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<東京怪談ノベル(シングル)>


渇望に似た光彩。

 翼を持つものは思う。
 この者の未来に、幸多からん事を、と。
 願わくば、この身を『確かな目』で見つけて欲しい、と。

「…何だお前、また来たのか」
 そう言って、からりと笑うものがいる。
 此処は山奥の石の宮。天に聳える巨樹と奇岩に囲まれた、石造りの社。河譚の『神域』と呼ばれているが、実際は岩牢と変わらない。三重の結界――周囲の樹木を利用して、幾重にも繩が張り巡らされ、何かの文様の描かれた黒い布切れが無数に結ばれている。石畳に、凶々しい法陣。そしてその四肢には、鎖付きの重い枷。
 そんな状態でも、笑っていられるのだ。彼、河譚 都築彦(かたん つきひこ)と言う男は。
 何者かにより植え付けられた、『胸を焼く憎しみ』が何とか消え去り、落ち着きを取り戻し安堵していた所に、外からの『来客』があった。おそらく外は暖かく、穏やかなのだろう。その者の様子を見る限りで、よく解る。自分が人狼の一族であるためか、自然を読み取るのは、息をするより容易いものらしい。
 高い位置にある、明り取り。其処から出入りできるものなど、限られている。都築彦の人差し指に舞い降りた『来客』とは、小鳥の事だったのだ。
 小鳥は、都築彦の手のひらに、銜えてきた木の実をぽとりと落した。
「…ん? 今日の分け前だって? 己は大丈夫だ、飲まず食わずでも死にはしない化け物だからな!」
 からからと笑いながら小鳥にそう言って見せるが、結局は半分に分ける。そうしないと、小鳥が食べようとしないからだ。
「………」
 もごもごと口を動かし、同じく嘴を動かしている小鳥を見つめる、都築彦。
 『獣心』の自分には、人の心は生まれないはずだった。しかし、『人心』の双子の片割れに会ったときに、気がついたら自我が生まれていた。
 元は一つだった、『自分達』。古い呪いによって、半身をもぎ取られ、生まれ落ちる。一人は人の姿と心を持った『人心』。そしてもう一人は、都築彦のような獣の姿をし、人の心を持たない『獣心』。
 そんな人狼の末裔、河譚の一族として生まれたことに、憂いを感じているつもりは無い。ただ、僅かな望みすら与えてもらえない現状に、少しだけ矛盾を感じているだけだ。
 それでも、自分を哀れだとは思わずにいる。逆に、客観視出来るほどだ。 
「なあ、可愛いお前、己は今の自分を気に入っているんだ」
 そう言う都築彦に応えるように、小鳥がチチ、と鳴いた。友達、とでも思ってくれているのだろうか。この鳥は毎日のように、都築彦の元へと遊びに来ていた。
 ちょん、と半獣姿の彼の頭の上に、小鳥が飛び乗る。それを追うように都築彦が手をやると、小鳥はまた逃げるかのように、ちょんちょん、と移動する。
「こら、お前…」
 都築彦はその小鳥と、僅かな距離の追いかけっこをしていた。日々の日課のようになっているが、それでも彼はそれに、癒しを感じているのだ。
「…己は、お前の記憶を無くしたくはない…」
 ふと、そう漏らすと、小鳥は大人しくなった。そして彼の目の前にちょん、と移動して首を傾げてみせる。
 都築彦の獣そのものだった頃の記憶は、頭の奥で、霞み程度にしか残っていない。それは半身が再び戻り、その彼の記憶を継いだ時、今の記憶が損なわれる事を意味している。
「もし記憶が残り、再びお前に会いに来れたとしよう。だが、『灰色に見えない』お前に、気付かないかも知れん。その位なら己は己のままの死を選ぶさ。命と未来を『あいつ』に譲ってやろう」
 都築彦は小鳥に向かい、静かにそう言う。小鳥は都築彦の話を黙って聞いているようであった。小さな目をくるりと光らせて、小首を傾げている。
 そうしている小鳥の色を、都築彦は判別することが出来ない。彼の目は、全てが灰色にしか映らないのだ。
「………」
 チチ、と小鳥が再び鳴く。まるで彼を心配しているかのように。
 都築彦は小鳥の出入り口である、明り取りのほうへと視線を向け、小さな溜息を吐いた。
 薄暗く冷たい空間の中で、ただ生かされているだけの、『獣心』である、自分。それに対しての『哀しみ』は無い。彼は身体を動かすことより、こうして日々寝転んでいるのが、心地いいとさえ思っているからだ。ただ、自分の今の記憶だけを大切にしたいと思っているだけだ。目の前の、『小さな友人』との思い出を含めて。
 無くしてしまうのであれば、死すら選んでも、構わないと。
「…お前の本当の羽根は、どんな色なんだろうな…」
 人差し指で、本当に緩い力で、小鳥の頭を撫でながら。ぽつりとその口から零れ落ちた、言葉。
 灰色にしか見えないこの小鳥は、どんな色を持った姿なのだろう。
「……、…」
 …本当に矛盾だらけであると、都築彦は苦笑してみる。『感情』などを持ってしまったために、日々、小さな『野心』までも生み出してしまう。
「…帰るのか」
 小鳥が、静かに都築彦の胸を蹴った。そしてパタパタと羽音をさせて、上を目指し始める。途中、何度か旋回をしているのが、名残惜しそうにしているように見えた。
「またな」
 都築彦がそう言うと、小鳥は小さく鳴き、そして明り取りから出て行った。直後、その小鳥が残したらしい羽根が、ひらひらと都築彦の頭上に降りてくる。
「置き土産か…」
 手を伸ばしてそれを取ると、都築彦は軽く笑った。
 また、来ると。小鳥はそう言いたかったのだろう。都築彦にはそう思えて仕方なかった。 おそらく、明日も明後日も。
 都築彦は笑みを崩さぬまま、腕を頭の後ろにやり、静かに目を閉じた。先の見えない『何か』に思いを馳せながら。

 舞い上がった翼を持つものは、今日も願うだろう。
 彼のものが、全てを諦めてしまわぬようにと。
 そして明日も、同じように出会えるようにと。


-了-

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河譚・都築彦さま

ライターの桐岬です。ご依頼ありがとうございました。
獣人さんを書くのは初めてだったのですが、上手く表現できていたでしょうか…。
小鳥さんとのやり取りとか、書いていて楽しかったです。
今後がとても気になるところですが、この辺で筆止めといたします。
また、頑張ります。

桐岬 美沖。