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<東京怪談ノベル(シングル)>


想いは花びらと共に

 花は咲き、緑は芽吹く。
 それらにあわせるように水を求め、蜜を求めて蝶が、飛ぶ。

 ――春だね………。

 柔らかな薄い靄がかかったように染まる白い花びら。
 桜の色がほんのりと朱を含んで、蒼い空に何処までも映える。

 沈丁花の花の香が薄くなり……木蓮の花が、一つ一つ名残を惜しむように地へと落ち、桜が咲く時期となると、鈴代・ゆゆは、必ず、家から少し離れた高台の古桜へと話をしに行く。
 その時だけは、いつもの散歩よりも少し長めに、ゆっくりと空を仰ぎ見つつ歩きながら。
 鈴蘭の髪飾りが、その度、軽く揺れ、軽く揺れては音を作り上げて行く。

「こんにちは♪ 今年も綺麗に咲いたね♪」

 ふわり……とした薄紅のベールがかけられたように見える古桜は今を盛りと咲き誇り、そよそよと風に揺れた。
 それが、まるで両腕を広げて、ゆゆを包みこむかのようで、くすぐったさに瞳を閉じる。
 触れる手の温もりは感じられない、けれども確かに伝わってくるのは――桜の持つ、しっとりとした温かさ。
 頬を撫でる風と、共に気遣うような囁きが聞こえ――
「うん、いつも色々な話をしてくれたよね。でもね、今日は……」
 そう、言いながらゆゆは満面の笑顔を浮かべ、そっとさする様に桜の幹を何遍も撫でた。
 古桜は様々なことを知っており、中でもゆゆが好きだった話は、この桜が話してくれた自分の仲間の話だった。
 桜は春夏秋冬、巡る四季の始まりに根に抱える昔亡くなった人達の想いや魂を晴らす為に一斉に咲いて、ぱっと散っていくという話。

 哀しみは哀しみのまま終わらせずに。
 喜びは喜びとして、更に空へ。
 想いならば風に乗って、届けるから。

『だから気にしない事よ……悩みや、迷い、想いは私たちがきっと晴らし…届けてあげるのだから』

 そう言ってもらえる度、桜の潔さが垣間見え――だからこそ桜を見上げては皆が皆、涙するのだろうかとも思っていたし、時に自分の悩みや出会った悲しい事を桜に話し、散りゆく花を見て自分の気持ちも一緒に晴らして貰った様な、そんな気持ちになっていたのだけれども。

 でも。

 ――でもね?

「…本当はそうじゃないんだよね、私はそうやって"晴らして貰ってる"気持ちになってるだけなんだって事が漸く解ったの……」

 だから、いつも何処かに消えぬ悩みを抱えていて、私自身でもどうしようもない事ばかりで下を向いてしまう事が時にあったりして……これじゃあ、何時までも駄目なんだよね。

 凄く凄く、古桜には心配ばかりさせてたような気がする。
 この時期になると――どうしても、心がざわついてしまっていたもの。
 春だから?
 ううん、そう言う事じゃなくて……何かをはじめずには居られない、留まる事が許されない空気の所為かも知れないし――……もしかしたら、冬に眠っていた感情が起き出す所為かも知れないんだけど。

「今までは…桜の時期は悩み事ばっかり話してた気がするけど…何でも話せる友達がたくさんできて、色んな話ができるようになったよ。毎年悩み事ばっかり言って心配させてたけど、今年は大丈夫。今日はたくさん楽しい話をしてあげるね♪」

 くすくす、くすくす。
 さざめく様な密やかな笑い声が耳に届き、ゆゆは「もう笑ってしまうの? まだ話してないんだから笑うのは、後に取っておいて♪」と言い……話し始めた。

 出逢えた友達の事――本当に出逢いっていうのは凄く貴重で大事な事なんだよね……、ゆゆはそう言いながら、更に友達の中には不思議な子も居るんだよ?と身振り手振りを交えながら古桜へと教えてゆく。
 猫を探しているつもりが、それは猫の姿を取る、人のような何と言って良いのか解らない人物で、彼が最後ぽつりと呟いた言葉に、つい「まあ! とんでもない"迷い猫"ちゃんね!」なんて叫んでしまったり……そうそう、願いを叶えてくれるって言う樹もあって……色々と頑張るよ!と言いながら一生懸命願って……。

 ふと、ゆゆは身振り手振りで話していた動作を止め、首を傾げる。
「どうしたの?」と問い掛けるように花びらがひとひら……ゆゆの髪へと落ちた。

「ねえ、願いって……本当にささやかな事ばかりではないよね。ううん、勿論最初から大それた事をしようなんて誰も考えない……けど、積み重ねて行く事が重要で、そして……大事だね」

 好きな言葉は――夢、だと言った時の事を思い出す。
 人と言う言葉が隣につけば「儚い」となる言葉……でも、何よりも持ち続ける事が一番重要で「何時か」と願う原動力にもなりえて――……ああ、本当に凄く色々な話をしたな……と、起きた事を思い返し、笑ってしまう。

 ごめんね、と言い、笑いすぎて眦に浮かんだ涙を拭いながら、色々な話をするのって気持ちが良いんだね!と満面の笑みを浮かべながら。
 古桜は同意するように「そうね」と言いながら、でも逆に言えない事とかもあるものでしょう?とも言い。
 そう言う事は中々…話せないけれど……と呟いた。
 まだ、古桜の中では、ゆゆは色々な事に悩んでいた時のままに映るようで、「うーん……」と、ゆゆは頬に手をあてたかと思うと腕組みをして、桜と同じように風に揺れる。

 ゆらゆら、ゆらゆら。
 風にそよぐのを一番気持ち良いと思う花の気持ちのままに。
 風で鳴る、風鈴のように。

そう言えば、それとは逆で、鳴らない風鈴があったっけ――……言えなかった想いが風鈴の形になって、それを見ていると色々と言えなかった事をどんどん思い出してしまって、でも友達が優しかったから……だから私は、いつもなら言えない事さえも言えて。
遊びに行った時に鳴らない風鈴を見せて貰えたんだけれど、最初にその友達の所で風鈴の絵付けを見させてもらったり、いつも見ていた筈の沈丁花を、どんな形と色をしていたか一瞬思い出せずにうんうん唸りつつも教えられた事……。

「うん、言えない事だってある…忘れてる事だってあるんだもん」

 けど、今はそれも悪くは無いって信じられる。
 悪くは――無いよね。
 心の奥底に秘めているものがあるのも――私の想いで、全部、全部私に繋がっているんだから。

 ざわざわと、気持ちが動いてゆく。
 桜の花のように、一杯に蕾をつけ風に揺れる儚げな花々たちのように――

 だから、とゆゆは古桜を見上げる。

「春はこんなに暖かくて、花もたくさん咲いてるんだもの」

 だから――…出来るならば。

「楽しい方が良いよね♪ 哀しみに押し潰されるより前へ――いつも、古桜が教えてくれた事だよ」

 気付けない時もあったけれど、今は気付けて嬉しいから。
 さわさわ、樹が揺れ――ありがとうと響いてきた声は、今まで聞いた古桜の声の中で一番嬉しそうな声で。
 ゆゆは、ただその声の響きを聞けたことを嬉しく思いながら、ひらひら、ひらひらと静かに風に舞う薄紅の花びらを見続けていた。

 春の盛りを、今の自分の想いを風に舞う花びらへと見ながら。



―End―



+ライターより+

こんにちは、ライターの秋月 奏です。
今回はシチュノベで、鈴代さんにお逢い出来て本当に幸せでした(^^)
いつも凄く素敵なプレイングを送ってくださるので、どう言う風に書こうか
考えつつ書く作業は本当に幸せで、充実した時間でした♪

鈴代さんは書く度に色々と「おお…」と思う事があり、いつも書かせて頂ける事、
ただ、ただ、感謝なのですv

本当に、今回は有難うございました!
また何処かにてお逢い出来ることを祈りつつ……。