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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


誰そ彼の子供たち


 かーごーめ かーごーめ

   かーごのなーかのとーりーは…


 夕暮れの草間興信所。
 ふと聞こえ始めたよく知った童歌に、草間はふと顔を上げた。
 いつの間にか草間の机の上に小さな着物姿の女の子がちょこんと座っていた。
だが草間は驚かず、代わりに煙草を深く吸う。
「なんだ?迷ったのか?」
 草間の問いかけ。それは女の子がこの世の者ではないということを理解して
の言葉なのか。
 だが、女の子はにこりと笑って首を横に振った。
 おかっぱに揃えられた髪がふわり舞う。
「あたち、メイってゆうの。草間さんにあたちのおしごと手伝ってほしいの」
「仕事?」
「あたちはおじぞうさまなの。うまれてこれなかった赤ちゃんとか、はやくに
なくなった子供たちの霊とあそんであげたり、てんにつれていってあげるのよ」
 えっへん。メイと名乗った女の子は得意そうに薄い胸を張る。
 草間はふーん、と呟いて煙草を灰皿に押しつけた。
「で、何を手伝えって?」
「そうなの、大変なの!あたちの集めた子供たちがばらばらになっちゃったの。
みんなかくれんぼしてるうちにばらばらになっちゃったの。たそがれの終わる
前にてんにつれていってあげないと大変なことになっちゃうの。おねがい、み
んなをさがすのを手伝って!」


       †          †


 メイの呼びかけに真っ先に答えたのは草間興信所の有能なる事務員シュライ
ン・エマ。忙しく処理していた雑務を一旦置いて、話に加わる。
「大変って…夜になると子供たちはどうなってしまうの?」
 シュラインの問いかけを受けて、メイはその小さな身体を更に小さく竦めて
震わせる。心なしか顔色も青い。
「たそがれがおわると魂喰らい(たまくらい)がでるの。無垢で柔らかい子供
の魂は魂喰らいの大好物なのよ。食べられると輪廻の輪から飛び出しちゃうの。
魂喰らいおなかのなかでずっとくるしいままなの…」
 メイの言葉はたどたどしく、お世辞にも上手い説明をしているとは思えない。
だが、だからこそシュラインはその『魂喰らい』が本能的に畏れるべき相手な
のだと理解した。
「それは、早く見つけてあげなくちゃいけないわね。私でよければ手伝うわ」
「…僕も…お手伝いさせてください」
 ぼそり、と聞こえた声は応接間のソファの一つから。尾神・七重(おがみ・
ななえ)。行儀良く膝の上に揃えられた手は白く、身なりも良い少年。そんな
風体から察することは難しいが、彼も立派な草間興信所の調査員の一人だ。
 二人の協力を得て、メイはその大きな瞳をうるうるとさせ、七重とシュライ
ン、それぞれにじゃれつく。そして、ちゅ、とそれぞれの頬に軽いキスをして
みせた。七重は白い肌をほんのり赤く染め、シュラインは微笑ましいものを見
るように苦笑する。
「ありがとうっ!じゃあかくれんぼしてたとこにあんないするのっ」

 メイが二人を案内したのは草間興信所からそう遠くない位置にある空き地。
住宅地の真ん中にあり、子供の恰好の遊び場になっていてもおかしくないが、
既に夕刻のせいか子供の影はなく、黄昏にひっそりと沈んでいる。
「ここ?」
 シュラインが訊ねると、メイはこくりと頷く。
 七重はふと空き地のフェンスの向こうに沈み行く太陽と自分の腕時計とを見
比べて小さく眉をしかめた。
「あと三十分っていうところですか…?」
「そうなの、時間がないの」
「…素直に付いてきてくれるといいんだけど」
「あたちはここでみんなを天に導く用意をしなくちゃならないの。だからお願
い、こどもたちを見つけたら、ここに連れてきてほしいの。でも無理矢理じゃ
だめなの。無理矢理連れて行こうとすると、天に行くのを怖がって悪霊になっ
ちゃうから」
 シュラインはこくりと頷く。七重もゆっくりと頷いて見せた。
 時間は三十分。それ以上、一刻の猶予もない。


       †          †


 かつーん、かつーん…

 奇妙なほど響く足音。
 剥き出しのコンクリートは火照った頬を心地よく冷やした。

 七重がやってきたのはメイのいる空き地からそう遠くは離れていない廃ビル。
 殆ど迷わずにここに足を運んだ。何故かは解らないけれど、近いうちに取り
壊されてしまうだろう建物は妙に寂寥感があった。それに惹かれたのだ。
 もしも自分ならこんな所に隠れるかもしれない…。もう二度と活気を取り戻
すことのない忘れられるだけの場所。
「…もういいかい?」
 階段を上がるたびに七重はそう問いかけた。
 急に見つけだして怖がらせてしまってはならない。鬼が近付いていることを
知らせてやりながら行くのだ。自身も丈夫でない身体なのだから、大声を出す
のは辛かったが、剥き出しのコンクリートはそれを助けるかのように七重の声
をよく響かせた。
「…もういいかーい?」
 ビルの最上階─外から見た限りだと五階建てのようだ─まで辿り着いて、や
はり声の限りに呼びかけた。もしかして場所の選択を誤ったのじゃないか。そ
ろそろそんな苦い考えが頭をもたげ始める。
 が、その時──。
「…もういーよぉ」
 微かに、返答があった。
 はっと顔を上げる。声はどうやら更に上…屋上からするようだった。
 どきどきと心臓が鼓動を早める。
 走ることはできなかった。けど出来る限りの早足で階段を上り詰め、両開き
の重いドアを思い切り体当たりするような恰好で押し開く。
 ふ、と。身体が攫われるような感覚。屋上のドアが開くことで逃げ場の出来
た空気が一気に空に吸い上げられた。
「あーあ、見つかっちゃった─」
 沈みかけた太陽の最後の光を浴びて、彼はそこにいた。
 パジャマ姿の少年。歳は七重よりも一回り小さいくらいだろうか。はにかん
だような笑顔が愛らしい。
 だがその彼の身体はうっすらと背後の破れたフェンスを透かしている。どう
やらメイが探していた子供に間違いないらしい。
 彼はぽんと跳ねるように一歩前へ進み出る。
「じゃあ次は僕が鬼だねっ。お兄ちゃんは隠れるんだよっ」
 楽しそうに笑って七重の腕に縋る少年。ずきん、と胸が痛んだ。
 七重が今から告げることは、きっとこの少年の笑顔を曇らせてしまうから。
 でも──。
「…残念ですけれど、もう帰る時間ですよ」
 瞬間、太陽が最後の光を閉ざされ、少年の瞳に宿っていた光も萎む。残され
たのは虚ろなまでに黒い少年の大きな瞳。
「…え?」
「もう、君は行かなくちゃならない。闇が迫っています」
 胸がざわざわした。何かが近付いてくる。忌むべき何かが。
 だが、少年はその顔を引きつらせてふるふると首を横に振り、小さく後退る。
「嫌…嫌だよ!僕、小さいときから入院してて外で遊べなかった。同じ歳の子
達が遊んでるのを見て、すごく羨ましかった…。今、やっと自由に遊べるよう
になったのに!もう終わりなの!?どうして!どうして僕だけ…っ!」

 ズキ…ん。

 少年が吐き出すように言葉を紡いだ途端、心が痛んだ。
 この屋上の空気が少年に同調したのだ。
 だが、七重は真っ直ぐに少年を見つめる。下を向いたらきっと二度と顔を上
げられない。
「…今は眠る時間。でも、必ず夜明けは来るから。明けない夜はないから。だ
から今は眠りましょう」
 それは母のように。優しく力強く。
 赤ん坊だった頃に聞いた母の子守歌はこんな感じじゃなかったかしら?
 少年は視線を落とした。七重はそっと少年に手を差し伸べる。少年は怖ず怖
ずとその手を取ろうとした。

 その時─。

 ぐぁあぁああぁぁぁぁあぁぁぁ…。

 おぞましい呻りがした。
 聞くだけで身体の芯が冷たく凍るような。
 はっとして辺りを見回すと、既に夕日は見えなくて。押し寄せてくる闇の中、
一際黒く禍々しいモノが近付いてきていた。
 それは早いとも遅いともつかない奇妙なスピードで少年を飲み込もうと大き
く口を開けた。
「あぶないっ!!」
 咄嗟に七重は動いていた。
 幽霊である少年に自分は触れることが出来るのか、とか。アレに飲み込まれ
たらどうなるのか、とか。何も考えなかった。ただ、少年を救いたい一心で七
重は少年を突き飛ばした。軽い衝撃とともに少年は尻餅をつく。
 ほっと息をつこうとした瞬間、七重が見たのは自分を飲み込もうとする「魂
喰らい」の大きな口だった。

「!!」

 世界が闇に包まれた。自分の身体と闇の境目さえ不確定になる。
 裸の心が闇に晒された。
『─────!!』
 自分が何か叫んだ気がした。だが、それも闇に呑まれて消えてしまった。そ
れどころか自分が何であるかすらうっすらとぼやけていく。
(ああ、闇に呑まれるってこういうことか…)
 七重は既に形を失い始めた自分の最後の心でそう呟いた。

 カッ───!!

 暗闇の中に一筋の眩しい光が差した。泥のようにうねる闇を切り裂き、光は
「七重」の姿を浮かび上がらせる。
 同時に混濁した意識も急激にクリアになった。
 瞬間、七重が見たのは遙か遠くに見えるコンクリートの地面。
 咄嗟に能力を発動させた。自分自身にかかる重力を無に近づけていく。ふわ
りと羽のように地に降り立った。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
 少年が駆け寄ってくる。
 その声に我に返った七重は何が起きていたのか、やっと悟った。七重は「魂
喰らい」に喰われたのだ。だが、あの光のお陰で奴の口から逃れ、今ここにい
る。
 はっと上空を見た。暗い暗い空の中、一際黒い塊が身をよじるようにうねっ
ている。さっきの光がまだ効いているようで、すぐに追いかけてきそうにはな
い。それにしてもあの光は一体…。
 その時、七重は気づいた。依頼を請けた時、メイに口付けを受けた頬がほん
のりと熱を帯びている。
「…お地蔵様のお守り…?」
 成る程、そういうことか、と七重は納得した。
 そして、この隙を見逃してはならない。七重は側に走り寄ってきた少年を振
り返ると、その手を差し伸べる。
「早くメイさんの所へいきましょう!今ならあいつは動けない!」
「あれ、なんなの!?怖い!」
「『魂喰らい』というものです。あれに呑まれたら、君の全ては終わってしま
います!永遠の夜に放り込まれてしまうんです!」
 そう言いながら、七重はぞっと背筋を冷やした。肉体を持っていてすらあん
なに恐ろしい体験をしたのだ。ましてや魂だけの姿であれに呑まれたら、どん
なことになるのか…。七重には想像も付かない。
 そのただならぬ雰囲気は少年にも伝わったらしい。少年は怖ず怖ずと手を差
し伸べ、でもしっかりと、七重の手を掴んだ。
「さぁ、行きましょう」


       †          †


 メイはゆっくりと目を開いた。
 さっきまで何の変哲もなかった空き地。そこは今、光で溢れていた。
 その光の中、あちこちで子供達が歓声を上げて遊び回っている。
 だが、彼らの姿はうっすらと透けていて、普通の人間には見ることもできな
いはずだ。メイが集めた子供達だった。
 メイはゆっくりと空き地の入り口に目をやる。
 そこには一人の少年の手を引いた七重、生まれる前の赤ん坊の魂を抱いたシ
ュライン。二人は無事に子供を保護して帰ってきたのだ。
 メイはゆっくりと二人に近づくと、にこりと笑った。
「ありがとう、七重さん、シュラインさん。ふたりのおかげで子供たちを全員
無事に天におくることができるの」
 メイはそういって、ひょこりと頭を下げると、今度は後ろを振り返り、子供
達に呼びかける。
「おーい、そろそろいくよー」
 すると子供達は歓声を上げてメイに走り寄り、その着物の裾に数珠繋ぎに捕
まる。シュラインと七重の連れてきた二人も怖ず怖ずとその末席に加わった。
「じゃあね、また、いつかどこかで…」
 ふわり、メイの足が地を離れ、ゆっくりと天へ上って行く。メイに連れられ
て、子供達も和気藹々としながら天を目指す。
 二人はメイたちのまぶしい光が豆粒になって消えるまで見送りつづけた。
「また、いつかどこかで会えますよね」
「ええ、その為に天に行くのだもの…」


<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2557/尾神・七重/男/14/中学生】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、尾崎ゆずりはです。納入が遅れまして申し訳ありません。
前回できなかったソロパートを入れようとうんうん唸っているうちに時間が…(汗)。

暫く修行の必要があるようですね。
修行が明けて戻って参りましたら、またよろしくしてやって下さいませ。

>尾神・七重 さま
「魂喰らい」との対決など体力面で少しハードだったかも知れません。
お宅に帰られましたら、よく休んで下さいね。
因みにメイの守りの接吻には子供の健やかな成長を見守る効果もあります。
強い力ではありませんが、七重さんの将来にふとした影響があるかも知れませんね。