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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


視界に映らない路。


 四季折々の風景が楽しめる庭が一望できる、季流家の屋敷内。
 その一画。母屋から、次期当主が住まう離れを繋ぐ、渡り廊下がある。
 そこで、美咲はある人物を待っていた。支柱に身体を預け、何か大きめのものを、後ろ手に、隠し持ちながら。
 暫くすると、一人で静かに、美咲の元へと歩みを進める男の姿があった。――時比古である。その先の、彼の『主』の元へと向かうために、彼は毎日この場を通る。
「相変わらず、シロの御守? アンタ、飽きない?」
 呼び止める言葉はなく、美咲は時比古へと声をかける。すると時比古は足を止め、無表情に近い顔立ちで、彼を見た。
「これが、私の務めですから」
 静かに、決められた言葉を返す。
 常に『彼』の傍らにある、時比古。『彼』だけが自分の命、と言わんばかりのこの男を、美咲は大嫌いだった。

『もしオレが当主になることがあったら、アンタはオレに頭下げるの?』

 過去、そう時比古に問いかけたことがあった。すると彼は

『あの方は私がお守りしますから。貴方が当主になられることは絶対ありませんね』

 と、爽やかに笑って、返してきた。普段、美咲に向かっては笑いもしなかった、彼が。
 その笑顔を見たあの日から、美咲の時比古に対する感情は、ガラリと変わった。この男を、自分の側近に、欲しいと思い始めたのだ。
「………」
 用が無いのなら立ち去りたい、とでも言うような。
 そんな表情で、時比古は美咲を見つめている。
 だが、美咲はそう簡単に時比古を解放しようとはせずに。
「ねぇ、見てよ」
 後ろに隠し持っていたものを、徐に時比古に突き出す。すると一瞬だけ、時比古の表情が揺れたのを、美咲は見逃さなかった。
「…コレ、綺麗だろ?」
 美咲の手の先には、銀髪蒼瞳の人形が居た。大きさは六十センチほどだろうか。白い詰襟を着せられた、美しい人形である。
「こないだ貰ったんだ。…誰かに、そっくりだと思わない?」
 美咲が、彼特有の笑みを作りながら、そう言う。そしてその人形を腕に抱き、愛しそうに髪を撫で、時比古に見せ付ける。
「…何を、仰りたいのですか、美咲さん」
 時比古はゆっくりと、それ以上表情を崩すことなく、言葉を吐いた。おそらく予め用意してあったものなのだろう、その言葉はあまりにも、『生かされていない』響きだった。
 美咲はそんな時比古を、嗤う。他人には『笑顔』としか見えない表情で。笑みを作る前、ほんの一瞬だけ、眉を動かしたが、それは時比古には読み取ることは出来ないほどの、動きだった。どうやら、時比古の『美咲さん』と言う響きが、美咲を揺れ動かしたらしいが、それは口に出すことは無く。
 微妙で、細かい形を作れるのは、やはり『あの方』の血を引くだけはあると、時比古は心の奥底でそう思う。表には微塵も見せなかった。
「コレくらいの出来なら人間の魂封じる器になるよね。オレの母親、伊達に2代連続当主やってないからさ、そゆの得意」
 人形に頬擦りをしながら、美咲はふふ、と笑い、そう言う。これは、脅しではないと。自分の母親、季流家当主である者は、『それ』が出来てしまうのだ、と。
 時比古は、出来るだけ動揺を見せまいと、勤めているようだ。それでも僅かな揺れ動きが、美咲には隠し通せない。
 彼の『主』が絡むと、普段の冷静さは、自分さえ気がつかないところで脆く崩れていく。美咲は今の時比古の心中を想像し、また楽しそうに笑って見せた。

 欲しいものが、ある。この手の中、確かにしたいものが。

 欲望の赴くままに。
 この、目の前の『モノ』も、欲しい。そして、この人形そっくりな自分の『甥』も、欲しい。
 それを贅沢だとは、美咲は微塵も思わなかった。むしろ、『まだ足りない』とさえ思うほどだ。
 美咲はある意味、『満たされていない』のだろう。望むものは自分の好きなように出来るのだが、それでも自分の意思ではどうにも出来ない現状が、目の前にあるから。『どうにかしてやる』という思惑は、あるようだが。
 人形に目を移せば、自然と脳裏に、『甥』の姿が思い浮かべられる。人形のように綺麗な、その存在を。
「…あ、そうそう。もう一つ、面白いコト教えたげよう」
 美咲は人形を撫ぜつつ、また口を開いた。
 時比古はそれに過剰に反応し、彼を見据えている。
「季流に異端が生まれるのは『彼』で5人目。で、先の代の異端の日記、見つけてさ。彼、精霊に殺されたらしいよ」
 時比古の表情が、今度こそ固まっていた。その瞳を見開いたまま。
 美咲は時比古を見て、くっ、と笑う。彼が、激しい動揺をその胸のうちに、有り得ない、主の悲惨な想像をしているかもしれないと思うと、また楽しかった。
 そんな、他人の目には晒せないような内容の日記を、何故美咲が見つけることが出来たのか。そんなこと、考えなくとも、想像がつく。美咲の母親は現当主だ。それを思えば、造作も無いこと。
 時比古はそう思いながらも、美咲の放った言葉の内容に、眩暈さえ感じていた。
「…大事にしないとネ?イロイロ、自分の大切なモノ」
 美咲はそう言いながら、時比古の隣をすり抜けるように、歩みを進めた。すれ違い様に、彼の表情を間近で確認することを、忘れずに。
 そして足取りも軽く、美咲はその場を離れていった。立ったまま動けずにいる、時比古を置き去りにする形で。

 この二人は、似ている。しかし、あまりにも『違いすぎる』。
 美咲は『それ』に臆することなく、半ば体当たりで。時比古は『それ』を求めれば求めるほど、自分さえ気がつけない場所で、自分を殺して行く。胸の奥の熱情と葛藤を続けながら。
 おそらく、二人は平行線を真っ直ぐに進むのだろう。交わることが無いまま。それでも、同じスピードで。
「あのヒトも、気苦労堪えないよねぇ…誰の、せいだろうネ?」
 美咲は人形を両手で抱き、自分に向けながら、そう問いかける。もちろん、それには答えは返ってくるはずも無い。それを解りきっての、言葉だ。
 笑みも、忘れることなく。
 未だに廊下に立ったままであろう、『彼』に忠実な時比古の姿を思い浮かべ、また笑う。
 美咲は悪戯に、抱きかかえていた人形の口唇へと、自分のそれをちょん、と持って行きながら、自室へと姿を消した。
 
 生暖かい風が、屋敷内を吹き抜ける。
 それはまるで、風がこれから先を、案じているかのようであった。


-了-

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季流・美咲さま&河譚・時比古さま

ライターの桐岬です。毎度有難うございます。
今回も、ある程度を任されましたので、脚色をしてみたのですが
如何でしたでしょうか…?
美咲くんは、とても動かしやすく、
途中彼の動きが止まらなくなってしまいそうでした(苦笑)。
そして時比古さんは、いつでも何処でも苦しそうで…。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
またよろしくお願いいたします。

※誤字脱字、有りましたら申し訳ありません。

桐岬 美沖。