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<東京怪談ノベル(シングル)>


『彼女が死を選んだ理由・・・』

 あれさえ手に入れば・・・

 あたしはいける・・・

 お姉ちゃんがいけたように・・・あたしも・・・・・

 あれさえ手に入れば・・・・

 そう、あれさえ手に入れば・・・あたしはいけるんだ・・・・・・


 ◇◆◇◆◇
 縁樹は掘った穴に【アレ】を入れると、丁寧に慎重に土をかけて、埋めた。だけどその土の色は周りとは違う。ううん、土を掘ったからじゃない。土はいっきに腐ってしまったからだ。
「うわぁ〜」
 縁樹が悲鳴をあげたのはそこからムカデや蜘蛛やらがたくさん出てきたから。
 
 そう、【アレ】によって土地が呪われてしまったから・・・。

 【アレ】とはそれほどのモノなのだ。
 説明をしよう。ボクと縁樹が【アレ】に関わった経緯と、【アレ】とは何であるかを・・・。


【オープニング】
 草間探偵事務所。
 そこの所長を務める草間武彦は本人はハードボイルドな探偵を気取りたいそうなのだが、どういうわけかそこに舞い込む依頼の数々のほとんどは怪奇絡みの不吉な事件ばかり。
 だけど今回舞い込んできた依頼はそういう怪奇絡みの事件とは一見別物に見えた。しかし、だからといって普通の依頼ではなく・・・その、なんというか・・・・・・
「しかし、警察の捜査では、自殺だったのでしょう?」
 草間さんの隣に座る縁樹がそう言うと、彼女は顔を伏せてしまった。ボクと縁樹は顔を見合わせる。
「だけど・・・」
 しかし依頼人の彼女はスカートをくしゃっと握り締めながら、言った。
「だけど姉さんが自殺なんかするわけがないんです。姉さんは見合いをして、大好きになれる人を見つけて・・・それで、ええ、今は幸せの絶頂にいたのに。だけど、姉さんは自殺をしてしまって・・・でも姉さんは・・・自殺なんかするわけないんです。姉さんは私にこれから幸せになれるんだって・・・嬉しそうに笑っていたんだから」
 なんだかとても見ていて不憫になってきた。
 彼女の依頼はこうだ。
 10日前に彼女の姉が自殺した。結婚式の前日に。
 遺書は見つからなかった。
 だけど彼女のお姉さんには不審な点は無かった。
 …………首を吊ったロープの輪からも彼女の長い髪はちゃんと外されていて、とても綺麗な首吊り死体だったという。よく推理物の小説やドラマなんかにある偽装自殺のような不審点は無かった。
 そう、ちゃんとした自殺。
 人が自分で自分を殺す時の理由なんか他人にわかるわけがない。そう、わかるわけがないんだ。そんなモノ・・・。
 だから残された依頼人がそれを納得できなくって当然なんだ。信じられなくって当然なんだ。だけどそれでも彼女はお姉さんの死を受け入れなくっちゃならない。それはとても哀しいけど・・・。
 ボクは首を振った。
 だけど縁樹は泣きそうな顔で彼女を・・・依頼人である死んでしまったお姉さんの妹さんを見つめている。
「草間さん・・・」
 縁樹は隣の草間さんを見た。
 草間さんは縁樹のそのアッシュグレイの前髪の奥にある潤んだ赤い瞳に見つめられて、眉の間に深い皺を刻んで困ったような表情を浮かべたが、やがて根負けをしたように大きくため息を吐いて、依頼人に視線を向けると、
「わかった。この依頼を引き受けよう。あなたのお姉さんが本当に自殺だったのか? 自殺だったとして、結婚前の幸せ絶頂の彼女がなぜ死ななくっちゃいけなかったのか? それを調べればいいんですね?」
「はい。お願いします」


 ◇◆◇◆◇
 ***県***市。
 山間の深い谷にあるその市は緑溢れたゆったりとした静かな街だ。
 そんな街で起こった彼女の自殺はそこに住む人々に深い陰を抱かせていた。
 ボクはなんとなくいたたまれない想いでいっぱいになる。
 この依頼は一見、依頼人ただひとりの心を納得させるようなモノだけど、しかしこの依頼遂行にあたってもしも彼女が彼女なりのお姉さんの死に決着をつけられれば、そしたらこの街の人々も笑えるようになる、そんな風にボクは思ったんだ。
『縁樹』
「ん?」
『この依頼、がんばろうね』
 ボクがそう言うと、縁樹はわずかに驚いたような表情をして、そしてにこりと頷いた。


 ボクと縁樹、そして依頼人と草間さんとでやった事は自殺してしまったお姉さんの婚約者、彼女の友達と会い、妹さんである依頼人の知らない彼女の苦悩などを調べること。だけど婚約者を始め彼女の親友もなぜにお姉さんが死を選ばなければならなかったのかを知らなかった。
 誰もが彼女は幸せそうに笑っていたと言う。お姉さんが自殺するわずか20分前に会っていたという彼女の親友すらもその理由がわからずに苦しんでいた。別れるその瞬間まで彼女は笑っていて、結婚式の親友代表のスピーチについての冗談もかわしていたという。
『縁樹。なんだろうね? なんだかとても変だ』
「うん。衝動自殺と言ってもなんだか・・・変だよね・・・」
 縁樹はなんだか息苦しそうに口を開閉させながら隣の草間さんを見た。彼も歪めた表情を浮かべた顔を横に振った。
 この自殺、ただの自殺じゃない?
 じゃあ、その裏には何があるというんだろうか?
 ボクは得体の知れぬ不安に襲われて、そしてそんなモノに大切な縁樹を関わらせてしまった事を少し後悔した。

 ◇◆◇◆◇
 街の真ん中を走る大きな一本道。
 依頼人の家は代々この街でも有名な地主で、その家は大きかった。
 お姉さんが自殺したのはその家の納屋だった。
 ボクらはその納屋に入る。
 いたって普通の納屋だ。そこには何も無い。
「警察の現場検証でも不自然な点は見つからなかった?」
「はい」
 依頼人は頷いた。
 草間さんは吐いたため息で前髪を浮かせた。完全な手詰まりだ。
 手詰まり?
 その表現はどうなのだろうか?
 だって彼女は自殺なのだ。そして今日一日の捜査ではその結婚前の不安定な新婦の衝動自殺という警察の答えが完全に正しいという事が証明されたのだから。
 そう、どこからどう見ても彼女は自殺だ。理由は本人しかわからない衝動自殺。依頼人の希望は自分が感じている漠とした不自然さを草間さんに解明してもらい、姉の自殺の理由を解明してもらおうというものだった。
 だけど草間さんやボクらがしたのは、お姉さんがお姉さんしかわからない苦悩を抱えながら死んでしまったのだという事の証明だった。それは依頼人が望んでいた事ではない。
 ボクも縁樹も、草間さんも消化不良な表情を浮かべている。確かに彼女の死に漠とした不自然さを感じていたからだ。
「あの、すみません。草間さん。わざわざ東京からこんな田舎にまで来てもらったのに・・・その無駄足を踏ませてしまって」
 草間さんは顔を横に振った。
「いえ。無駄足ではなかったと思います。確かに今日一日で俺達も彼女の自殺に何か違和感を感じている。それはそこに何かがあるからだ。あるからには見つかると思います。もう少し調べてみましょう」
 草間さんはこくりと頷いた。依頼人は泣き笑いのような表情を浮かべて、
 そして縁樹はそんな頼もしい彼に抱きついた。
「さすが草間さん。頼りになります」
 ボクはムカッとした。


 ◇◆◇◆◇
「いらっしゃいませ」
 にこりと笑うおばさん。
 和風喫茶のオカミサンだ。
 依頼人の家の隣は和風喫茶なのだ。
 店内に入るとクーラーが効いていて、すごく気持ちが良かった。
「わぁー、気持ちいい」
 縁樹はクーラーが一番効いてそうな席をまるで猫のように見つけ出して、着いた。そんな彼女にオカミサンはくすくすと笑い、そして依頼人もにこりと笑った。それはボクが初めて見る彼女の混じりっけの無い純粋な笑みだった。それは縁樹も感じたらしく、ボクらは顔を見合わせあうと、にこりと笑いあった。
 依頼人は縁樹に冷たい抹茶アイスをおごってくれた。
 縁樹がそれを嬉しそうに食べていると、そこに車椅子に乗った黒髪の女の子がやってきた。歳は12,3歳ぐらい。日本人形のような女の子だ。
 そして彼女はおもむろに依頼人に言った。
「ねえ、お願いがあるの。大きいお姉ちゃんの鏡をあたしに頂戴」
 依頼人はものすごく嫌そうな顔をした。
「またその話? あの鏡はダメ。あれは私がもらった姉さんの形見なの。だからごめん。あげられない」
 そう言う依頼人はとても頑なに見えた。ボクと縁樹は戸惑う。昨日から見ている依頼人はどこか希薄な感じがした薄幸な人だったから、そこに違和感を覚えたのだ。
 そして黒髪の少女はまたおもむろに言った。縁樹を指差して。
「このお姉ちゃんは、あなたがわざわざ東京にまで行って連れてきた探偵さんなのでしょう? それでわかったの、大きいお姉ちゃんの自殺の理由?」
 その時の彼女はものすごく嫌味な表情を浮かべていた。ボクと縁樹はちょっと彼女のその表情に顔をしかめてしまう。
「いいえ、新しい成果は見つからなかったわ」
「そう」
 少女は黒髪を大きく揺らして頷いた。そしてにんまりと笑う。老婆が浮かべるような醜悪な顔で。
「だったら交換しない?」
「何を?」
「だからお姉ちゃんが持ってる大きいお姉ちゃんの鏡とあたしが持ってる大きいお姉ちゃんの秘密」
 ボクと縁樹は顔を見合わせあい、そして同時に依頼人を見る。彼女も落ちかけたソバージュのかかった髪に縁取られた顔に驚きの表情を浮かべていた。
「それって・・・どういう事? 姉さんの秘密って・・・あなた、何か知ってるの?」
「ええ、知ってるわ。ものすごい秘密を。だけどただでは教えない。大きいお姉ちゃんの・・・・痛い。やだぁ、放して」
 少女は悲鳴をあげた。依頼人がものすごい形相で彼女の肩を掴んで、揺さぶったからだ。
「言いなさい。姉さんの秘密って何? 姉さんの何を知っているの?」
 彼女は少女が車椅子とか、自分よりも年下とかそういうのは一切無視で、少女をがくがくと揺さぶった。
 少女は涙目になっている。依頼人に肩を掴まれている少女のノースリーブの服から覗く白い肌がものすごい色になっていることに、ボクと縁樹は慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってください。乱暴はしないで」
 慌てて縁樹が二人の中に入る。
 そして縁樹は自分の水を依頼人に与えた。
「これを飲んで落ち着いてください」
 そして少女にも抹茶アイスクーリムを持ってきてくれたオカミサンがサービスでくれたオレンジジュースを与えた。
「あなたもこれを飲んで」
 二人ともそれをいっきにあおって、だけど二人とも目を合わせようとしない。
 縁樹は少し居心地が悪そうに椅子に座りなおした。
 ボクはイライラする。っとに、こんな時に草間さんがいてくれれば縁樹だってもう少し気が楽だったろうに、彼は先ほど少し調べたいことがあるからと言って、別行動に入ってしまったのだ。
「ごめんなさい。取り乱してしまって」
 依頼人は勤めて落ち着いた声を出して、大きくため息を吐いた。
「いえ」
 縁樹は顔を横に振る。そして彼女は不貞腐れたように顔を横に向けている少女に視線を向けた。
「だけどあなたも悪いと思う」
「どうして?」
 彼女はものすごい勢いで縁樹に食って掛かった。だけど縁樹は冷静にそんな彼女に言い聞かせる。
「だって大切な人が死んで哀しんでいる人にあんな酷い交換条件を出すんだもの。もう少し他人の心の痛みを考えないと」
 しかしそう言った縁樹に彼女は鼻を鳴らした。
「あたしにはそんな心の余裕はないもん。見て、あたしの足を。3年前に交通事故にあって、足が動かないの。そのあたしの苦しみがわかる? どれだけ辛いと思ってるのよ。なによ、皆、大嫌い」
 そして彼女は地団駄を踏む代わりとでもいうかのように手でばんばんとテーブルを叩くと、慣れた感じで、自分独りで車椅子の方向転換をして、店から出て行こうとした。だけどその彼女を今度は依頼人が止めた。
「待って」
 ぴたりと車椅子が止まる。
「わかった。姉さんの鏡は後であなたにあげる。だから姉さんの秘密と言うのを教えて・・・」
 そして振り返った少女はにこりと笑って、桜色の唇を動かした。


 ◇◆◇◆◇
「嘘よ、そんなの。姉さんがそんな事をする訳が無いわ」
「本当よ、だってあたし見たんですもの」
 涙を浮かべながら姉を弁護する彼女にしかし少女ははっきりと言い切った。
 それを見た依頼者はぐっと下唇を噛み締めてそのままくるりとターンすると、走って出て行ってしまった。
「あ、ちょっと、待って」
 縁樹は慌てる。
 そこへオカミサンが来た。
「どうしたの? 何を騒いでいるの?」
「あ、お母さん」
 お母さん? 少女はどうやらこのオカミサンの娘らしい。
 だけど今はそんな事は気にしてられない。
 縁樹は代金をテーブルの上に置くと、依頼者の後を追った。見失ったら土地勘が無いボクらははぐれてしまう。
「ちょっと、お姉ちゃんにちゃんと約束を守るように言ってよ」
 ボクは走る縁樹の肩に掴まりながら、振り返った。少女はなんだかとてもにこやかな笑みを浮かべていた。


 ◇◆◇◆◇
 店の外に出ると、走り去る依頼者の後ろ姿がなんとかぎりぎり見えた。
 縁樹は全速力で彼女を追った。だけど彼女、意外に足が早い。
 ボクは縁樹に叫ぶ。
『縁樹、ボクの中にある自転車を』
「あ、そっか」
 縁樹は僕の中から自転車を取り出すと、最初からフルスピードを出した。それでようやくボクらは依頼者に追いついた。
「はあはあはあ、ちょ、ちょっと待ってください」
「縁樹さん・・・」
 そこで依頼者は我に返ったようだ。口元に硬く握った拳をあてて、涙を流す。
「ごめんなさい。取り乱して」
 縁樹とボクは顔を横に振った。
「いいえ、そんな。それよりもその、大丈夫ですか?」
 長い間、縁樹と色んな場所を旅して、色んな人を見てきた。それは確かな人生観みたいなモノをこのボクにもちゃんと持たせていて、そしてそのボクは想う。人には時には知らない方がいいという事もあると。そう、そうなのだ。あの少女が彼女に聞かせたのはそういう事。
「大丈夫なんですか?」
 縁樹もボクも依頼者の姉の自殺に感じていた漠とした不自然さの理由を悟ってしまった。そう、少女が答えを知っていたのだ。
 依頼者はこくりと頷き、そして震える手で胸元を握り締めながら縁樹を上目遣いに見た。
「すみません。あの、できたら一緒に行ってもらえませんか?」
 ボクと縁樹は顔を見合わせあって、そして同時に頷いた。


 ◇◆◇◆◇
 その長い日の・・・ようやく迎えられたような夜、縁樹とボクは依頼者の家の客間にいた。
 畳の上に敷かれた布団の上で縁樹は抱えた膝に額を埋めている。
『ねえ、縁樹。大丈夫?』
 何が大丈夫なのだろうか? だけどボクはそれ以外には言葉は見つけられなかった。
 これまでずっと長い旅をしてきた縁樹とボクだけど、おそらくは今日と言う一日はその長い旅の中でも一番長かった日に違いない。
 そう、縁樹もボクも確かに疲れていた。真夏の炎天下でずっと聞き込みをしていたし、そしてあんなすごい場面にも居合わせてしまって。
 まずは最初にこれを説明しておこう。
 あの少女が見たというモノは・・・

『大きいお姉ちゃんは不倫してたのよ』

 少女は見たという、この街の医者と依頼者の姉が不倫しているのを。

 そして依頼者はそれを問いただしに行った。妻がいる身でありながら、本当に自分の姉と不倫をしていたのかを。そしてその結果は・・・。

『誘ってきたのは君のお姉さんの方からだった。ずっと好きだった。自分は結婚してしまう。だから結婚する前に・・・自分を抱いてくれとね。その時の事を見られてしまったんだ』

 漠と感じていた彼女の自殺の違和感。それはそれだったのだろうか?
 それはわからない。
 しかし依頼者の方は確かにショックを受けていた。彼女はその医者をひどく責めるのだけど、だがその医者はのらりくらりとそれをかわしてまったく彼女の相手をしていなかった。とんだプレイボーイだ。
 ボクと縁樹もその男に何かを言ってやりたかったが、しかし縁樹の電話でその場に合流した草間さんに制されて、ボクらは何も言えなかった。こういうのは他人が口出しするモノではないらしい。
 そうして彼女も草間さんに宥められて、その場を後にした。
 後はそのまま依頼者は自分の部屋に引っ込んでしまい、そして縁樹とボクも与えられた客間でじっとしていた。
 その与えられた部屋で縁樹はずっと悩んでいたのだが、しかし意を決して依頼者の部屋を訪れた。
 そう、その時はまだ、彼女は生きていたんだ。ボクも縁樹も彼女の落ち込みようを見ていたから、それにどれだけ安心したか。
 彼女は自分の部屋で鏡を磨いていた。
「それがお姉さんの形見ですか?」
「ええ」
 彼女はうっとりとした顔で頷いた。どこか夢見るような乙女のような顔で。
 ボクは少しその彼女の様子に肌寒いモノを感じた。その時はそれがどうしてだかわからなかった。ただボクは何だか得体の知れぬ感じに気圧されていて、それでこの部屋を早く出て行きたくってしょうがなくって、だけど縁樹は鏡をごしごしと拭く彼女の横に座って、
「それ、趣味なんですか?」
 だなんて事を訊きだした。
 それに依頼者は素でぷっと吹き出して、その後にくすくすと笑い出した。
 縁樹は顔を赤くしてしまう。
「あの、えっと、僕、変な事言いましたか?」
「ううん。ごめんなさいね」そう言いながら彼女は鏡に映る自分の顔を見ながら小さく微笑んだ。微笑んだ? 
 ………なんだかボクには彼女が鏡に対して微笑みかけた…そんな気がした。
「趣味、とかじゃなくって、落ち着くのよ、こうやっていると。こうやってこの鏡を拭いていると」そこで彼女は口をつぐんで、そして開いた。「あのね、縁樹さん。実は私と姉さんのお母さんも自殺だったの。そのお母さんも私やお姉ちゃんがこうして鏡を拭いていたように拭いていたわ」
 縁樹とボクは顔を見合わせた。
 そしてそんなボクらに彼女はとても哀しそうに笑った。
「ごめんね、変な事を言っちゃって」
 そうしてそのまま彼女は愛おしげに鏡を拭いていた。
 ……………それが依頼者との最後の会話だった。彼女はこの後に姉や……そして彼女達の母親と同じように首を吊って死んでしまった。

 
 ◇◆◇◆◇
「訳わかんないよ」
 縁樹はひとり彼女が死んだ納屋の前に立って、瞳から溢れる涙をごしごし握り締めた拳で拭いていた。
『縁樹、元気を出してよ』
 ボクはこういう時の決まり文句しか口に出せない自分がもどかしい。もう少し気のきいたセリフを言えたらいいのに。しかも草間さんはまたどこかへ行ってしまうし。
「縁樹さん」
 声をかけてきたのは依頼人の父親だ。彼も泣きはらしたひどい顔で、それでもその顔に小さな笑みを浮かべて縁樹に声をかけてきた。
「あと少しで、警察からあの娘が帰ってくるそうだから。だからそれからお葬式の用意で・・・」
 だけど無理しているのがまるわかりで彼は声をそこで詰まらせてしまった。肩が小刻みに動き出す。当たり前だ。彼は父親なのだから。わずか数日で娘を二人も失った・・・。悲しい時には男も女も無い。
「あの、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
 縁樹はアッシュグレイの髪に縁取られた美貌にくしゃくしゃにまるめた花束かのような表情を浮かべて、彼を抱きしめた。人形のボクから見ても、縁樹に抱きしめられる彼の後ろ姿はとても小さく見えた。
 そしてその腕の中で泣く彼を抱きしめる縁樹の顔には何かを覚悟した者だけが浮かべる事の出来る力強い表情が浮かんでいた。


 ◇◆◇◆◇
『縁樹、それでどうするの?』
 泣き疲れたように眠ってしまった彼を布団に寝かせて、看病を親族の人に代わってもらうと、縁樹は依頼者の部屋に向っていた。
 その彼女にボクは問うたのだ。
「うん。今回の自殺は・・・依頼者、依頼者のお姉さんにお母さんと、共通点がある事に気づいた?」
『共通点?』
「そう、共通点」
『納屋で自殺した?』
「ううん、違う。鏡。鏡だよ」
『鏡?』
 縁樹は頷いた。
「前にさ、呪術師さんに教えてもらった事覚えてない? 鏡は呪術によく用いるって。実は昨夜、僕、あの鏡を神経質そうに拭く彼女を怖く想ったんだ。鳥肌がすごかった」
『縁樹も?』
 今思い出しても背筋にぞくっとしたモノが走る。
「最初の鏡の持ち主はお母さんだった。だけど彼女は自殺して、そしてその鏡は娘に。しかしその娘もその鏡を受け取って自殺してしまい、その妹も・・・」
『うん。鏡に何かがあると想うのが普通だよね』
「くそ。昨夜、あの時にもっと鏡を怪しむべきだったのに、どうして僕はその事に気がいかなかったのだろう」
『しょうがないよ。縁樹。呪術師さんが言っていたじゃない。そういう曰く付きの代物はそれが発する波動によって守られているって。その波動が縁樹からもボクからも注意をそらさせていたんだよ』
「うん」
 そしてボクらは依頼者の部屋の前に来たのだけど、しかしそこには異常な光景があった。なんと部屋は荒らされていて、そして・・・
「待って!!!」2階にあるこの部屋の下から草間さんの声。縁樹は開けっ放しの窓から身を乗り出させた。
 そこでは草間さんともう一人が争っている。
「どうなってんの、これは?」
 とにかく縁樹はそこからひらりと屋根を渡って、道に飛び降りた。だけどもうその時にはその男は草間さんに取り押さえられていた。


 ◇◆◇◆◇
「で、おまえはなんだ?」
 草間さんは組み伏せた男に厳しい声で問いただした。
「わ、私は宮司だ」
『宮司?』
「宮司って、あの宮司?」
 そう訊く縁樹とボクにその宮司と名乗る男は頷いて、そして縁樹はぴーんときたようだ。
「まさかあの鏡と関係があるの?」
「鏡、何のことだ、それは?」
 今までひとり別行動をしていた草間さんは眉根を寄せた。
 だけどその彼の下の宮司は一瞬顔を硬直させて、そしてエビゾリに上半身を起こして、ボクの縁樹に唾を飛ばして、言った。
「鏡? 鏡とは、銅鏡の事か? そうなんだね?」
「あ、うん」
 頷いた縁樹に、草間さんは男を解放し、そして縁樹に真剣な表情を浮かべた顔を向けた。
「二人とも説明しろ」
 ・・・。
「まず俺が別行動したのは、この男が依頼者を尾行している事に気が付いたからだ。それで俺は一端おまえらから離れ、おまえらをつけていたこの男を尾行していた」
 それが草間さんが別行動をしていた理由か。
「僕らは依頼者さんから彼女のお母さんも自殺していた事を教えられ、そしてそのお母さんも、お姉さんも、依頼者さんもその鏡を大事にしていた事を知って、それがひょっとしたら鍵なんじゃないのかと想ってやってきたところ」
 そうしたら、部屋は荒らされていて、家の下で草間さんと・・・
「私は泥棒じゃない。それは確かに勝手に家に上がりこんで、漁ったが、しかしあれを一刻も早く封印せねば大変な事になる。ヘビ神がこの世に復活してしまったら・・・」
「ヘビ神? ヘビ神って、女神信仰のヘビ神?」
 だけど彼は顔を横に振った。
「いいや、女神信仰のヘビ神ではない。邪神だよ。かつてこの国に巣くった巨大なヘビの神であったが、我が神社の開祖によって封印されたんだ、鏡に」
 ボクは理解した。あの銅鏡に感じた怖気を。
「あの銅鏡にはヘビ神が封印されている。しかしあの銅鏡の裏に掘られているヘビのレリーフの鱗、百枚がすべて赤い色に染まった時に、ヘビ神はこの世に復活するんだ。赤とはヘビ神の虜となった乙女の血の色。言い伝えによればヘビ神は嘆きの乙女の心の隙間につけこんで、それで乙女の心を掌握する。ヘビ神に心を掌握された女は自ら死んで、その魂を銅鏡の中のヘビ神に喰わせるんだ」
 冗談じゃない。
『ちょっと、ちょっと。なんでそんな恐ろしい銅鏡がこの家にあるのさ』
 すると宮司はものすごく苦い表情をした。
「泥棒にやられたんだ。それで私はずっと銅鏡を探していて、やっと見つけたんだよ、銅鏡を」
「それで銅鏡は見つかったのか?」
 そう問うた草間さんに宮司は顔を横に振った。
 彼は縁樹を見る。
 しかし縁樹とボクはその銅鏡を見つけに彼女の部屋に行ったのだ。
『あ、あのさ、まさかもう既にヘビ神が復活したという事は無いよね?』
 考えただけでも頭が痛い。だけどそれは幸運な事に宮司に否定された。
「いいや。この家に来るまであの銅鏡は乙女の魂を喰らわなかった。そして、この家に来てからあれが喰らったのは三人。ギリギリ九十九人だ」
「じゃあ、あと一人か」
 草間さんは顔を横に振った。
「銅鏡はどこに?」
 そう吐き捨てた彼の横顔を見ながらボクは思い出した。
『まさか、縁樹、あの娘が・・・』
 そして縁樹も、
「うん、僕も今それを言おうとしたところ」
 真っ青な顔を頷かせた。


 ◇◆◇◆◇
 ようやくだ。
 ようやくこの銅鏡が手に入った。
 彼女は器用に車椅子を操りながら自分の部屋に行くと、ドアに鍵をかけて、部屋に引っ込んだ。
 そしてうっとりと銅鏡を見る。
 きっかけは3年前の交通事故だった。その交通事故にあって、車椅子生活に入るまで彼女は活発な明るい娘だった。だけど足が不自由になってからは学校にも行かずに部屋にいて、ただ四角い窓から見える外の世界だけを見ていた。
 それを見たのは偶然だった。
 いつも神経質そうな手つきで銅鏡を拭いている隣の家の姉妹の母親がにこにこと銅鏡を胸に抱きながら納屋に入っていくのを見たのは・・・。
 彼女はなんだか母親のその表情がひどく気になってずっと納屋を見ていた。そしてわずか数時間後にその母親は死体となって納屋から出て来た。
 それを見てから彼女はその銅鏡がとても欲しくなった。
 そう、彼女にはわかっていた。その銅鏡の力であの母親はあんな笑顔で死にいけたのだと。
 自分は死にたい? 彼女は頷く。そう、彼女は死にたいのだ。だけどそのくせ自分で自分を殺すその勇気が無い。
 しかしその銅鏡があれば!!!
 そうしてそれから3年という月日をかけてとうとう彼女はその銅鏡を手に入れた。初めてこの銅鏡を胸に死に逝く人間を見たのが3年前。そしてその3年と言う時間は彼女の心を満たす死への憧れを拭い去ることはできなかった。
 緊張する。
 彼女は隣の家の姉妹とその母親がずっとそうしていたようにその銅鏡を布で拭こうとした。だけど手が緊張して、その銅鏡を落としてしまい、そしてその銅鏡は転がって部屋の隅に行ってしまった。
 彼女はそれを追いかけようとして、だけど緊張して心がはやって車椅子が上手く動かない。こんな時は本当にこの動かない足が疎ましい。この足が動いたら、そしたらあの銅鏡をすぐにでも簡単に拾えるのに。
 いや、足が動くのなら・・・
 そして彼女は今までとてもそんな気になれなかった事をしようとした。車椅子から立って、自分の足で前に・・・
 ――――そんな事、やれる訳が無いと想いながら・・・・・
 だけど・・・
「え?」
 彼女は口から驚きに塗れた声を上げていた。そう、彼女は立てたのだ。そして彼女は口から飛び出しそうなほどに心臓を早く脈打たせながら右足を前に動かそうとして・・・
「きゃぁ」
 だけど転んでしまう。転んでしまうのだけど、しかし彼女の中にあった絶望とかはもう無い。あるのは希望だ。
 そう、実は彼女は自分で自分はもう歩けないと思い込んでいただけで、実はちゃんとリハビリすれば、歩けたのだ。だけど彼女は絶望していたからそれをやらなかっただけ。しかし、彼女は自分が歩ける事を知った。
 彼女はこの3年間まともに口をきいていないお母さんをこの部屋に呼んで、それで母の前で立ち上がってみせて、それで母親をびっくりさせて、それですべてを謝って・・・
 だけど・・・
『こっちへおいで。こっちへおいで。そして私におまえの魂を食わせておくれ。私はおまえの心を救ってやるから。何の苦しみも無い世界に導いてあげるから、こっちへおいで』
 それは甘い誘惑の声。少女は理解する。


 ああ、自分が見たあの姉妹と母親が幸せそうに微笑みながら納屋に入っていけたのは・・・自殺できたのはこの声を聞いていたからなんだ・・・


 だけどその声は深い絶望や悲しみに囚われている者にはとても優しい穏やかな声に聞こえるが、生きる事を切に願う少女にはものすごく邪悪な声に聞こえて、そしてそれは正しい。
 銅鏡はふわりと浮いて、そしてその銅鏡から二本の鱗のある手がまっすぐに少女の首に伸びてきて!!!!


「きゃぁぁぁぁーーーーー」
 少女がそれに悲鳴をあげて気絶しそうになった瞬間に開けっ放しの窓から何かが飛んできた。二本のナイフだ。それは一本は銅鏡にあたって、銅鏡の向きを変え、もう一本は部屋のドアの簡単な鍵を壊し、
 そして・・・
「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーー」
 少女はまた悲鳴をあげる。
 銅鏡から、鱗のついた人らしきモノがその上半身をそこから出して自分に迫ってくるから。
「させないよ、そんな事」
 部屋の扉が乱暴に開けられる。その開いたドアのスペースに立ったのは縁樹とかいうアッシュグレイの髪のすらりとした綺麗な女の子。だが、その彼女の手には冷たく無機質な光を反射させる鉄塊・・・拳銃だ。
 夏の日に吹き込んできたひどく生暖かい嫌な風にふわりとアッシュグレイの前髪を浮かせた彼女は鮮やかな赤い瞳を輝かせて、拳銃のトリガーを引いて、
 その轟音に少女はもう精神が耐えられずに気絶して、だけど、その気絶する瞬間に彼女は銅鏡が四つに砕け散るのを見たのだった。そしてその欠片からおびただしい数の光り輝く物体が空に昇っていくのも。


 【ラスト】
 縁樹の射撃スキルは完璧だ。彼女は銅鏡の真ん中に弾丸を叩き込んで、見事に銅鏡を四つに割った。
 そう、それで事は一応は終わったのだ。


 これは後からわかったのだが、あの銅鏡を少女に渡したのは、依頼者の父親だった。少女は彼に自分が依頼者からそれをもらうことになっていたと言ったらしい。


 四つに砕けてしまった銅鏡だが、その処分は縁樹とボクが請け負った。また宮司に返して、前のように盗まれたらたまったもんじゃないから、旅で前に教えてもらった四聖獣を利用した封印術による封印を試みたのだ。


 そして今は最後の破片を山に埋めている最中。
「うわぁー、気持ち悪い」
 縁樹はムカデやら何やらが出てきた腐った土を足で踏み固めると、そこに一本の木の枝を差した。それは桃の木の枝だ。そう、桃の木には魔を鎮める力があるのだ。
 その瞬間に虫たちは消えて、そして土の腐敗もおさまった。あとはこの山が持つ力が、この銅鏡の持つ魔をいつか払ってくれるはずだ。
『お疲れ様、縁樹』
 ボクがそう労うと、縁樹はにこりと笑って頬を流れる汗を土で汚れた手で拭った。だもんだから縁樹の頬は土で汚れてしまって、そしてボクはついそれを笑ってしまって、
 そして縁樹も最初は唇を尖らせていたけどやっぱり笑い出してしまう。


 そう、ボクらは笑えて、そして生きているんだ・・・
 縁樹の赤い瞳から零れ落ちた涙が彼女の白い頬を流れたのを、ボクは見ないふりをした。
 だけどただボクは彼女にくっついて、そして彼女も手でボクに触れる。ボクと縁樹はそれで充分なのだから。


「さてと、これからまたどんどん暑くなるから涼しいところに行こうか」
『よし。じゃあ、草間さんに依頼協力料をたっぷりともらって、旅費を確保しようよ』
「うん。じゃあ、草間さんのところへ行こう」
 そしてボクらはまた新たな旅の予感を胸に歩き出すのだった。

 ― fin ―


 **ライターより
 こんにちは、如月縁樹さま&ノイさま。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。


 此度は企画チャレンジ&ゲット、ありがとうございました。^^
 すごく嬉しかったです。密かにずっ〜〜と受注窓が開いたままだったらすごい嫌だなーとかと想っていましたので、本当に。^^

 企画お題はホラーを選んでいただけたので、この『彼女が死を選んだ理由・・・』を書かせていただきました。
 ちなみに推理物は実はすごいトリックが大人なトリックだったのでむむ、ちとどうしようかな?と想っていたので、それについてもほっとしていた草摩でした。w

 怖さと切なさ、ドキドキを感じていただけてましたら嬉しい限りです。^^
 ちなみに女神信仰というのは女系文化がある土地で信仰されているモノで、ヘビや蝶といった物が神様として敬われています。ヘビや蝶の脱皮する姿が命の再生とか重ねあわされた結果だそうで、ここ日本でもそういった女神信仰の神社があるそうなんですよ。日本も最初の頃は女系文化がありましたからね。


 この企画はいくつかお題をあげて、だいたいのプロットは作ってあったのですが、細かいプロットはPC様を見てから決めようと想っていました。
 だから縁樹さん&ノイさんのコンビにこれに参加していただいたのは嬉しかったですね。縁樹さんをよく知るノイさん視点で物語を進められますし、縁樹さんとノイさんという二つの感覚で物語にまた違ったリズムを入れる事ができますから、これは本当に書き手としては魅力的なのです。
 二人ともすごく魅力的だから動かすのも楽しいですしね。^^

 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当に100番目のお客様となっていただき、ありがとうございました。^^
 嬉しかったです。
 失礼します。