」
 百合枝が三下のうしろからのぞきこんで言った。
 ――何の?と、誰もが自分に問い返し、そして、思い至った。

 爆発。

 轟く爆音と、立ち上る黒い煙をバックミラーにみとめると、車内に鍵屋智子の高笑いがひびいた。
「いい気味」
「……そんなに簡単にいくかね。やつら『トケイヤ』だってぶっ倒しちまうやつらだぜ」
 運転席の男が言った。
「もし生き残ってたらどうする。『ギフト』のデータ、渡しちまいやがって」
「バカね」
 悠然と、助手席の智子は応えた。
「あんなもの、ダミーに決まってるじゃないの」
「何。ホントか!」
「主要なデータは全部、このチップの中よ。端末や置いて来た書類はラボごと木っ端みじんだから、秘密はもれないわ」
 可笑しそうに、くすくすと笑う。だが――
「ほほう。悪知恵はよくはたらくらしいな」
「!!」
 ふたりは、ぎょっとして後部座席をふりかえった。
 そこに足を組み、ふんぞりかえっているのは、黒いスーツの男。
「あ、あなた!」
「また会ったなァ、お嬢ちゃん」
「てめえ、どうやって!」
「オレ様があんなちんけなホムンクルスごときにやられてたまるか。てめぇらの真似して“人形”が相手してやったのよ」
 藍原和馬は得意げに唇の端を吊り上げる。
「さぁ、お嬢ちゃん。大人をからかうのも大概にするんだ。おしおきの時間だぜ」
 唇から尖った犬歯――否、牙がのぞいた。
 ガルルルル――

■ 持たざるものは、さいわいである ■

「だ、大丈夫ですか」
「わたしたちは平気だ」
 黒煙のくすぶるがれきの中で、ケーナズは、リョウをともなって、平然と立っている。とっさのテレポートと、バリアーで、自身と少年の身を守ったのだ。
「よかった。わたしのほうでは、おふたりだけでせいいっぱいでしたからね」
 八島のかげから、気を失った三下を抱きかかえた百合枝が顔を見せた。
「和馬――」
「えっ?」
 呆然と、百合枝はつぶやいた。
「ここに、もうひとりいたのよ……。どうしよう――」
「おっ、失ってはじめてわかる愛の痛みってか」
「!」
 ふいに、背後から、あらわれた男の姿を見て、百合枝が安堵の表情を見せたのは、しかし一瞬だけのことだった。
「ぎゃッ」
「よけいな気、使わせるんじゃないよ」
「なんだそりゃ!スタンガンか! そんなもんで、おまえ――おい、やめろ!」
「藍原さん。ご無事でなによりです」
「おう」
 言いながら、どさりと、放り出したのは、意識のない鍵屋智子だった。
「ちょっとした催眠術で質問してみたが――こいつはただ金で雇われただけだな。それから……ほら」
 和馬は、ケーナズに向かって、それを放りなげた。
「そいつが“本物の”データだ」
「…………そうか。――礼を言う」
 事情を察したケーナズが、チップを握りしめる。
「ケーナズ……」
「私は『アンチ・ギフト』をつくるつもりだ」
 ケーナズのその言葉は、リョウのみならず、自分自身を含めたその場にいた全員に対する宣言だった。
「私は生まれついての能力者だ……けれども、その力を、すぐに使いこなせたわけじゃない。それはとても……難しいことだった」
 百合枝はそっと立ち上がり、ケーナズの傍にたたずむ少年に目を向けた。彼の素性やここにいる経緯、ケーナズとの関係など知らない彼女だったが、それでも、彼が言わんとするところを悟ることができたのは、彼女もまた「生まれついての能力者」であったがゆえか。
「私は誰よりも、この過ぎた力の制御の難しさは知っているつもりだ。こんな力は――本来、人間には必要ないものだと思う。しかし持ってしまった以上は正しく使うべきなんだ……。シルバームーンのやり方は間違っている。無差別に能力者などつくりだしては絶対にいけないんだ」
 百合枝は、少年の心の炎が、ゆれるのを見た。それは、棘々しい茨に囲まれた堅いつぼみが、そっと開くように色を変えてゆく。
「欲しいものは、与えられるのではなく、自分で獲得すべきじゃないか。そう思わないか……リョウ?」
「ケーナズは…………」
 少年は、くるりと後ろを向くと、空を見上げた。
「――大人なんだなぁ」
 悪戯をとがめられた子どものような言い草だった。
「ちぇっ。ちょっとカッコイイと思ったんだけど……ぼくには――こんな能力、荷が重いってことなんだな、やっぱり」
「私もね――」
 割り込んでもいいものか、探るように、百合枝が口を挟んだ。
「特別な力なんて、ないほうがよかったと思う」
 少年とケーナズに見返されて、ちょっと照れたように、彼女は続けた。
「私、妹がいて(ここで、なぜか和馬がぴくりと反応した)、その娘は、なにも『力』がないから……羨ましいな、って思うことがあるの。今度の事件で――私、妹は『ギフト』には絶対かかわってほしくない、って思った。余計な力なんか、持たないほうが絶対、しあわせなんだもの」
「そいつぁ同感だ」
 和馬がぼそりと呟く。
 皆が、それぞれの思いに沈んでいた。
 だが、その沈黙を、荒々しく破ったものがいる。
「まだ動いてやがるのか!」
 和馬が牙をむき、他のものたちは緊張に身体をこわばらせた。
 爆破で崩れたラボのがれきをふきとばして、コートを着た中年の男が跳躍してあらわれたからだった。それはがれきの山の上に着地し、その場にいるものたちを見下ろした。
「様子がおかしい。あれは……」
 八島がなにか言うよりもはやく、それが言葉を発した。
「驕れるものたちめ」
「この声……」
 百合枝が息を呑んだ。聞き覚えのある声音だったのだ。そしてそれは、あきらかに、今まで出会った『ボウシヤ』や『トケイヤ』とは違う、感情のある人間の語りだった。
「あの人形を通して遠くから話してやがるのか……。嬉しいねぇ、声だけとはいえ、ラスボスとご対面とは」
「シルバームーンの者か」
 にやにやと不敵な笑みをくずさない和馬と、冷静に問いかけるケーナズを順に一瞥してから、その声は続けた。
「自身が受取らぬは、それもまた選択だ。……だが、受取るべきものたち、与えられることを望むものたちが、その手にするべきものをさまたげるのは、許されることではない。それは……すでに力あるものの傲慢だ」
「いいや、違う――」
「違うものか!」
 奇蹟をしめす聖者のように、それは両手を広げた。
「人は与えられることを望むものなのだ」
 その声に呼応して、

 光が舞い降りた。


■ そして、降臨するもの ■

 見よ――。

 東京上空に出現したそれを、人々は畏怖をもって見上げた。
 曇天を割って舞い降りてきたかと思うと、東京湾岸にそびえたつ高層ビルの真上にぴたりと静止する。遠目にも、それがかなりの大きさを持っていることがわかった。直径は1キロをくだるまい。
 ……それは、燦然と銀色の光を放つ、巨大な円盤であった。
(UFO……)
 そんな陳腐な単語が、それを目にした者の頭に浮かんだ。

  求めよ さらば与えられん
  望むものは 欲するがいい
  われは惜しみなく与えよう

 それは音声ではなく、言語でもなかった。
 ただ、その《意味》だけが、そのとき東京一円に放たれた。特に力あるものではないひとびとにも、その《メッセージ》ははっきりと届いたようだった。
 そして。
 銀の円盤から放出されたのは、その《メッセージ》だけではない。
 銀色に輝く、光の柱――レーザーのような光線が、雨のように、円盤から地上に向けて照射されたのである。
 偶々その場に居合わせ、通りがかり、ぽかんと頭上のきらめく円盤を見上げていた人々の幾人かが、その光を浴びた。その瞬間、彼/彼女は理解するのだ。自分は、『与えられた』のだ、と。

  見るがいい。
  人類は与えられることを望んでいるのだ。
  東京は――
  わたしの贈り物を受取るだろう。


(第3話・了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男/25歳/製薬会社研究員(諜報員)】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【1873/藤井・百合枝/女/25/派遣社員】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
お待たせいたしました、「インタレスティング・ドラッグ:3『襲撃』」をお届けします。

キャンペーンシナリオの第3話にあたる本作は、3〜4名様ずつ×3ヴァージョンのノベルとして作成されています。 よろしければ、他のヴァージョンもお読みいただくと、事件のまた別な側面があきらかになっていると思います。

さて、ケーナズさん&和馬さん&百合枝さんのチームでは、
おもに鍵屋智子を追う展開になりました。結果、『ギフト』の効果を解除する方策への手がかり(と鍵屋智子の身柄)が手に入ることになりました。
そしてついでに(笑)八島さんも無事、救出されました。ありがとうございます。

さて、お話はいよいよ大詰です。
よろしければ、最終話もおつきあいいただけるとさいわいです。
ご参加ありがとうございました。