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<東京怪談ノベル(シングル)>


「One years ago  ― 真行寺 恭介のレポート ― 」

 瞼を開けると、そこには自分の魂の半身がいた。
 この体は? と、問う。
 半身は首を振った。
 おそらくはあの男が選別した器に入れたのだろう。
 まあ、どうでもいいことだ。
 そう、自分たちにとって一番大切なのは、二人がいつまでも一緒にいることだから。
 そう、いつまでもいつまでもいつまでもずっと二人一緒にいること。
 二人は手を繋ぎあった。そこに自分たちがいることを確認しあうように。



 ◆◇◆◇
 真行寺チームの仕事はとある男の捕獲。
 その男がどういう男で、何をやって、どうしてそんな指令が自分のチームに下りてきたのかは俺は知らない。知らない? いや、基本的には興味は無い。確かなのはただミッションをこなすだけだ。
 そして俺はそいつを追い詰める。
 東京のどこにでもあるビルの屋上に。
 風になびく髪を掻きあげながら俺は懐から取り出した拳銃の銃口をそいつの左胸に照準する。
 命令は生かして捕獲。
 だから弾倉に装填されているのはゴム弾だ。と、言っても当たれば大の男でも気絶する代物。
 俺は拳銃を構えていない方の肩を軽くすくめる。
「選択権をやろう。自分から大人しく投降するか、それとも俺に撃たれて死ぬか」
 ―――俺は平然とそれを言う。こういう時は声を低くして言うのは得策ではない。あくまで平然と言ってやった方がその分、効果は増すと言うもの。案の定・・・いや、
「ま、待ってくれ。鍵は・・・【世界の雛型】の鍵の隠し場所は大人しく言うから、だから殺さないでくれ」
 ―――【世界の雛型】?
 俺は眉を寄せた。
 だが、その思考はすぐに潰える。なぜなら・・・
「うぎゃぁ・・・な、なんで俺・・・」
 そいつは自分で自分の左胸を自分の拳で貫いたからだ。明らかに常識的な人の力を無視して・・・。
 俺は口を愕然と開けて、血の湖の中に沈むそいつの傍らに立った。完全に死んでいた。
「ちぃぃ。任務、失敗だと・・・」
 そう、任務は失敗した・・・と、俺は想っていた。


 ◆◇◆◇
『真行寺チーム。おめでとうございます。あなた方のミッションは今回も成功です。尚、次のミッションが与えられるまで・・・』
 携帯電話の向こうから聞こえてくる機械音声はそうふざけた事を口にしていた。完全に馬鹿にしている。話が違う。訳がわからない。
「ちょっと待て。最初に与えられたオーダーではあの男は生きたまま捕獲を・・・」
 しかしその俺の抗議に対して与えられる言葉は・・・
『真行寺チーム。おめでとうございます。あなた方のミッションは今回も成功です。尚、次のミッションが与えられるまで・・・』
 だ。
「ちぃ」
 俺は舌打ちして携帯電話を切った。
「このままではすませられない」
 そして俺は決心した。今回のミッションはいつも以上に謎と疑心に塗れている。納得できない。だから俺は今回のすべてを調べる事にした。休暇中のプライベートな時間を何に使おうが俺の勝手なはずだ。
 俺はチームの中で一番使える女性を呼んだ。本名は知らない。
「それでリーダー。貴重な休暇を何に使おうと?」
 彼女はさらさらな金糸かのような髪を揺らしながら小首を傾げる。その顔は美しい。唇も魅力的だ。体も。だが彼女のブルーアイを見た者は悟るだろう。彼女との魅力的な一夜は己の命と引き換えだと。
「今回のターゲットが何者で、そしてどうして社が追っていたのかを探る」
 彼女は吐いたため息で前髪を浮かせた。
「それはまた、あなたも難儀な性格ですね。こういう場合、私はあのCMでやってる所に駆け込めばいいのでしょうか? 上司に恵まれない場合はどうとかこうとかって言ってますのものね」
 俺は彼女のへらず口に肩をすくめる。脳裏で彼女の囀る唇を針と糸とで縫い合わせる光景を想像しながら。
「強制はしないよ。俺の協力も、上への報告を止めるのもな。好きにすればいい」
 彼女は笑う。
「OK、ボス」


 ◆◇◆◇
「あの男の経歴です」
 俺は彼女に渡された資料に目を通した。そこにはあの男の生まれてから死ぬまでの経歴が事細かに記載されている。プライバシー侵害だなんてものじゃない代物だ。この冊子一冊で、奴の成長過程などの精密なグラフが作れるのだから。今更ながらに我が組織の恐ろしさを思い知る。
 と、言ってもこれをやめるつもりはないが。
「わからんな。あの男はいたって普通の男だ」
「ええ。しかしその普通の男が我らのターゲットとなった。つまり・・・」
「普通でいて普通ではない、ということだ」
 それにあいつは死ぬ前に妙な事を口走った。それは・・・


『ま、待ってくれ。鍵は・・・【世界の雛型】の鍵の隠し場所は大人しく言うから、だから殺さないでくれ』


 【世界の雛型】の鍵?
 その隠し場所だと?


「はぁー」
 俺は重いため息を吐いて、天井を振り仰いだ。
「その男が最後に口走った【世界の雛型】・・・それの秘密を守るためにその男は殺された?」
「ああ。催眠だ。【世界の雛型】という言葉、もしくはその鍵という言葉を口走った瞬間に自殺するようにプログラムが仕組まれていた」
「誰が?」
「さあな」
 俺は両手をあげた。


 ◆◇◆◇
 何でもないただの男。しかし何でもないただの男らしからぬ死に方をしたその男。
 俺は資料に添付されたその男が我がグループに捕捉されてから、殺されるまでの同行を探る。
 それは勘だった。だがその勘が当たりだった事を俺は認識する。
 そいつは髪の毛が真っ白な男の子。彼は俺を見て、くすくすと笑っている。
「来ると想っていた、真行寺恭介」
 俺は肩をすくめた。
「おまえは?」
「オレは【月】」
「【月】?」
「そう、【月】。【世界の雛型】の鍵」
 俺は戦慄する。理由はわからない。
 ここは何の変哲も無いただの養護園。身寄りのない子どもたちが暮らす場所だ。あの男は俺たちのチームに捕捉される前に、別のチームを振り切って、一時ここに身を隠していた。
 そしてその時に何かがあった。
 その男の子は10歳の子ども。第二次成長もまだ始まっていない子どもだ。だが俺はその子どもに恐れを成していた。完全に。
 それはなぜ?
 理由はまずは髪だ。夜空に輝く月のように白い髪。そしてすべてを見透かすような赤い瞳。ウサギを想像するようなカラーリングだが、実際この男の子を前にする俺は別のモノを想像する。そう、それは白ヘビだ。事実、俺は動けない。頬を流れる一筋の汗。
「どういう事なんだ?」
 彼は薄く笑いながら肩をすくめる。
「たかが人間なんかがオレに耐えられる訳が無いだろう。なあ、おい」
 その男の子・・・いや、そいつは顔を斜に構えながら、俺の後ろに視線を送る。そこにはいつの間にか男がいた。
 ―――この俺に気配を感じさせなかった。
 戦慄する俺にその男も軽薄そうに肩をすくめた。
「その子・・・いや、その御方の言葉を借りるなら、たかが人間がボクの気配を悟れる訳が無いんですよ。いかにキミがこれまでどれだけの修羅場をくぐっていてもね。だってボク、【蓬莱山】の仙人ですから♪」
 ウインクしたそいつに俺は拳銃の銃口を向けた。
「殺すぞ」
「やってみなさい」
 ―――あの世で後悔しろ!!!
 俺はダブルアクションリボルバーのトリガーを連続で引いた。だが、その俺は両目を見開いている。なぜなら、そいつの前の空間にまるで見えない壁があるように銃弾の弾が浮いているからだ。
「これが【竜術】です」
 そしてそいつはにやりと笑うと、俺をもう無視して、俺の後ろにいる男の子を見た。
「それで【蓬莱山】の仙人が何のようだ、オレに? いや、このわたし、月の神に何のようだ?」
 そいつは恭しく両膝をついて頭を垂れると、言った。
「【月の神】よ、あなたが目覚めるのはまだ早すぎます。故に今一度、眠りにおつき下さい」
 それに、その神は、
「断る。それに【世界の雛型】というシステムを生み出したのはおまえら【蓬莱山】の仙人どもだ。おまえらはわたしが生み出した人間を滅ぼしたいのだろう?」
「それは・・・」
「それにはわたしも賛成だ。人間は限りなく愚かな存在に成り下がった。故に一度すべてを滅ぼすのも良い。そのための【世界の雛型】・・・使おうではないか」
「いいえ、それはできません」
 仙人は立ち上がった。
「【世界の雛型】は確かに人間を滅ぼすもの。この日本を形代に使って。だが今はまだ見定める時です」
「いいや、充分だ。審判の時は下った。なぜならこのわたしが目覚めたのだから」
 そしてその男の子は急激に成長した。10歳だった男の子が18歳頃・・・人の肉体が生涯で一番光り輝く頃の肉体に成長している。
「な、何なんだ、一体・・・」
 俺は戦慄する。動けない。
 そしてそいつの影から何かが生まれ、
 それは、仙人に向う。
「くぅ」
 仙人は、【竜術】とかを使おうとしたのだろう。しかし、その目は見開かれた。
「りゅ、【竜術】が発動しない・・・まさか、【太陽の神】が」
 その彼の驚きの声につられるように俺は視線を仙人の背後に向けた。そこにいるのは、同じく18歳ごろの一糸纏わぬ姿の少女。その髪は金色に輝いている。
「冗談じゃない」
 俺はうめいた。
 ―――そう、俺はわかっていた。こいつらは頭が狂っているのではない。確かに神と仙人なのだ。その人の常識では測れない戦いが繰り広げられている、俺の目の前で!!!
「うぎゃぁぁぁーーー」
 そして大きく開けた口から断末魔のような声をあげたのは仙人の方だった。彼は左手と右足を月の神の影から生まれたこの世の物ではない動物に食い千切られて、血の湖に沈んだ。
「うじゅるぅわぁぁぁーーーー」
 その怪物は仙人にとどめをささんと、踊りかかるが、しかしその怪物も金色の髪の少女から発せられる光に触れた途端に消え去った。
 月の神は不快気に眉根を寄せて、声をあげる。
「どういうつもりだ、妹よ」
 彼女はくすっと笑った。
「あたくしがその影の獣を消していなければ、あなたは殺されておりました、その者たちに」
 彼女が視線を向けた先にいたのは空中に浮かぶ男たちだ。彼らは手に剣を構えながら空中を飛んでいる。
「ふん。今は無き【神刀】の一族が鍛えた剣を手に持ち武装する神将どもか。【蓬莱山】だけでなく【崑崙山】・【須弥山】の者たちもわたしたち神に敵対すると言う。いいだろう。ならば今は引いてやる。しかし、次は殺すぞ」
 月の神は言った。しかし、それを否定する声が上がった。
「いいえ。次はありませんわ」その心に絡みつくようなどろりと甘い声は月の神が神将と言った者たちのモノではなく、養護園の子どもらを非難させていたはずの部下の彼女のモノ。
「おまえ?」
 俺は問う。心臓は鳴り響いていた。早鐘のように。汗はかいてはいない。喉はカラカラに枯れていた。どうして? そこにいるのは俺の部下・・・・・部下?
「ボス。今までありがとうございました。そしてさようなら、愚かな人間に、神のできそこない、仙人どもよ。遊びの時間は終わりだよ。ううん、遊びはこれから。私の新しいオモチャ。あなたたちはいつも一緒にいたい。うん、一緒にいさせてあげるよ。いつまでもいつまでも。いつまでも」


 いつまでも・・・そう、いつまでもね。くすくす。




 ・・・・・それから後の事は覚えてはいない。ただかすかに霞みがかった記憶にあるのは外傷は何も無いのに、倒れて冷たくなっていく神将たちに・・・そして月の神に、太陽の神。
 足下に転がる双子の唇それぞれに自分の唇を重ねて、舌を入れて・・・そして事が終わってぺろりと唇を舐めてから狐の面を顔につける彼女。

 気づくと俺は病院のベッドの上だった。
 そしてそのベッドの横には左手と右足に義手と義足をはめたあの仙人がいた。
「何なんだ、一体これは?」
 仙人は優しく微笑んだ。
「そうですね、キミには知る権利がある」


 そして仙人はすべてを語った。
 【世界の雛型】・・・それは【神刀】の一族を滅ぼした最強の存在【神薙ぎ】を滅するためのシステム。そう、【神薙ぎ】とは全世界に住む人間を犠牲にしてでも倒さねばならぬ存在。
 そのためのシステム【世界の雛型】。
 日本。それは世界の形代。
 たとえば北海道。雪が深いそこは北極と南極を当てはめることができる。
 沖縄はオーストラリア。
 他にも本州をそれぞれの世界の国に当てはめる事が出来る。
 

 そう、日本の中に世界を当てはめる事が出来る。即ちそれは、日本を制すれば世界を滅ぼせるという事。


 そしてその日本を滅ぼす鍵が、あの【月の神】と【太陽の神】。
 【月の神】は古事記や日本書紀に寄れば、人間を作りたもうた親。
 そう、それはすべての命の親。
 その【月の神】とその妹の【太陽の神】。そのふたつの鍵が揃った時、日本は滅びる。風が狂って。


「と、言っても【月の神】も【太陽の神】も本物ではない。【蓬莱山】のとある仙人が作ったシステム。【神薙ぎ】を滅ぼすための擬似魂」
「擬似魂?」
「そうです」
「仙術によって作られた魂。あの二つが風の国 日本を滅ぼすための鍵。古事記や日本書紀にある通りに【月の神】は命を生み出し、育む。そして【太陽の神】はすべての術を鎮める。ボクの【竜術】が発動しなかったのも【太陽の神】の鎮めの力のせい」
「わからんよ。あなたが言っている事は」
 俺は顔に片手をあててため息を吐いた。
 そう、もう一つわからんことがある。
「・・・あの女は何だ?」
 狐の面をつけた女? 女・・・?
 それすらもわからない。そこはまたはるかに記憶が混乱していた。
 成人した女のようにも見えたし、また子どものようにも見えた。いや、男のような気もする・・・。それどころかもはや彼女の顔も・・・共に過ごしてきた記憶もあやふやだ。
 彼は顔を横に振り、
「あれは【世界の敵】です。世界の化身でもありね。だからどこにでもいるし、誰でも知ってるし、そして誰も本当には【あれ】を掴めない」
「【世界の敵】?」
「そう。純粋無垢で無邪気と言う感情で世界を滅ぼさんとする子どもです。そう、子どもなんですよ、あれは。だからこそ、性質が悪すぎる。そしてあれを滅ぼせるモノはこの世には今のところ、存在しません」


 ◆◇◆◇
 それは二つの人形をはさみでちょきちょきと切ると、針と糸で、その二つの人形を縫い合わせた。そして出来上がったのは一体の体を二つの頭が共有する奇怪な人形。
 それは顔につけていた狐の面を外すと、口から二つの珠を吐き出した。一つは真っ白。もう一つは金色。まるで太陽と、月かのような。
「お兄ちゃんはこっち」
 そしてそれは白い珠を左の人形の顔に押し込んだ。それは雪が溶けるように、人形の顔の中に溶け込んでいく。
 そして・・・
「かしら。かしら。そうかしら」
 と、笑い出した。
「妹はこっち」
 金色は右に。
「あらあら。まあまあ」
 左右の顔はお互いの顔を見合って、けたけたと笑い出す。
 それはそのおかっぱの黒髪に縁取られた顔ににんまりと笑みを浮かべた。
「新しい私のお友達。ご希望通りに兄妹いつまでも一緒。嬉しい?」
 それはくすくすと人形を抱きしめて笑った。
 それは人形に飽きるまでそうやって遊んだ。


 ◆◇◆◇
「なるほど。【月の神】と【太陽の神】を模造した擬似魂は【顔無し】の手に落ちましたか」
「はい。一番恐れていた状況です」
 長は目を細めて、ため息を吐いた。
「【神薙ぎ】を滅ぼすために創造された術…【世界の雛型】。その術はあまりにも無慈悲でひどいものだったから、私は【彼】をこの【蓬莱山】から追放した。だけどまた違った方法を私が取っていれば・・・そうすれば・・・世界はここまで【顔無し】の脅威にさらされることはなかった。本当に・・・」
「致し方がありません。まさか仙籍を剥奪されてただの人間になりさがったはずのあの男がしかし仙人であった時の記憶を持っていて、しかもこの【蓬莱山】にしまわれていたはずの擬似魂も持ち出されて、あいつの手に戻っていたのですから」
「そうですね。その事も頭の痛い問題です。まさか、この【蓬莱山】にも混沌の芽があるとは。そのために罪の無い双子も・・・犠牲になり、神将たちも死んでしまった。【顔無し】に新たな力を与えてしまった。そう、あれの目的はあの擬似魂が持っていた力であろうから」
「そうです。つまり【蓬莱山】より生まれた【世界の雛型】という人間界を崩壊させる鍵は擬似魂から【顔無し】となりました。だからこそ、やはり【顔無し】を倒さねばなりません」
 長はため息を吐いた。
「【神薙ぎの鞘】。彼にまた新たな重荷を背負わせるのですね。あれに・・・私は・・・・・」
 長は涙を流した。
「長よ、罪はこの【蓬莱山】に住む者すべてで背負いましょう。いずれ時が来ます。その時に【神薙ぎの鞘】に【竜術】を与えましょう。彼が己が運命に勝てるように。そして【世界の雛型】を彼に滅ぼしてもらうために。【神薙ぎの鞘】を【蓬莱山】はまた利用するのです」


 ◆◇◆◇
 そう、俺が追っていたのは【蓬莱山】を追い出された元仙人で、そして彼が開発した術を俺が所属する組織は狙っていて、それで奴は、【蓬莱山】に復讐するために術を発動せんと罪も無い双子に擬似魂を植え込んだ。だが結果は・・・
「ちぃぃ」
 俺は拳を壁に叩き込んだ。
 俺は事態の中にいるようでいて、しかしその実俺はその事態すべてから無視されていた・・・ただの傍観者でしかなかったのだ。そしてだから何もできなかった。
 そう、俺は無力だった。
 だがその時の俺は知らなかったのだ。
 これより一年後に俺の腐れ縁の親友がこの俺が傍観するしかなかった事態に絡みつく・・・いや、この事態があいつに絡みつくことを・・・・


 そう、運命の糸は複雑にあいつに絡みつき、
 ――――あいつの意思とか想いとかなんて無視してそれが滅茶苦茶に複雑に絡んで、
 ―――――――――だけど俺という糸はまたその事態に・・・糸に絡みつく事が出来ず、また傍観者でもなくって。
 俺がそれらすべてを知ったのは、そう、もうどうしようもなくすべてが終わった後だった・・・。


 肉体も精神もずたぼろになって廃人同様になってしまったあいつと、その横で哀しそうに泣き笑いの表情を浮かべるその妹。


 その運命は複雑怪奇で、
 ―――そのくせ、事態の中にいる奴らには血というもので簡単に説明できるもので、
 ――――――――そして誰もがただ己の無力さを感じながらぼろぼろになるためだけに生まれてきたようなあいつに涙流すだけの・・・そう、実に単純なモノ。


 運命の糸はこうしてあいつに絡み付いていく。
 ―――――――――だけど俺はその時は何も知らず、
 ―――――――――――――――――ただ何かが始まる・・・そして残念な事に俺はそこにはいない事を本能的に悟っていた。



 それはそういう事件だった。