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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ミラーハウスからの回収

<依頼>

 香りの良い茶葉を手に入れたんだと言いながら、レンは大きめのティーポットを手にとって琥珀色の紅茶をカップに注いでいく。

 いつもと変わらずに静かなアンティークショップ。店内にある物は雑然としていながらも見目よく並べられ、
訪れてくる客人を言葉なくひっそりと歓迎している。
店主であるレンは艶やかな黒い瞳を長い睫毛の下に覗かせて、目の前に座っている一人の男に目を向けた。
 男の名前は城ヶ崎 由代(じょうがさき・ゆしろ)。品を漂わせている笑みを崩すことなく、差し出されたカップを受け取って礼を述べる。
「僕をここに呼んだのは、こうしてお茶の相手をさせるためだけかな?」
 低く、しかしよく通る声音でそう言うと城ヶ崎はクツクツと笑ってみせた。
 レンは手入れの行き届いた赤い髪を手櫛で撫でつけながら小さく笑みを返し、首を傾げる。
「もう間もなく、あと二人ほどお客さんがやってくる頃さ。……正しくは三人と言うべきかな」
「……ほう」
 城ヶ崎がそう返事を返すのと同じくして、店のドアに飾られた小さな鈴が静かに音を立てた。

 店の入り口では男がドアを開けて立っており、そのドアの向こうには女が立っている。
「レディ・ファーストという言葉がありますからね」
 優しくそう告げる男の口許に浮かんでいるのは、薄く貼りつかせたような笑み。
芽吹き始めの新緑を思わせるような緑色の瞳をゆったりと細め、その視線を女に向けている。
 大抵の女であれば男の容貌に心を奪われてしまうのかもしれない。
――だがしかし、女は表情一つ変えることなく、ただ一言だけ礼を述べるとドアをくぐって店内に足を踏み入れた。
 彼女の名前は草壁 小鳥(くさかべ・ことり)。
小鳥は慣れた動作で店内を歩き進むと、城ヶ崎が座っている席から少し離れた場所に腰を落ちつかせた。
「……どうも」
 レンが差し伸べたカップを受け取って一言応え、城ヶ崎に頭を下げてからそれを口に運ぶ。
 小鳥に続いて席に座ったのはモーリス・ラジアル。
窓から差しこんでくる光が彼の金色の髪を控え目に照らす。
モーリスはレンが淹れた紅茶を一口楽しむと、レンが語り出すであろう言葉に耳を傾けた。

「客が揃ったようですよ」
 城ヶ崎が促すとレンは小さく頷いて煙管(キセル)を口に運んだ。

「弱ったことになってね」
 小さな嘆息を一つついてみせながら、彼女は睫毛を伏せる。
「前に紛失した置き物があってね。土産なんかでありがちな、木彫の人形なんだけど。
それが最近見つかったっていう連絡を受けてね。……回収に行きたいんだけど、あたしは店を空けるわけにいかないしね」
 彼女の口から吐き出された煙は薄く宙に消えていく。
「紛失の理由は? 盗難などかな」
 小さく手を挙げて城ヶ崎が問う。レンは煙管を口にしたまま首を横に振った。
「盗難かどうかは分からない。もしかしたらそうかもしれないし、もしかしたら自分達の意思で出て行ったのかもしれないねえ」
「自分”達”?」
 モーリスが首を傾げる。柔らかな色を浮かべた瞳はゆったりと細められ、口許には変わらずに笑みを貼りつかせている。
「複数あるってこと?」
 モーリスの言葉に続けるように小鳥が訊いた。
 レンは二人の顔を見据えて笑うと、右手の指で三を示してみせる。
「人形の造り手が何を思って作ったのかは知らないけどね。人形自体は三体で一組。宗教的な意味があるのかどうかも分からない。
……あたしにはどうだっていいことだしね、その辺は」
「それで、僕らに用事とは?」
 城ヶ崎に問われ、レンは煙管を口から離して灰皿に置いた。
「人形を回収してきてほしいのさ。それ自体は特に害を与えるものじゃないし、放っておいて問題があるわけでもないんだけどもね」
「買い手がついたとかそういう理由で?」
 そう訊ねるモーリスの声音は、少しの変化もなく一定した温度を持っている。聞く者全ての心を鎮めてくれそうな温度。
 レンは微笑みを浮かべて首を横に振り、店にありもしない代物を気に入る客なんて滅多にいないさと応えた。
 そしてカウンターに置いていた一枚の紙をテーブルに広げ、三人の視線を引き寄せる。
「ここ」
 レンの白く細い指が紙の一箇所を示す。
その紙は小さな町の地図で、彼女の指はその中にある遊園地を指していた。
「遊園地」
 小鳥が呟き、かすかに眉をひそめる。
「何年も前に潰れた遊園地なんだけどね。まあ、小さな町を興すためにと作られた小さな遊園地だったから、
アトラクションもたいしたものではなかったらしいけど。ただ、ここにはミラーハウスがあったみたいでね」
「ミラーハウス?」
 城ヶ崎の口許に笑みが浮かぶ。
「もしかして、そのミラーハウスに件(くだん)の人形があったっていう話かね」
「お察しの通り。つい先日、そこで人形の気配を確認出来たという連絡を受けてね。悪いけどあんた達、ちょっと行ってきてくれやしないかな」
 レンはそう言って煙管を口に運び、細く煙を吐き出した。

 三人が店を後にしようとしているのを眺め、彼女は思い出したように口を開く。
「そうそう、一つ言い忘れてたことがあった。人形は三体。それぞれに造り手の感情が宿っているとされる。
それが持ち主に言葉を投げかけてくるというのが、今回の人形が持つ”曰く”」
 出入り口のドアに手をかけたままの姿勢でモーリスが振り向き、レンの言葉に耳を傾ける。
 小鳥はすでに店の外へと出ていたが、ドアのすぐそばに立って聞き耳を立てている。
「感情? それは一体」
 城ヶ崎は未だ店の中で地図を眺めていたが、レンの言葉に興味深げな表情を浮かべてみせた。
その城ヶ崎の言葉を待っていたかのように、レンは肩をすくめた。
「一つは怒り。一つは悲しみ。そして残る一つは虚無を抱えているという。……まあ、対面してみれば分かるだろうさ」


<城ヶ崎 編>

「この遊園地を選んだ理由があるのかね? 例えば鏡の配置に仕掛けがあるとか。どのみち、場は人形に有利だね」 
 電車を乗り継いで辿りついたその遊園地は当たり前のように閑散としていて、あちこちが酷く壊れている。
 城ヶ崎は崩れたゲートをくぐり抜けて中に踏み入ると、物珍しそうな顔をして周囲を見まわした。
廃墟としてそれなりに名を知らしめているのだろうか。明らかに荒らされたと見受けられる跡(あと)があちこちに確認できる。
彼は手に持っているライトの具合を確かめてから、上着から小さなメモ帳を取り出して何かを記しはじめた。
「ああー、ライトとか忘れてきちゃいましたよ、私」
 城ヶ崎の前方をゆっくりとしたペースで歩き進めながらモーリスが小さく笑う。
 メモ帳をしまいこんでからモーリスの顔をチラリと見やり、城ヶ崎も笑みを返した。
「まあ、一応。荒らされていたりしたら足場も悪いでしょうしね。僕も人間ですからねえ」
「用心にこしたことはありませんしね」
 呑気な口調で話し合う二人を追い越し、小鳥が頭を掻いた。
「どうでもいいからさあ、日の出てる内に済ませようよ」
 肩から下げたカバンに手を突っ込み、その中から懐中電灯を取り出すと、彼女はわずかに視線を自分の肩に向けた。
「日が沈んでからでは問題ですか?」
 悪戯っ子のように笑みながらモーリスに訊ねられると、小鳥は「はあ?」と眉をひそませた。
「面倒だからに決まってっしょ、そんなもん」
 そう応える彼女の目は、浮かんでいる赤い光を少しも揺らがせることなくモーリスを見据える。
 城ヶ崎は低く笑いながら二人を制し、すらりと腕を伸ばして前方を指差した。
「ほら、あれですね。件のミラーハウスっていうのは」

 遊園地のメインだったと謳われるのも理解出来るような、それなりの広さをもったミラーハウス。
歪んで曲がった看板には『120枚もの鏡を利用した』と記されている。
 城ヶ崎はそれを確かめてから壊れた入り口を見やり、そっと目を細めて小さく嘆息した。
――――面倒なことにならなければいい。
 そう考えている反面、人形との対面がどのように実現されるのかと、楽しみにしている自分もいる。

「中は迷路になってるんですね」
 上質のスーツのポケットに手を突っ込んだ姿勢でモーリスが城ヶ崎に語りかけた。
「……ん? ああ、そのようだね」
 口許に手をあてがって表情を隠し、城ヶ崎は視線だけをモーリスに向ける。
そしてその視線を入り口の向こうへと移し、ひっそりと静まりかえっているミラーハウス内部へと気持ちを向けた。
「……三人いることだしさ。三方向に分かれて探そうよ。……妖精さんが言うには、どうも人形は一箇所にまとまっているわけでもないみたいだし」
 所々朽ちている壁にもたれかかって小鳥がそう提案すると、城ヶ崎とモーリスもそれに同意した。
「それじゃあ……そうですね、一時間。一時間経ったらここに集まることにしましょう。結果があってもなくても」
 手にしているライトのスイッチをオンにしてそれでミラーハウスの内部を照らし、城ヶ崎は二人に丁寧に頭を下げてからその場を後にする。
彼の背後で二人がそれぞれ同意を述べているのを聞き取り、城ヶ崎はゆっくりとした歩調で内部へと姿を消した。

 内部は思ったよりも暗くはなく、どこからか入りこんできているらしい光が鏡に反射して、むしろほのかな明るさを感じさせる。
遊園地が営業していた当時はいくらかでも賑わっていたのだろうかと考えて、城ヶ崎はライトをあちこちに向けて照らす。
ひび割れた鏡や落書きをされている鏡。完全に壊された鏡も時折見かけられる。
ライトで照らされた鏡面に時折うっすらとした影が浮かぶ。それは城ヶ崎の横顔であり、そこにあるのは薄く浮かべた小さな微笑み。
そういった自分の影を見やりながら、彼はゆっくりと――だがしっかりとした足取りで迷路の中を進んで行った。
 さほど広くない鏡の迷路はすぐに一番奥へと侵入者を招き入れ、多方面に映る数知れない城ヶ崎の姿を示して見せた。

 どこかから漏れてきている光がその一面を明るく包みこんでいる。
見上げた天井部分が少し崩れていて、そこから遠く青い空が確認出来た。
長い間風雨にさらされてきたのだろうか。あちこちに雑草が伸びて鏡面に苔がむしている。
 空を見上げた視線をゆっくりと下ろし、城ヶ崎はライトの灯りを消して自分が歩いてきた道のりをメモに記した。
 二人と分かれた場所からそれほど離れてはいないだろう。
もしかしたら人形が引き起こす現象で場が歪められ、本来であればそれほど広くもない迷路が途方もない世界になっているかもしれない。
そう気構えていた分だけ、ひどく肩透かしをくらったような心持ちさえ味わう。
「やれやれ……」
 そう呟いたのは何事もなかった事に対する安堵であり、また逆にそれを残念に思うボヤキのためでもある。
「……どうやら僕は外れを選んでしまったんようだね」
 呟きながら、しかしそんなはずはないという言葉が脳裏をよぎる。
 
 踵(きびす)を返して戻ろうとした時、割れた何枚かの鏡を小さく揺らす風が城ヶ崎の耳元で、小さな音を立てた。
それは寂しげな風の音であり、どこか人の泣き声のようでもあり。
 振り向いた城ヶ崎の目に映ったのは、突き当たりにある一枚の鏡に映る自分の姿だった。
そこにいる城ヶ崎は片手に木彫の人形を持っていて、次々と流れ落ちる涙を拭いもせずに、ただ佇んでいる。

「これはこれは――こうして自分を見るというのも、何だか奇妙なものだね」
 ゆっくりと鏡に近付く城ヶ崎は穏やかな口調でそう告げた。その目許には張り付かせたような微笑み。
鏡の中に彼はそれに応じることはなく、ただ静かに涙を流す。
周囲の鏡に視線をずらす。どの顔にも変化はなく、ゆったりと微笑む城ヶ崎が数知れず映っているばかりだ。
視線を突き当たりの鏡に戻すと、城ヶ崎は宥めるような口調で言葉を続けた。
「その手にあるのは人形だね。僕はそれをとある所に戻すため探しにきたんだ。悪いがこっちに渡してはくれまいか」
 穏やかな声音は思わず聞きほれてしまいそうなほどの低音で、言霊というものは存在しうるのだと信じたくなってしまう程、
彼が編む言葉には静かな力が添えられている。
しかし鏡面にいる彼は首を横に振り、城ヶ崎と同じ声色で静かに言葉を告げた。
「僕はこうしなくてはキミ達と話をする術を持たない、ただの小さな人形だ」
「なるほど」
 口許に片手をそえて表情を隠し、城ヶ崎は鏡面に映る自分の言葉に頷いてみせる。
「僕は一人になるのが恐ろしかった。だからここを選んだのだ。ここならば悪戯に騒ぎを大きくすることもなく、
静かな時間を僕の心を理解してくれる数多くの僕と共に過ごせるのだから」
「数多くの僕というのは、この鏡に映る姿のことかな?」
 訊ねられた言葉には素直に頷き、鏡面の中の彼は整った顔にハラハラと涙を浮かべて言葉を続ける。
「僕は寂しかった。いつだって一人だったから」
 城ヶ崎は口許にあてた手をゆっくり動かしながら、視線だけを鏡に送る。
一人なはずがない。人形はあと二つあるのだから。
すると鏡面の彼は城ヶ崎の考えを察したように、手に持っている人形を胸元の位置まで持ち上げた。
「僕達は僕達を作った男の感情を継いでいる。僕達を創り出した男は、自分に芸術の才能がないことを知り、
それを恥じ、それを怒り、そして思考することを止めて自らの死を選んだのだ」
「――ああ、だからそれぞれに三つの感情がこめられているというのか」
 頷いてみせると、鏡面の中の彼は再び人形を下ろして俯き加減に視線を落とした。
「それぞれに異なる感情が残されたから、それぞれが感情を交えることが出来ないのだ。だから僕は一人だった」
 なるほどと頷き、城ヶ崎はようやく口許から手を外して小さく首を傾げてみせる。
ゆったりとした微笑みがその顔に浮かび、細められた黒い瞳にはかすかに光が宿っている。
「それじゃあキミが悲しんでいるのは、キミを創り出した男の無念かな」
 すらりと立つ城ヶ崎の身を、崩れた天井からさしこむ光が目に見えない膜を作り上げて包みこんでいる。
鏡面の中の彼は伏せた睫毛を濡らしたままで頷き、思い切ったように顔をあげた。
「キミだってその胸の中に淀む影を抱えているだろう? 僕はキミだ。僕には分かる。僕には」
「……何故そうやって感情をぶつけてくるのかねぇ?」
 鏡面の中の自分が告げる言葉をさえぎって、城ヶ崎は小さく笑い声を洩らした。
「確かに、もしかしたらキミは僕なのかもしれない。キミが僕である以上、キミには僕の心が見えるのかもしれない。
けれどもキミは一つ、大きな勘違いをしている」
 淡々と告げる言葉に、鏡面の中にいる彼は口を閉ざしてすがりつくような目で城ヶ崎を見た。
城ヶ崎は構わずに言葉を続ける。ゆっくりと片手を持ち上げながら。
「キミが僕であろうとも、僕はキミを認めない。僕がキミを受け入れない以上、キミは僕になり得ないのだよ」
 謳うような口調でそう言い終えると、城ヶ崎は持ち上げた手を指揮棒のように揮い(ふるい)、それまでの優しい微笑みとは異なる笑みを浮かべた。
「悪いが僕もあまり暇ではないのでね。それに待ち合わせの時間を過ぎてもなんだしね。……悪いがキミを回収させてもらうよ」
 鏡面の中の彼は悲痛な声をあげて人形を抱えこみ、うずくまるような姿勢でその場に座りこんだ。
 
 人形は鏡面の中にある。その鏡面に触れて向こうに引きこまれるのも面倒だ。
――――ならばこうして回収するのが一番手っ取り早いだろう。

 風の音が遠く近く音楽を奏でる。天井からさしこむ光がスポットライトのように城ヶ崎を照らしている。
ゆったりとした動作で腕を揮う城ヶ崎の姿は、まさに『魔の指揮者』と称されるにふさわしい。

 『魔の指揮者』の手によって喚起されたのは女の姿をとった悪魔だった。
城ヶ崎が女に目配せすると、悪魔は愉しそうに笑いながら鏡面に手を差し伸べてその中に入りこんでいく。
鏡面には悪魔の姿は映っていないが、その中にいる城ヶ崎が怯えたような表情を浮かべてこちらに手を差し伸べている。
その口が言葉を構築しようとした瞬間、鏡は大きな音を立てて真っ二つに割れた。

 後に残ったのは大小さまざまに散らばる鏡の欠片(かけら)。
そしてその中にまぎれこむようにして、一つの人形が転がっていた。

 天井からさしこむ光は穏やかな夕暮れの色を薄く示し始め、風は少しばかりの冷たさを運んできた。
 城ヶ崎は天井から覗くことの出来る狭い空を仰ぎ、小さな嘆息を一つつく。
拾い上げた人形は少しだけ重量があり、片手で持つにはいささか大きく感じられた。
――キミだってその胸の中に――
鏡面に映っていた自分が目を腫らしながら告げた言葉が、風にまぎれて聞こえてくるような気がした。
 城ヶ崎は口の端を持ち上げてゆるりと笑い、踵をかえして来た道をゆっくりと歩き進める。

 僕でさえ窺い知れない僕の心を、僕ではないキミが覗き見ることなど出来ようはずもないだろう。

 
<依頼終了>

 二人と分かれた場所まで引き返すと、そこには壁にもたれかかって佇むモーリスの姿があった。
静かに佇んで空を眺めている彼の姿は、それだけで一枚の画になりそうな空気を漂わせている。
「待たせてしまったようだね。……小鳥さんは」
 城ヶ崎の言葉にモーリスは首を横に振り、胸ポケットから懐中時計を取り出して蓋を開けた。
「まだ時間ではありませんが、待ちますか? それとも様子を見に行きましょうか」
「そうだね……」
 城ヶ崎が頷くのと時を同じくして、誰かが砂利を踏みつけて近付いてくる音がした。
「……余計な提案だったようで」
 モーリスがわずかに俯いて笑い声を洩らす。
 近付いてきた小鳥はポケットに片手を突っ込んだ状態で、片手に一冊の文庫本を手に持っている。
「ああ、ごめん……読みながら歩いてきたら遅くなっちゃったかな」
 肩をすくめてみせる動作には謝罪の様子が感じられるが、その口調からはその意を感じられない。
小鳥は悪い悪いと小さく呟き、ポケットから片手を抜いてその手で肩に触れた。
「妖精さんは、あんた達を待たせるのは悪いから、読みながら歩くのは止めろって言うんだけどさ。……どうしても続きが気になっちゃって」
「いえ、お気になさらず。では三人揃ったことですし、まずは回収したものの確認をとりましょうか」
 城ヶ崎はそう言うと片手に持っていた人形を胸元に持ち上げ、二人に見せた。
モーリスと小鳥も同様にそれを持ち上げてみせたが、モーリスが回収してきたそれだけが新品のように綺麗なのが目立つ。
二人の視線が自分が回収してきた人形に向いていることに気付くと、モーリスはクスリと小さく笑った。
「僕の能力ですよ。レンさんの手元に返す時、どうせなら綺麗な状態であったほうがいいでしょう?」
 言いながら小鳥に手を伸べてそれも綺麗にしましょうか、と柔らかく微笑む。
「うん、じゃあ一応」
 無愛想にそう応えて自分が手にしている人形をモーリスに手渡すと、小鳥は再び文庫本のページを開く。
「……」
 こうまで愛想のない女性に出会ったこともないと、モーリスは笑い声を押し殺して肩を揺らした。
城ヶ崎は壁にもたれかかって二人の様子を見やりながら、口許にかすかな笑みを浮かべる。
「でもさ、人形の念を祓ったりとかしなくていいのかな」
 活字に目をおとしていた小鳥が、文庫本から視線だけを持ち上げて口を開いた。
「レンさんは祓ってほしいとか浄化してくれとか仰ってなかったですよね」
 細くしなやかな指を人形の上からどけてそれを小鳥に差し伸べながら、モーリスが微笑みを浮かべる。
小鳥の手元に戻された人形はさっきまでの古臭さを見事なまでに払拭されていた。
 モーリスの緑色の瞳をちらりと見やって小さな声で礼を述べると、小鳥は人形をカバンにしまって再び活字を目で追った。
「ま、回収が今回の目的だから。ね?」
 それまで口を閉ざして二人のやりとりを眺めていた城ヶ崎がふわりとした口調でそう口を挟む。
「さてと。戻りましょうか? 夜が濃くなって、面倒なことが増えてきてもイヤでしょう?」


 人形をしまっておくための専用の箱を持ち出してくると、レンはその中に人形を一体づつ収めながら視線だけを三人に向けた。
一つの箱は三つのスペースにしきられていて、それぞれのスペースは人形をきちんと迎え入れる。
三体ある人形はどれも新品のような光沢を放ち、それを確かめるレンの顔に疑念の色を浮かべさせる。
「私の力で、作られたばかりの状態に戻しました」
 レンの表情を察したモーリスが小さく片手を挙げた。
「……そうかい」
 レンはモーリスの言葉に頷くと、人形を収めた箱の蓋を静かにしめた。
「あの……質問。その人形が三体で一組だとすれば、三体揃った状態になったとき、何かあるんじゃないかなって思ってたんだけど」
 箱をどこかに持っていこうとしているレンを呼びとめるように、小鳥が問いた。
その言葉に便乗するようにして同意を示すと、モーリスが彼女の言葉に続く。
「私も――期待していたなんていう言い方をしたら失礼ですけれども、そう思ってました。人形もそのようなことを言ってましたし」

 レンは二人の言葉に首をすくめてみせると、深いスリットの入った裾をひらりと揺らして振り向いた。
「この箱には呪がかけられていてね。こうしておけば、滅多なことでは人形が動き出すことはないのさ」
 そう言いながら箱の蓋と底に貼られた札を三人に見せる。
「こうしないとね。察しの通り人形を三体揃えることで、人形を作り上げた人形師の霊を呼び出すことが出来ると言われている。
まあ、世の中にはそうやって霊魂を呼び出して楽しむ、趣味の悪い奴もいるってことさ」
 鼻先で小さく笑う彼女に視線を送り、城ヶ崎は静かに微笑んだ。
「現実は奇なり、ってやつですかね」
 レンは城ヶ崎に微笑みかけると、箱を無造作に抱えこんで店の奥へと姿を消していった。

 後ろ手に、三人に向けて手をひらひら動かしてみせながら。
 


  
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男性 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【2544 / 草壁・小鳥 / 女性 / 19歳 / 大学生】


  以上、受注順

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■         ライター通信          ■
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城ヶ崎・由代 様

はじめまして。この度は「ミラーハウスからの回収」にお声をかけていただき、真にありがとうございました。

本当はもう少し早目に納品をと思っていたのですけれども、諸事情から少し作業が遅れてしまいました。
でもその分しっかり書かせていただいたつもりですので、少しでもお楽しみいただけたらと思います。
プレイングの中にありましたセリフですが、3つほどございましたので、今回作品の中で3つ全て
使わせていただきました。

魔術、ことに西洋魔術といった分野に関しては私も個人的に本を所持していたりしますので、
城ヶ崎様が魔術師という設定であったときは、少しばかりニヤリとさせていただきました。
そのわりにそういった場面があまり出てきていないのは、どうしたことでしょう(汗

ともかくも、今回はありがとうございました。
また機会がありましたら、お声をかけてやってくださいませ。