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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


少女の願い



■ オープニング

「……え?」
 目の前に立っている少女にやっと気づいた、草間・武彦は彼らしからぬ間抜けな声を上げた。
「こんにちは」
「あ、ああ……依頼かな? と、君、一人で来たのかい?」
 幼い顔立ちからおよその年齢が想像できた。しかし、それにしてはやけに少女は落ち着いている。
「ここ、どんな依頼でもお願いできると、人伝に聞きまして」
「……まあ、そうなんだが」
 うちは探偵事務所だと言い返したくなった。本当なら追い返したいところだが、相手が相手だけに用件も聞かずに断るのも忍びない。
「どうぞ」
 零がお茶を運んできた。少女はまったく表情を変えずに一礼し、お茶を啜った。
「とりあえず、用件を聞こうか」
「……はい、実はある屋敷のお掃除を――」
 草間が途中で制止する。
「ちょっと待ってくれ。突っ込みどころがたくさんありすぎて、どう言ったら良いのか分からないが……とりあえず、そういうことは清掃業者に頼むべきじゃないのかい?」
「……普通の掃除ではないのです」
 少女が顔が険しくなる。
「どういう意味だ?」
「その屋敷が普通ではないという意味ですよ」
 そう言って、少女――エレノはニッコリと微笑んだ。



■ 屋敷前

 屋敷は街から数十キロほど離れた山中に佇んでいた。途中で小さな村があったが、やけに閑散としていた。エレノはアーチ型の玄関を通り抜け、途中で足を止めた。後ろに着いてきていた五人も立ち止まる。
 三階建ての屋敷は洋風の造り。外観は奇麗なもので、最近建てられた様にさえ見えるがエレノの話ではもう数百年も前からある屋敷なのだという。
「やけに、静かね。本当に魔物や怨霊がいるのかしら?」
 顔に掛かる銀髪を払いながら硝月・倉菜(しょうつき・くらな)がエレノに訊いた。
「……外は安全なのですよ」
 短くそう答えた。
「――なるほど結界の類か」
 陰陽師である真名神・慶悟(まながみ・けいご)がそう言うとエレノは微笑んで「そうです」と答えた。
「どういうことだ? イマイチ話が飲み込めない」
 大きなトランク(様々な洋服が入っている)を足元に置いたのは田中・裕介(たなか・ゆうすけ)だ。
「それは全てが終わってからお話します」
「とにかく、まずは敵を片付けることに集中しよう」
 加賀見・武(かがみ・たける)は荷物を降ろし武器などを用意し始めた。
「エレノさん、屋敷の中はどうなってるんですかぁ?」
 朋矢・明莉(ともや・あかり)がエレノに尋ねた。ちなみに彼女は武の恋人だ。
「申し訳ないのですが……この扉を開けた瞬間、敵は一斉に襲い掛かってくるでしょう。ですから、まずは足止めが必要です。その後、散開するといった感じですね」
「わっかりましたー」
「本当に分かったのか?」
 武が明莉の額を小突いた。
「あの、屋敷の見取り図を見せていただけませんか?」
「あ、はい。これです」
 倉菜に言われてエレノは見取り図を渡す。その見取り図を眺め、倉菜は印をつけていく。その後、倉菜は物質具現化能力を使いスピーカーを複数、具現化させた。
「屋敷に入る前に皆さんにはこれをお渡ししておきますね」
 四人は首を傾げながらスピーカーを受け取った。
「これ、何に使うんですか?」
 祐介が訊くと倉菜は見取り図を使って説明を始めた。
「そのスピーカーからは私が演奏するバイオリンの音が流れる仕組みになっています。これで、ある程度の魔物や怨霊を浄化できるはずです」
「分担はどうするんですかー?」
「担当する階を決めておいた方がいいじゃないのか? かなり広いようだし」
 明莉と武が言うと他の三人も同意した。
「じゃあ、俺は一番上を担当しよう。誰か一緒に同行するかい?」
 祐介が皆に訊く。
「三階は一番、狭いフロアですし、人数を考えると一人が妥当かもしれません」
 エレノが言った。上の階へ行くほど狭くなるのは当然のことだ。
「私たちが一階を担当しましょうか?」
 明莉が武と自分を指差しながら言った。
「じゃあ、俺は二階になるかな」
 慶悟がタバコを吸いながら屋敷を見上げた。
「私は皆さんの援護をしますので玄関付近で待機しておきます……」
 倉菜はバイオリンの入ったケースを両手で抱えた。
「では、私は二階と三階を担当してらっしゃる方の援護をします」
 エレノがそう言うと五人は驚いたような顔をした。
「エレノさん、大丈夫なの?」
 明莉が心配そうに訊くが……。
「大丈夫ですよ。私は魔法使いですから」
 真面目な顔で呟くエレノの指先から淡い光が宿った――。



■ 進入

 武と明莉は一階の各場所にスピーカーを設置した。すぐにバイオリンの音が浄化の役目を果す。
「――すごーい」
「おい、明莉! 後ろ!」
 背後から襲ってきた魔物――浄化されなかった大型の魔物だ。
「きゃああ……ってあれ?」
 飛び掛ってきたはずの魔物はいくら待っても攻撃してこない。
「うわ、くすぐったいよ」
 現れたのは麒麟――。
 明莉が持っている懐中時計に憑いている付喪神である。彼女は麒麟がその懐中時計と関係があるとは思っていないが、危険が迫ると助けに来てくれることを知っている。麒麟は鼻で明莉に頬擦りしてくる。麒麟に触れられることで霊体が見えるようになるのだ。
「武さん、がんばりましょうー」
「ああ、だが無理はするなよ」
 明莉は返事をする前に走っていった。
 代わりに麒麟が鼻で返事をした。



■ 掃除T

 作戦は『挟み撃ち』である。具体的には明莉が廊下に護符を貼りながら霊を追い込み、その間、武も護符を貼り行き止まりを意図的に作り、最後に集まった敵を一気に挟んで叩くというものだ。
「きゃああ来ないでー!」
 護符を貼りながら魔物に追い回される明莉。麒麟がすぐに駆けつけ魔物を飲み込んで吸収してくれる。
「さ、追い込むぞ!」
 武は杖を振り回しながら怨霊を轟かせる。頭部に環のついた杖は僧侶などがよく使う錫杖と呼ばれるものだ。振り方がやけに様になっていた。
「武さん、あとはお任せしまーす」
「任せろ」
 錫杖を床に落とし、今度は刀剣を召喚する。実は腕に取り憑いた『霊斬刀』という刀である。
 狭い廊下では振り回すことは不可能である。武は斬るではなく突く方を選択する。
「――はぁぁぁ!」
 強烈な打突。
 集まった敵を一気に殲滅していく。
 麒麟も敵を飲み込み吸収する。
 淀みが徐々に減っていき、邪悪な空気も霧散する。
「よし、こんなもんか?」
「みたいですね」
 二人から安堵の溜息が漏れる。
 麒麟は二人に向かって雄叫びを上げると姿を消した。



■ 掃除U

 二階を担当している慶悟は魔物の群れに追われていた。
「数が多いな……。しかし、雑魚か」
 廊下を這い回る魔物が複数体。
 慶悟は即座にある結界を床に敷いた。敵を閉じ込める結界である。
「其は怨敵四魔を即滅せし大神咒――」
 魔物を結界に閉じ込めると呪を唱え、手から呪符を放った。
 刹那――魔物が消滅する。
 残った敵は呼び寄せた十二神将に攻撃させる。
「ふう……」
 一息つくと再び敵が現れた。今度は体格がやけに大きい。
 慶悟は再び結界は敷き、
「我、汝が在るが様を禁ず」
 禁呪で敵を縛った。が……。
 ――グォォォォォ!!
 屋敷が振動――魔物は唸り声を上げ、動こうと暴れる。結界が今にも破れそうだ。
「Momentary explosion! −瞬間的な爆発−」
 背後から凛とした声が響く。
 ――ドォォォン!
 次の瞬間……魔物の手足は吹き飛んでいた。
 慶悟はそれに続くように、
「震の方より雷、巽の方より風、離の方より焔、坎の方より水を導き太陽・太陰の極みを以て其を四魔討つ我が鏃、我が刃、我が鑓穂とせん――!」
 落雷――疾風――浄炎――清流。
 焦がし、切り裂き、燃やし、流した。
 全てが無に返る――。
「……あんた、やるな?」
「そんなことありませんよ」
 エレノは謙遜しながら微笑んだ。



■ 掃除V

 鋼のように頑丈な糸は、だが、滑らかに裕介の手から放たれる。
 糸が絡まると例外なく魔物たちは時間が止まったように静止する。
「よし、今のうちに!」
 浄化の気を拳に込め……。
 ――ギャァァァ!!
 魔物は呻きと共に消滅する。
 鋼の糸を目には見えないほどの細さに保ち鍛えた――妖斬糸を思わせる糸の使い方は裕介が友人の動きをコピーしているからだ。
「――な!?」
 突如、背後から敵に襲われる。バランスを崩しながらも後方へ側転。狭い廊下で敵に挟み込まれると厄介だ。なるべく距離を保つ必要があった。
 裕介はトランクからシーツを取り出す。ミスリル銀で編み込んである特殊なシーツである。それを、漁師が網でも投げるように敵を包括する。
 怯んだ敵を浄化の気で一掃――。
 もともと、三階は敵の数が少なかったようで、二階から圭悟とエレノが駆けつけてきた頃には邪気は完全に消え去っていた。
「これで、掃除は完了かな?」
 裕介がエレノに訊く。
「はい。皆さんのおかげです」
「一応、念のために屋敷の内部と周囲に怨敵除けの札を貼っておこう」
 圭悟がスーツの内ポケットからお札を取り出した。
「あの、もう一つのお掃除が終わってませんよ?」
 エレノが言うと、
「なるほど。なら、草間に追加料金を頂くとしよう」
 圭悟が不敵な笑みを浮かべてそう言った。



■ 本当の掃除

「……だいぶ太陽が傾いてきたわね」
 玄関ホールをホウキで掃きながら倉菜が呟く。屋敷は百坪近いという話だった。六人いるとは言え、けっこうな労働である。
「終わりましたよー」
「あとは、玄関だけだな」
 明莉と武が階段から下りてきた。
「こちらもだいたい終わりました」
 倉菜はチリトリにゴミを集める。そうして、掃除が完了する頃には他の面子もホールに姿を現し出した。
「皆さん、本当にお疲れ様です。ところで、お茶でもいかがですか?」
 エレノが提案すると、
「あ、それなら……ちょうど私、お菓子を作ってきているので準備しましょう」
 倉菜がバッグから包みを取り出した。
「わー、これ何ですかー」
 明莉が食べ物に釣られてフラフラと倉菜に近寄る。そんな最中……。
「そうだ、誰かこのメイド服を着てくれませんか?」
 裕介がトランスケースから大きなリボン付きのけったいな洋服を取り出すと失笑の嵐が吹き荒れた。



■ 終焉

 高そうな椅子に一同は座り、しばしの雑談に耽る。話が一段落してエレノが神妙な顔つきで全員の顔を見やり、口を開いた。
「この屋敷が建てられたのは二百年ほど前です。館の主人はヨーロッパから、この日本へと渡ってきた力ある者でした。力とは私も使っている――魔法と呼ばれる……小説などではありきたりな力ですね。館の主人がこんな山奥に屋敷を建てたのには理由がありました。それは、敵対する術者から逃れるためでした。既に他の仲間は敵の手に落ち、主人は逃げるだけで精一杯だったのです」
 そこまで話すとエレノは再び全員の顔を見回した。表情を変えずに話を続ける。
「平穏な日々が続きました。孫娘と一緒だった主人は、彼女に魔法を教えました。才能があった彼女は徐々に頭角を現していき……多くの魔法を習得しました。そんな時、敵の襲撃に合ったのです。敵は狡猾な手段に出ました。魔物を近くの村に放ったのです。館の主人はすぐに策を練り、この館に魔物を誘き寄せました。そして、自らが生贄になることで館ごと封印したのです。村は救われましたが……誰もその事実は知りません」
 エレノが椅子を引いて席を立った。
「館はとても奇麗になりました。皆さんありがとうございます」
「……エレノさん?」
 隣に座っていた倉菜が最初に異変に気づく。
 薄れる存在。
 世界に繋ぎとめていた心残りが消えると共に存在も同時に消えうせた――。
「消えちゃった……?」
「どういうことだ?」
 明莉と武が唖然とした様子でお互いの顔を見詰め合っていた。

 エレノが消えて数分後、玄関の扉が開く音が聞こえた。
 ――ガチャ!
 今度はダイニングの扉が開き草間が息を切らしながら室内に入ってきた。
「草間さん……どうしたんですか?」
 裕介が訊くと、
「もう、彼女は消えたのか?」
 真面目な顔で草間がそう言った。
「もしかして、何か分かったのか?」
 今度は圭悟が訊く。
「すまんが、何か飲み物をくれないか……」
 壁に寄りかかりながら草間は咳払いをした。
 一杯目の紅茶は一気に飲み干し、二杯目も息をつかずに飲み上げた。
「……で、彼女の正体なんだが」
「館を建てた主人の孫娘……ですよね?」
 倉菜が言うと驚いたような顔をして草間が頷いた。
「つまり、霊だったってこと?」
 明莉が頬杖をついて考え込んでいた。
「調べてみたら、エレノなんて少女はこの世に存在しなかった。戸籍上にも存在しない」
「でも、霊体ならどうして俺たちは気づけなかったんだ?」
 武が誰にいうでもなく疑問を投げかける。
「確かに……浮世離れしていたけれど、そういう雰囲気ではなかったわね……」
 倉菜も疑問に感じているようだ。
「皆、忘れてるな。彼女が魔法使いだった、ということに」
 圭悟が今日何本目かも分からないタバコの煙を吐きながら言った。
「霊体の上に別の媒体を被せて、人間の姿を装っていたのだろう。俺も最初から相手が霊だと分かっていたら、依頼を受けなかったかもしれない……。それだけ彼女にとってこの屋敷は大事なものだったのだろう」
 草間が圭悟からタバコを一本譲り受ける。火が点ると同時に煙が室内に広がった。
 山の奥にひっそりと佇む館は、やっと平穏を取り戻した。
 少女の願いは叶ったのだ。
 魔法使いは永遠に眠る――。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2194/硝月・倉菜/女/17/女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
【1098/田中・裕介/男/18/孤児院のお手伝い兼何でも屋】
【2768/朋矢・明莉/女/19/学生】
【2776/加賀見・武/男/24/小説家】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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調査依頼『少女の願い』にご参加いただきましてありがとうございます。担当ライターの周防ツカサです。
今回 ■ 進入 だけは各々個別なものになっております(朋矢様と加賀見様は同じものです)。
書き上げて思ったのですが、アクションシーンが多い……。
何といいますか、アクション系の調査依頼って少ない気がして、わりとこういう依頼を書いているのですが、どうなんだろう(独り言)。
それでは、こんなところで失礼させていただきます。またお会い致しましょう。

 担当ライター 周防ツカサ