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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


命の詩− 第二話 黄昏 −

0.序話

 少女、高浜 静香奇跡の目覚め。
 このニュースは、日本全国を駆け巡り、少女は一躍時の人になった。毎日病院には報道陣が詰めかけ、まるでお祭騒ぎだ。
「やれやれ、日本のマスメディアって言うのはどうして何時もああなんだろうな、節操が無いったら」
 窓の下に見える光景に辟易しながら、草間が言う。
 病院の入口に入るのですら苦労するのだ、いい加減うんざりである。
「で?今日はどうされたんですか?」
 草間が居る病室は、その時の人高浜 静香の部屋である。目覚めから、二週間余り、最初訪れた時とは違う空気を草間は感じていた。
 現在、静香はリハビリ中の為此処には居ない。居るのは、草間と依頼人の老人だけである。
「静香を何処かへ遊びに連れて行ってやってくれませんか?」
 唐突な願いに、草間は驚く。
「ようやく目覚めたばかりじゃないですか、そんな事したら体に負担を掛ける事になってしまうんじゃないですか?」
 訝しげな表情の草間に老人は目を逸らし呟くように言う。
「……もう長くないんです……あの子は……」
 沈黙が部屋を支配した。
 驚愕の草間に対し、老人は淡々と告げる様に語る。
「原因は不明ですが……先日の検査で体内の細胞が壊死し始めているそうです……今はまだ進行も遅く支障は無い様なのですが……このまま行けば持って2年の命だと……」
 両手で顔を覆い、嗚咽を洩らす老人に草間は歯噛みする。
「ですが!今もし無理をしたら、それこそその命を短くする事になりかねないじゃないですか!?それでも良いと仰るのですか!?」
「あの子には、楽しい想いをさせてやりたいんです!!このまま行けば、2年間ずっと闘病のまま!そのままで終わってしまう命なんです!治る見込みもない!ただ待っているのは、死だけです!私はまだ良い、あの子と一緒に居られる時間が有るのなら!でも、あの子は楽しい思いも何も無いまま終わってしまうんです!」
 涙ながらに想いを吐く老人を、草間は苦渋に顔をしかめ見詰めている。
 その時、部屋の扉が開き少女高浜 静香が入ってくる。
「おじい様?どうしたの?」
「ん?ああ、何でもないんだよ、静香」
 扉まで静香を迎えに行く老人は、草間の横を通り抜け様ボソリと呟く。
「お願いします……草間さん」
 草間は、拳を握り歯噛みして居る事しか出来なかった……


1.葛藤

PM21:00〜23:20 草間興信所

 沈黙が流れて居る……重い重い沈黙の空気がその場を支配して居るかの様だった。草間然り、柚品 弧月(ゆしな こげつ)然り、シュライン・エマ然り……そして、悠桐 竜磨(ゆうどう かずま)も然りだ。草間は机に両肘を預け顔の前で手を組み苦渋の表情。弧月・シュライン・竜磨にしても苦い表情は変わらない。
『やっと、目覚められたと思ったのに、今度は2年しか生きられないだって?そんな過酷な事があってたまるか……!』
 口にこそ出しては居ないが、弧月は拳を握り締め黙ってその話を聞いていた。
「楽しい思い出を作ってやって欲しい……それが依頼人の依頼……と言うよりは、願いだ……俺にはもう何も考え付かない……お前達が頼りなんだ……」
 重い沈黙の中、疲れ切った様な口調の草間の言葉に呟くような声が応える。
「楽しい思い出……か……それは一体何なのかしら?例え辛くても苦しくても、精一杯の生を謳歌する事……それはとても貴重な経験だと思うんだけれど……」
「賛成だぜ。まあ、エマさんが言う様なんじゃねぇけどよ、やっぱ生きてる間に楽しい事してる方が気が楽ってもんだろ?短くっても楽しいってんならそれに越した事ぁないからな」
 シュラインの憂いに陰る横顔を見詰めながら、竜磨が言う。元来、自然に近い種族として生を受けた竜磨らしい考え方だ。
「俺は……納得出来ません。朝露の奇跡は起きました。可能性が零では無い限り、俺は足掻きたいと思います。きっと、そんな奇跡はまだ有る筈ですから……」
 自信無さ気な表情とは裏腹に、弧月の眼は意思の光を宿している。
「奇跡と言っても、彼女のあの状態では遠くへは行けないわよ?無理をさせれば、何が起こるか分からないんだから……」
 弧月の気持ちも分かるのであろうが、やはり静香の事を第一に考えればそう思うのは確かであろう。残り短いと分かって居るのであれば、それを自分達の手で縮めてしまう事だけは弧月にしてもしたくは無いのだ。
「まあ、柚品さんの言う事も分っけどよ、彼女自身がどう思ってっかじゃねぇ?俺達がああだこうだ言っても、結局彼女がどう思ってっかが全てなんじゃねぇの?」
「……何が正しくて、何が間違いなのか……この問題に関しては、一概な答えは出ないと思うわ。今は、それぞれ思う様に動きましょう」
 竜磨の問いに答えるシュラインの顔には柔らかな笑みがあった。
「わーった。じゃあ、俺は、明日にでも彼女の所に行って、色々話して行きたい所とか聞いておくわ。柚品さんはどうすんだ?」
 竜磨の問いに、弧月は思案顔のまま答える。
「俺は、朝露の奇跡を書いた方にもう一度会いたいと思います。それと、静香ちゃんの御両親の事や交友関係についても、調べられる範囲で調べたいと思いますよ」
「あら?貴方もそれが気に成るのね?」
「ええ、シュラインさんからお話を伺って……やはり何か絡みが有るんじゃ無いかと思いまして」
 シュラインが齎した様々な情報は、シュラインだけでなく弧月にも疑問を投げ掛けて居た様だ。弧月の言葉にシュラインは頷く。
「じゃあ、明日合流しましょう。そっちの用事が終わった後連絡を頂戴。それと、竜磨君だったわね?」
「ええ、何っすか?」
「静香ちゃんが何処に行きたいかとか、聞いて置いて貰えるかしら?私も一緒に行きたいから、用事が済み次第合流したいのよ。連絡貰えるかしら?」
「良いっすよ」
 爽やかな笑顔で、シュラインの要求に竜磨は応えると興信所のドアへと向かいノブに手を掛ける。
「何とかしてやれると良いっすね……」
 竜磨の呟きに、弧月とシュラインは静かに頷く。
 パタリと閉じたドアの音が、妙に大きく聞こえた……


2.希望

AM9:00〜PM13:00 脳神経外科個室 高浜 静香の部屋  

「よっ!おはようさん!元気かい?」
 入室と同時に、竜磨の元気な声がその室内に響き渡る。そんな、人物をきょとんとした表情で見詰める少女の名は、高浜 静香と言った。
「お兄ちゃん誰?」
「おっ?ああ、俺は悠桐 竜磨だ。静香のおじいさんの知り合いの知り合いってとこかな?まっそんな感じさ。話聞いてさ、元気ねぇんじゃ無いかと思ってさ。いやぁでも、可愛いなぁ静香〜♪」
 満面の笑みで言う竜磨に、静香は照れて居るのか顔を真っ赤にしてモジモジしている。朝の光に照らされた鳶色の髪は肩よりちょっと下だろうか?楚々とした印象を醸し出して居る。クリクリとした愛らしい薄い茶色の瞳、細く白い顔立ちは目覚める前よりは随分血色が良い様に思う。
 竜磨にとっては、これが初めての静香との出会いだが、草間の話が嘘じゃないのか?そう思える程である。だが、確かにその話が本当だと竜磨の感覚が告げていた。
「邪魔じゃなかったら、ちょっと話ししねぇ?此処良いか?」
 視界に見えた、ベッドの脇に置いて有る丸椅子を指す。
「うん、良いよ」
 未だ赤い顔のまま、静香は頷き答えた。
「サンキュ♪しっかし、病院の中ってのは息が詰まるな。静香は平気なのか?」
「ちょっと嫌い……でも、病気だししょうがないかなって……」
 寂しげな笑みが静香の顔を彩ったのを見て、竜磨は苦笑いを浮かべそっと静香の頭を撫でた。柔らかな髪の感触を通して、儚いまでの生気の感触が竜磨を少しだけ暗い気持ちにさせる。
「すまねぇ、変な事聞いちまったな。勘弁な?」
「ううん、大丈夫だよ」
 嬉しそうに目を細める静香を見やりながら、竜磨もまたその暗い気持ちを振り払い笑顔を見せた。
 それから静香と竜磨は色んな事を話した。ホストをやっている竜磨の話はとても楽しいのか、静香の顔から笑顔が消える事は無かったし、竜磨の顔から笑みが無くなる事もなかった。
 刹那、開かれた窓から柔らかな風が二人のほほを掠め過ぎる。その柔らかな感覚に二人は一瞬視線を窓に移した。風に舞うカーテンが、とても綺麗に光の中を踊っている。
「綺麗……」
「ああ、本当だな……」
 そう答えながらも、竜磨はある質問をしようと心に決め口を開く。
「なぁ、静香?」
「なぁに?」
「俺の勉強でちょっと調べてるものがあるんだ。短くて楽しい事と、ずっと長くやる事ってどっちがいいと思う?」
 一瞬聞かれた事がわからないのか、静香は目をぱちぱちしていたが、フッと笑みを見せる。
「そうだなぁ、私なら長くやるほうが良いかも。だって、楽しくても短いならそれっきりだけど、長かったら一杯色んな事がありそうだもん。それに、短かったらなんか寂しいし」
 淡い笑みに彩られた静香の顔には、儚いまでの神々しい面影があった……


AM10:00〜11:00 某所喫茶店

「お忙しい中すいません、長澤さん」
 扉を開けて入ってきた人物を確認し、弧月は深々と頭を下げた。
「いや、お気に為さらずに。私としても、こうして私の話を聞いてくれる方が居られる事が嬉しいのですから」
 微笑を浮かべ答える人物、名を長澤 雄哉と言う。探検家であり、様々な神話や逸話の研究をしている人物だ。以前の朝露の奇跡の著者であり、弧月にとって奇跡と呼ばれるものの手掛かりになるであろう人物であった。
「で?今日はどうされました?」
 弧月の向かいの席に腰掛け、手早く注文を済ませると長澤は早速本題に入った。
「朝露の奇跡以外の奇跡を探しています。何処かに心当たりはありませんか?」
「あれ以外ですか?無い訳ではないですが、確証がある話ではありませんよ?」
 自信なさ気な長澤に、それでも弧月は食い下がった。
「お願いします!可能性があるのであれば、それに賭けてみたいんです!あの少女を救う為に!」
 そう言うと、弧月は淡々と経緯を語り始めた。余命が幾許も無い事、通常では考えられない病気である事、それを救う為に奇跡を求めている事、洗いざらい全てを長澤に語った。
「なるほど……しかし、一つ疑問があるのですが?」
 運ばれて来たコーヒーに口を付け一口啜ってから、長澤は言う。
「何故、貴方がそこまで背負うんですか?貴方は言ってみれば赤の他人だ。確かに関ったのかも知れないが、それはそれではないですか?その理由を聞かせて下さい」
 真剣な長澤の視線が弧月を射抜く中、弧月は言う。
「確かに、赤の他人です。けれど、先がある命です。もう、見たくはないんですよ……目の前で、先がある命が失われて行くのは……」
 握り締められた手、悔しさにあふれた表情……長澤は「そうですか……」と答え、再びコーヒーに口を付けると言う。
「……これから話す話は、先程も言いましたが確証が無い話です。良いですね?」
 弧月は、黙って一つ頷く。
 それを確認してから、長澤は語り始めた。その奇跡と呼ばれた話を……


AM9:00〜11:00 草間興信所シュラインのデスク

 膨大な量の資料がその机の上にはあった。
「やっぱり、これに一人で目を通すのは骨ね」
 眼鏡を外し、既に冷め切ったコーヒーに口を付けつつ、シュラインはぼやいた。
 その資料は、高浜 静香に関するものが全てだ。出所は、あの報道記者……対価は静香が目覚めたその理由だ。
 一般的な報道では、普通に目が覚めたとされている静香の目覚めだったが、あの報道記者は何かきな臭いものを感じていたのだろう、その理由に関しても独自に調査をしていたのだ。
「全く、執念よね。本当に……」
 苦笑いを浮かべるシュラインの呟きにも納得が行く。話には聞いて居たが、ノート10冊・クリアファイルに収められた写真や資料は5冊・各誌新聞の切り抜き20冊・インタビューテープ20本etcetc……これを執念と言わずして何を執念と呼べば良いのかとシュラインは思った。
「でも、私としては助かるわ。何か手掛かりはあるかも知れない物ね」
 再び眼鏡を掛け、資料に向かうシュライン。走り書きのように書かれた、ノートから取り掛かっている様だ。
 だが、幾らかも進まない内に、シュラインの手は止まる。携帯が着信を知らせる振動を発していた……


3.懸念

AM11:50〜PM14:00 草間興信所シュラインのデスク

「お待たせしました、シュラインさん」
「構わないわよ。じゃあ、始めましょうか?」
「はい」
 頷き返すと、弧月は手近な資料を取り目を通し始めた。
 長澤との話を終え、シュラインに連絡した所、静香に関する資料を貰って来たらしいと言う事が分かったので、急ぎ弧月は興信所に取って返した。入って早々、山と詰まれた資料にも驚くそぶりを見せずただ黙々と作業をこなして行く弧月をシュラインは頼もしそうに見やると自分も作業に没頭する。
 そんなシュラインの脳裏に、ふと思い出したものがある。
「ねぇ、弧月さん?奇跡の方はどうなったの?」
「はい……朝露の奇跡よりもっと奇跡な話を伺えました。こればっかりは俺も無い様な気がしてるんですが……」
 言い澱む弧月の顔には、自信がまるで無い。
「どんな内容なの?」
「それが……花なんだそうです。一輪の……」
「花?」
「ええ、まあ普通に咲く花ではないのですが……とんでもない話でして……」
「良いから聞かせて頂戴」
 もったいぶっている様に聞こえたのか、シュラインは少し苛立たし気に弧月に言う。
「鍾乳洞の一角に光が差し込む場所があり、そこに太陽の陽光と月の輝きが、半世紀掛けて作り出す花なんだと……伝承によると、その花の名は『命黎華』と呼ばれているそうなんですが……」
 シュラインの目が唖然としているのが弧月に見えた。無理も無い話しである。半世紀と言えば、50年……そんな気の長い時間は既に無いのである。
「それはちょっと無理よね……」
「まあ、そうなんでしょうけど、実は今年が半世紀目らしいんです……」
 弧月の言葉に今度は驚くシュライン。
「確認された事があるの!?」
「50年前の本に記載されていたそうです。今では絶版になった本でして、現存する本もほぼ無く国立国会図書館の蔵書として一冊確認されているだけだそうです。そもそも、発行部数が少なかった様で……」
「そう……でも、もう一つ可能性が出て来たって訳よね。これまた雲を掴む話でしょうけど……今は、こちらを優先させましょう」
「はい、そうしましょう」
 そう言うと二人は、再び資料に没頭し始めた。読み取り辛い箇所も何とか読解し、只管に資料を漁り続ける。特に二人が着目していた、両親の交友関係と静香の左手の甲にある焔の痣に関しては、見逃さないつもりで調べ続けた。
「どう思う?弧月さん」
 資料の中から幾らかの情報を纏め上げた物を弧月に見せながらシュラインは問い掛けていた。その表情には、疲れもあるがそれ以上に困惑がある。
「……そうでない事を祈りたいですよ……俺は……」
 返す弧月の表情も、困惑と疑念に満ちている。
 フゥと二人同時に溜息を吐いた時、シュラインの携帯が再び着信を告げる振動をもたらした……


PM13:00〜PM14:30 脳神経外科個室 高浜 静香の部屋

 今、竜磨は一人で静香の部屋に居る。部屋の主である静香は、現在リハビリの為リハビリルームに行っているからである。他に面会人が居ないので、当然部屋の中には竜磨一人が残される形になっていた。
「しかし、爺さんは何やってんだ?」
 今日、依頼人の老人を見ては居ない。その内来るだろうと高を括っていたのだが、昼を過ぎても現れる気配はなかった。シュラインと弧月には、先程連絡したばかりなのだからまだ来ないのは分かるのだが、毎日来ていると言う話を聞いていただけに、少々おかしいと思い始めていた。
「しゃーねぇ、草間さんに電話して連絡とってもらうか」
 自らの携帯を取り出し、草間への番号を呼び出すと通話ボタンを押す。数度の呼び出し音の後、聞き慣れた声が応えた。
『草間です』
「あっ草間さん?俺俺、悠桐だけどさ」
『ああ、どうした?』
「依頼人の爺さんの番号知ってるだろ?これから、ちょっと弁当とか持って出掛け様と思うんだけどさ、依頼人の爺さんが来てねぇんだよ。ちょっと連絡つけてくれねぇ?」
『来てない?それはおかしいな……分かった、少し待ってくれ』
 そう言うと、草間は通話を切った。切れた通話を終え、草間からの連絡を待つ事数分、着信音が鳴り響く。
「はいよ、早かったじゃん」
 軽口を言った竜磨に応えた声は、どこか緊迫した雰囲気を伝える。
『悠桐、依頼人に連絡が付かない。俺は依頼人に会ってくる。済まないが、そちらは頼めるか?』
「えっ?あっああ、シュラインさんとか弧月さんも来るから、大丈夫だろうと思うけど……」
『じゃあ、頼む。何かあったら連絡する』
 それだけ言うと、草間は一方的に通話を終える。
「……やべぇ事になってなきゃ良いけどな……」
 携帯電話をその手に持ちながら、竜磨は呟いた……


4.策動

PM:15:00〜17:45 病院近郊の公園

「わぁ〜綺麗〜」
 静香の声が響き渡る。
 病院の近くにある公園に、シュライン・弧月・竜磨は静香を連れて来ていた。
『余り遠くに出掛けると、もし何かが有った時対応が遅れてしまう』
 それが静香の主治医の言である。当然といえば当然、本来ならば外出許可等下りる筈もない病気だ。だが、それは依頼人である老人の手によって既に解決していた。
 流石に専属の看護士は付いている物の、それ以外は何の拘束もない自由な時間、春の陽気に咲き誇る花達を見詰めながら静香ははしゃいでいた。
「花が好きだって言ってたからな、こんなとこでも十分だろうと思ってさ」
 言いながら見詰める竜磨の顔は、優しい笑みを浮かべている。
「そう、やっぱり女の子ね」
 微笑むシュラインもまた、嬉しそうだ。
「何とか治せると良いんですけど……」
 一人しきりに周囲を伺いながら、ポツリと呟く弧月の視線は鋭く剣呑な光を発していた。
「弧月さんも気付いてんのか?」
 小さく囁く様な竜磨の問いに、弧月は静かに頷くと囁く。
「ええ、さっきから何か異質な気配が纏わり付いてる様な気がしてならないんです」
「そうなの?私には分からないけど……」
 シュラインが辺りを見回すが、それと言った気配など感じずに首をかしげた。
「悪意じゃねぇ事は確かだけど、何かを狙ってんだろうな。まあ、静香だって事は間違いねぇだろうけどな」
 囁きながら視線を向ければ、直ぐ駆けつけられる距離に居る静香の姿。花壇の前にしゃがみ込み、熱心に花を観察している。
「兎も角、用心するに越した事はないでしょうね」
 弧月の言葉に、シュラインと竜磨は静香に頷いた。
「静香ちゃん、ちょっと体調を見ようか」
 私服に着替えている看護士が、静香の傍に行き声を掛けているのが聞こえた。シュラインは持って来ていた敷物を取り出すと、芝生の上に広げる。
「お茶にしましょうか?」
 手に持っていたバスケットを持ち上げ、シュラインは微笑んだ。
「うん!」
 静香は笑顔で頷くと、シュラインの元に駆け出した……

「美味しかった〜」
「喜んで貰えて良かったわ」
 満面の笑顔で紅茶を飲む静香に、シュラインは微笑んで答えた。
 病院に向かう途中の道すがら、良く知るケーキ屋を通りそうだったので急いで買って来たのだが、それが功を奏したようだ。
「いや、マジ美味かったな。今度場所教えて貰って良い?」
「じゃあ、今度俺が案内しますよ。場所はシュラインさんと一緒だったので分かってますし」
「よろしく頼むよ」
 嬉しそうに言う竜磨に弧月は微笑み頷いた。
「あっ、すいません。ちょっと電話してきますね」
 徐に看護士は言うと立ち上がり、そのまま静香の後方、離れた場所へと向かうと携帯を取り出し電話を始める。その姿を確認すると、竜磨は何やらポケットの中をまさぐると、ある物を取り出した。
「じゃ〜ん!まあ、安い奴だけど、無いよりましだろ?」
 その手には携帯用のカメラが握られている。
「ほらほら、並んで並んで!」
 はやし立てる竜磨にシュラインと弧月と静香は顔を見合わせ微笑むと、静香を中央に並んだ。
「これタイマーも付いてるからな、よ〜し行くぞ!」
 手早くタイマーを設定し、竜磨は並んでいる三人の元へ駆けると静香の後ろに並ぶ。
 パシャ!
 シャッターが切れる小気味の良い音が聞こえ、撮影の終わりを告げる。
 ゴウッ!!!
 刹那、強風が舞った。
「キャッ!?」
「ワッ!?」
「クッ!?」
「キャァァァァ!!!」
 叫び声が聞こえる。静香の叫び声だ。撮影中に握られていた弧月とシュラインの手から、静香の手の感覚が無い。その手の感覚が、何かに引っ張られた風に感じ、弧月とシュラインはその方向を見る。遅れて竜磨も同じ方向へ視線を……
 時は逢魔ヶ時……沈み行く陽の朱に染められて、そいつはそこに浮いていた。
 そう……漆黒の翼を纏いて……


5.黄昏

PM17:45〜PM18:30 病院近郊の公園

 その姿を何と言って良いのか?淡い金色の髪に整った細面、スッと伸びた切れ長の目は感情の光を宿しては居ない様に思える。やや細身と思われるその体を、異彩を放つ服に身を包み、その背からは漆黒の一対の翼……黄昏の夕暮れに、それは奇妙に綺麗だった。
「いやぁ!離して!!」
 そいつの腕の中で、静香はもがき叫んでいるがそいつは気にした風も無く、冷淡に竜磨・弧月・シュラインを見詰めている。
 弧月が動いた!
「静香ちゃんを離して貰おう!!」
 その身は淡い白銀の気を発し、弧月が宙に浮くそいつへと跳び掛かり蹴りを放つ!が、その表情が一瞬強張る。
「視えたか?こうだろ?」
 そいつは呟くと、静香を抱えた左手はそのままに右手で弧月の蹴りを受け止める!
「そして、こうだろ?」
 その足を取ったまま、弧月を地面へと放り投げた!
「ちっ!?弧月さん!!」
 一瞬にして、弧月を受け止められる位置へ竜磨が辿り着き弧月を辛うじて受け止めた。
「弧月さん、大丈夫?」
「問題ありません。それより静香ちゃんを助けないと!」
 シュラインの手を払い除け、弧月は立ち上がると宙を睨む。
「止めておけ。分かった筈だぞ?」
 弧月に向いたそいつの一瞬の隙を突いて、竜磨がその本来の姿――半竜半人へと転じその翼を広げて攻撃に出る!
「でりゃぁぁぁ!!」
「無駄だ」
 突き出された拳を難無く交わし、そいつは竜磨目掛けて掌を向ける!
「がはっ!?」
 瞬間、竜磨の体は弾き飛ばされた様に後方に吹き飛んだ!
「竜磨君!!一体何が!?」
 弾き飛ばされた竜磨を気にしながらも、シュラインはそいつを見やる。その隣で、弧月が焦りと苛立ちの表情で構えを取ったまま立ち尽くしていた。
 不意に、そいつは口を開く。
「貰って行くぞ。漸く熟した結晶だからな。お前達には必要あるまい?」
 その言葉に、シュラインと弧月ははっとする。一人竜磨だけが分からずに訝しげな表情を浮かべていた。
「まさか、そうなの!?静香ちゃんの体の中には、魔性の結晶体があるの!?」
「その通りだ女。何処で嗅ぎ付けたかは知らんが、良く調べたな」
 弧月とシュラインが歯噛みをする。
 二人が調べ上げた両親の交友関係と静香の左手の甲にある焔の痣、それらの推論が正しかった事が今証明された。
 静香の両親が居た魔導団体はカルト的な事も然る事ながら、特殊な実験も行っていた。昔、その団体に所属していた人物から提供されたとされたその記述には、その実験の内容があった。
 聖性と魔性、相反する二つを体内にて純度を高める実験。実験後に得られるものは、類稀なる力を持つ結晶になり、それを使用する事によって、人の限界を超えると言う内容。
 詳しくは書かれていなかったが、その過程で焔の痣が現れた者は概ね壊死したとその記述にはあった。他にも幾つか気になる部分はあるものの、一切それらに関しての記述は見受けられなかった。だが、共通する部分が二つもあるこの記述を、シュラインも弧月も信じたくは無かったのだ。
「いや!いや!助けて!!」
 静香の叫びに、弧月・シュライン・竜磨の三人がはっとする中、そいつは冷淡に呟く。
「煩い餓鬼だな……」
 その瞬間、何かの共鳴音のような物が響き始める。極小さな音だが、シュラインには聞こえる。そして、はっきりと分かる様に静香の左手の痣が広がってゆく中、静香の瞳が驚愕に見開かれていた。
「おじい……様……うそ……どうして……」
 呆然と呟く静香の瞳から大粒の涙が零れ落ちてゆく。絶望の色がその瞳にはあった。
「てめぇ!!静香に何してやがんだ!!」
 再び竜磨が飛び掛る!同時に弧月も動いた!
「無駄だと言っている」
「はぁぁぁ!!」
「おりゃぁぁぁ!!」
 弧月の蹴りと竜魔の拳、同時に襲い掛かる攻撃に涼しげなそいつは翼を一つだけ羽ばたき更に上空へとその身を躍らせる。
「土産の一つ位くれてやる」
 そいつは右手を突き出した。
「逃がすかよ!!」
 竜磨が空を翔る!
 ボウッ!!
 そいつの掌に炎が生まれ、その大きさはどんどん増して行く。
「有り難く食らえ」
 その言葉と同時、炎が解き放たれた!
「ちっ!?まじぃ!!」
 咄嗟に竜磨は宙で停止すると、息を吸い込む!
「竜磨君!逃げなさい!」
「悠桐さん!?」
 シュラインと弧月の声が重なる中、竜磨は一気に息を吐き出した。その吐息は、氷雪を吹き荒らす吹雪の息吹!灼熱の炎とぶつかりその威力を削って行く。
「ほぅ、面白いなお前は……が、これ以上無駄に時間を費やせんのでな」
 そう言うと、そいつは身を翻し翼を羽ばたかせる。
「くっ!?待て!静香ちゃんを返せ!!」
 追おうとする弧月だが、そいつは凄まじい速度で飛び去って行く。その姿が見えなくなる頃、炎の塊を消し去った竜磨が追撃をかけるべく空を翔けた……


PM21:00〜PM22:00 草間興信所

「依頼人は亡くなっていたよ……惨い死に方だったらしい……」
 草間興信所に、草間・弧月・シュライン・竜磨の姿があった。
 全員の表情からは落胆と悔しさしかなく、草間の報告を聞いている。
 あの後、全員総出で静香の行方を追ったが、見付かる事は無かった。竜磨の翼を持ってしても、追いつく事は出来なかったのである。三人は、必死になって行方を追った。奇異の視線を投げられ様とも、聞き込みをした先で馬鹿にされ様とも、必死になって探したのだ。だが、その行方はようとして知れなかった……
 落胆にくれる三人が戻った興信所では、草間の報告が更に重く圧し掛かって来た。
「あの時あいつが見せたのは、おじいさんの死体だったのね……静香ちゃん……」
 シュラインが少女を思い、悔しさにその瞳に涙を光らせていた。その肩を、草間が優しく叩き言う。
「絶対見付けてみせる。どんな事をしてもだ。そして、助けよう!」
 力強いその言葉に、三人は黙って頷くのだった……
 その瞳には、純然たる決意の色があった……


− 第二話 黄昏 − 了



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1582 / 柚品 弧月 / 男 / 22歳 / 大学生

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

2133 / 悠桐 竜磨 / 男 / 20歳 / 大学生/ホスト

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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマPL様、何時もお世話になっております。凪 蒼真です。

 まず初めに、この度はこちらに様々な事情があったりとは言え、納品の遅延を発生させてしまい、誠に申し訳有りませんでした。
 もっと早く書ければと、自分の集中力の無さと遅筆を恥ずかしく思います。
 今後は必ず間に合わせますのでどうか、これからもよろしくお願い致します。(深々)


 さて、今回は第二話、黄昏と言う事でお送りしました。
 急展開になっております。
 いよいよ次が最終話です、この展開を読みながら予測されて見て下さい。
 このまま行けば、戦闘依頼か?なんて思われるかも知れませんが、今までの情報をもう一度整理して次回OPをお待ち下さいませ。

 それでは、最終− 第三話 月下 −にてお会いしましょう。
 この度は、有難うございました(深謝)