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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


選べない選択

想いとは… 一体なんでしょう?
愛とは…どんなものなのでしょうか?

思い、想い…。それぞれ違う形のそれが生み出すものは一体…?

一筋の光さえも吸い込む…深淵の闇 その奥底でたった一つの影が揺れる。
影?違う。それは白い裸体。
自らの髪のみを纏いその身体は、闇の中を緩やかにたゆたい歩む。闇の中で不思議な光を放ちながら。
歩みの跡に残る雫は、汗か…涙か…それとも…残滓…。
「彼女」は何も気に留めることのないように、歩き続け…そして、扉を開けた。

「ただいま、戻りましたわ。」
ここは、深淵の闇の底。
家具や道具は無いわけではないが、明かりは無い。
必要ないから。「彼女」には。
彼女以外の住人もいない。
深淵の闇の奥、ただ…神に仕えて生きるものは他にはいないから。
地上の自分の家ではない。答えが帰る筈も無い。だから、そのようなことを口にしたことは無かった。
今までは。
「おかえりなさいませ。おねえさま…。」
帰った返事に満足そうに微笑むと、「彼女」海原・みなもは答えた。
「良い子にしていましたか?。“みなも”?」
「はい…おねえさま。」
聞き慣れたものと同じ、でも抑揚の無い声で、“みなも”は答えると、みそのの肩に無言でショールをかけた。
引かれた椅子に当然のように腰をかけたみそのは、当たり前のように“みなも”が入れた紅茶を啜る。
御方との夜の後、身体に疲労は残っていないつもりでも、紅茶の魔力は静かな安らぎと憩いをみそのに与える。
(いえ、違いますわね。これは、紅茶ではありませんわ。この子の力…。)
純白のティーカップを片手に持ったままみそのは横に立つ“みなも”に手を差し伸べた。
“みなも”は、つっ、と膝まづきみそのを仰ぐ。
人形のように白い頬を、作り物のように艶やかな青い髪を撫でながらみそのは思った。
(何故でしょうね。この子を手に入れたときには、ただの…おもちゃを手に入れた。そうとしか、思えなかったのに…。)
ある事件をきっかけに、みそのは、この子を手に入れた。最愛の妹、みなもとまったく同じ人形。この…“みなも”を。
人にも、もちろん家族にも、妹にも見せられないこの“みなも”をみそのはここに連れて来た。闇の奥底、深淵の自分の部屋に。
そうして気付く。いつしか自分が、この“みなも”に不思議な感情を抱いている事を。
(最高の、快楽と安らぎを得られる御方様の夢の中とは違う。陸の上で「家族」たちといる時とも違う。何でしょう?この不思議な感覚は…。)
『お姉さまは『百合』なのですか?』
前に『ちょっと』からかったとき、泣きそうになりながらみなもは、そう問うていた。
女性が、女性に持つプラスの感情をそう呼ぶのなら、自分は確かにそうなのだろう、とみそのは思う。
だが、世間一般で言うところのそれとは違う。
“みなも”の眼をみそのは見下ろした。自分をただ、ひたすらに真っ直ぐ見つめる…瞳。
ガラス玉のような一筋の曇りも無い眼に移る自分自身を見たとき、みそのは苦笑した。
(この子は、私に憧れを持っている…。そして、私も…。)
人形に心などあるわけは無い。と思ってしまえばそんなのは妄想だと一言で片付く。
だが…、違う。この世に、ありえないことなど、存在しないのだ。
「どうしたのですか?おねえさま?」
「…なんでもありませんわ。みなも。」
みそのは、静かに微笑み、そう告げ、…手を差し伸べた。

時の流れにも置いていかれたような深淵の闇の中。
みそのは、隣に横たわる“みなも”をじっと見つめた。
こうして見ていると、陸の上の妹と変わるところなど外見上は見つけられない。
(…でも…違いますわね。)
『だが…それでも元には戻らないのだよ。一度、損なわれたものは、ね。』
ふとある人物の言葉が脳裏をよぎった。
彼は、確かにそう言っていた。狂気の人形師。だが、彼は何よりも大事な人の本質はちゃんと見抜いていた。
そんな…気がする。
(この子はみなもの偽物に過ぎない…。本物を人形にしたのだから、一番本物に近いはずだけど…。でも、何なのでしょう。この…感覚は…。)
“みなも”を手に入れ、共に過ごすようになってからそれはみそのの心に滓のようにわだかまって、時折彼女を苦しめていることだった。
(私が、何より愛するのはこの世でただ一人、本物のみなもだけ…。)
明るく、優しい青の人魚姫。重い運命も苦にせず、自由に泳ぐみなもが、みそのは好きだった。
時におもちゃにしてしまうことはっても彼女の行動を、表立って邪魔したことは少ない。
それで、いいと思っていた。
でも、“みなも”を手に入れてから知ってしまった。
(手持ちに置きたい、小鳥の羽を切るかのように、側にいてほしい。)
自由な笑顔が好きなはずなのに、籠の中、自分が見たときにいつでも側にいて欲しい。どこにも…行かないで欲しい。
それは…ジレンマ?
「あの方も…こんな思いを…されたのでしょうか?」
『あいつは、驚くほど普通の人間だよ。自分の思いに正直なだけでね…。』
はた迷惑かもしれないが。父はそう言って笑っていたっけ。
「いまのみなもが…偽物?人形こそが本物…。」
思い上がりかもしれない。ただの思い込みかもしれない。
だが、彼が自分の娘を人形にし、側に置くのは自分と同じ理由のような、そんな気がするのだ。
彼の娘の人形は、しゃべりもせず、動きもしなかった。
なんの見返りも望まない、ただ…注ぐだけの愛。残酷なまでに一方的でさえ、あっても。
『君は、私と同種の人間だよ…。君も、いつか、私のようになるのかな?』
あの時、自分はそれを否定した。
だが…。
みそのは横を見る。自分の思い通りになってくれる“みなも”が側にいる。
この子が、自分の望んでいた何かを、ある意味、確実に与えてくれていることが解る。
「わたくしは、この子で満足しているのでしょうか…。」
さらり、手に掬い上げると流れ落ちる水のような青い髪を撫でながらみそのは想っていた。
(まだ…私にも解りませんわ。私が、どちらを…何を望んでいるのか…。)
自由なみなもか、思い通りになって側にいてくれる“みなも”か。
それによっては、自分は本当に、彼のようになるのかもしれない。いつか…。
(まだ…解りませんわ…。)

闇の中でまだ眼を閉じて眠るような“みなも”の唇にみそのは自分の唇を重ねた。
体温を感じない、冷たい唇。自分の熱だけが帰ってくる。
みそのは毛布を“みなも”にかけて小さく微笑むと、踵をかえした。

「おかえりなさい。おねえさま。朝帰りですの?」
自分の家で、妹が出迎える。紅い健康的な頬が、朝の光を返して美しいまでに輝く。
「ただいま戻りましたわ?みなも。」
みそのは迎えられた笑顔に近づいた。顔と、手を伸ばし…
「きゃっ…!」
唇を重ねる。触れるだけのキス。外国式の、いやみその式の単なる挨拶だ。
でも、みなもの顔はトマトのように真紅に染まる。
「お、お姉さま?な、何です?いきなり!!」
「…なんでもありませんわ。」
みなもと、自分。二人分のぬくもりに暖められた唇を人差し指で軽く押さえたまま、みそのはウインクした。
もう…!
火照る頬を押さえながら前を歩くみなもの背を見送りながら、みそのは想った。
もうしばらく、このままでいいと。
このままで、いたい…と。

心の中に抱える思いが、想いが何を生み出すか、何を選ぶか。まだ解らない。
でも、もう少し、このままでいたい。
深淵の闇の底。
地上の光の中。
いつか、自分の生きる道を選ぶときがくる。

だから、その時まで…もう少しだけ、このままで…。

時の流れさえも支配する巫女の、それは…ささやかな願い。