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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ミラーハウスからの回収

<依頼>


 何度か通ったことのある馴染みの通りをすり抜けて、やはり馴染みのある細い脇道をいくつか入り込む。
その先では一軒のアンティークショップが小さな看板をかかげていて、ひっそりと佇みながらたまに訪れる客人を待っている。
穏やかな春という季節の到来を思わせる風が街の中を無尽に巡る中、草壁 小鳥(くさかべ・ことり)は軽く頭を掻きながらのろのろと歩き進んでいた。
 自分が手をかけようとしていた扉のノブは、彼女よりもほんの少し先に店に着いた青年の手によって握られている。 
 女性としては背の高い方に含まれる小鳥よりも、さらに身長の高い金髪の青年だった。
彼はあまりブランドといったものに詳しいほうではない小鳥の目にも明らかな、上質なスーツに身を包んでいる。
 小鳥は小さな嘆息を一つだけ洩らすと、青年が店の中へと入っていくのを待つことにした。

 昨日の夕方、少しばかり縁のあるアンティークショップの店主から電話があった。
受話器の向こうの店主は艶やかな声で時折小さな溜め息のような息遣いをしながら――店主が愛用している煙管(キセル)を
用いながら話をしていたためだろう――、明日店まで来てくれと一言だけ告げて、小鳥の返事を待つこともせずに電話を切ったのだった。

 夕べの電話を思い出し、改めて目の前にいる青年の姿を見上げる。
店主はわざわざお茶の相手をさせるためだけに客を呼びつけるような人ではない。
一方的に自分を呼び寄せたのは、何か頼みたいことがあるのだろうということは、自分の肩に座っている小さな女性が言うまでもなく明白なことだ。
青年が同じ時刻に店先にいるのであれば、彼もまた同じように店主に呼び出されたのだろう。
「――――春か……」
 青年がおもむろに空を仰いでそう呟いた。
「あんた、たそがれるのは勝手だけどさ。……邪魔だからちょっとどいてくれる?」
 無遠慮にそう告げ、青年を押しのけて店の中へと入りこもうとする小鳥を、青年はゆっくりと見下ろした。
 絹糸のように艶やかな金髪を肩下で一つにまとめ、その下に光る瞳は新緑のような鮮やかな緑。
彼は一瞬だけ驚いたような顔をしていたが、すぐに柔らかな陽光のような微笑みを浮かべて首を小さく縦に振った。
「レディ・ファーストという言葉がありますからね」
 青年はそう告げながら扉のノブをゆっくりと押し開け、悠然たる仕草で彼女を店内へと案内してみせる。
おそらく、大抵の女であれば青年の魅力に心を揺るがせてしまうのかもしれない。
しかし小鳥は何の興味もなさげな一瞥(いちべつ)をくわえてみせただけで、青年の横をすり抜けて店の中へと足を踏み入れた。
そして慣れた動作で店内を歩き進むと、やはり初見の男性が座っている席から少し離れた場所に腰を落ちつかせた。
小鳥の父親よりは多少は若いのだろうが、それでも彼女よりは大分年上にあたるだろう。
男は几帳面に撫でつけた黒髪に片手を添えながら、小鳥に向けて小さく頭を下げてきた。
「ちょうどお茶が入ったところさ」
 アンティークショップの店主であるレンが、華奢なカップを小鳥に差し伸べてきた。
「……どうも」
 カップを受け取って一言応え、男に頭を下げてからそれを口に運ぶ。
 小鳥が腰を落ちつかせたのを確かめて、金髪の青年が彼女から少し離れた席に座った。

 店内には彼女と店主であるレンの他、モーリスと名乗った青年と城ヶ崎と名乗る男が揃っている。
店の中に揃った顔ぶれを順に眺めているモーリスの前にもカップが並べられると、レンはカウンターに戻って煙管を手に取った。
「客が揃ったようですよ」
 低音ではあるが穏やかな声の持ち主である城ヶ崎が促すと、レンは小さく頷いて煙管を口に運んだ。

「弱ったことになってね」
 小さな嘆息を一つついてみせながら、彼女は睫毛を伏せる。
「前に紛失した置き物があってね。土産なんかでありがちな、木彫の人形なんだけど。
それが最近見つかったっていう連絡を受けてね。……回収に行きたいんだけど、あたしは店を空けるわけにいかないしね」
 彼女の口から吐き出された煙は薄く宙に消えていく。
「紛失の理由は? 盗難などかな」
 小さく手を挙げて城ヶ崎が問う。レンは煙管を口にしたまま首を横に振った。
「盗難かどうかは分からない。もしかしたらそうかもしれないし、もしかしたら自分達の意思で出て行ったのかもしれないねえ」
「自分”達”?」
 モーリスが首を傾げる。柔らかな色を浮かべた瞳はゆったりと細められ、口許には変わらずに笑みを貼りつかせている。
「複数あるってこと?」
 モーリスの言葉に続けるように小鳥が訊いた。
 レンは二人の顔を見据えて笑うと、右手の指で三を示してみせる。
「人形の造り手が何を思って作ったのかは知らないけどね。人形自体は三体で一組。宗教的な意味があるのかどうかも分からない。
……あたしにはどうだっていいことだしね、その辺は」
「それで、僕らに用事とは?」
 城ヶ崎に問われ、レンは煙管を口から離して灰皿に置いた。
「人形を回収してきてほしいのさ。それ自体は特に害を与えるものじゃないし、放っておいて問題があるわけでもないんだけどもね」
「買い手がついたとかそういう理由で?」
 そう訊ねるモーリスの声音は、少しの変化もなく一定した温度を持っている。聞く者全ての心を鎮めてくれそうな温度。
 レンは微笑みを浮かべて首を横に振り、店にありもしない代物を気に入る客なんて滅多にいないさと応えた。
 そしてカウンターに置いていた一枚の紙をテーブルに広げ、三人の視線を引き寄せる。
「ここ」
 レンの白く細い指が紙の一箇所を示す。
その紙は小さな町の地図で、彼女の指はその中にある遊園地を指していた。
「遊園地」
 小鳥が呟き、かすかに眉をひそめる。
「何年も前に潰れた遊園地なんだけどね。まあ、小さな町を興すためにと作られた小さな遊園地だったから、
アトラクションもたいしたものではなかったらしいけど。ただ、ここにはミラーハウスがあったみたいでね」
「ミラーハウス?」
 城ヶ崎の口許に笑みが浮かぶ。
「もしかして、そのミラーハウスに件(くだん)の人形があったっていう話かね」
「お察しの通り。つい先日、そこで人形の気配を確認出来たという連絡を受けてね。悪いけどあんた達、ちょっと行ってきてくれやしないかな」
 レンはそう言って煙管を口に運び、細く煙を吐き出した。

 三人が店を後にしようとしているのを眺め、彼女は思い出したように口を開く。
「そうそう、一つ言い忘れてたことがあった。人形は三体。それぞれに造り手の感情が宿っているとされる。
それが持ち主に言葉を投げかけてくるというのが、今回の人形が持つ”曰く”」
 出入り口のドアに手をかけたままの姿勢でモーリスが振り向き、レンの言葉に耳を傾ける。
 小鳥はすでに店の外へと出ていたが、ドアのすぐそばに立って聞き耳を立てている。
「感情? それは一体」
 城ヶ崎は未だ店の中で地図を眺めていたが、レンの言葉に興味深げな表情を浮かべてみせた。
その城ヶ崎の言葉を待っていたかのように、レンは肩をすくめた。
「一つは怒り。一つは悲しみ。そして残る一つは虚無を抱えているという。……まあ、対面してみれば分かるだろうさ」


<草壁・小鳥編>

「この遊園地を選んだ理由があるのかね? 例えば鏡の配置に仕掛けがあるとか。どのみち、場は人形に有利だね」 
 電車を乗り継いで辿りついたその遊園地は当たり前のように閑散としていて、あちこちが酷く壊れている。 
 先導して中に入っていった二人に続き、小鳥はのろのろとした歩調を進めていた。
全体的に見てもそれほど広くない土地の中にある遊園地。視線を送れば、向こうには朽ちた観覧車の姿も確認出来る。
営業していた当時は、それなりに客も来ていたのだろうか。親に手を引かれ、楽しそうに笑いながら遊ぶ子供も多くいたのだろうか。
――小鳥の脳裏をよぎるのは、自分が幼い頃に訪れた遊園地の記憶。
 眉をひそませ、睫毛を伏せている彼女に気付く様子もなく――あるいは気付いているのかもしれないが、
彼女の重い気持ちを払拭するかのように呑気な口調で、モーリスが笑った。
「ああー、ライトとか忘れてきちゃいましたよ、私」
 呑気な口調でそう話しかけつつゆっくりと足を進める。
 視線を持ち上げてモーリスの先を見やると、メモ帳に何かを記し終えてそれをポケットにしまいこむ城ヶ崎の姿があった。
「まあ、一応。荒らされていたりしたら足場も悪いでしょうしね。僕も人間ですからねえ」
 城ヶ崎はそう言いながらゆったりと微笑み、肩をすくめてみせながらモーリスに応えている。
それを受けて笑うモーリスの声が、静まりかえった廃墟の中に優しく響き渡る。
「用心にこしたことはありませんしね」
 初対面の割に案外と気が合っているように見える二人を尻目に、小鳥は歩調を速めてみせた。
そして二人を追い越してから振りかえり、気だるそうに頭を掻きながら視線を二人に向ける。
「どうでもいいからさあ、日の出てる内に済ませようよ」
 肩から下げたカバンに手を突っ込み、その中から懐中電灯を取り出すと、彼女はわずかに視線を自分の右肩に向けた。
 視線を向けたそこには、背中から白い羽を伸ばした小さな女性がちょこんと座っている。
小鳥が『妖精さん』と呼ぶその存在は、小鳥の視線に気付くと小首を傾げて微笑みを浮かべた。
彼女の姿は小鳥以外の誰にも見えることはないのだが、もしかしたら目の前にいる二人の男には、気配くらい感じているかもしれない。
そう思い立って視線をモーリスにぶつけると、彼はクスリと笑って返事を返した。
「日が沈んでからでは問題ですか?」
 悪戯っ子のような顔をしてそう言うモーリスの言葉に、間髪をいれずに「はあ?」と返す。
「面倒だからに決まってっしょ、そんなもん」
 そう返してモーリスを見据える小鳥の目には、赤い光がかすかに揺れている。
  
 なかなかに相容れない様子の二人を眺め、城ヶ崎が苦笑する。
城ヶ崎は二人の会話を終わらせるようにして言葉を挟み、目指す先を指で示してみせながら告げた。
「ほら、あれですね。件のミラーハウスっていうのは」

 遊園地のメインだったと謳われるのも理解出来るような、それなりの広さをもったミラーハウス。
歪んで曲がった看板には『120枚もの鏡を利用した』と記されている。
こじんまりとしたサーカステントを象ったその迷路は、観客を迎えることもなく、ただひっそりと眠りについていたらしい。 
「中は迷路になってるんですね」
 上質なスーツのポケットに手を突っ込んだ姿勢で迷路の中を覗きこみながら、モーリスが城ヶ崎に語りかけた。
「……ん? ああ、そのようだね」
 心そこにあらずといった風にそう応える城ヶ崎に小さく頷いてみせると、彼は改めてミラーハウス内部へと視線を向ける。
 ミラーハウスのゲートをしげしげと確かめる小鳥の髪をそっと引っ張り、妖精さんが何事かをそっとささやいた。
小鳥は妖精さんの言葉に耳を傾けながら二人を呼びとめ、話しかけた。
「……三人いることだしさ。三方向に分かれて探そうよ。……妖精さんが言うには、どうも人形は一箇所にまとまっているわけでもないみたいだし」
 所々朽ちている壁にもたれながら告げる小鳥の言葉に、城ヶ崎とモーリスも同意した。
「それじゃあ……そうですね、一時間。一時間経ったらここに集まることにしましょう。結果があってもなくても」
 そう告げて踵(きびす)を返す城ヶ崎に続き、モーリスも足を進める。が、すぐに足を止めて振りかえって小鳥を見やり、微笑む。
彼の口は小鳥に向けて何事かを言おうとしていたが、その口許を片手でそっと押さえると、肩をすくめて手を横に振った。
「それでは後ほど」
「ああ……うん。また後で」
 彼女はそう頷くと城ヶ崎が入っていった方とは違う曲がり角へと足を進めた。

 角を曲がった辺りから彼女の姿は一面に広がる暗闇に包まれた。
 小鳥は足の動きを止めてカバンをさぐり、中にしまってあった懐中電灯を取り出し、それで足元を照らしてみた。
あちこちにジュースの空き缶や菓子の空き袋などが散らばっている。面白半分でここを訪れた客人が残していったものだろうか。
四方にそびえる鏡は懐中電灯の光を反射して、小鳥の姿をおぼろげに照らし出す。
様々な角度から彼女の姿を映す鏡面の中にはひどくひび割れたものもあるし、ペンか何かで落書きされたものも見うけられる。
 小鳥はそれらを確かめると、自分もカバンの中からペンを取り出して鏡面の一つに小さなやじるしを書いた。
こうしておけば万が一道に迷ったとしても、入り口まで引き返す手段になる。
ペンのキャップをしっかりしめなおすと、彼女は再び歩みを進める。
何かが飛び出てきてもおかしくない状況の中、彼女の肩にいる『妖精さん』が再び小鳥の髪を引っ張った。
視線を向けることもせずにその声を耳元で確認しながら、小鳥は小さく頷いた。
「うん、知ってる」
 懐中電灯であちこちをぐるぐる照らしながら、彼女はそっと目を細めてみせる。

 最初に電灯をつけて鏡面を照らし出したときから、その鏡面には時折小鳥ではない人影が映りこんでいたのだ。
それは可愛らしい色使いのされたフリルがたくさんついたスカートをはいて、白いレースのリボンを頭につけている小さな女の子の姿だった。
電灯で照らし出された鏡面の中に一瞬だけ姿を見せるその子供の姿に、小鳥は眉を寄せて不快な表情で視線を投げつける。
「あれは……あれはあたしだよ。あんただってそのくらい分かるんだろ?」
 妖精さんに向けて言葉を放ち、小鳥はそれまで動かしていた足を止めた。
「――ねえ、あたし。こんな場所だからなんか出てくるだろうと思ってたけどさ」
 視線をぶつける先は通路の行き止まり。突き当たりの場所にある鏡の中に、大事そうに人形を抱えた子供の姿があった。
 可愛らしい服装で身を飾り立てながらも、子供はひどくつまらなそうな顔をしている。
小鳥は大きく嘆息を一つつくと、子供の姿が映し出されている鏡面のそばまで近寄った。
 
 子供の頃から自分に対してひどいコンプレックスを抱いていた。
自分には女の子らしい服装は似合わないのだと、いつからか無意識に雑然とした服装を好むようになっていた。

 小鳥はゆっくりと手を持ち上げて鏡面に触れ、子供の目線と同じ高さまで体を屈めて頭を掻いた。
「やっぱりその服似合ってないよ」
 不精に伸ばしている茶髪をぼさぼさと掻きながら、小鳥は子供に視線を向ける。
一枚の鏡を隔てて向かい合う、二人の小鳥。どちらの彼女も言葉を告げるわけでもなく、ただお互いを見やっている。
『妖精さん』が再び小鳥の髪を引っ張り、何事かをぼそぼそとささやいた。
「――ああ、うん。分かってる。これは人形が見せている幻にすぎない、ってんでしょ?」
 チラリと視線を妖精さんに向けると小鳥はそう応えて頷き、ようやく膝をおこして立ちあがる。

 そう。こうして幼い自分と向き合うなんていう現象が起こるわけもない。
 鏡面に触れている指先をゆっくり離し、小鳥は小さな溜め息をついた。
「ねえ。あたしの心を覗いたのか知らないけど、あたしのコンプレックスをこうして見せつけてどうするつもり?」
 妖精さんがぼそぼそとささやく。小鳥はその声を聞いて眉をひそめ、再び溜め息を洩らす。
「あたしはこうされても怒らないし、泣いたりもしない。悪いけどそうやってあたしの感情を昂ぶらせたいってんなら、今度また余所をあたってくれないかな」
 溜め息と共にそう話しかけると、彼女はカバンにしまってあったペンを取り出してそれを鏡面に向けた。
そしてそのペンを鏡面に走らせて大きなマルを描き、再びペンをカバンにしまう。
「……あたしは自分のコンプレックスを否定しない。だからこうして自分を見せられても、何とも思わない。
……あたしは全部をひっくるめてあたしなんだって、自覚してんだよね」
 大きなマルの中に映っている小さな小鳥の顔が、一瞬だけ緩んだように見えた。
その次の瞬間、鏡面は派手な音を響かせて粉々にくだけ、その破片の下に木彫の人形だけを残して静まりかえった。
 
 懐中電灯で確認しながら人形を拾い上げ、それをしみじみと眺める。
長い年月の中で汚れてしまったのだろうか。泥やホコリで残すところもなく黒くなっている。
小鳥はカバンから取り出したハンカチで人形を包むとそれをカバンにしまいこみ、視線だけを右肩に向けて話しかけた。
「……回収終わり。……さ、戻ろっか」


<依頼終了>

 角を曲がると外からの光が全体を照らし始めた。
懐中電灯のスイッチをオフにしてカバンにしまいこむ。その拍子に買ったばかりの文庫本の姿を見つけ、小鳥はそれを手に取った。
栞(しおり)を挟んであった場所を探し当ててハラリとページをめくり、読み途中だった物語に目を落とす。
右肩で『妖精さん』が小鳥の行動を諌めているが、彼女は聞く耳持たずといった風に、読みながらも器用に迷路の中を引き返す。
 間もなくミラーハウスのゲートまで近付くと、すでに到着していたらしい城ヶ崎とモーリスの話し声が聞こえた。

「まだ時間ではありませんが、待ちますか? それとも様子を見に行きましょうか」
 モーリスの声だ。何かをパチンと閉じる音もする。……移動するときに見た、彼の懐中時計だろうか。
「そうだね……」
 城ヶ崎の声がする。よく通る低音の声はそれを聞く者を安心させるような響きを伴っている。
 ゲートに散らばる砂利を踏みつけて二人に近付くと、小鳥に気付いたモーリスがわずかに俯き、笑みをこぼした。
「……余計な提案だったようで」
「ああ、ごめん……読みながら歩いてきたら遅くなっちゃったかな」
 小鳥はそう言うと肩をすくめてみせ、謝罪の言葉を二人に向けた。
右肩では『妖精さん』が小鳥の行動を諌める言葉を続けている。
「悪い悪い」
 小鳥はそう言いながら片手をひらひらとさせ、その指先でそっと『妖精さん』の髪を撫でた。
「妖精さんは、あんた達を待たせるのは悪いから、読みながら歩くのは止めろって言うんだけどさ。……どうしても続きが気になっちゃって」
「いえ、お気になさらず。では三人揃ったことですし、まずは回収したものの確認をとりましょうか」
 穏やかに微笑みながら城ヶ崎がそう応え、片手に持っていた人形を胸元まで持ち上げてみせた。
 城ヶ崎の行動に続いて小鳥もカバンから人形を取り出し、それを持って二人を順に眺める。
「……あれ? なんであんたのだけ綺麗なわけ?」
 モーリスの手にある人形をまじまじと見据えながらそう訊くと、モーリスは口の端を引き上げて笑みを浮かべた。
「僕の能力ですよ。レンさんの手元に返す時、どうせなら綺麗な状態であったほうがいいでしょう?」
 言いながら小鳥に手を伸べてそれも綺麗にしましょうか、と柔らかく微笑む。
「うん、じゃあ一応」
 無愛想にそう応えて自分が手にしている人形をモーリスに手渡すと、小鳥は再び文庫本のページを開く。
 右肩にいる『妖精さん』が再び小鳥を諌めている声がする。
 だって続きが気になってさ。
そう告げて活字を追う小鳥の顔を、モーリスは無言のままで見据えていた。
彼の肩が大きく揺れ、笑いをこらえているような声がする。
その笑い声に気付いて顔を持ち上げ、小鳥はふと思い立って口を開いた。
「でもさ、人形の念を祓ったりとかしなくていいのかな」
 万が一人形を欲する客が現れたら、浄化せずにこのまま渡すのは問題があるかもしれない。
「レンさんは祓ってほしいとか浄化してくれとか仰ってなかったですよね」
 細くしなやかな指を人形の上からどけてそれを小鳥に差し伸べながら、モーリスが微笑みを浮かべる。
小鳥の手元に戻された人形はさっきまでの古臭さを見事なまでに払拭されていた。
 モーリスの緑色の瞳をちらりと見やって小さな声で礼を述べると、小鳥は人形をカバンにしまって再び活字を目で追った。
「ま、回収が今回の目的だから。ね?」
 それまで口を閉ざして二人のやりとりを眺めていた城ヶ崎がふわりとした口調でそう口を挟む。
「さてと。戻りましょうか? 夜が濃くなって、面倒なことが増えてきてもイヤでしょう?」


 人形をしまっておくための専用の箱を持ち出してくると、レンはその中に人形を一体づつ収めながら視線だけを三人に向けた。
一つの箱は三つのスペースにしきられていて、それぞれのスペースは人形をきちんと迎え入れる。
三体ある人形はどれも新品のような光沢を放ち、それを確かめるレンの顔に疑念の色を浮かべさせる。
「私の力で、作られたばかりの状態に戻しました」
 レンの表情を察したモーリスが小さく片手を挙げた。
「……そうかい」
 レンはモーリスの言葉に頷くと、人形を収めた箱の蓋を静かにしめた。
「あの……質問。その人形が三体で一組だとすれば、三体揃った状態になったとき、何かあるんじゃないかなって思ってたんだけど」
 箱をどこかに持っていこうとしているレンを呼びとめるように、小鳥が問いた。
その言葉に便乗するようにして同意を示すと、モーリスが彼女の言葉に続く。
「私も――期待していたなんていう言い方をしたら失礼ですけれども、そう思ってました。人形もそのようなことを言ってましたし」

 レンは二人の言葉に首をすくめてみせると、深いスリットの入った裾をひらりと揺らして振り向いた。
「この箱には呪がかけられていてね。こうしておけば、滅多なことでは人形が動き出すことはないのさ」
 そう言いながら箱の蓋と底に貼られた札を三人に見せる。
「こうしないとね。察しの通り人形を三体揃えることで、人形を作り上げた人形師の霊を呼び出すことが出来ると言われている。
まあ、世の中にはそうやって霊魂を呼び出して楽しむ、趣味の悪い奴もいるってことさ」
 鼻先で小さく笑う彼女に視線を送り、城ヶ崎が静かに微笑んだ。
「現実は奇なり、ってやつですかね」
 レンは城ヶ崎に微笑みかけると、箱を無造作に抱えこんで店の奥へと姿を消していった。

 後ろ手に、三人に向けて手をひらひら動かしてみせながら。
 


  
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男性 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【2544 / 草壁・小鳥 / 女性 / 19歳 / 大学生】


  以上、受注順

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■         ライター通信          ■
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草壁・小鳥 様

二度目の依頼発注をくださいまして、ありがとうございました。

オフでの諸事情があり、少しばかり納品が遅くなってしまいました。申し訳ありません。
少しばかり多めに時間をいただきましたが、その分頑張らせていただきました。
少しでも楽しんでいただけたらと思います。

今回は『妖精さん』には間接的な登場をしていただきました。
セリフもなかったので、少し印象も弱めかもしれません。
この点、問題がありましたら申し訳なく;

それでは、今回はお声をかけてくださってありがとうございました。
また次回、機会がありましたらよろしくお願いいたします。