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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ミラーハウスからの回収

<依頼>


 大きな路地を幾つか入りこんでいった先に見えてきた小さな看板を見やると、彼は白く細い指先で前髪をわずかに払いのけた。
日を追うごとに暖かな風が街を巡るようになってはきたが、それでもまだ少しばかり肌寒いような、そんな季節。
彼は細身の体を仕立(したて)の良いスーツで覆い隠し、絹糸のような艶やかな金髪を肩の位置で軽く結んでいる。
ほんの少し肌寒い風がしばしの時間歩き進んできた体に心地よく流れていくのを、彼は穏やかな笑みを浮かべ、その身で感じていた。
 
 馴染みのあるアンティークショップの店主から呼び出しの電話を受けたのは、夕べ遅くなってのことだった。
『悪いけど、一つ頼まれてやっちゃくれないかな』
 店主である彼女の声は、彼の都合などお構いなしといった風のある口調でそう言い放ち、彼が同意するのを待つこともせず一方的に受話器を切ったのだった。
 
 看板との距離を少しづつ狭めていきながら、彼はふと空を仰ぎ見た。
 太陽はまだ高い位置で、その存在を世界に知らしめている。そしてその太陽を包みこむのは一面の青。まさに雲一つない晴天である。
過ぎていく風は彼の金髪を静かに梳きながら流れていき、かすかに香る花の存在を彼に届ける。
「――――春か……」
 彼は誰に告げるともなくそう呟くと、目の前に現れたアンティークショップの扉に手をかけた。
「あんた、たそがれるのは勝手だけどさ。……邪魔だからちょっとどいてくれる?」
 その時不意に話しかけてきたその声は女性のものだった。背後からの声を耳にして、彼は肩越しにその声の主を確かめる。
 そこにいたのは一人の女性。
女性にしては背の高い方に含まれるのだろうか。
ほっそりとした体つきではあるが、全体的に女性らしい丸みが不足しているようにも思える。
 彼――モーリス・ラジアルはその女性に向けて笑顔を浮かべ、手にしていたドアノブを静かに押した。
同じ店を目指しているのであれば、彼女はこの店の客人である可能性が高い。
それよりも同じ時刻に同じ店を目指して来たということを考えれば、彼女もまた店主からの呼び出しを受けて来たのだという可能性もある。
「レディ・ファーストという言葉がありますからね」
 モーリスはそう口にして柔らかく微笑み、紳士ぜんたる仕草で彼女を店内へと案内する。
芽吹き始めの新緑を思わせるような緑色の瞳をゆったりと細め、その視線を彼女に向けて。
 大抵の女であれば男の容貌に心を奪われてしまうのかもしれない。
――だがしかし、女は表情一つ変えることなく、ただ一言だけ礼を述べるとドアをくぐって店内に足を踏み入れた。
 彼女の名前は草壁 小鳥(くさかべ・ことり)。
小鳥は慣れた動作で店内を歩き進むと、城ヶ崎が座っている席から少し離れた場所に腰を落ちつかせた。
「……どうも」
 レンが差し伸べたカップを受け取って一言応え、城ヶ崎に頭を下げてからそれを口に運ぶ。
 小鳥が腰を落ちつかせたのを確かめてから、モーリスは彼女から少し離れた席に座った。

 店内には草壁と名乗る彼女と店主であるレンの他、くつろいでいた様子の男性が顔を揃えていた。
男のその顔から、多少の年齢を重ねてきているように窺(うかが)える。
「あんた達が着く頃だと思ってね。良い茶葉が手に入ったから、まあ飲んでいきなよ」
 店の中に揃った顔ぶれを順に眺めているモーリスの前に、紅茶が入ったカップが差し伸べられた。
差し伸べられたカップを受け取って微笑むモーリスに小さな笑みを返し、レンはカウンターに戻って煙管(キセル)を手にした。
「客が揃ったようですよ」
 モーリスにとっては初見となる男――城ヶ崎が促すと、レンは小さく頷いて煙管を口に運んだ。

「弱ったことになってね」
 小さな嘆息を一つついてみせながら、彼女は睫毛を伏せる。
「前に紛失した置き物があってね。土産なんかでありがちな、木彫の人形なんだけど。
それが最近見つかったっていう連絡を受けてね。……回収に行きたいんだけど、あたしは店を空けるわけにいかないしね」
 彼女の口から吐き出された煙は薄く宙に消えていく。
「紛失の理由は? 盗難などかな」
 小さく手を挙げて城ヶ崎が問う。レンは煙管を口にしたまま首を横に振った。
「盗難かどうかは分からない。もしかしたらそうかもしれないし、もしかしたら自分達の意思で出て行ったのかもしれないねえ」
「自分”達”?」
 モーリスが首を傾げる。柔らかな色を浮かべた瞳はゆったりと細められ、口許には変わらずに笑みを貼りつかせている。
「複数あるってこと?」
 モーリスの言葉に続けるように小鳥が訊いた。
 レンは二人の顔を見据えて笑うと、右手の指で三を示してみせる。
「人形の造り手が何を思って作ったのかは知らないけどね。人形自体は三体で一組。宗教的な意味があるのかどうかも分からない。
……あたしにはどうだっていいことだしね、その辺は」
「それで、僕らに用事とは?」
 城ヶ崎に問われ、レンは煙管を口から離して灰皿に置いた。
「人形を回収してきてほしいのさ。それ自体は特に害を与えるものじゃないし、放っておいて問題があるわけでもないんだけどもね」
「買い手がついたとかそういう理由で?」
 そう訊ねるモーリスの声音は、少しの変化もなく一定した温度を持っている。聞く者全ての心を鎮めてくれそうな温度。
 レンは微笑みを浮かべて首を横に振り、店にありもしない代物を気に入る客なんて滅多にいないさと応えた。
 そしてカウンターに置いていた一枚の紙をテーブルに広げ、三人の視線を引き寄せる。
「ここ」
 レンの白く細い指が紙の一箇所を示す。
その紙は小さな町の地図で、彼女の指はその中にある遊園地を指していた。
「遊園地」
 小鳥が呟き、かすかに眉をひそめる。
「何年も前に潰れた遊園地なんだけどね。まあ、小さな町を興すためにと作られた小さな遊園地だったから、
アトラクションもたいしたものではなかったらしいけど。ただ、ここにはミラーハウスがあったみたいでね」
「ミラーハウス?」
 城ヶ崎の口許に笑みが浮かぶ。
「もしかして、そのミラーハウスに件(くだん)の人形があったっていう話かね」
「お察しの通り。つい先日、そこで人形の気配を確認出来たという連絡を受けてね。悪いけどあんた達、ちょっと行ってきてくれやしないかな」
 レンはそう言って煙管を口に運び、細く煙を吐き出した。

 三人が店を後にしようとしているのを眺め、彼女は思い出したように口を開く。
「そうそう、一つ言い忘れてたことがあった。人形は三体。それぞれに造り手の感情が宿っているとされる。
それが持ち主に言葉を投げかけてくるというのが、今回の人形が持つ”曰く”」
 出入り口のドアに手をかけたままの姿勢でモーリスが振り向き、レンの言葉に耳を傾ける。
 小鳥はすでに店の外へと出ていたが、ドアのすぐそばに立って聞き耳を立てている。
「感情? それは一体」
 城ヶ崎は未だ店の中で地図を眺めていたが、レンの言葉に興味深げな表情を浮かべてみせた。
その城ヶ崎の言葉を待っていたかのように、レンは肩をすくめた。
「一つは怒り。一つは悲しみ。そして残る一つは虚無を抱えているという。……まあ、対面してみれば分かるだろうさ」


<モーリス・ラジアル編>

「この遊園地を選んだ理由があるのかね? 例えば鏡の配置に仕掛けがあるとか。どのみち、場は人形に有利だね」 
 電車を乗り継いで辿りついたその遊園地は当たり前のように閑散としていて、あちこちが酷く壊れている。
 先導して中に足を踏み入れた城ヶ崎に続き、奥に見える観覧車の残骸などを見やりながらモーリスはゲートの下をくぐり抜けた。
廃墟としてそれなりに名を知らしめているのだろうか。明らかに荒らされたと見受けられる跡(あと)があちこちに確認できる。
何かをメモ帳に記しつつ、手持ちのライトの調子を確認している城ヶ崎を見やると、モーリスは金色の髪を撫でつけながら小さく笑う。
「ああー、ライトとか忘れてきちゃいましたよ、私」
 呑気な口調でそう話しかけつつゆっくりと足を進める。
城ヶ崎はメモ帳を上着のポケットにしまいこむと、穏やかに笑みながら後ろをついてくるモーリスに視線を向けて笑みを返した。
「まあ、一応。荒らされていたりしたら足場も悪いでしょうしね。僕も人間ですからねえ」
「用心にこしたことはありませんしね」
 呑気な口調で話し合う二人を追い越し、小鳥が頭を掻いた。
「どうでもいいからさあ、日の出てる内に済ませようよ」
 肩から下げたカバンに手を突っ込み、その中から懐中電灯を取り出すと、彼女はわずかに視線を自分の肩に向けた。
「日が沈んでからでは問題ですか?」
 悪戯っ子のように笑みながらモーリスに訊ねられると、小鳥は「はあ?」と眉をひそませた。
「面倒だからに決まってっしょ、そんなもん」
 そう応える彼女の目は浮かんでいる赤い光を少しも揺らがせることなく、モーリスを見据える。
二人のやり取りを眺めて低く笑いながら城ヶ崎が道の先を指で示した。 
「ほら、あれですね。件のミラーハウスっていうのは」

 遊園地のメインだったと謳われるのも理解出来るような、それなりの広さをもったミラーハウス。
歪んで曲がった看板には『120枚もの鏡を利用した』と記されている。
こじんまりとしたサーカステントを象ったその迷路は、観客を迎えることもなく、ただひっそりと眠りについていたらしい。 
「中は迷路になってるんですね」
 上質なスーツのポケットに手を突っ込んだ姿勢で迷路の中を覗きこみながら、モーリスが城ヶ崎に語りかけた。
「……ん? ああ、そのようだね」
 心そこにあらずといった風にそう応える城ヶ崎に小さく頷いてみせると、彼は改めてミラーハウス内部へと視線を向ける。
「……三人いることだしさ。三方向に分かれて探そうよ。……妖精さんが言うには、どうも人形は一箇所にまとまっているわけでもないみたいだし」
 所々朽ちている壁にもたれかかって小鳥がそう提案すると、城ヶ崎とモーリスもそれに同意した。
「それじゃあ……そうですね、一時間。一時間経ったらここに集まることにしましょう。結果があってもなくても」
 そう告げて踵(きびす)を返す城ヶ崎に続き、モーリスも足を進める。が、すぐに足を止めて振りかえった。
のろのろと歩いている小鳥に視線を送り、大丈夫ですかと声をかけようとした声をとどめる。
「それでは後ほど」
 小鳥に向けて小さく礼をする彼に対し、小鳥はわずかに眉を動かしてみせた。
「ああ……うん。また後で」
 彼女はそう頷くと城ヶ崎が入っていった方とは違う曲がり角へと姿を消した。
小鳥の足音が小さくなっていったのを確かめてから、モーリスも残る角へと足を進める。
スーツのポケットに片手を突っ込み、揚々とした足取りで進んでいくその様からは、彼がこれから待ちうけているかもしれない
状況に対して少しも恐怖していないのが見てとれる。
他の二人のようにライトを持つこともなく、緑色の双眸をゆるりと細め。
 
 鏡の迷路は一面の暗闇をもって彼を迎え入れ、臆することなく一定のペースで進み続ける彼を鏡の中に映しつづけていた。
足元をすくいとるようにまとわりついてくる闇に向けて緩やかな視線を放ち、モーリスは頭上を仰ぎ見た。
身長の高い彼の目から見たらさほど高くもない天井は、所々小さく穴が開いたりしている。
長い間放置されたままで何の手入れもされずにいたせいだろうか。あるいは、面白半分でここを訪れている者達のしわざかもしれない。
 天井に開いた小さな穴からは外の光がかすかに漏れて入りこんできている。そしてそれは所々、闇ばかり広がる迷路にほのかな灯りをさしこんでいた。
モーリスは鬱陶しそうに眉を寄せながらその穴を見上げ、静かに指を鳴らした。次の瞬間、その穴は綺麗に埋まっていて、
たった今までさしこんでいた光までもが姿を消し去っていた。
「――暗闇に眠る迷路を、無粋に起こすものではないでしょう」
 小さくクスリと笑って視線をおろして前を見据える。そこにあるのは再び一面の暗闇。
緑色の瞳をゆらりと細め、満足げに小さく頷きながら歩みを進める彼の姿は、その闇の中にあっても輝く宝石のようだ。

 それからほどなくして、モーリスが歩いてきた道は三方向を鏡で塞がれた場所を示して行き詰まった。
自分の姿をそれぞれからの角度で映している鏡面を眺め、彼はふと眉をひそませる。
――自分が進んできた通路はハズレだったのだろうか?
 何事か起こるかもしれないという期待を胸にしながらここへ来た彼としては、それはとても不服な結果である。
何度か周囲を確認するが、やはり何も変わったところはないようだ。
 モーリスは残念そうに嘆息を一つ洩らし、頭を撫でながら踵を返して振りかえる。
とにかく、一旦初めの地点まで戻ることにしようか。それからまた探索し直すのも良いだろう。
どうせ時間はまだまだあるのだろうから。
――だが。来た道を引き返し数歩進んだところで、綺麗に磨かれた革靴が動きを止めた。
確認したときにはなかったはずの位置で、真新しい鏡面が不自然なほどの光沢を放っている。
もう一度辺りを確かめるが、鏡面に反射させる光を洩らしている箇所はどこにも見当たらない。
鏡面に視線を戻したモーリスの顔に、薄い笑みがはりついている。

 覗き見るその鏡面の中には、本来映るべきであるモーリス本人の姿ではない人影が映りこんでいた。
みっともなくヒゲを伸ばし、ぼさぼさと伸ばされた頭髪は白髪交じりで、手入れもされていないように見える。
鏡面の中にいる男に向かって丁寧に腰を曲げながら礼をすると、モーリスは腰に片手をあてた姿勢をとって背筋を伸ばした。
「はじめまして。ええと……そうか、あなたのお名前をレンさんから伺ってくるのを忘れていましたね。……私としたことが、とんだ失態をしてしまいまし」
「俺にはわかるぞ。貴様、人間ではなかろう」
 男はモーリスの言葉を最後まで聞くことなくそう告げると、怒りを露わにした表情を浮かべた。
罵声というほどではなく、怒鳴りつけてくるわけでもない。だがしかし、男は確かに怒っている。かすかに肩さえ震わせて。
「……人間以外の生物はお嫌いでしたか?」
 ゆったりとした声音でそう訊ねると、男は鼻を鳴らして頷いた。
「当たり前だろう。俺は俺以外の生物全部が憎いのだからな」
「なるほど」
 男の言葉に小さく頷き、モーリスは片手を口許にあてて自分の表情が相手に見えないようにすると、さらに言葉を続けた。
「その割には周り一面を鏡で覆われた場に身を落ちつかせているのですね。それはあなたが臆病だからですか?」
 笑いがこぼれるのを必死にこらえながらそう訊ねると、男は顔を紅潮させ、それまでの態度を一変させた。
「俺が臆病だというのか!」
 男の怒声が周囲に響き、その反動で何枚かの鏡にヒビが入る。
彼はいよいよ肩を震わせながら頭を激しく掻き毟り(かきむしり)、いたたまれないといったように地団駄を何度か踏んだ。
「貴様、貴様のような若造に俺の気持ちがわかるわけなろう!」
「若造、ですか」
 それまでこらえていた笑いが思わず零れた。
「ああ、若造だ。貴様ら、俺みたいな目上の人間にはもっと敬意を払え! なぜ笑うのだ!」
 モーリスは肩を震わせながら低く笑い、それでも口許を隠したままの体勢で男に視線を向ける。
「敬意、ですか」
「なぜ笑うのかと訊いているんだ。訊かれたことには応えるのが礼儀だろうが。若造は礼儀がなってないから嫌いなんだ!」
 男の顔はもはや真っ赤に染まっていて、怒りのあまりに涙目にさえなっている。
モーリスは男の顔を見据えながらまだ肩を震わせていたが、軽く咳を繰り返して平静を取り戻した。
「初見の相手に怒鳴り散らすのも礼儀ではないはずでしょう?」
 緑色の瞳をゆらりと揺らして男の顔を見据えなおす。
男はモーリスの言葉に反論しようと口を開くが、たたみかけるように告げられるモーリスの言葉の前に口を閉ざした。
「初見の相手に対して敬いの念を示さないのも礼儀に反することではないんですか? それとも人間社会では、
私達の認識しうる行儀作法といったものがまかり通っていないということなのでしょうかねえ」
「「貴様」」
 男が再び怒声をあげるのと同時に、モーリスの口からもまた男と同じ言葉が発せられていた。
驚愕に目を見開く男の目に映ったのは、自分と同じ姿形をした人間の姿。
一枚の鏡を隔てて同じ姿の男が向かい合うその様は、はたから見たらひどく滑稽であったかもしれない。
鏡面の中にいる男はそれまでの表情をすっかりなくしてしまうと、ただおろおろと身を震わせ出した。
「「貴様、俺と同じ姿をして俺を侮辱するつもりか!」」
 同じ姿の男は同時に同じ言葉を言い放ち、その怒りのままに拳を振り上げてそれを眼前に押し出した。

 周囲に鏡の割れる音が鳴り響き、再び暗闇ばかりの世界が広がった。
 割れた破片の中には汚れた木彫の人形が一つ転がっている。
モーリスは小さな溜め息を一つつくと、人形の傍までゆっくりと近付いていってそれを拾い上げた。
見目の割に案外と重量のあるそれを片手で持ち直すと、彼は口の端を歪めるようにして笑みを浮かべた。
「僕なりの礼儀ですよ」
 人形は磨き上げられた木目のような光沢を放ち、どこにも少しの汚れの見当たらない姿へと変化していた。
『ハルモニアマイスター』――モーリスの持つ能力の一つである。
 新品同然となった人形を片手に、彼は来た道を引き戻すことにした。
その顔に、かすかな笑みを浮かべて。

 
<依頼終了>

 ミラーハウスの入り口まで辿りつき、周囲を見まわす。そこにはモーリス以外の影はない。
どうも早めに着いてしまったようですね。
彼は小さく嘆息すると、入り口の壁に背中をもたれかけて空を見上げた。
傾きかけた太陽はほんのりと赤い陽光を放ち、眠りについている遊園地を静かに照らし出している。
風がかすかに冷たい。……じき、夕暮れが訪れるのだろう。
「待たせてしまったようだね。……小鳥さんは」
 かさりと小さな音を立ててモーリスに近寄ってきたのは、城ヶ崎だった。
城ヶ崎の言葉にモーリスは首を横に振り、胸ポケットから懐中時計を取り出して蓋を開けた。
「まだ時間ではありませんが、待ちますか? それとも様子を見に行きましょうか」
「そうだね……」
 城ヶ崎が頷くのと時を同じくして、誰かが砂利を踏みつけて近付いてくる音がした。
「……余計な提案だったようで」
 モーリスがわずかに俯いて笑い声を洩らす。
 近付いてきた小鳥はポケットに片手を突っ込んだ状態で、片手に一冊の文庫本を手に持っている。
「ああ、ごめん……読みながら歩いてきたら遅くなっちゃったかな」
 肩をすくめてみせる動作には謝罪の様子が感じられるが、その口調からはその意を感じられない。
小鳥は悪い悪いと小さく呟き、ポケットから片手を抜いてその手で肩に触れた。
「妖精さんは、あんた達を待たせるのは悪いから、読みながら歩くのは止めろって言うんだけどさ。……どうしても続きが気になっちゃって」
「いえ、お気になさらず。では三人揃ったことですし、まずは回収したものの確認をとりましょうか」
 城ヶ崎はそう言うと片手に持っていた人形を胸元に持ち上げ、二人に見せた。
モーリスと小鳥も同様にそれを持ち上げてみせたが、モーリスが回収してきたそれだけが新品のように綺麗なのが目立つ。
二人の視線が自分が回収してきた人形に向いていることに気付くと、モーリスはクスリと小さく笑った。
「僕の能力ですよ。レンさんの手元に返す時、どうせなら綺麗な状態であったほうがいいでしょう?」
 言いながら小鳥に手を伸べてそれも綺麗にしましょうか、と柔らかく微笑む。
「うん、じゃあ一応」
 無愛想にそう応えて自分が手にしている人形をモーリスに手渡すと、小鳥は再び文庫本のページを開く。
「……」
 こうまで愛想のない女性に出会ったこともないと、モーリスは笑い声を押し殺して肩を揺らした。
城ヶ崎は壁にもたれかかって二人の様子を見やりながら、口許にかすかな笑みを浮かべる。
「でもさ、人形の念を祓ったりとかしなくていいのかな」
 活字に目をおとしていた小鳥が、文庫本から視線だけを持ち上げて口を開いた。
「レンさんは祓ってほしいとか浄化してくれとか仰ってなかったですよね」
 細くしなやかな指を人形の上からどけてそれを小鳥に差し伸べながら、モーリスが微笑みを浮かべる。
小鳥の手元に戻された人形はさっきまでの古臭さを見事なまでに払拭されていた。
 モーリスの緑色の瞳をちらりと見やって小さな声で礼を述べると、小鳥は人形をカバンにしまって再び活字を目で追った。
「ま、回収が今回の目的だから。ね?」
 それまで口を閉ざして二人のやりとりを眺めていた城ヶ崎がふわりとした口調でそう口を挟む。
「さてと。戻りましょうか? 夜が濃くなって、面倒なことが増えてきてもイヤでしょう?」


 人形をしまっておくための専用の箱を持ち出してくると、レンはその中に人形を一体づつ収めながら視線だけを三人に向けた。
一つの箱は三つのスペースにしきられていて、それぞれのスペースは人形をきちんと迎え入れる。
三体ある人形はどれも新品のような光沢を放ち、それを確かめるレンの顔に疑念の色を浮かべさせる。
「私の力で、作られたばかりの状態に戻しました」
 レンの表情を察したモーリスが小さく片手を挙げた。
「……そうかい」
 レンはモーリスの言葉に頷くと、人形を収めた箱の蓋を静かにしめた。
「あの……質問。その人形が三体で一組だとすれば、三体揃った状態になったとき、何かあるんじゃないかなって思ってたんだけど」
 箱をどこかに持っていこうとしているレンを呼びとめるように、小鳥が問いた。
その言葉に便乗するようにして同意を示すと、モーリスが彼女の言葉に続く。
「私も――期待していたなんていう言い方をしたら失礼ですけれども、そう思ってました。人形もそのようなことを言ってましたし」

 レンは二人の言葉に首をすくめてみせると、深いスリットの入った裾をひらりと揺らして振り向いた。
「この箱には呪がかけられていてね。こうしておけば、滅多なことでは人形が動き出すことはないのさ」
 そう言いながら箱の蓋と底に貼られた札を三人に見せる。
「こうしないとね。察しの通り人形を三体揃えることで、人形を作り上げた人形師の霊を呼び出すことが出来ると言われている。
まあ、世の中にはそうやって霊魂を呼び出して楽しむ、趣味の悪い奴もいるってことさ」
 鼻先で小さく笑う彼女に視線を送り、城ヶ崎が静かに微笑んだ。
「現実は奇なり、ってやつですかね」
 レンは城ヶ崎に微笑みかけると、箱を無造作に抱えこんで店の奥へと姿を消していった。

 後ろ手に、三人に向けて手をひらひら動かしてみせながら。
 


  
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男性 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【2544 / 草壁・小鳥 / 女性 / 19歳 / 大学生】


  以上、受注順

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■         ライター通信          ■
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モーリス・ラジアル 様

今回はモーリス様での参加、真にありがとうございました。
いつもお世話様でございます、高遠です。
「ミラーハウスからの回収」いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけていればと思います。
また、モーリス様というPCの設定など、崩してはいないだろうかと心配です。

今回は皆様個別の作品にさせていただいたということと、私的な事情から、納品まで少し時間が
かかってしまいました。申し訳ありません。
今後とも精進いたしますので、またご縁がございましたらお声をかけてくださいませ。
お待ちしております。